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旅の軌跡  作者: 道尾
2/4

2話『平穏』

3回ほど見直してもどこかミスってないか不安になりますなぁ⋯

午前6時。

数多の国が存在する世界の中でも、かなり平和な国⋯日本。

そんな平和な国で、優しい朝日を迎えて俺は目を覚ました。


「⋯⋯ん⋯朝か⋯」


''二度寝しよう''と脳が誘惑をしてくる前に素早く体を起こす。


「なんか⋯変な夢見たなぁ⋯⋯気のせい⋯かな⋯」


起きて30秒未満。

流石にまだ頭がぼんやりとする。


「さてと⋯」


布団を畳み、服を着替えた。

起きたら先ずやることがある。

それは、一緒に暮らしている家族を起こすことだ。

まぁ家族と言っても、一人だけなのだけれど。


「お婆ちゃーん、早く起きてー」


頭をかきながら大きくあくびをするお婆ちゃん。

名前は立華鏡花(タチバナキョウカ)

俺の育ての親で、一緒に暮らすたった一人だけの家族だ。


「ふぁ⋯⋯おはよぉ⋯翔。」


「はいおはよう。

あれ、そんな服うちにあったっけ?新しい買ったの?」


「ん、ああこれね〜

すごい安くなってたからつい買っちゃったの〜

バッチグーでしょ?」


とても暖かそうな白い長袖の服。

これから寒くなりそうだし、

俺も新しい長袖買うべきだろうか。


「うん、バッチグーだね」


先程一人だけと言った理由だが、俺に父親と母親はいない。

父親は俺が6歳の時に行方不明になった。

正直良い思い出が全くない。

むしろ悪い思い出のほうがよく残っている。

俺を何度も殴ってきたり、お婆ちゃんに怒鳴ったりしていた。

⋯きっとこの家から逃げたか、

人の恨みでも買って殺されたりでもしたのだろう。

母親は⋯写真でしか見た事がない。

とても綺麗で、とても優しくて、

とても勇敢な人だったらしい。

でも、俺が産まれた時に死んでしまったと聞いた。

そんな事があったから、俺はお祖父ちゃんや親戚の人から、

『お前のせいで』と何度も言われた。

⋯⋯そんな中唯一、

『お前は悪くない』と言ってくれたのがお婆ちゃんだ。

本当に大切で、本当に頼れる一人の家族だ。

⋯おっと、先に自己紹介をするべきだった。

俺の名前は立華翔希(タチバナショウキ)。17歳。

顔は多分普通、身長も多分普通。

小学と中学で過去二回程恋をしたことがあるが、

どちらもフラレた経験から、中々恋はできていない。

まぁ、両親がいない家庭環境を考えたら、

恋愛なんてする余裕なかったのだが。

⋯言い訳じゃないですよ???


