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第12話 朝露の集落で

 そうやって、俺達のエルフの集落での新生活が始まった。


 エルフ達の集落は、ほとんど新しい住民の出入りはないそうだ。

 閉鎖的と言われればそうなのかも知れないが、エステルを連れている俺に対しての風当たりはそう強いものではなかった。


 一部に距離を取られているとは感じる。けれど、それは仕方のないことだ。人間族と諍いがあったのなら怖がる者がいるのも当然だろう。

 それでも良くしてくれている住民だって多い。シルティナ達を助けた、ということや、周辺の人間族とは全く関わりのないところからやってきた、という情報がハイン達から伝えられているからだ。


「おはよう、ソーマさん、エステル様」


 製パン所や配給所は泉の近くにある、陽当たりのいい場所だ。火も使う場所だから水場が近い方が安心なのだろう。

 パンの原材料は集落の中で収穫できる木の実である。住居にもしている木々から実を日々採取してすりつぶし、粉にして酵母を使って発酵。膨らんだパンを焼いて配給している。


 エルフ達の作るパンは、最初に想像していたよりもふっくらとしていて風味が良く、焼くと香ばしく、中々に美味しいものだった。

というか……下層の普段の食事や、栄養補給最優先の軍のレーションよりも、はっきり言ってしまえば上等だ。天然ものの新鮮な食材は中々食べられなかったからな……。


 配給所では木の実、果実や山菜、キノコであるとか、エルフ達が集落の外で狩って来た獲物の肉等も配給される。発酵させることができる、ということはチーズや酒もあるということで、選択の幅こそないものの、意外に食卓に登る食材のバリエーションは多い。俺としては食生活が以前より向上しているように思うので一切不満はなかった。


 エルフ達は精霊術で植物の成長促進ということもできるそうで、植物性の食材に関しては結構潤沢だ。豆、芋、山菜の類は精霊術による栽培でそれなりにまとまった量を確保できる。反面、動物性の食材は狩猟でないと手に入らないので、パンや山菜などよりは貴重という扱いである。

 配給所は素材の解体や加工等の施設も隣接しており、狩猟してきた獲物の解体等も行っている。


 住民達は各々、採取や狩猟、裁縫や木工等の仕事、弓や精霊術の修練をして共同体に貢献しながらも日々を過ごしている。俺達は客人ということで、予定されている学習等が終わるまではそうした仕事も免除されている形ではあるかな。


「おはよう、ソーマさんもエステル様も」


 配給所で顔なじみとなったエルフが笑顔で朝の挨拶をしつつ、食材を色々と並べてくれる。


「おはよう。今日のパンは果実を散らしているんだな」

「彩りが良くて美味しそうですね」


 パンに埋め込まれるように赤い実が散らされている。


「ええ。少し酸味と甘みがあって美味しいわ。昨日渡したお茶ともよく合うわよ」

「へえ。貰った葉もあるし、試してみるかな」


 時々チーズが埋め込まれているだとか、パンにも結構バリエーションが出たりするそうだ。


 というわけでエステルと共に挨拶をしながら配給を受け取る。一日分のパンということで結構大きなパンを貰える。切り分けて何食分かに分けて使うのだ。

 今のところ、俺一人分の食事だ。エステルの実体化は感情的なものに左右されるらしく、安定しないので空腹になったりもしない……らしい。その辺安定させられるなら一緒に食事を楽しんでみたいと、そんなことをエステルは言っていた。


「ソーマさん達も随分と私達の言葉が上手くなっているのね」

「しっかり通じているなら良いんだが」

「上手いものよ。ソーマさんは……言葉を覚えるのがとても早いってみんな驚いているわ」

「いや、この辺はエステルの支援もあってのものだよ」


 精霊術を介してのものではなく、エルフ達の教えてくれた言葉で答える。言語は精霊術を介した翻訳と、ナノマシンの補助による学習によって習得している最中だ。

 シルティナ達と話をし、精霊術の同時翻訳によって文法や単語を学び、書き取りすることで言葉や文字を急速に修得中である。


 エルフ達の言葉はこの近辺で広く使われているもので、人間達相手でも通じる、とのことだ。ただ……エルフ達は長命で、人間達は短命だ。深く交流しているわけでもなく、こちらの話し方は、人間達には時代がかった大仰なものに聞こえるし、互いに通じない単語もある……という話であった。まあ、その辺は調整してやるしかないんだろうな。

 といってもそれはまだ先の機会になるだろうし、今はその予定もない。その時には精霊術で補えば、問題はないだろう。


 ともあれ、エルフ達の言葉は日常会話ぐらいなら問題なくこなせる程度にはなっている。ナノマシンが脳内に言語マップを築いてその意味を通じるものにしてくれているからだ。


「精霊術の取得も頑張ってね」

「ありがとう」


 製パン所や配給所で働いているエルフ達はシルティナとも友人で、アリアやノーラも可愛がっているらしく、最初からこちらに対しては好意的という印象だ。初日からシルティナ達を助けたことに礼を言われて、結構サービスしてくれた。毎日顔を出さなければいけないところなので、そこからの印象が良いというのは有難いことだ。


