第10話 英雄の事情
「俺達は……とても遠い国から来ました。俺はそこの国の軍人――兵士だったんです。エステルは、俺の補佐であり、昔からの相棒ですね」
国、と言っているが、俺が所属していた組織はそれよりも枠組みの規模が大きい。本星の中央政府軍の直轄だったからだ。
直轄軍といっても俺が所属していたのは、次世代を担う新型機を開発するための研究開発部隊だった。新型機開発のために最終的にパイロットの強化改造も行うから適性が必要になってくるし、本星所属のエリート部隊ではなく、本当に実験開発という意味合いが強い部隊ではあるのだが。
実験部隊『アルマゲスト』は元々新型機の開発、実験を目的としていた部隊だ。金属生命体相手に初期の戦線で試作機が戦果を挙げたという理由で、研究者達や実験艦と共にそのままなし崩し的に急造艦隊に編入されたという経緯を持つ。
計画を前倒し。軍内部にいる実力のある適正者や、それに軍外部で見出した適正者への強化手術を施した上で、試作型の位相融合炉を組み込み、新型機を最速で実戦投入した形だ。
起死回生と人類の存亡を賭け、倫理面を放り投げた特殊な立ち位置の部隊。そもそも試作機、新型機を急造部隊として投入するというのは末期的な苦肉の策ではあったが、それでも俺達が軍属であり、兵士であることには変わりない。
植民星周辺の宙域で金属生命体群と戦って、撤退戦を生き延びた。それが開発中の機体を前線で運用するような事態を招いてしまったところはある。
だがまあ、それらを正確に彼らに説明するのは難しい。なるべく分かりやすく。通じやすいような言葉を選ぶ。意図が翻訳されて伝わるにしても、できるだけ理解できる形になるようにと。
「俺達の国は戦争をしていました。戦争というよりは、こちらを攻め滅ぼし、食らいつくそうとする侵略者相手の国土防衛戦……生き残りを賭けての抵抗という方が正しいでしょうか」
「魔族……でしょうか?」
「その魔族というのを俺やエステルは知りません。同じものとも、違うものとも言えませんが、戦っている相手は完全な捕食者であり、別種。言葉を交わすことすらできない、そんな怪物の群れでした」
首を傾げるマデリエネに答える。ヴァルカランの亡者が近場にいる彼らにとっては、そういう話の通じない脅威というものも理解しやすい、だろうか。或いはその魔族という連中も似たようなものなのか。
「俺達は、追い詰められていました。しかし、敵将を倒せば、その手足となって動いている化物共の動きも止まるという研究結果を得たのです。ですから、主力部隊で敵の注意を引き付け、大規模な……こちらの国でいうところの魔法で、敵を混乱に陥れ、その間に少数で敵陣に攻め入り、敵将を討つ、という作戦を立てました。俺達はその作戦に参加したわけです」
ウィルスを取り込ませて混乱させた上で、位相融合炉による転位で母艦とASF部隊による敵陣内部への強襲。背後に控えた大艦隊すら囮。最終防衛ラインの向こうには母星。それこそ後のない作戦だ。それだけ人類は追い詰められていたと言っても良い。
けれど、結果から言うなら全てを賭した作戦は成功した。方舟と名付けられた超巨大敵母艦。その内部に潜入し、俺達はマザーを撃破したのだから。
「作戦は、成功しました。しかし、敵将とその拠点の崩壊と共に放たれた力……そういうものが、私達が脱出のために使おうとしていた、魔法と干渉したから、でしょうか。はっきりとした原因は説明できませんが……。例えるなら花びらや木切れが、強い風や大きな波に飲まれるように、私達はどこからやって来たのかもわからなくなるほど遠くに流されたのです」
エステルが俺の言葉を引き継ぐように説明を続ける。
「そして、気付いたらこの近くにいた、というわけです」
「なるほど。それが事故……」
ハインは頷く。
「見慣れぬ服装。知らない武器。聞きなれない言語に、何を司っているのかも分からない高位の精霊……。確かに、あなた方は我らの知らない異界から流れてきたようだ」
「人間族の用いる勇者の召喚とはまた違う原理で現れた御仁、というわけですね」
ライヒルが言うと、マデリエネがそんなこと言った、
「勇者……。そんなものもいるわけですか」
「伝聞なので、本当かどうかは知りません。私達にそのような技術があるわけでもありませんから。過去、どこかの国が魔族に対抗するために魔法で勇者を招いたという噂話を聞いたことがあるだけです」
「あなた方が帰還のために知識を望むのであれば、或いはその知識こそが探しているものなのかも知れないが……それを求めるにしても、言葉や文字といった準備も必要だろう。恩人であり客人としてこの地に逗留していかれるがよかろう」
