2話『平穏』
3回ほど見直してもどこかミスってないか不安になりますなぁ⋯
午前6時。
数多の国が存在する世界の中でも、かなり平和な国⋯日本。
そんな平和な国で、優しい朝日を迎えて俺は目を覚ました。
「⋯⋯ん⋯朝か⋯」
''二度寝しよう''と脳が誘惑をしてくる前に素早く体を起こす。
「なんか⋯変な夢見たなぁ⋯⋯気のせい⋯かな⋯」
起きて30秒未満。
流石にまだ頭がぼんやりとする。
「さてと⋯」
布団を畳み、服を着替えた。
起きたら先ずやることがある。
それは、一緒に暮らしている家族を起こすことだ。
まぁ家族と言っても、一人だけなのだけれど。
「お婆ちゃーん、早く起きてー」
頭をかきながら大きくあくびをするお婆ちゃん。
名前は立華鏡花。
俺の育ての親で、一緒に暮らすたった一人だけの家族だ。
「ふぁ⋯⋯おはよぉ⋯翔。」
「はいおはよう。
あれ、そんな服うちにあったっけ?新しい買ったの?」
「ん、ああこれね〜
すごい安くなってたからつい買っちゃったの〜
バッチグーでしょ?」
とても暖かそうな白い長袖の服。
これから寒くなりそうだし、
俺も新しい長袖買うべきだろうか。
「うん、バッチグーだね」
先程一人だけと言った理由だが、俺に父親と母親はいない。
父親は俺が6歳の時に行方不明になった。
正直良い思い出が全くない。
むしろ悪い思い出のほうがよく残っている。
俺を何度も殴ってきたり、お婆ちゃんに怒鳴ったりしていた。
⋯きっとこの家から逃げたか、
人の恨みでも買って殺されたりでもしたのだろう。
母親は⋯写真でしか見た事がない。
とても綺麗で、とても優しくて、
とても勇敢な人だったらしい。
でも、俺が産まれた時に死んでしまったと聞いた。
そんな事があったから、俺はお祖父ちゃんや親戚の人から、
『お前のせいで』と何度も言われた。
⋯⋯そんな中唯一、
『お前は悪くない』と言ってくれたのがお婆ちゃんだ。
本当に大切で、本当に頼れる一人の家族だ。
⋯おっと、先に自己紹介をするべきだった。
俺の名前は立華翔希。17歳。
顔は多分普通、身長も多分普通。
小学と中学で過去二回程恋をしたことがあるが、
どちらもフラレた経験から、中々恋はできていない。
まぁ、両親がいない家庭環境を考えたら、
恋愛なんてする余裕なかったのだが。
⋯言い訳じゃないですよ???
【ピー ピー ピー】
「お、炊けたか」
特技は料理だ。
お婆ちゃんと二人暮らしなので、
基本的には俺が毎日ご飯を作っている。
かなり長いことやっているので、我ながら腕はかなり良い。
今も朝ご飯を作っているのだ。
「これでよし⋯っと」
朝食はやはり、目玉焼きにお味噌汁だろう。
目玉焼きもお味噌汁も、パッとすぐにできる。
何より、パッとできるのに本当に美味しい。
やっぱり食べ物は美味しければ美味しい程良いだろう。
「「いただきます。」」
⋯⋯
朝食を食べ終え、食器を片付けた。
そしたら次にすることは仕事に行く準備だ。
高校にはいかなかった。
うちは別に貧乏と言うわけでないが、
中学の頃はお婆ちゃんがまだ仕事をしていた。
そんなお婆ちゃんの体調が少し気になってしまった。
もう70歳を過ぎていて、あまり無理をしてはいけない年齢だ。
だから⋯高校を行くのを諦め、
中学を出てすぐにバイトを探し、様々なところで働いてきた。
最初はかなり苦労した。
何をやっても上手くいかず、何度も何度もクビになった。
正直何度も逃げたくなった。
でも、だからといって逃げる訳にはいかない。
''自分は他の家庭とは違う''と、
しっかり自覚しなければならない。
「本当に、頑張らないとな。」
掃除、洗濯、食器洗いを済ませ、8時になった。
仕事に行く時間だ。
あらかじめ準備していた荷物を持ち、靴を履く。
「お婆ちゃーん、仕事行ってくるよー、
お昼は作ってあるからお腹空いたら温めて食べてー」
大きな声で玄関からお婆ちゃんに伝える。
こんな遠くから言って伝わるのだろうか?