【ピー ピー ピー】


「お、炊けたか」


特技は料理だ。

お婆ちゃんと二人暮らしなので、

基本的には俺が毎日ご飯を作っている。

かなり長いことやっているので、我ながら腕はかなり良い。

今も朝ご飯を作っているのだ。


「これでよし⋯っと」


朝食はやはり、目玉焼きにお味噌汁だろう。

目玉焼きもお味噌汁も、パッとすぐにできる。

何より、パッとできるのに本当に美味しい。

やっぱり食べ物は美味しければ美味しい程良いだろう。


「「いただきます。」」


⋯⋯


朝食を食べ終え、食器を片付けた。

そしたら次にすることは仕事に行く準備だ。

高校にはいかなかった。

うちは別に貧乏と言うわけでないが、

中学の頃はお婆ちゃんがまだ仕事をしていた。

そんなお婆ちゃんの体調が少し気になってしまった。

もう70歳を過ぎていて、あまり無理をしてはいけない年齢だ。

だから⋯高校を行くのを諦め、

中学を出てすぐにバイトを探し、様々なところで働いてきた。

最初はかなり苦労した。

何をやっても上手くいかず、何度も何度もクビになった。

正直何度も逃げたくなった。

でも、だからといって逃げる訳にはいかない。

''自分は他の家庭とは違う''と、

しっかり自覚しなければならない。


「本当に、頑張らないとな。」


掃除、洗濯、食器洗いを済ませ、8時になった。

仕事に行く時間だ。

あらかじめ準備していた荷物を持ち、靴を履く。


「お婆ちゃーん、仕事行ってくるよー、

お昼は作ってあるからお腹空いたら温めて食べてー」


大きな声で玄関からお婆ちゃんに伝える。

こんな遠くから言って伝わるのだろうか?

と言う疑問もあるかもしれないが、全くもって問題ない。


「あいよ〜いってらっしゃ〜い」


もう70後半なのに、耳は一向に衰えず喉も現役。

本当に相変わらず元気だ。

ずっと元気に、長生きしてほしい。


「さてと⋯」


俺はそのまま家を出た。

仕事に向かう時は毎日歩いている。

電車で行けばすぐに着くが、歩くのにはメリットがある。

軽い運動にもなるし、体力も付けられる。健康的健康的。


「ねぇねぇ、今朝のニュース見た⋯?」


そうやって歩いていると、

よくご近所さんの話し声が聞こえてくる。

なんでも気になってしまう性格と、お婆ちゃん譲りなのか⋯

耳が随分と良いせいでつい聞いてしまう。


「見た見たぁ⋯

有名俳優の風間夜見一さんが家で孤独死だってね⋯」


「そうそう⋯

私昔すごい好きだったから、本当にショックだったわぁ⋯」


「ねぇ⋯ それにさ────────」


孤独死⋯か、孤独死とは言わないが、お婆ちゃんも心配だ。

もし、俺が仕事に行っている時に家で倒れたりしたら⋯

家に帰った時にはもう手後れかもしれない。

介護施設⋯いや、そんなお金ないよなぁ⋯

家での介護は大変だとよく聞く。


「⋯⋯少しでも多く貯金に回すか」


そのまま、心地の良い風が吹く道を歩いていると、

後ろの方から、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「立華さん⋯立華さん⋯」


かなり小さく、ガサガサとした老人のような声。

俺は、なんだ?と思い、後ろを振り返った。

そこには、青いゴミ袋を引っ張りながらこちらに少しずつ⋯

本当に少しずつ近づいてくるお婆さんがいた。

あまり引きずるとゴミ袋が破れてしまうし、

お婆ちゃんも大変そうだ。

仕方がない、こちらから向かおう。

そして俺は、そのお婆さんの下へ向かった。


「どうしたんですか?柏木のお婆さん。」


近所に住んでいる柏木のお婆さん。なんと齢89歳。

うちのお婆ちゃんよりも更にお婆ちゃんだ!


