第18話 歓迎の酒宴
やがて日も落ちて俺達は家を出た。
エルフの集落は、陽が落ちると昼間よりも尚幻想的な光景が広がる。
俺の家の頭上は星空も見えるが、他の場所は月明かりが届かないところも多い。かといって暗い雰囲気というわけではなく、樹冠の下では光苔や精霊達の淡い光がちらほらと輝き、薄い青や緑の光でぼんやりと集落が照らされて綺麗なものだ。
家々の窓にも淡い光が宿り、樹の幹に建てられているツリーハウスと吊り橋とが見える光景は、何とも幻想的である。
「夜の集落は相変わらず綺麗ですね……」
知ってはいたが、余所者が夜中に出歩くのもと思って、夜間にあまり集落内を見て回ったりはしていなかった。こうやって実際に歩いてみると目を奪われてしまう。
「ああ。夜になると森では小さな精霊の動きは活発になるとか言っていたな」
「らしいですね。昼は――光の精霊が強いからかも知れません。昼間も綺麗だとは思いますが」
確かに木々の間から光が差し込む昼の集落も綺麗だとは思う。夜程幻想的ではないけれど、あれはあれで豊かな森であることが分かって良い光景だ。
「お兄ちゃん達だ」
「ソーマお兄ちゃん、エステルさま!」
宴会の開かれる広場に向かっているとそんな声をかけられた。アリアとノーラが木の通路を軽い足取りでこちらに駆けてくる。
「ああ。二人とも元気だな」
「うんっ」
「こんばんは、お二人とも」
シルティナが少し遅れて歩いてくる。その腕には弦楽器が大事そうに抱えられていた。
「ああ。こんばんは、シルティナ」
「こんばんは。おー……。楽器ですか」
「集落でも時々弦楽器の音が聴こえてくることがあったけれど、それかな?」
「だと思いますよ。魔物弦のリュートですね」
シルティナが俺とエステルの言葉ににこにことしながら答える。弦は魔物の腸線から。リュートの本体は木材から作られている。木工の装飾が細かく、大切そうにシルティナが抱えている。手工芸の楽器というのは身近になかったが、あまり造詣が深くない俺にも良い品なのだろうというのは分かる。
宴ということで楽器や食材を持ち寄って、ということらしい。俺の歓迎の宴ということで今回俺は手ぶらだが、参加するなら食材なりを持ってくるということだそうな。
広場に近付くにつれ、段々と美味そうな匂いが漂ってくる。エルフ達や精霊も集まり、幻想的な光で彩られながらも賑やかな雰囲気がそこにはあった。
「来たか」
そこには長老夫婦――ライヒルとマデリエネやハイン達といった顔見知りの面々を始め、まだ顔を合わせたことのないエルフや子供達もいて。集落のエルフ達が皆顔を出しているようだ。老若男女いるのだろうが、エルフはある程度年齢がいくと見た目が変わらなくなる、らしく、老人の見た目をしたエルフというのは見当たらない。
エルフは妖精に近い性質で若い頃や幼い頃は天真爛漫な性格だが、加齢と共に段々落ち着いていくのが一般的だとシルティナの授業で習った。
ライヒル、マデリエネやハインといった者達が冷静な性格なのはこの辺が理由だろう。
「こんばんは、良い夜ですね」
「こんばんは、長老様、マデリエネ様」
「ああ。良い夜だ。言葉も随分上手くなったものだね。報告は受けていたが、この短期間で驚きだな」
ライヒルは驚きと言いつつも静かに俺やエステルの挨拶に応じる。
「エステルの支援――加護やシルティナ嬢とアリア、ノーラに助けてもらったお陰ですよ」
エステルの支援については説明しにくいので分かりやすい言葉を選んで伝える。マデリエネは穏やかに笑って、用意された宴の席を示してくれた。
「そこに座って寛いでいって下さい。今宵の宴は、あなた方の歓迎の為であり、シルティナ達を救ってくれたことへの礼でもあります」
「ソーマ殿がここで過ごしてきた日々の振る舞いで、皆の不安も晴れた頃合いだろうと見てな」
なるほど。歓迎の宴を催すにあたって、形だけのものにはならないようにということかな。それに、俺達が狩猟に出たこともあって、コミュニティの一員として認めてくれたという部分があるのかも知れない。
用意された席に着くと、料理と酒杯が運ばれてきた。
木皿に盛られた料理は色々だが、今日倒した魔物を使ったと思われる食材も含まれている。肉厚のキノコや薄くスライスされた茹で野菜のようなものがそれだ。ファンゴスとキリングヴァインだな、これは。
スパイシーな香りはファンゴスの胞子を炒ったものだろう。香辛料として使われている実例だ。使われている肉は、鳥ならウィスプバード、豚っぽい肉なら、今回は遭遇しなかった猪の魔物だろうか。それに森で見る山菜、果実。木の実のパンなど、普段見るものも盛られている。
「んー。綺麗なお酒ですね」
酒杯を見てエステルが言う。
「そうだな……何の酒だろう」
琥珀色で透き通っている中にキラキラと煌めくものがある。
「そのお酒は、花の蜜酒ですね。集めた花蜜を泉の水と共に発酵させたものです。お祝いの時にだけ飲まれるものですよ」
俺達の疑問にはシルティナが答えてくれた。それはまた、手のかかりそうなものだ……。