と言う疑問もあるかもしれないが、全くもって問題ない。
「あいよ〜いってらっしゃ〜い」
もう70後半なのに、耳は一向に衰えず喉も現役。
本当に相変わらず元気だ。
ずっと元気に、長生きしてほしい。
「さてと⋯」
俺はそのまま家を出た。
仕事に向かう時は毎日歩いている。
電車で行けばすぐに着くが、歩くのにはメリットがある。
軽い運動にもなるし、体力も付けられる。健康的健康的。
「ねぇねぇ、今朝のニュース見た⋯?」
そうやって歩いていると、
よくご近所さんの話し声が聞こえてくる。
なんでも気になってしまう性格と、お婆ちゃん譲りなのか⋯
耳が随分と良いせいでつい聞いてしまう。
「見た見たぁ⋯
有名俳優の風間夜見一さんが家で孤独死だってね⋯」
「そうそう⋯
私昔すごい好きだったから、本当にショックだったわぁ⋯」
「ねぇ⋯ それにさ────────」
孤独死⋯か、孤独死とは言わないが、お婆ちゃんも心配だ。
もし、俺が仕事に行っている時に家で倒れたりしたら⋯
家に帰った時にはもう手後れかもしれない。
介護施設⋯いや、そんなお金ないよなぁ⋯
家での介護は大変だとよく聞く。
「⋯⋯少しでも多く貯金に回すか」
そのまま、心地の良い風が吹く道を歩いていると、
後ろの方から、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「立華さん⋯立華さん⋯」
かなり小さく、ガサガサとした老人のような声。
俺は、なんだ?と思い、後ろを振り返った。
そこには、青いゴミ袋を引っ張りながらこちらに少しずつ⋯
本当に少しずつ近づいてくるお婆さんがいた。
あまり引きずるとゴミ袋が破れてしまうし、
お婆ちゃんも大変そうだ。
仕方がない、こちらから向かおう。
そして俺は、そのお婆さんの下へ向かった。
「どうしたんですか?柏木のお婆さん。」
近所に住んでいる柏木のお婆さん。なんと齢89歳。
うちのお婆ちゃんよりも更にお婆ちゃんだ!
「このゴミ袋重くてねぇ⋯
ちょっと持っていってもらえないかしら⋯?」
「ゴミ袋ですか、わかりました!任せてください!」
まぁ見た通り(ゴミ袋を重そうに引きずる様子)だし、
聞く必要もなかったな。
「ありがとうね⋯ 今日もお仕事?」
「ええ、そうですね」
「大変ねぇ⋯まだ若いのに⋯」
「頑張らなきゃ生きていけませんからね⋯
でも、毎日元気いっぱい!まだまだ頑張ってやれてますよ!」
その後少しだけ話をし、俺はゴミを捨てに行った。
ご近所づきあいと言うのは結構大切だ。
たまにおすそ分けとして良い物も貰えたりするし、
お金がない時は家で食事までさせてもらえた。
まぁ、お婆ちゃんがいろんな人に慕われてたおかげだけど。
⋯⋯俺も、みんなに慕われるように、そして⋯
昔俺を助けてくれた''あの人''に、少しでも近づける様に⋯
そんなこんなで考え事をしていると、
あっという間に仕事場についた。
かなり土臭いところだが、
ずっと働いているので慣れたものだ。
「おー翔坊!早えじゃねぇか!」
そう言って俺を出迎えるのは、
土だらけの汚い作業服を着た強面の男性。
俺の先輩だ。
俺をここで働かせてくれて、
すごく良く面倒を見てくれている。
「またですか⋯?」
柏木のお婆ちゃんと長く話しすぎてしまい、
仕事場に到着したのは仕事開始の10分前。
しかし、ここではこれでも早い出勤なのである。
「おう、また他の奴ら全員ぜってぇ遅刻だ。」
「早寝早起きとかしないんですかね⋯?」
「まったくだ!長くやってっから腕は確かだが、
あいつらからは熱量!つまりやる気が感じられねぇ!」
と、言う先輩の熱量はものすごい。
体から炎が吹き上がって見える程だ。
一人で三人分くらい働いている。