 お礼を言って別れ、配給所でも肉とキノコを貰った。


「これはあれだな。勉強が終わってからも、しっかりエルフの集落にお礼はしないといけないな」

「そうですねえ。何かを作って返すというのなら色々提供できる技術もあるとは思いますが」


 そんな話をしながら集落を通って家に戻る。もう少ししたらシルティナと一緒にアリア、ノーラが家にやってくるだろう。

 言語の修得が早いということで、授業の内容としては周辺の情勢や歴史と言った部分に入っている。それと並行して、魔力の扱いや精霊術の基礎を教えるという話も出ている。


 配給所を出て、すれ違ったエルフ達に挨拶をしつつも樹上の足場を進む。


「おはよう」

「おはようございます」

「……ん、ああ。良い朝だな」


 エステルとこっちから挨拶をすると、戦士階級のエルフは少し控えめながらも挨拶を返して、世間話まで振ってくれた。


「ああ。木漏れ日と朝露が綺麗で良いと思う」

「……そう、か。エルフの集落は、気に入ったか?」

「かなり。良いところだと思うよ」

「それは……何よりだ。樹上には不慣れなのだろうから、落ちないように気を付けて帰れ」

「ああ。ありがとう」


 挨拶をしておけば敵意がないと伝わって割と何とかなるものだ。下層でも軍でもそうだったし、エルフ達はそれらに比べれば全然擦れていなくて、素直な反応をしてくれるように思う。


 男衆は狩人と戦士を兼任している者が多く、森で人間族とも接する機会もいるからか、こちらには少し隔意がある面々もいる。

 それでも挨拶をすると、笑顔ではないものの静かに返してくれたりする。今すれ違ったエルフだって最初はもう少し距離があったが、あんな風に受け答えもしてくれるようになった。


 ハイン曰く「同胞のためにヴァルカランの亡者に立ち向かった者を認めぬようでは、エルフの戦士とは呼べない」だそうで。

 その辺の経緯で俺のことは認めているし、ライバル視されているところもある、という事だそうな。その内戦闘訓練や狩猟にも付き合ってみれば、彼らとも打ち解けるだろう、とも言っていたから、慣れてきた頃合いでそっちにも顔を出してみよう。


 家に到着してから窓を開けて外の空気を取り入れたりしていると、シルティナ達が家にやってきた。


「おはよう。ソーマさん。エステルさん」

「おはよう、お兄ちゃん、エステル様!」

「おはようー!」

「ああ。おはよう」

「ふふ。おはようございます。元気が良いですね」


 挨拶を返すと、アリアとノーラは屈託のない笑顔になった。エステルも駆け寄ってくるアリアやノーラを笑顔で迎える。

 それから、アリアとノーラは早速二人で精霊術を使っていた。俺の家の、水瓶に水を補充してくれるのだ。


 祈りを捧げるような仕草を見せるアリアとノーラの周囲に光の粒――小さな精霊達が舞い、窓から出ていく。程無くして泉から水が帯のように伸びてきて、水瓶にそのまま注がれていた。


「流れとしては、まず小さな精霊にお願いして魔力を渡し、泉の精霊に水を分けてもらうように頼んでいるのね。お願いの代わりに自分達の魔力を感謝の気持ちと合わせて譲渡する、というのが基本よ。泉の精霊様にも小さな精霊達が魔力を届けてくれて、こうなる、と」


 二人とも丁寧に術を使っているから、参考になると思うわ、とシルティナは一連の流れを解説してくれた。


 アリアとノーラもまだまだ精霊術の勉強中ではあるものの、水瓶に泉の水を補充したり小さな種火を作ったりといった、日常的なことはできるらしい。

 昨日の段階では言語関係の修得が早いので、そろそろ精霊術の勉強もしていこうという話も出ていたが……早速というわけだ。


「なるほど……。うん。精霊術に関しては二人が俺の姉弟子かな。色々勉強させてもらうよ」


 そう言ったら、アリアとノーラは顔を見合わせて笑顔になる。


「私達がおねえちゃんだって!」

「姉弟子ー!」


 随分と喜んでいる二人である。

 そんな二人に表情を綻ばせつつ、エステルがシルティナに尋ねる。


「こちらの精霊にとって、渡された魔力というのは何の役に立つのでしょう? 私は、こっちの精霊に比べると成り立ちが特殊なようでして、その辺、よく分からないのですよ」

「信仰や信頼、感謝の想いと共に渡された魔力は、精霊を健やかに成長させる糧になるわ。小さな精霊達はそうやって長い年月を経て強い精霊へと成長していく、というわけね」

「……なるほど。信仰や信頼、感謝が成長に、ですか……」


 エステルはシルティナの言葉に納得したように首肯する。


「年月をかけて精霊達と信頼と絆を結び、互いに成長していく……。そういうエルフの暮らしや考え方にも結び付いた精霊術は、他種族には理解しにくいのかも知れないわ。私達にとって精霊は隣人であり、友人であり、尊敬や信仰すべき存在だから。人間族は魔力を直接変換や制御して使う方が得意なようだし、彼らの精霊との関わりは特定の個人、一族と契約する……場所、物などに結び付いた守護精霊という在り方だと聞いたことがあるのだけれど……」

「……それは、確かに……そっちの在り方の方が私達に近い気がしますね。個人との契約や物に結び付いた守護精霊、ですか」


 エステルは、エルフ達からは高位精霊という扱いをされる。実体がないからそう誤解されているというわけではなく、精霊の力を感じるという話だ。

 今の話からすると、俺と契約している守護精霊。結びついている物があるとしたら、ナノマシンだな。そういうものがエステルのこっちの世界での解釈……いや、解釈という話ではなく、こちらの法則に合わせた結果、在り方自体がそうなった、というのが正しいのかも知れない。

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