ライヒルが、集落に留まる許可をくれた。
「良いのですか?」
「受けた恩には報い、誠実さには同じものを返すのは当然のことだ。言葉は分からず、精霊の司る力も知らずとも、そこに込められたものが真実か否か、邪悪なものかどうかは伝わるものだ」
……そうか。言葉ではなく、意思を伝える、だったかな。それなら悪意や敵意の有無も言葉に乗って伝わるのかも知れない。
「長老様……!」
「良かった……!」
アリアとノーラが顔を見合わせて、手を取り合って喜び合う。そんな二人にシルティナも表情を綻ばせていた。
「ハイン。先月、イコル達が引っ越しをしたと聞いているが、二人が元々住んでいた家は使えそうか?」
「はい。片付けも済んでいると思います」
「では、そこを使ってもらうように。ソーマ殿とエステル殿もそれで構わないだろうか?」
「家まで貸して頂けるというのは助かりますね」
「本当に家だけなのは申し訳ないがな。引っ越しの後だから、家財道具を揃える必要がある」
とは言うが、夜風を凌げて屋根があるというだけでかなり違ってくるだろう。防寒具などはあるし、寝泊まりするだけなら当面も困らないはずだ。
「家具などには不足があるかも知れませんから、それは手配させましょう。シルティナ。客人の身の回りの世話は、あなた方達にお任せします」
「必要なものがあるなら見繕ってやってくれ」
「良いのですか?」
マデリエネとライヒルの言葉に、シルティナが明るい笑顔を見せた。
「ふふ。嬉しそうなことですね」
マデリエネがシルティナの反応に小さく肩を震わせる。長老夫婦の反応は控えめではあるが、ライヒル共々心なしか楽しそうな雰囲気だ。
「ありがとうございます」
「お世話になります」
エステルと揃って礼を言うと、ライヒルは口元に静かな笑みを見せた。
「礼には及ばない。文化も風習も違う故に、戸惑うことや苦労も多かろうとは思う。しかしここでの暮らしが、ソーマ殿とエステル殿にとって善きものとなることを願っている。外から運ばれてきた若木が、森に齎す新たな変化も楽しみにさせてもらおう」
ハインやシルティナ達に案内されたのは、集落の中では少し高所にある家だった。樹の幹をぐるりと回る螺旋階段を昇ると、少し陽当たりの良い足場、というかウッドデッキが広がっている。ここは――空が見えていて、陽が差し込むのか。
家はややこじんまりとしている佇まいだ。他のエルフの家同様、木と半ば一体化したツリーハウスといった風情である。
ウッドデッキは柵が設けられており、見晴らしは良い。少し離れたところに……集落の水源であろうか。泉があって、きらきらと枝葉の間から差し込む陽光を反射していた。
「ここに住んでいたのは若い夫婦であったのだが、子供が生まれることを機に、もう少し下にある広い家に引っ越しをしてな」
ハインが説明してくれる。
なるほど。エルフの感覚は分からないが、高所にあるから小さな子供がいると不安……かも知れない。階段や梯子の昇り降りも出産前ともなれば大変だろうと思うし、家族が増えれば手狭にもなるか。引っ越したのは分からなくもない。
俺にとっては実質一人分のスペースでも足りるし、エステルが実体化をしても過不足はない広さだと思う。というか……手狭と言っているけれど艦の自室よりはずっと広い。寧ろどこが手狭なのかと思うぐらいだが、この辺は生活習慣や文化の違いか。
「良い場所だと思う。陽当たりも見晴らしもいい。元々暮らしていた場所が、狭くて無機質だったから、新鮮に感じるし広く見えるな」
正直に感想を口にすると、ハインは笑う。
「気に入ってもらえたのなら何よりだ。ソーマ殿が暮らしていた場所は少し気になるが、まあ、今は中を案内しよう」
そう言って長老から預かっていた扉の鍵を開けて家の中を見ていく。
玄関口から廊下が続いており、すぐ右手にキッチンと広めのリビングがある。奥にトイレや沐浴用に使うのか、タイルで作られた設備。更に奥に階段が続いており、寝室や収納があるという作りだ。
確かに、家財道具の類はあまり残されてはいなかった。棚であるとか、切り株のようなテーブルだとか、煉瓦作りの竈等はあるが、これらは備え付けであるから動かせないというだけだ。
ただ、俺一人で暮らすのなら十分と言える。不足している家財道具は今後揃えていくとして、当座はサバイバルキットがあれば困ることもなさそうだ。
「水瓶と寝具がないのと……スライムがいないのは困りそうね。というか、こうして見ると精霊術が使えないと、不便もありそう」
「確かにな。その為にシルティナ達に当面の身の回りのことを頼んだのだろう」
家の中を見て回ったシルティナとハインがそんな言葉を交わす。
水瓶と寝具……は分かるとして、スライム?