「ふふ。そろそろ宴を始めるとしよう」
ライヒルがそう言って、小さな精霊達を手に集める。口を開くと、声の大きさはそのままなのに広場中に広がるように声が通る。風の精霊の力で声を広げている……という感じか。
「さて。皆も聞いているだろう。我らは先日より新たな友を集落に迎えている。シルティナ、アリア、ノーラを助けるためにヴァルカランの亡者に単身立ち向かった御仁。精霊エステル殿の加護を受けた戦士、ソーマ殿だ。今宵はソーマ殿とエステル殿の歓迎。同胞を救ってくれたことに対する感謝。新たな友を得たことへの祝宴である。皆も、この美しい夜を楽しんでいって欲しい」
酒杯を掲げ、乾杯の音頭を取るライヒル。エルフ達も酒杯を掲げ、そうして乾杯となった。
俺も花蜜酒を口に含む。これは……美味いな。口当たりの良い甘みのある味と、ふわりとした上品な花の香り。意外に酒精が強く感じる。というか酒なんて久しぶりだ。
俺は医療用ナノマシンが組み込まれているから大抵の毒物は分解してしまうが、その機能には一部例外がある。アルコールもその一つだ。要するにある程度までなら酔える例外処理がされている。
血中のアルコール濃度が一定量を超えるか、作戦行動中は分解されるという感じだな。俺やエステルが必要だと判断すれば即座に分解してしまうこともできるが。
「案外強い酒なんだな」
「あまり量が作れませんから、その分強いお酒ですね。もう少し酒精の弱い果実酒もあって、沢山飲みたい方はそっちを飲んでいますよ」
なるほど。どちらにしろ、俺はほろ酔い以上には酔えないし、あまり沢山飲むのも悪い気もする。花蜜酒は随分と美味い酒だから、果実酒にも期待できるな。何というか、こっちの世界に来てから食生活には恵まれている感がある。
それに、用意された料理はどれも美味だった。猪肉を焼いたものにはファンゴスの胞子が使われており、香辛料の代わりになっていて食欲をそそる。スパイスの果たす役割というのは大きいのだと実感してしまうな。
元いた場所での味気ない金属プレートに盛られたペースト状の合成肉やサラダなどとは比べるべくもない。肉の食感と旨味。山菜や果実も新鮮でどれも美味い。
「……美味いな、これは」
「中々ないバイタルデータの反応ですね。こういう反応を見ると私も実際に食べてみたい気がします」
エステルが言う。確かに、エステルはこういう反応をモニター出来るし、数値から味を判別できても、実際に肉体的な刺激を味わっているわけではない。
そういうこともあって、実体化したいなんて言っているのかも知れない。
俺と同じものを見て、同じものを感じ取りたい。こちらの世界に来る前からエステルが言っていたことではある。
鳥肉と豆の入ったスープ。蒸かした芋、キノコや山菜。
配給所でまだ貰った事のない食材を使った料理も多くて、エルフ達の食文化を堪能させてもらう。
「楽しんでいるか、ソーマ殿……!」
昼間一緒に狩りに行ったエルフの戦士達が果実酒や料理を手にやってくる。
「ああ。どれも美味くて驚いている。楽しませてもらっているよ」
「はっは。こっちの焼き魚も美味いぞ。塩の実から取った塩をまぶしていてな」
と、持ってきた串焼きの川魚を勧めてくれる。
「塩の実?」
「そうだ。やや果実に塩分を含ませる塩の木が森の一部に群生していてな。放っておくと他の植物を枯らしてしまって害があるのだが、あまり広がらないように管理していれば有用だな」
「へえ。それはまた面白い植物だな」
「故郷にもそういう植物はあったようですよ」
と、エステルが教えてくれた。収集したデータベースの中にそういう情報があったらしい。
勧められるままに焼き魚を口にする。少し柑橘系の風味。それから確かな塩味。淡泊な川魚に合って、これも食欲をそそる味だった。
果実酒の方はやや甘味のある口当たりで、アルコール分が少なく、飲みやすいものだ。
そうやって食事や酒を楽しんでいると、シルティナがリュートを持って、アリアやノーラと共に広場に作られた舞台の上に上がる。
「おっ、シルティナ達が演奏するようだぞ」
「アリアとノーラも歌うのか。恩人のソーマ殿とエステル殿の歓迎だものな」
という声がエルフ達の間から聞こえる。
シルティナ、アリアとノーラはこちらに向かってにっこり笑って一礼する。それからシルティナがリュートを奏でだした。精霊達の淡い光が舞う中でその旋律が広がっていく。
素朴ながらも美しい旋律だ。アリアとノーラがそれに合わせて歌を歌い出した。普段が天真爛漫な二人だから元気の良い歌声が響くのかと思ったら、何というか、神秘的で澄んだ歌声だった。
光苔と精霊のぼんやりとした明かりに淡く照らされたシルティナ達と集落に響いていく澄んだ歌声と綺麗な旋律。エルフ達も思い思いに酒杯を傾け、静かに聴き入っている様子であった。
「綺麗な音色ですね」
「ああ……」
俺も……そんな中でエステルと寄り添い、静かにその旋律と歌声に耳を傾けるのであった。




