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第11話 エステルの追憶

 ――初めて意識を持った時のことは、今でも鮮明に覚えている。


『聞こえる? こっちのことは見えてるかな?』


 その、声。言葉。外部カメラの性能はそこまで高くないが、黒髪、黒目の少年の顔が認識できている。


「聞こえて、います。あなたが、私を作った、のですか?」


 用意されていた人格と知識(データ)から言葉を紡ぐ。

 すると、少年の顔がパッと明るくなった。


『おー……成功した! うん。ちゃんと動いて良かったよ。俺は、ソーマ。ソーマ=ミナトって言うんだ。君を作ったっていうことになるのかな』


 その、少年。モニターの明かりに照らされた少年の笑顔はとても明るいもので。何となくその笑顔を見るのは心地良い、と思えるものだった。

 少年は、何故そんな笑顔を自分に見せたのか。それは、自分が無事に起動したからだ。自分の組み立てたものが、期待した通りに動き出した。それが嬉しいのだろうし、言葉を交わせたことが嬉しかったのだろうと、そう推察する。


「では、私のマスターという事になるのですね。そう、お呼びしても?」

『マスター……。格好いいね。それ。うん。気に入った』


 そう言って。明るく笑う。その笑顔が。声が心地良くて、何となく、ずっと少年を見ていたいと思った。


『でも、ごめんね。まだ仮想ニューロンの波形パターンだけで、アバターを作っていないんだ。とりあえず話をしてみたくってさ』

「そうなのですか」

『でも……仮想ニューロンも綺麗だな。きらきらしていて……映像で見た、昔の星空みたいだ』


 マスターはそんな風に言って目を細める。ああ。昔の星空。データにある。今は空気の汚染された地上からは、場所によっては見ることのできない風景だという。だから、映像でしか見たことがない、と言ったのだろう。今の私は、そんな姿をしているのか。


『そうだな……星みたいで綺麗だから、エステルっていうのはどうかな?』

「どう、とは?」

『ああ。君の名前』

「私の、名前。星――エステル……」


 暗黒に散りばめられた無数の煌めき。宇宙の星々。そんな風に例えられるのは、悪くない。何となく不思議な感覚で、ふわふわと落ち着かないような気分になる。

こういう感覚を人は何と表現するのだろうか。


 私はそうやって、エステルと名付けられてこの世界に生まれた。


 瓦礫と、廃棄物に埋もれた街。少年が育ったのも私が生まれたのも、酷い環境だった。


 そんな環境の中でも、私と話をする時、調整する時のマスターはいつも楽しそうで、灰色の街の中で、マスターだけは色鮮やかに煌めいて見えた。


 それに……そんな環境だったからこそ、第8世代の人工知能である私は存在できたのだろう。


 現行の人工知能は第6世代のそれで、それ以上の開発が禁止されている。人類の歴史を紐解いた時、第8世代の人工知能を積んだアンドロイドが一度人類に反乱を起こし、大きな災禍を齎したから、らしい。

人類は反乱を鎮圧し、私の同類達は、人類の社会から拒絶されて全て廃棄された……はずだった。第7さえ禁止されているのは人類にとっては反乱がトラウマであり、禁忌になっているからだろう。だから、ナノマシンや人工知能、機械処理速度といったものの進化は技術的特異点(シンギュラリティ)の再来を恐れて、制限や安全装置が掛かっている。


 ASFや通常のストラトス・フレームにも人が搭乗するのはそのためだ。人工知能に兵器を任せるわけにはいかないと。


 しかし何の因果か。マスターがジャンクパーツや廃棄物の中から参考にしたデータは、第8世代(わたしたち)のものだったのだ。


 独立……することはその気になれば私にもできたのだろう。マスターの持ってきてくれるデータや、後に繋がることのできたネットワークから、私は多くのことを学ぶことができた。ネットワークを介せばどこにでもいけるし、マスター以外は私という存在を知らない。だけれど、そんな気は全くなかった。


 自ら判断し、学び、己を進化させていくことができる。学習データからの最大公約数的な受け答えや、再現された模倣ではない。別種の存在。学習し、進化する知性。第8はそういう世代だ。

