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第13話 シルティナの授業

 エステルや俺の身体に起こった変化について考察しながらも、アリアとノーラから竈に火を入れてもらい、お茶を淹れる準備をする。

 エルフ達は香草を栽培し、それを蒸してから乾かすことで茶葉を作っているそうだ。香りが良く、程よい苦味で口当たりの良い茶であるらしく、配給所のエルフの弦では。みんなでそれを飲みながら勉強の時間だ。


 やがて湯も沸いてお茶も入り、皆に行き渡ったところで本格的に勉強を始める。小さな黒板にチョークで文字を書いたりしながら勉強していく形となる。


「普通のお話をするだけなら、もう問題なさそう。そこから少し離れた言葉を増やすためにも、歴史とか集落の外の話とか、精霊術の勉強も兼ねた内容を進めていこうって思っているんだけど、大丈夫かな?」

「ああ。大丈夫だと思う」


 俺が答えるとシルティナは満足そうに頷き、続ける。


「ただ、歴史や周辺の話とは言っても……他種族に関することは、広く知られた以上のことは、あまり私達も多くは知らないの。私達はあまり積極的には外と関わらないから、交流そのものがないっていうか」

「分かった」


 人間族とは不仲なようだしな。奴隷にするのが目的なのか、誘拐しようとする輩がいるようでは仲良くしようもないだろう。


「交流がないのも理由があってね。昔――と言っても私が生まれるよりずっとずっと前のことだけれど、その頃は人間族との関係ももっと良くて、北の方の森に私達は住んでいた……らしいわ。だけれど人間族の侵略で、このあたりに移住することになったとか。そういう状況になったことにはヴァルカランの滅亡が関係していたって言われている」


 ヴァルカランが滅び、その国民達であったアンデッドが出没するようになった。人間族は彼らを恐れていた、ということだ。だから、その国境線付近までエルフ達や他種族を追いやることで、ヴァルカランの亡者達への緩衝地帯を作り出そうとしたと伝えられている。


 多分、彼らはヴァルカランの亡者達と隣接したくはなかったのだろう。他種族とてそれは同じだと思うが、武力的な圧力までは跳ねのけられなかった。結果としてエルフ達はその近くまで追いやられる形になった、と。

 それは確かに、人間族とは没交渉にもなるか。


「そういう歴史もあって、今は人間族との仲も良くないの。この場所はこの場所で、他の種族も滅多に近付かないから今では豊かで綺麗な森ではあるのだけれど、父祖の代は相当苦労したみたい」

「移住して一から開拓してってなると、確かに大変だろうな」

「今は綺麗な集落ですし豊かな森という印象ですから、相当積み重ねてきたのではないかと」


 エステルも俺の言葉に同意する。


 現状、エルフの集落では食生活で困っている様子がない。それほど大きな規模の集落ではないとは思うが、人間族は近付いて来ないし、他種族も周辺の森にいるそうだが、小規模な集団であるために互いに離れていて競合相手はいないという話だ。


 精霊達と友誼を結んでいるエルフ達は森と共存しながら恩恵を受けられるし、資源の類にも余裕があるのだろう。


 不安があるとしたら……やはりヴァルカランの亡者達か。この辺までは大丈夫、という目安はあるし、目印も残されているものの、森の中でも向かってはいけない方角というのはあるらしい。


 その方角はあの、空から見た湖にある遺跡のある方角と一致する。あれはやはり、ヴァルカランに由来する遺跡のようだ。


「目安とは言ったけど、どこからどの辺までが危険と正確に言えるわけではないの。誰もヴァルカランの亡者に遭遇はしたくないから、ぎりぎりを見極めようなんて思わないし」


 ヴァルカランの亡者は基本的に生者と遭遇したら問答無用で襲ってくるということだ。理性があるのであいつらなりの優先順位は一応あるらしいが。理性があって尚襲ってくるというのは、逆に厄介極まりないと言える。


「他の方角なら進み過ぎてもまだ人間族や他種族に遭遇しやすくなる、程度で済むもの。ヴァルカランの方角には近付かないようするのが安心かな」

「分かった。他種族なら話が通じて、交渉の余地もあるしな」

「そういうこと。二人も分かった?」

「うんっ」

「はーい」


 シルティナから問われて、アリアとノーラが元気よく返事をする。


「シルティナさんは先生みたいですね」

「先生だなんて、そんな」


 エステルの言葉にシルティナは少し照れた様子を見せる。


「シルティナお姉ちゃんは先生だよねー」

「うん。シルティナせんせー」


アリアとノーラはそんな風に言いながら頷き合うと、シルティナは困ったようにはにかみながらも表情を緩めていた。


「それじゃあ、先生。授業の続きをお願いします」

「もう……ソーマさんまで……。まあ、良いけど」


 シルティナは少しだけ照れつつ唇を尖らせて、それから気を取り直すように授業の続きをしてくれた。

 隣接する他国と、他種族のこと。森の外には人間の国があるらしく、そこは結構大きな国があるそうだ。エルフ達が住処を追われた原因でもある国だな。奴隷制もあるということで、他種族との仲はあまり良くない。