「まぁ、とりあえず翔坊は早速作業してくれや。
他の奴らはどうせすぐ来るだろうよ。」
「はい、わかりました!」
そうして午前9時。
いつもの仕事が始める。
⋯⋯
午後6時。
仕事が終わった。
この仕事は肉体労働なので正直かなり疲れる。
いつもクタクタになって土臭い仕事場を跡にする。
だが、終わった後の開放感と、
お金が貰える達成感は良い物だ。
「さてと、早く帰って夜ご飯だな⋯」
家に必要な物は揃っているので、買い物に行く必要はない。
そのまま家に向かおう。
⋯⋯⋯
薄暗い夜道を静かに歩いていた。
街灯は切れかかっており、カチ⋯カチカチと音を鳴らす。
まだ消える事はないだろうと思っていた。
だが、街灯は完全に消えてしまった。
⋯⋯⋯
暗いところが怖いと言う訳ではない。
いつも通っているし、何とも思わないはずの静かな道。
それなのに、何故だが少しだけ不安感を感じる。
しかしそんな静かな夜道の中、
虫がジリジリと鳴き、安心感を覚える。
「⋯⋯⋯?」
だが、こんな静かな夜道で、
何故か虫以外にも、何か響くような音が聞こえた。
『ー・・ ・ーー ・・・ー ーー』
上手く聞き取れない。
しかし、物音ではないとわかる。
「な⋯なんだ⋯?」
『・・ー ーー ・ー・・ ・・』
人だ。
何を言っているのかわからないが、
この静かな道で、ぼんやりと聞こえるのは人の声だ。
心臓の鼓動が早まった。
誰かいるのか⋯?そう思い、辺りを見渡す。
しかし、誰もいない。
でも、声は聞こえる。
「あ⋯あの⋯?誰かいるんですか⋯?」
⋯⋯⋯
暗い夜道は静かになり、何も聞こえなくなった。
だが、そう思ったにも関わらず、すぐにまた声が聞こえた。
今度は少し近くで聞こえた。
声の方を見ると、街灯が消え、真っ暗な道のはずなのに、
不自然にも水溜りが白く光っていた。
「え⋯⋯?」
『ー・ ーーー・ ・ーー・ー ー・ーー』
「な、何なんだよ⋯!」
不気味な光⋯不気味な声⋯
恐怖を感じ、俺はその場から走って逃げた。
あの場に居てはいけない気がした。
ハァハァ⋯と息を乱しながら、明るい町の方へ走った。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯
とにかくその場から離れる為、
かなり走り、やがて町に着いた。
俺は後ろを振り返り、ホッと息をついた。
声は聞こえなくなっていたし、何もついてきてはいない。
「本当に⋯何だったんだ⋯」
ハッキリ言って、少しだけパニックになった。
幽霊⋯とは言わないが、不気味で謎の声。
誰かのイタズラだったのだろうか?
そのまま俺は、家に帰った。
背中が汗でビッショリと濡れ、不快な感覚を残す。
「ただいま⋯」
⋯⋯
「ん⋯⋯?」
家は明るく照らされていたが、シーンとしていた。
俺が''ただいま''と言えば、
いつもはすぐにお婆ちゃんが反応するのに、
一向に返事が帰ってこなかった。
不安が込み上げ、俺は足早にお婆ちゃんの部屋に向かった。
そして、扉をバタンと勢い良く開け、部屋に入ると。
「お婆ちゃん?!」
「ん⋯あ、ああ帰ってたのかい、おかえり。」
お婆ちゃんがコタツに入り、ただ座っていた。
どうやら手紙を読んでいたようだ。
変な事が起きたばかりだから、
妙に不安感を煽られ、少し焦った。
しかし、何も問題ないようだ。
良かった。
心の底から安心した。
「た、ただいま。」
「どしたんだい?そんなに慌てて」
「いや、なんでも⋯すぐご飯作るね。」
俺はすぐに服を着替え、夜ご飯を作り始めた。
⋯料理をしながら、考え事をしていた。
気味の悪い声に、妙な不安⋯
なんだか少し疲れているのかもしれない。
休みの日くらい羽目をはずした方が良いのだろうか?