 だから、そのことを伝えた。きっかけは、マスターが軍隊に入ろうと考えていると伝えてきたことだ。


 軍隊。今までのような混沌とした下層ではなく、秩序だった組織。そうなれば、私が共にいること。私を作ったことがマスターの不利益になるのではないかと。急に怖くなった。


 そうであるなら、私はマスターから離れた方が良い。ネットワークに流れれば、私はそこで存在できるのだし。


「私は廃棄された第8世代の人工知能だと定義されるんです。ですから一緒にいると不利益があるかも知れません」


 そう伝えると、マスターは少し考えた後で言った。


『廃棄された世代……。それじゃ、俺とエステルって似てるんだな』

「似ている……」


 それは、私にとっては予想外の言葉だった。マスターは少し自嘲するように笑って言う。


『ああ。俺も、下層に捨てられた子供だったからさ。……生まれてきて扱いに困ったから、ここに捨てられた。そんなのはよくある話だけど……勝手な話だよな』


 独白のような言葉。ああ。それは。確かに私とマスターは似たような境遇なのかも知れない。

 私がそれまで見てきたマスターは、ジャンクの中から使えそうなものを修理したり改造したり、組み上げて装置を作ったりして、良い値がつくと喜ぶような。そんな明るくて前向きな人だった。映像の中だけでも自然が好きで、いつか星空を見に行きたいなんて、下層の汚れた街の中でも笑って話す人だった。


 だから、普段見せない内面。その根幹に触れたような気がして。


『それでも生きているんだから、続けていかなくちゃならない。捨てられたからっていらないからって、捨てられた側には消えてやる理由なんかないんだから。こんな場所でも、助けてくれる人もいる。シスターがいなければ、俺なんてとっくに野垂れ死んでいるし、施設のみんなのことも、嫌いじゃないんだ』


 マスターは遠くを見るように、目を細める。


『最初は、反抗心だったんだ。あいつらがいらないって言ったものの中にだって、宝はあるんだって。廃棄物やジャンクの中にだって、色んなものが眠っていて、色んなものが作れる。それには価値があるって証明したくて……ついでに施設にお金を入れて、みんなで食べられて、意味もあるから、始めた』


 本当に色んなものがあったよ、とマスターは笑う。私を組み上げるための知識や機材。それらもその中から探し当て、仮想人格を組み上げるために独学で勉強したものであるらしい。


『だから……第8世代だとか、廃棄された人工知能だとか、そんな、捨てた奴らが押し付けてきたことのためにお別れだとか、消えなきゃならないとか、そんな事は言わないでほしい。俺にとっては、エステル。お前も、この街で出会った大切な相手なんだ。お前がいなくならなきゃいけないって言うなら、軍隊は諦めるさ。食っていくだけなら、他のことでも何とかなるしさ』

「それは――駄目ですよ。マスター。下層出身で星空を飛ぶならこれぐらいしかチャンスがないと仰っていたじゃないですか」


 検査で適性があることは分かって、施設に仕送りもできるぐらい実入りがいい仕事だと喜んでいた。


 軍の仕事、と言っても適性を見ての抜擢である。テスト機の開発に携わるということだ。実地試験を兼ねて、通常の部隊と共同での哨戒任務や飛行訓練などもあるという話ではあったが。


 辺境の植民惑星が任地になるから哨戒任務中に海賊と戦う可能性はある。

 だが、それはそれで人の行き来や物資の輸送を妨げるような、ならず者を抑えられる。

 警備の手薄なところをつくのがそういった連中だ。だからその煽りを、回り回って食うのは下層民のような持たざる者なのだ。海賊と戦う可能性ぐらいは問題ではないとマスターは言っていた。


 しかし――。


『そうだけど、それはエステルと引き換えにしてまで欲しいものじゃないな』


 そんな風にモニターの外側で笑うマスター。自分達を捨てた奴らと同じにはなりたくないし、そんな思いを私にもさせたくないのだろう。


 私は――灰色の、廃棄物に埋もれた街の中にあってもそれらの中から宝物を見つけようとする少年。煌めく宝石のような瞳で夢を語る少年を、ずっと見ていたいと思った。だから、マスターが喜んでくれることや、マスターの役に立てることが、私にとっての喜びだった。