「このゴミ袋重くてねぇ⋯

ちょっと持っていってもらえないかしら⋯?」


「ゴミ袋ですか、わかりました!任せてください!」


まぁ見た通り(ゴミ袋を重そうに引きずる様子)だし、

聞く必要もなかったな。


「ありがとうね⋯ 今日もお仕事?」


「ええ、そうですね」


「大変ねぇ⋯まだ若いのに⋯」


「頑張らなきゃ生きていけませんからね⋯

でも、毎日元気いっぱい!まだまだ頑張ってやれてますよ!」


その後少しだけ話をし、俺はゴミを捨てに行った。

ご近所づきあいと言うのは結構大切だ。

たまにおすそ分けとして良い物も貰えたりするし、

お金がない時は家で食事までさせてもらえた。

まぁ、お婆ちゃんがいろんな人に慕われてたおかげだけど。

⋯⋯俺も、みんなに慕われるように、そして⋯

昔俺を助けてくれた''あの人''に、少しでも近づける様に⋯


そんなこんなで考え事をしていると、

あっという間に仕事場についた。

かなり土臭いところだが、

ずっと働いているので慣れたものだ。


「おー翔坊!早えじゃねぇか!」


そう言って俺を出迎えるのは、

土だらけの汚い作業服を着た強面の男性。

俺の先輩だ。

俺をここで働かせてくれて、

すごく良く面倒を見てくれている。


「またですか⋯?」


柏木のお婆ちゃんと長く話しすぎてしまい、

仕事場に到着したのは仕事開始の10分前。

しかし、ここではこれでも早い出勤なのである。


「おう、また他の奴ら全員ぜってぇ遅刻だ。」


「早寝早起きとかしないんですかね⋯?」


「まったくだ!長くやってっから腕は確かだが、

あいつらからは熱量!つまりやる気が感じられねぇ!」


と、言う先輩の熱量はものすごい。

体から炎が吹き上がって見える程だ。

一人で三人分くらい働いている。


「まぁ、とりあえず翔坊は早速作業してくれや。

他の奴らはどうせすぐ来るだろうよ。」


「はい、わかりました!」


そうして午前9時。

いつもの仕事が始める。


⋯⋯


午後6時。

仕事が終わった。

この仕事は肉体労働なので正直かなり疲れる。

いつもクタクタになって土臭い仕事場を跡にする。

だが、終わった後の開放感と、

お金が貰える達成感は良い物だ。


「さてと、早く帰って夜ご飯だな⋯」


家に必要な物は揃っているので、買い物に行く必要はない。

そのまま家に向かおう。


⋯⋯⋯


薄暗い夜道を静かに歩いていた。

街灯は切れかかっており、カチ⋯カチカチと音を鳴らす。

まだ消える事はないだろうと思っていた。

だが、街灯は完全に消えてしまった。


⋯⋯⋯


暗いところが怖いと言う訳ではない。

いつも通っているし、何とも思わないはずの静かな道。

それなのに、何故だが少しだけ不安感を感じる。

しかしそんな静かな夜道の中、

虫がジリジリと鳴き、安心感を覚える。


「⋯⋯⋯?」


だが、こんな静かな夜道で、

何故か虫以外にも、何か響くような音が聞こえた。


『ー・・ ・ーー ・・・ー ーー』


上手く聞き取れない。

しかし、物音ではないとわかる。


「な⋯なんだ⋯?」


『・・ー ーー ・ー・・ ・・』


人だ。

何を言っているのかわからないが、

この静かな道で、ぼんやりと聞こえるのは人の声だ。

心臓の鼓動が早まった。

誰かいるのか⋯?そう思い、辺りを見渡す。

しかし、誰もいない。

でも、声は聞こえる。


「あ⋯あの⋯?誰かいるんですか⋯?」


⋯⋯⋯

暗い夜道は静かになり、何も聞こえなくなった。

だが、そう思ったにも関わらず、すぐにまた声が聞こえた。

今度は少し近くで聞こえた。

声の方を見ると、街灯が消え、真っ暗な道のはずなのに、

不自然にも水溜りが白く光っていた。


「え⋯⋯?」


『ー・ ーーー・ ・ーー・ー ー・ーー』


「な、何なんだよ⋯!」


不気味な光⋯不気味な声⋯

恐怖を感じ、俺はその場から走って逃げた。

あの場に居てはいけない気がした。

ハァハァ⋯と息を乱しながら、明るい町の方へ走った。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯

⋯⋯⋯

とにかくその場から離れる為、

かなり走り、やがて町に着いた。

俺は後ろを振り返り、ホッと息をついた。

声は聞こえなくなっていたし、何もついてきてはいない。


「本当に⋯何だったんだ⋯」


ハッキリ言って、少しだけパニックになった。

幽霊⋯とは言わないが、不気味で謎の声。

誰かのイタズラだったのだろうか?

