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第17話 初めての狩猟

 調査も終わったので薬草を採取していたシルティナとも合流し、素材の採取や狩猟に向かう。


「これは食べられる。似た毒草があるが臭いが違っていてな」


 エルフ達は俺に、山菜や木の実など、森の中で得られる食材や薬草、狩猟の対象となる魔物などについて色々レクチャーしてくれた。エルフ達の森だからか、そこまで強力な魔物はいないらしいが、俺にとっては物珍しいものばかりの印象だ。


 歩くキノコのファンゴスだとか、人の声に擬態して騙す鳥の魔物――ウィスプバードだとか、蔦で締め付けてくるキリングヴァインだとか、こっちの世界の常識にはない生物が多々いる。そういった常識外れの生物は総じて魔物、と区分されるそうだ。攻撃性があったり、特殊な防衛能力を備えていたり、魔法を使ったり。人語を操る知性のある者もいるということではある。そうした、知性のある魔物は総じて強力であるらしい。


「この近辺で普通に見ることのできる一番の大物は、猪の魔物だな。遭遇した時は正面に立たないように気を付けることだ。突進は大木すらへし折るほどの威力がある」

「ファンゴスは弱いが一撃で仕留めないと胞子を撒き散らす。それほど有害なものではないし、何なら香辛料代わりになるのだが……目に入ると痛みがあって、くしゃみも止まらなくなる」

「ウィスプバードは受け答えもするが語彙がそこまで多くない。慣れてくれば言葉を交わしただけでも判別できる。しかし、声の出どころだけは風を操ってわからなくしてくる」


 と言った調子で魔物に関する生きた知識も色々とエルフ達は教えてくれた。言及される生物は奇妙なものが多くて興味が尽きないというか、退屈しないというか。


「あの茂みにもファンゴスが潜んでいる。試しに狩ってみると良い」

「強い魔物ではないが胞子には気をつけろよ」

「やってみるか」


 ナイフを手に茂みに向かう。思えばジャンク品を回収したり軍で海賊相手に戦闘したりということはあったが、狩猟というのは初めての経験だ。

 基本的には不意打ちによる初手で相手を仕留め、反撃も逃亡もさせないというのが理想だ。軍で言うところのサイレントキリングの技術が重要になってくるのではないだろうか。


 ファンゴスの弱点は傘の下……顔があるので眉間のあたりが弱点となるらしい。そこを刺突するなり、強打するなり。倒し方は何でもいいが、できるだけ傘は傷つけないようにということであった。


(動体センサー、温度変化。共にありません)


 エステルがまだ感知できていないことを脳内で伝えてくる。動いてもいないキノコに体温があるわけではないからそれらの手段では感知できないのだろう。


(魔力に変化は?)

(濃度の違いを確認しました。視界に反映させます)


 脳内に響くエステルの声と共に、茂みの中に、手足の短い何かのシルエットが垣間見える。ずんぐりとしたキノコに、本当に手足がついている。


「傘の下あたり。眉間、だったな」


 一息に踏み込んでナイフを突き込む。狙った場所に寸分違わず突き込まれた一撃は、何か柔らかい弾力性のある手応えを返してきた。持ち上げると、ナイフに刺さった何かが姿を現す。

 それは、バスケットボール程のサイズの大きなキノコだ。ただし、しわくちゃの、しょぼくれたような表情の顔と短い手足がついている。眉間――ではなく側頭部を貫かれたファンゴスは、僅かな時間短い手足を動かしていたが、すぐにその動きを止めて身体を弛緩させた。


「お見事」

「藪の中にいるからもう少し手間取るかと思ったが」

「一撃で仕留められなかったエルフの子が胞子を浴びて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったりするのが初陣の風物詩だったりするんだ」

「そりゃ……ご期待には応えられなかったみたいだな」


 そんな風に軽口で返すと、エルフの戦士達も笑っていた。初めての狩猟、か。うん。悪くはないというか、こういう形の暮らしも、性に合っている気がするな。


 ファンゴスは単体では大したことのない魔物であるというが、他の魔物と連係する時があるらしく、攻撃や防御に合わせて胞子を噴出させて行動の妨害をしてくる時があるのだとか。