「はぁ⋯」
食事をしながら、つい溜め息を漏らしてしまった。
「本当にさっきからどうしたん?翔。」
「いや⋯なんか変な事が多くて⋯
疲れてるのかな⋯無理し過ぎなのか⋯?」
「あんま体調が優れんようならちゃんと休むんよ。
⋯なんなら、今度の休み久々に出かけたりでもするかい?
また一緒に釣りでも行こうさ、翔。」
釣りか⋯気晴らしには良いかもしれない。
釣り用具は最近使っていないがずっとあるし、
そうだな⋯せっかくの休みなんだ、
たまには体よりも、心しっかりと休ませよう。
「うん、そうだね。
じゃ、来週の土曜日にでも行こうか。」
休みの予定は決まった。
とりあえず来週の土曜日まで頑張ろう。
そうして、食事を済ました。
「「ごちそうさまでした。」」
⋯⋯
それから、5日経った。
帰りは毎日あの道を通ったが、
またあの気味の悪い声を聞く事はなかった。
そして今日も、仕事を終えて帰宅の準備をしていた。
そんないつもどおり何も変わらない日だった。
「⋯⋯なぁ、翔坊⋯ちょっといいか?」
「はい?」
いつも面倒を見てくれる先輩に呼び出された。
そして⋯いきなり平穏は崩れた。
「⋯⋯⋯え?クビ⋯ですか?」
「すまん⋯大して長くいるわけじゃない従業員切って、
人件費削減しろって上が通達してきてよ⋯ほんと、すまん!」
頭が真っ白になっていた。
やっと定着してきた仕事をクビに⋯
これからどうすれば⋯
「⋯⋯⋯」
いや⋯何も焦る必要はない。
いつものことだ。
クビになるなんて、初めてじゃない。
大丈夫だ、気にすることはない。
また探せばいい⋯きっと見つかる。
⋯そうやって自分を洗脳する。
だが、できなかった。
悔しい。
なんでまた⋯⋯1年間頑張っていたと言うのに⋯
上手くやっていた⋯やれていたと思っていたのに。
少しだけ怒りが込み上げて来る。
疲労やストレスが重なっているのもあるだろう。
少し鬱憤を吐き出したくなった。
⋯⋯だけど。
「⋯⋯わかり⋯ました。
1年間、ここで働かせていただきありがとうございました!」
何も言い返せなかった。
クビと上に言われた以上、もうその結果は変わらない。
これ以上、駄々をこねても意味なんてない。
面倒を見てくれた恩人に、迷惑をかける訳にはいかない。
「なぁ、大丈夫か⋯翔坊?
最近随分と疲れてるみてえだが⋯?」
「そう⋯ですね⋯最近あんまり休めてませんでした。
でもまぁ、クビになっちゃいましたし、
ついでに数週間くらい休むとしますよ!」
「⋯⋯そうか⋯ 本当にすまねぇ。」
先輩は、俺に深々と頭を下げた。
この人は、上司にも、同僚にも、部下にも、
全く頭を下げたところを見たことないと言うのに⋯
俺なんかに頭を下げた。
それだけ申し訳ないと思っているのだろうか?
⋯いや、考える必要はない。
「い、いえ!先輩は悪くないですよ!