「スライムっていうのは……?」
「ああ。こう、どろっとした生き物で、トイレや沐浴に使った水を処理してくれるの。それに加えて、野菜くずも食べてくれたり」
シルティナが説明してくれる。
「なるほど……。ディスポーザーのようなものですか」
納得した、というようにエステルが頷く。
艦内での汚水処理はナノマシンによる分解装置が行い、活用できる資源を極力リサイクルさせる環境になっていたが、エルフの集落ではそういう生き物を飼って処理させているということらしい。
排水管などがなくてもそれぞれの家で処理を汚水処理の完結ができるのだから、確かにこういうツリーハウス向きかも知れない。
その他、水汲みや火起こし、湯沸かしなどは精霊術に依存しているらしく、水源である泉まで一々水汲みに行ったりはしない、ということである。
「文字と言葉を教えるついでに、簡単な精霊の使役術も覚えられないか試してみると良い。エステル殿の加護を受けているソーマ殿ならば、低位の精霊達も簡単な頼みなら聞いてくれるのではないかな」
「できなかったら、わたし達が手伝いに来る」
「うんっ」
アリアとノーラが元気よく言う。アリア達のような子供でも使えるぐらいの精霊術、ということらしい。
「ありがとう、二人とも。でも、俺の家に来る時は誰か大人と一緒にね」
礼を言うと、二人は嬉しそうにこくこくと頷く。
スライムは分けてもらえるということで、とりあえず問題はない。水、食器、寝床はサバイバルキット内に用意がある。すぐには必要ないということで追々揃えていけば問題ないということで話もまとまった。
食べ物も数日なら問題ないが、これから生活していくということで、色々聞かせてもらえた。
エルフの集落内では木の実からパンを作り、住民に毎朝配ったりしている、とのことである。農作と栽培。狩猟と採取で生活を営んでいるそうで外の貨幣……も一応需要がないわけではないが、基本的には人間達を含めた他種族と交易をしているわけではなく、共同体としての生活が基本ということだ。
パンや肉、果実、野菜は貰えるが、森で採取したもの、狩った獲物は集落に収めて皆に分配されるような形である。
「ソーマ殿は暫くそうした採取や狩猟は気にしなくていい。言葉と文字、常識といったものを覚えるまではな。約束を果たした後は……ここで暮らしていくのであれば、そうした仕事に出ることも必要になって来るとは思うが……」
「それはそれで……魅力的な生活かも知れないな」
想像を巡らせて、俺はハインに答える。精霊に関して学ぶことはできる。精霊の力というのが魔法と同義かは分からないが、因子――魔力に絡んだ仕組みを学んで、調べたり考察したりすることはここでもある程度できるし、何よりアルタイルの様子を見に行ったり、異常があった場合に対応することもできる距離だ。
エルフの集落で暮らしながら精霊と魔法、常識、情勢などを学んでいけば、アルタイルを安全に動かせる程度まで修復が進んだ時に取れる選択肢も増えているだろう。
そんなわけで、ハインは案内が終わった後にも仕事や仲間達への通達があるということで後のことをシルティナに託して戻っていった。
シルティナは首輪から解放されたことで精霊術も妨害されずに自由に行使できるようになった。ハインがいなくても翻訳の術を使えるとのことだ。
「とりあえず、用意できるものは持ってくるね。ソーマさん達は家の中や景色を見て、寛いでいて」
シルティナはスライム等も持ってきてくれるとのことだ。基本、普通に生活していれば処理槽に入れておくだけで良いらしい。
アリアとノーラもシルティナと一緒に家に帰っていく。
後には俺とエステルだけが残される形となった。
「ここに来た時はどうなるかと思ったがな」
「綺麗な集落ですよね。陽当たりも良くて見晴らしもいいですし」
エステルはウッドデッキからの眺めを見回しながら言う。枝葉の間をすり抜けて、ドローンが静かに降りてくる。回収しながらエステルに答えた。
「確かに、な。こんな場所で暮らすことになるとは思わなかった」
少しの間、エステルと共に目の前の光景に見入っていた。静かだ。
風の音と、枝葉の擦れる音。鳥のさえずり。森の香り。ほのかに香る花の匂い。
色々な音がするのに、とても静かだと思った。こんな光景を、俺は知らない。これまで映像の中ぐらいでしか見たことのない、美しい光景だった。
施設の皆がこの集落を見たら。戦友達がこの光景を見たら、どう感じただろうか。
思うのはそんな益体もないことだ。ここで感傷的になっても、仕方ないことではあるが。
「戦い抜いた褒美だって言うなら、悪くはないかな。帰還や連絡は出来ないから、一先ずはだけれど」
「マスター……。はい。今は――ここで戦いの疲れを、休ませてもらいましょう」
そんなエステルの声は、穏やかで優しいものであった。昔の……戦争が始まる前の平和だった頃にまで戻ったように感じられて、俺は少し微笑んだ。
「この分なら、星空も綺麗に見えそうだ」
「はい。空気が澄んでいますから」
多分、俺達の知らない星空なのだろう。だけれど戦いが終わって、エステルと一緒に夜空と見上げることは、彼女と約束していたことでもあった。