「弱くても魔物は魔物ってことだな。単体なら油断しなければ問題ない。回収した胞子は、とりあえず炒って料理に振ると、風味豊かで美味くなるぞ」

「身の方も、香りが良くて味はいい。歯ごたえも悪くないしな」


 というわけで、ファンゴスは食えるらしい。胞子は加熱して香辛料のような使い方をするようだ。

しわくちゃの顔はしょぼくれているというか苦悶の表情のようであまり食欲をそそらないが、顔の部分が一番美味いのだという。


 他にもキリングヴァインとも戦った。流れとしてはファンゴスの時と同じ。エルフ達が精霊術で感知し、俺とエステルに任せるという形。


 今度は茂みの中ではなく、普通に距離を置いて相対することになった。お互いの存在に気付いている状態での戦いだ。

 ――サボテンのようなずんぐりとした本体に蔦状の触腕を一対持つという、変わった植物だ。根っこのような足で歩くことができるらしい。のっそりとした動きで、俺に向かって進んでくる。


 この触腕を鞭のように振るってきたり、巻きつけて獲物の身動きを封じる、窒息させるといった使い方をしてくるという情報だ。触腕はかなり早く、巻き付かれると厄介だという話だった。

弱点は頭頂部。ここに打撃か刺突を加えればいい。接近するためには触腕を掻い潜る必要があるが、キリングヴァインは若干対応能力がよろしくないらしい。

 木でも石でも本体に向けて投擲してやれば反応するので、触腕の的を散らしてその隙をつくのが良い、だそうな。


「そういうことなら私がその役割を担いましょう。変化が起きたらすかさずといった感じでお願いします」


 俺の隣に浮かぶエステルは張り切っている様子だ。ハッキングの時と同じ、光のワイヤーで作られたような仮想のコンソールを空中に出現させると、それを指で叩く。

 光のラインが四方に向かって広がったか思うと――。


「コード:38。オブジェクトストーム」


 無数の石やら木枝やらがキリングヴァインに向かって飛んでいく。それを打ち払うようにキリングヴァインは触腕を縦横に振るう。


 が、全て空を切っていた。唸りを上げて迫る石も枝も、全て実際の風景の上に上書きしただけのテクスチャーやSEに過ぎない。実体はない。立体映像よりも高度な、質感やリアルタイムでの音響を伴った、拡張現実(AR)の延長のようなものだ。

 その無数の飛来物の只中へ、諸共に突っ込んでいく。感覚的には真に迫っていても、実体はない。混乱し切ったキリングヴァインの触腕が空振った瞬間を狙って踏み込み、振動するナイフを振るえば、あっさりとそれを断ち切っていた。もう一本。勢いを殺さず、一息に両方とも切断。返す刀で無防備になった頭頂部に、ナイフを突き立てる。


 びくん、と身体を震わせた後、それは脱力して萎れる。


「ARテクスチャーの外部展開も行けますね。ハッキングであって、精霊術とは違いますが」

「ああ。状況次第でかなり効果的だろうな」


 エステルに笑って頷く。


「今のは……エステル様のお力か」

「幻影ならば光の精霊……?」

「いや、風切り音までしていたぞ」

「ならば……夢を司る精霊か……?」


 エルフ達はエステルの使っている力の正体が分からなくて戸惑っている様子ではある。

 仮想空間上でのハッキング時に可能な効果を、魔力を介して現実で齎している。敢えて言うなら電脳や電子の精霊……だろうか。


「こっちの世界にはないものですので説明が難しいところはありますね」

「人間族の契約精霊は我らには由来が分からぬもの、不可解に感じるものも多い。そういうこともあろう」


 エステルに対してハインは動じずにそう応じていた。


 人間族と結びつきの強い精霊は都市や城といった場所や建造物そのものに関わるものや信仰対象という概念的存在や歴史のある器物等から生じることが多いそうだ。

 精霊ではなく神と呼称される場合もあるそうで。信仰の有無なら精霊にも向けられる時があるから区分は割と曖昧であるが、定義するなら何かの化身として意思を宿したものの総称なのだろう。