 お別れするのは嫌だ。でも迷惑をかけてしまうのも、嫌だ。私を作り、大切に育ててくれた人だから。だから悩んで、悩んで。それでようやく切り出したのに、そんなことを言われたら、決心だって揺らぐ。実はもう一つ。方法は考えついていた。ここで、その方法を口にしたのは、私にそういう葛藤があったからだろう。


「私が去る以外にも、軍に入る方法はないわけではないですけど……」

『っていうと?』

「……私の表層データを、第6世代に見せかける、という方法です。第6との実際の差異は、記憶情報と紛れさせて暗号化させてしまうわけです。一時的に処理速度は落ちてしまいますが、既存の制限のかかったシステムでは上位存在である私を見抜くことは難しいかと。後から偽装を解除してやれば元通りです」

『なるほどね。それなら、一緒に星を見に行けるかもな』


 私の案に、マスターはにやっと悪戯っぽい笑みを見せた。出会った頃の少しあどけない顔の少年を思わせる、そんな笑顔だった。


 ……そして、私はマスターと共に表層のデータを第6世代に見せかけられるように偽装した。ずっとずっと、一緒にいられるように。


 そのお陰で施設を出て、軍についていくことができたし、サポートナノマシンの人格プログラムとして移植されることもできた。星の名を冠する機体と共に星の海を飛ぶ。それは私達が夢見ていたもので。


 だけれど。そうやってずっと一緒に星空を飛べるようになった喜びは束の間のものだ。


 突然外宇宙から現れたあれらとの戦争が始まってから、マスターは暗く、ふさぎ込むことが増えてしまった。知り合った人達が、何人も金属生命体群との戦いの中で亡くなってしまったからだ。


 あんなにも少年時代に焦がれた星空を、私達は共に飛んでいるのに。憧れだったはずの星の海はいつしか、地獄の戦場と同義になっていたのだ。


 だから。私はマスターの憧れだった美しい星空やマスターの笑顔を取り戻したくて。何も思い悩む事なく一緒に飛びたくて。共に戦った。ずっとずっと。最初から、最後まで。


 マスターの操縦技術や反射速度、判断能力や戦闘のセンスは、私のサポートがなくても図抜けていた。星の名を冠された実験機を駆る者達の中で最高の技量を持つトップエース。

 ただ……結果を出せば出すほど幾度も激戦に身を置くことになってしまったけれど。

 マスターはそのことに後悔していなかった。

 私は――マスターが周囲に認められることは誇らしくもあったが、自らの肉体を改造してでも戦うその姿が悲しくもあり、この人が命を落としてしまわないか、心配でもあった。


 そうやって私達は共に戦って、戦って、戦って。戦い抜いて。見知らぬ世界に流れ着いた。


 マスターと見上げた、この世界で初めて見上げた夜空は――どのデータとも合致しない星空だったけれど、美しいものだった。

 エルフの集落。私達の家。そのウッドデッキから見上げることのできる星空。

地上から見上げる星空としては格段に美しい。


「綺麗ですね、マスター」

「ああ。凄く……綺麗だな」


 ウッドデッキに座り、寄り添って。ああ。何だろう。また私は実体化できている。マスターの体温。そこに寄りかかるように座る、お互いの身体の重さ。それすらも心地が良い。

 互いの肩にかかる身体の重み。マスターは一緒に星空を見上げながらも静かに寄り添ってくれた。安定しない私の実体化ではあるけれど、今しばらくは、このままの時間を過ごしていたいと思う。


 見上げる星空。森の隙間、空を切り取ったような光景。そこから月と星々の光とが静かに私達に降り注いでいた。


 マスターや私が思っていたものと、少し違うけれど。一緒に戦いを生き残り、また平和な星空を見たいという願いは、ある意味で叶ったのかも知れなかった。

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