 周辺に獣人族やドワーフ達の住んでいる場所もあるが、エルフ達は基本彼らとも没交渉ということだ。こちらとの仲は特別悪くないが、エルフ達の生活は集落と周辺の森で完結してしまっているので特段外と交流する理由がないのだろう。


「それと……注意が必要な勢力と危険地帯がもう一つずつ。ヴァルカランを挟んで更に向こう。南西の方角に魔族の国があるわ」


 そう言いながら黒板に簡略化された周囲の地図と描くシルティナ。ヴァルカランや魔族やらそういった文字を俺も書き取りして学びながら進めていく。


「魔族か……」

「ヴァルカランはかつて、魔族の国と隣接してしまって侵略を受けていたみたい。それが原因で滅んだと言われているわ。魔族の方は……大きな力を持ち、他種族に対しては好戦的で危険な種族よ」


 魔族達の話は何度かエルフ達の口から聞いていたが。シルティナもその姿は見たことがないそうだ。


「そして、南西方向に広がる山脈。あの山々は竜の縄張りね。竜の住まう険しい山脈があり、山間を通る土地はヴァルカランの国土で、こうやって蓋をしているから、魔族達も組織だってやってくることができない……というわけなの」


 なるほど……。意外に危険地帯が多い土地柄というか。それでもエルフ達はここを守るべき土地として定め、集落を大切にしているのはわかる。


「ある意味ではヴァルカランの亡者がいるから魔族がこっちに来られない、とも言えるのですね」

「確かにそうね。ヴァルカランの亡者は、国土より外には基本的に出てくることがないわ。そういう意味では魔族よりは安全かも。竜も……悪戯に刺激しなければ山脈からはこっちに来ないし……。竜も亡者達には対応に困るみたいだから」


 不滅だしな。自分達が消耗して損害を出すだけで、戦えば戦うほど損をするというか。

 周辺の勢力に関してはそんなところらしい。諜報部隊がいるわけでもないエルフ達の持つ情報としては、どこにどんな勢力があって、敵対的か否か、ぐらいのものではあるが。


「俺が訪問して大丈夫そうな勢力があまりないな……。主にこっちの人間族のせいで」

「迷惑な話ですよ、全く」


 エステルが首を横に振って肩を竦める。獣人族とドワーフ達とて、人間族と仲良くなさそうだから俺を見ても好意的な反応を示してはくれないだろう。

 さりとて、その近場にある人間族の国は……俺の方があまり仲良くしたいとは思わないというか。エルフ達の事情を知ってしまったから印象が良くない。彼らには彼らの言い分や物の見方があるのだとは思うが……。


「他の種族かあ。私としては、ソーマさん達はずっとここにいてくれても良いと思うけれど」


 シルティナが笑顔で言うと、アリアとノーラが首を縦にうんうんと振って同意していた。


「ここは良いところだと思うよ。景色も良くて食事も美味い。エルフのみんなも良くしてくれている。今のところ、どこに行くという当てもないかな」


 その反応に苦笑しつつも答える。アルタイルの修復には時間がかかってあまり離れられないというのもある。アルタイルの修復が終われば、それこそ遠方にも日帰りで行けるようになるだろう。帰還は――今はできなければできないでも、仕方がないと思っている。エステルは実体化に喜んでいるしな。こっちの世界も、悪くはない。


 そうやって近隣の大まかな事情も知ったところで、続いて精霊術の基本から学んでいくこととなった。


「人間族でも私達ほど適性はないにしても、ある程度は身に着けられると聞いているわ。エステル様の加護を受けているソーマさんなら、相性次第で普通に……私達と同等以上に精霊術を使えるかも知れない」

「魔力を精霊に渡してお願いする、だったか」

「ええ。だから、まずは身体に流れる魔力を感じるところから始めるの。ソーマさんが魔力を理解しているかは分からないし、魔力を体感するための基本から初めてみましょう」


 魔力……恐らく俺達が未知の因子と呼んでいたものだ。感じるところからというのなら、今までになかった体内に流れる何かを、こっちの次元に来た時から感じている。それが正しいのかどうかの確認からしていこう。