 してみると、この世界でのエステルは器物に宿る精霊に近しい存在と言えるのかも知れない。


 思案しながらも仕留めたキリングヴァインを回収する。これも食用になるそうで、茹でたり、薄く切ってから塩水に漬けておいたり、色々な食べ方ができると言う話である。


 そうやって森に出現する魔物を何匹か狩った。

 俺は弓矢を扱ったことはないが、ウィスプバードに関してはもっと楽なもので、声が聞こえたら魔力濃度の高いところにエステルがハッキングを行い、身動きを封じてしまえばそれで大体終わりだ。いきなり身動きが取れなくなってバランスを崩したウィスプバードが枝から落ちてくるので、それに止めを刺してお終いという、作業のようなものである。


 近辺の森で一番の大物であるという猪の魔物には出会えなかったが、そこそこの量の狩猟ができたのではないだろうか。


 そうして、狩猟を終えて帰ってくる。解体所に獲物を提出すると少し待っていて欲しいと言われた。エステルと共に魔物の解体作業を見ながらも、少し思案してしまう。


 みんなで狩った獲物は集落に一旦提出する形ではあるが、その代わりに共同体の互助という形で恩恵を得ることができると言う……伝統的な暮らしだと言える。人と人との距離は必然として近くなるし、共同体としての結びつきも強くなる。


 俺が育った下層は、全体で見るなら弱肉強食。奪い合うような酷いもので、その中にあって孤児院は真っ当な部類だった。豊かとは言えないが分け与えて寄り添うという点では……ここに近いものがあった気がする。


 一方で上層のように余裕のあるコミュニティはもっと個人主義的な、必要最低限に困らない程度の繋がりになりやすい。軍は規律正しく決まったルーティン。配給されるものをやりくりする程度。


 エルフの集落は……孤児院と似ているところもあるが少し違う。多少の余裕があって尚、伝統的な暮らしで互助を行っているといった印象だ。


 下層の劣悪な部分は論外として。どの暮らしが性に合っているかは良いかは、人によって違うのだろう。そもそも、そこで育ってそこしか知らない者には良い悪いという発想すらないのだろうし、人は慣れて順応してしまうものだから。


 俺にしてみれば……生きていて平和に暮らせるのなら、何でもいい、と思えてしまう。それも戦争に慣れて順応してしまったからなのだろう。


「戦争に慣れてしまうのは、摩耗というのです」


 エステルは、そんなことを前に言っていた。そういう意味では、俺はエステルが隣にいてくれて随分と精神的には助けられていたと思う。


 エルフ達のここでの暮らしは精霊と森の恩恵を受けられるからか、多少の余裕が感じられた。内部での暮らしは意外に自由で、何かに追われているような逼迫した空気がないからだ。自然の豊かさも相まって、多分居心地は悪くない。


 素材の解体を興味深そうに眺めているエステルの反応に和まされつつも、馴染みのないエルフ達の平和な暮らしであるから、こうやって振り返ってしまうところもあるのかもなと、そんな物思いに耽っていると声をかけられた。


「これがソーマさんの今日の分です」

「……提出したものは後で分配されると聞いたが……」


 という話を聞いていたのだが、結構な量がカウンターに置かれていた。


「役得というものだな。狩猟に限らず、いい仕事をした者には多少色を付けて貰えるぐらいの恩恵はあって然るべきだ」

「特に、ソーマ殿は今日が初めての狩りだ。狩った獲物は残さず貰える」

「ああ……。初陣だからってことか。それじゃあ、有難く受け取らせてもらう」


 ハイン達の言葉に笑って頷いて、食材やらを受け取る。


「ソーマ殿さえよければ、歓迎の酒盛りでもと考えているのだ。長老からも、折を見て歓迎の宴を開こうという話が出ていてな」


 今日あたり、陽が完全に落ちてからでどうか、とハインに問われる。


「それは……有難いな」

「では、二人で参加させてもらいます」


 エステルと共にそう応じる。


「では、後程広場で」

「俺が持っていくものは?」

「手ぶらで良い。ソーマ殿とエステル殿を歓迎する宴だからな」

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