そのまま俺は、家に帰った。

背中が汗でビッショリと濡れ、不快な感覚を残す。


「ただいま⋯」


⋯⋯


「ん⋯⋯?」


家は明るく照らされていたが、シーンとしていた。

俺が''ただいま''と言えば、

いつもはすぐにお婆ちゃんが反応するのに、

一向に返事が帰ってこなかった。

不安が込み上げ、俺は足早にお婆ちゃんの部屋に向かった。

そして、扉をバタンと勢い良く開け、部屋に入ると。


「お婆ちゃん?!」


「ん⋯あ、ああ帰ってたのかい、おかえり。」


お婆ちゃんがコタツに入り、ただ座っていた。

どうやら手紙を読んでいたようだ。

変な事が起きたばかりだから、

妙に不安感を煽られ、少し焦った。

しかし、何も問題ないようだ。

良かった。

心の底から安心した。


「た、ただいま。」


「どしたんだい?そんなに慌てて」


「いや、なんでも⋯すぐご飯作るね。」


俺はすぐに服を着替え、夜ご飯を作り始めた。

⋯料理をしながら、考え事をしていた。

気味の悪い声に、妙な不安⋯

なんだか少し疲れているのかもしれない。

休みの日くらい羽目をはずした方が良いのだろうか?


「はぁ⋯」


食事をしながら、つい溜め息を漏らしてしまった。


「本当にさっきからどうしたん?翔。」


「いや⋯なんか変な事が多くて⋯ 

疲れてるのかな⋯無理し過ぎなのか⋯?」


「あんま体調が優れんようならちゃんと休むんよ。

⋯なんなら、今度の休み久々に出かけたりでもするかい?

また一緒に釣りでも行こうさ、翔。」


釣りか⋯気晴らしには良いかもしれない。

釣り用具は最近使っていないがずっとあるし、

そうだな⋯せっかくの休みなんだ、

たまには体よりも、心しっかりと休ませよう。


「うん、そうだね。

じゃ、来週の土曜日にでも行こうか。」


休みの予定は決まった。

とりあえず来週の土曜日まで頑張ろう。

そうして、食事を済ました。


「「ごちそうさまでした。」」


⋯⋯


それから、5日経った。

帰りは毎日あの道を通ったが、

またあの気味の悪い声を聞く事はなかった。

そして今日も、仕事を終えて帰宅の準備をしていた。

そんないつもどおり何も変わらない日だった。


「⋯⋯なぁ、翔坊⋯ちょっといいか?」


「はい?」


いつも面倒を見てくれる先輩に呼び出された。

そして⋯いきなり平穏(それ)は崩れた。


「⋯⋯⋯え?クビ⋯ですか?」


「すまん⋯大して長くいるわけじゃない従業員切って、

人件費削減しろって上が通達してきてよ⋯ほんと、すまん!」


頭が真っ白になっていた。

やっと定着してきた仕事をクビに⋯

これからどうすれば⋯


「⋯⋯⋯」


いや⋯何も焦る必要はない。

いつものことだ。

クビになるなんて、初めてじゃない。

大丈夫だ、気にすることはない。

また探せばいい⋯きっと見つかる。

⋯そうやって自分を洗脳する。

だが、できなかった。

悔しい。

なんでまた⋯⋯1年間頑張っていたと言うのに⋯

上手くやっていた⋯やれていたと思っていたのに。

少しだけ怒りが込み上げて来る。

疲労やストレスが重なっているのもあるだろう。

少し鬱憤を吐き出したくなった。

⋯⋯だけど。


「⋯⋯わかり⋯ました。

1年間、ここで働かせていただきありがとうございました!」


何も言い返せなかった。

クビと上に言われた以上、もうその結果は変わらない。

これ以上、駄々をこねても意味なんてない。

面倒を見てくれた恩人に、迷惑をかける訳にはいかない。


「なぁ、大丈夫か⋯翔坊?