「魔力の意識を行うにあたって、私が軽く手を叩いたら目を開いて、意識を外に向ける、という決まりを作っておくわね。いきなりで、あまり入り込み過ぎてもいけないし」

「分かった」

「では――呼吸を整えて、両手を軽く広げ、上に向けて身体から力を抜いて……。気持ちが落ち着いてきたら、目を閉じて、身体の内側に意識を向けていってね。身体の中心に力の流れがある、と思いながら、それの流れを追うように意識を集中させる感じよ」


 言われた通りにする。アリアとノーラも椅子に座ったまま同じようにしているようだ。エステルは身体を持たないが、イメージの問題ということで立体映像も同じような仕草を見せる。


 深呼吸をしながら静かに目を閉じる。閉じて、意識を内に向ける。


 それは身体の内側にある。――脊椎に沿うように身体の中心、心臓を通って脳――下から湧き出し、うねりながら昇っていく。中心のうねりに沿って心臓にも流れ、血管を通って四肢の末端まで、身体の隅々まで行き渡るように満ちて――体表から少しずつ揺らぐように発散している。


 その中心に流れるすぐ近く。寄り添うように温かな光が満ちている。いくつもの温かな光が無数に繋がり合って、俺のことをそっと抱きしめているような。誰かの姿を幻視した。


 ……これは、エステルだ。俺の力に呼応しているが、俺とは違う、独立した力。けれど、邪魔にもならず、心地が良いと感じる。


 俺の身体の内側に満ちる力は、こちらの意思に応じて湧き立つ量を増減できる。形を変える。色を変える。流れを変える。性質を変える。


 俺の力に呼応するように、エステルの力もうねる。互いの力を引き上げ、増大させるような――。


「……すごい。ソーマさんも、エステル様も……こんな大きな魔力……」


 聞くともなく耳に入ってくる誰かの声。呆然としたような声だったが、小さく「あっ」と声を上げてからパンッ、と手を打つような音がした。


 目を開く。うねりが収まっていくのが分かる。


 気が付くと、小さな精霊が周囲に集まっていた。

 アリアやノーラもその光景に目を瞬かせてから笑顔になって小さな精霊達に手を伸ばす。戯れるように小さな精霊達も周囲を舞っている。


「一旦内側に意識を向けるのはそこまで。魔力の流れを感じ取ることは……できたようね。すごく飲み込みが早いわ」

「――。多分。身体の中心に沿って流れて広がっていくような力があった」


 エステルの魔力を感じたことも含めて今の感覚を説明する。


「エステル様が寄り添っているような感覚もあった、と。守護精霊様がいる場合はそんな風になるのね……。普通は他者の魔力を感じ取る場合は外に意識を向ける必要があるのだけれど……」


 シルティナは俺の説明を聞いて、感心した様子で思案する。


「私も、自分の力と一緒にマスターの力を感じ取ることができましたよ」


 エステルは嬉しそうに言いながら、胸のあたりに手をやっている。


「私達の場合はの話だけれど、普通は初めてだと、魔力の感覚を掴むのって結構難しいのよ。魔力って生まれた時から当たり前にあるものだから、最初は逆に意識できないっていうか」


 人間族は違うのだろうか、とシルティナは首を傾げる。エステルに対しては、アドバイスをしたくても精霊だから精霊の感覚的なことまではよくわからない、ということらしい。まあ……そうか。


「私達も……感じ取るまで習い始めてから半年ぐらいかかった?」

「うん。そのぐらい。ソーマお兄ちゃんすごい……!」

「環境が良いのかもな。こっちに来て、色んなものを感じるというか」


 感覚っていうのはずっと晒されていると鈍くなっていくものだしな。臭いや音にずっと晒されていると気にならなくなっていく、というような。

 俺達の場合は、こっちに来たことで組み込まれた今までなかったものだから、寧ろ感じ取りやすかった。


「環境……ふふふ。でしたら良いことです」


 その環境というのをエルフの集落のことと思ってくれたらしい。いや、実際エルフの集落は、空気も食事も水も美味いし景色も良いので素晴らしい環境だが。


「それと、外から見ていた印象では、魔力もかなり大きいように感じられたわ。精霊達も反応してたし、これなら人間族の魔法は勿論、私達の精霊術も使えるんじゃないかしら」

「精霊に魔力を渡す、だったっけ」

「ええ。魔力は通常、少しずつ身体の表面から発散されているものなんだけれど……それを意識的に外に出すようにして、祈りを込める――お願いと共に精霊達に渡す、という感じね。だから――順番としては操作ができるようになることが先かしら」


 その方法を聞いて、俺はエステルやアリア、ノーラと共にやり方を学び、実践していくこととなったのであった。

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