それにまだ一ヶ月は頑張らせていただきます!」
俺は先輩の頭を上げさせ、逆に頭を下げた。
後一ヶ月か⋯最後まで真面目に、しっかりと頑張ろう。
そのまま俺は、土臭い職場を跡にした。
その日もまた、あの道で何かが聞こえることはなかった。
どこにも寄ることなく、ただ町をフラフラと歩いていた。
「ハァ⋯」
溜め息を漏らし、顔を俯かせ、
真下にある割れたコンクリートの隙間に溜まった汚い水を見ていた。
そこには、とても疲れたような顔をした人が反射していた。
「⋯⋯」
いつものことだ。
2回や3回程度のことじゃない。
もう何回もクビになった。
気にすることないじゃないか。
次の仕事のことを考えよう。
そう、次の仕事のこと。
次の⋯⋯
「⋯⋯⋯はぁ。」
疲れたな。
なんで、なんで俺がこんな目に。
父親がいれば、まだ変わっただろうに。
良い思い出なんてなくても、
生活の事はあまり考えなくていいし、
普通の家庭の様に高校にも行けたかもしれない。
「やめよう。何も考えず、早く家に帰ろう。」
そう思い、再び足を進める。
しかし⋯俺はふと思いつき、足を止めた。
「⋯⋯そうだ、またあそこに行こう。」
何かあれば、いつも向かっている場所がある。
そこに向かう事を決め、再び歩き出した。
しばらく歩き、目的地に到着した。
町からほんの少しだけ離れた海沿いの暗い夜道。
街灯はほとんどなく、明かりはほぼ月と星の光のみ。
いつも、辛いことがあるとこの道に来ていた。
俺の⋯リラックス地点?とでも言ったところだろうか。
そんな場所で、俺は光で照らされた海を見つめていた。
「⋯⋯ハハ」
水面がギラギラと光り、美しく揺れる波の姿が見える。
ザァ⋯ザァ⋯と静かに響くさざなみの音を聞き、
冷たい潮風を浴びる。
そうしていると、少しだけ心が癒える。
だがしかし、この道の良い点は海があるだけではない。
もう一つ最高にリラックスできる物がある。
それを見る為に、俺は空を見上げた。
そして、あまりの美しさで無意識のうちに微笑んだ。
「⋯⋯綺麗だな」
そう、ここは町から離れているからとても暗く、
星がとても綺麗に見える。絶好の星見ポイントだ。
「⋯⋯ハァ〜風が気持ちい〜、ここで寝たい」
こうして風に当たりながら星を見て、安らいでいると、
''単純な性格で良かったな''とたまに思う。
本当に単純だ。
でも、潮風に当たり、波の音を感じ、美しい星を見る。
そんな単純な事で安らげるなら、安くて良いじゃないか。
「お、北斗七星見っけ」
深く考えすぎず、単純な方が生きやすいよな。
よーし、明日また頑張ろう。
きっといつか、今よりも楽になれるさ。
そうやって頑張れば、頑張って生きていけば、
楽しい事が、嬉しい事が待っているはずだ!
「完全復活!」
本当に、いつもここに来ると頑張ろうと思える。
そして俺は、誰もいない夜道で大きく叫んだ。
流石に誰かいたら頑張ろうと思えても叫ばないけどね?
普通に恥ずかしいし、不審者だし。
「⋯っと、早く帰って夜ご飯作んなきゃ、
お婆ちゃんお腹空いてるだろうな⋯」
そしてまた、俺は家に向かう足を⋯
幸せに向かう足を動かした。
しかし⋯しばらく歩き、病院の前を通ると。
「⋯⋯⋯ん?」
病院から大慌てで出てくる黒いスーツを着た二人の男がいた。
社長!社長!と辺りを見渡し、誰かを探していた。
おそらく、と言うより確実に、
その社長を探しているのだろう。
すると、眼鏡をかけた片方の男が、
息を切らしながらスマホで電話をかけはじめた。
⋯⋯⋯
⋯⋯
⋯
しかし、電話には誰も出なかった。
それにイラつき、眼鏡の男はクソ!と荒い言葉を漏らす。
それを見て、もう一人の男は溜め息を漏らしながら、
眼鏡の男を冷静になだめる。
「落ち着け。ご病気なのだ、そう遠くにはいけない。」
「わかってる⋯!