最近随分と疲れてるみてえだが⋯?」


「そう⋯ですね⋯最近あんまり休めてませんでした。

でもまぁ、クビになっちゃいましたし、

ついでに数週間くらい休むとしますよ!」


「⋯⋯そうか⋯ 本当にすまねぇ。」


先輩は、俺に深々と頭を下げた。

この人は、上司にも、同僚にも、部下にも、

全く頭を下げたところを見たことないと言うのに⋯

俺なんかに頭を下げた。

それだけ申し訳ないと思っているのだろうか?

⋯いや、考える必要はない。


「い、いえ!先輩は悪くないですよ!

それにまだ一ヶ月は頑張らせていただきます!」


俺は先輩の頭を上げさせ、逆に頭を下げた。

後一ヶ月か⋯最後まで真面目に、しっかりと頑張ろう。

そのまま俺は、土臭い職場を跡にした。

その日もまた、あの道で何かが聞こえることはなかった。

どこにも寄ることなく、ただ町をフラフラと歩いていた。


「ハァ⋯」


溜め息を漏らし、顔を俯かせ、

真下にある割れたコンクリートの隙間に溜まった汚い水を見ていた。

そこには、とても疲れたような顔をした人が反射していた。


「⋯⋯」


いつものことだ。

2回や3回程度のことじゃない。

もう何回もクビになった。

気にすることないじゃないか。

次の仕事のことを考えよう。

そう、次の仕事のこと。

次の⋯⋯


「⋯⋯⋯はぁ。」


疲れたな。

なんで、なんで俺がこんな目に。

父親がいれば、まだ変わっただろうに。

良い思い出なんてなくても、

生活の事はあまり考えなくていいし、

普通の家庭の様に高校にも行けたかもしれない。


「やめよう。何も考えず、早く家に帰ろう。」


そう思い、再び足を進める。

しかし⋯俺はふと思いつき、足を止めた。


「⋯⋯そうだ、またあそこに行こう。」


何かあれば、いつも向かっている場所がある。

そこに向かう事を決め、再び歩き出した。


しばらく歩き、目的地に到着した。

町からほんの少しだけ離れた海沿いの暗い夜道。

街灯はほとんどなく、明かりはほぼ月と星の光のみ。

いつも、辛いことがあるとこの道に来ていた。

俺の⋯リラックス地点?とでも言ったところだろうか。

そんな場所で、俺は光で照らされた海を見つめていた。


「⋯⋯ハハ」


水面がギラギラと光り、美しく揺れる波の姿が見える。

ザァ⋯ザァ⋯と静かに響くさざなみの音を聞き、

冷たい潮風を浴びる。

そうしていると、少しだけ心が癒える。

だがしかし、この道の良い点は海があるだけではない。

もう一つ最高にリラックスできる物がある。

それを見る為に、俺は空を見上げた。

そして、あまりの美しさで無意識のうちに微笑んだ。


「⋯⋯綺麗だな」


そう、ここは町から離れているからとても暗く、

星がとても綺麗に見える。絶好の星見ポイントだ。


「⋯⋯ハァ〜風が気持ちい〜、ここで寝たい」


こうして風に当たりながら星を見て、安らいでいると、

''単純な性格で良かったな''とたまに思う。

本当に単純だ。

でも、潮風に当たり、波の音を感じ、美しい星を見る。

そんな単純な事で安らげるなら、安くて良いじゃないか。


「お、北斗七星見っけ」


深く考えすぎず、単純な方が生きやすいよな。

よーし、明日また頑張ろう。

きっといつか、今よりも楽になれるさ。

そうやって頑張れば、頑張って生きていけば、

楽しい事が、嬉しい事が待っているはずだ!


「完全復活!」


本当に、いつもここに来ると頑張ろうと思える。

そして俺は、誰もいない夜道で大きく叫んだ。

流石に誰かいたら頑張ろうと思えても叫ばないけどね?