だが、もうこんな時間だ、探すのも一苦労だぞ!」
「手分けして探そう、私は付近を捜索する。
お前はここから町に向かう道を探してきてくれ。」
男の提案に対し、眼鏡の男はわかった。と言い、
俺の方に⋯道の方に真っ直ぐ走ってきた。
一刻も早く帰ろう。そう思っていたが⋯
俺は眼鏡の男に近づいた。
「あ、あの⋯誰か探してるのなら⋯俺も⋯」
自分だって仕事をクビにされ、
他の人なんてかまっていられない状況だったが、
困っている人がいたら見捨てることができなかった。
⋯⋯しかし。
「どけ!!!」
俺は思いっきり突き飛ばされ、後ろに倒れ込んだ。
眼鏡の男はそのまま辺りを確認し、走り去っていった。
頭は打たなかった。とくに大きな怪我はしていない。
だけど、コンクリートの道路に突き飛ばされ、
手が少し赤いし、ヒリヒリする。
「⋯⋯⋯」
たしかに、助けられる側からしたら、
何も知らない奴に何ができる?と思うだろう。
実際に俺はその社長って人を知らない。
相手からしたら、言うだけ時間の無駄かもしれない。
だけど、流石にこれはないだろう?
困っていそうだから話しかけた、
それなのに、こんな仕打ちはないだろう。
「⋯⋯ハァァ」
大きな溜め息が漏れた。
俺は少し苛立ちを感じ、拳を力強く握った。
赤くなった手は力を込めれば込めるほど痛みを感じさせる。
「⋯あんまりじゃないか」
誰もいない静かな道で、愚痴を漏らそうとした。
だがその時、ピチャリ⋯ピチャリ⋯と小さな音が聞こえた。
そして俺は空を見上げた。
「⋯⋯⋯」
先程まで、とても綺麗な星空が見えていたのに、
星達は隠れ、空を黒い雲が覆っていた。
ピチャリと鳴っていた音は、
すぐにザーと言う大きな音に変わり、大量の雨が降ってきた。
天候までもが、俺に苦しみを与えてきた。
ああ⋯せっかく気分が良くなっていたのに⋯最悪の気分だ。
「風邪引く前に帰ろ⋯」
そうして俺は立ち上がり、雨の中走り出した。
寄り道もしていたし、シンプルに遠回りだった。
だから、いつもより帰るのに時間がかかった。
「ただいま」
全身が雨で濡れ、服が少し重々しい。
家に着くと、何故か電気が消え、真っ暗闇だった。
どこかに出かけているのだろうか?と思った。
出かけているのなら、ご飯でも食べに行っているのだろう。
この雨の中、少し心配だが⋯
流石に迷子になるほどボケてはいない。
俺は⋯別にお腹は空いていないし、
今日はいろいろ疲れたからもうそのまま寝よう。
「⋯⋯でも喉が乾いたな、寝る前に水でも飲むか」
そう思い、キッチンに向かった。
すると⋯
「⋯⋯⋯?」
暗い視界に慣れ、
暗闇の中に何があるのか、少しだけ見えていた。
扉をあけてすぐ下⋯そこに何かが倒れていた。
何か⋯いや、物じゃない。人だ。
俺の目の前に、誰か人が倒れていた。
体が震える。
心臓の鼓動が乱れている。
そして、呼吸が上手くできない。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
「⋯ ⋯ ⋯ ⋯ 」
そのまま俺は、柱に掴まってその場に座り込んだ。
そして、震えた指で倒れ込む人の背中に触れた。
倒れていた人が誰だか、見た途端にわかっていた。
この家の戸締まりはしっかりしているし、
他に暮らしている人はいない。
そして何より、薄っすらと見える白い服。
今朝この服を着た人を見たからだ。
俺は涙を零しながら、小さく呟いた。
「⋯⋯お婆⋯ちゃん⋯」
雷がドカンと大きな音を鳴らし、家の中を黄色く照らした。
そして俺は、しっかりと見てしまった。
口から血を吐き、倒れ込む⋯
ずっと育ててくれたお婆ちゃんの姿を。