普通に恥ずかしいし、不審者だし。


「⋯っと、早く帰って夜ご飯作んなきゃ、

お婆ちゃんお腹空いてるだろうな⋯」


そしてまた、俺は家に向かう足を⋯

幸せに向かう足を動かした。


しかし⋯しばらく歩き、病院の前を通ると。


「⋯⋯⋯ん?」


病院から大慌てで出てくる黒いスーツを着た二人の男がいた。

社長!社長!と辺りを見渡し、誰かを探していた。

おそらく、と言うより確実に、

その社長を探しているのだろう。

すると、眼鏡をかけた片方の男が、

息を切らしながらスマホで電話をかけはじめた。

⋯⋯⋯

⋯⋯

しかし、電話には誰も出なかった。

それにイラつき、眼鏡の男はクソ!と荒い言葉を漏らす。

それを見て、もう一人の男は溜め息を漏らしながら、

眼鏡の男を冷静になだめる。


「落ち着け。ご病気なのだ、そう遠くにはいけない。」


「わかってる⋯!

だが、もうこんな時間だ、探すのも一苦労だぞ!」


「手分けして探そう、私は付近を捜索する。

お前はここから町に向かう道を探してきてくれ。」


男の提案に対し、眼鏡の男はわかった。と言い、

俺の方に⋯道の方に真っ直ぐ走ってきた。

一刻も早く帰ろう。そう思っていたが⋯

俺は眼鏡の男に近づいた。


「あ、あの⋯誰か探してるのなら⋯俺も⋯」


自分だって仕事をクビにされ、

他の人なんてかまっていられない状況だったが、

困っている人がいたら見捨てることができなかった。

⋯⋯しかし。


「どけ!!!」


俺は思いっきり突き飛ばされ、後ろに倒れ込んだ。

眼鏡の男はそのまま辺りを確認し、走り去っていった。

頭は打たなかった。とくに大きな怪我はしていない。

だけど、コンクリートの道路に突き飛ばされ、

手が少し赤いし、ヒリヒリする。


「⋯⋯⋯」


たしかに、助けられる側からしたら、

何も知らない奴に何ができる?と思うだろう。

実際に俺はその社長って人を知らない。

相手からしたら、言うだけ時間の無駄かもしれない。

だけど、流石にこれはないだろう?

困っていそうだから話しかけた、

それなのに、こんな仕打ちはないだろう。


「⋯⋯ハァァ」


大きな溜め息が漏れた。

俺は少し苛立ちを感じ、拳を力強く握った。

赤くなった手は力を込めれば込めるほど痛みを感じさせる。


「⋯あんまりじゃないか」


誰もいない静かな道で、愚痴を漏らそうとした。

だがその時、ピチャリ⋯ピチャリ⋯と小さな音が聞こえた。

そして俺は空を見上げた。


「⋯⋯⋯」


先程まで、とても綺麗な星空が見えていたのに、

星達は隠れ、空を黒い雲が覆っていた。

ピチャリと鳴っていた音は、

すぐにザーと言う大きな音に変わり、大量の雨が降ってきた。

天候までもが、俺に苦しみを与えてきた。

ああ⋯せっかく気分が良くなっていたのに⋯最悪の気分だ。


「風邪引く前に帰ろ⋯」


そうして俺は立ち上がり、雨の中走り出した。

寄り道もしていたし、シンプルに遠回りだった。

だから、いつもより帰るのに時間がかかった。


「ただいま」


全身が雨で濡れ、服が少し重々しい。

家に着くと、何故か電気が消え、真っ暗闇だった。

どこかに出かけているのだろうか?と思った。

出かけているのなら、ご飯でも食べに行っているのだろう。

この雨の中、少し心配だが⋯

流石に迷子になるほどボケてはいない。

俺は⋯別にお腹は空いていないし、

今日はいろいろ疲れたからもうそのまま寝よう。


「⋯⋯でも喉が乾いたな、寝る前に水でも飲むか」


そう思い、キッチンに向かった。

すると⋯


「⋯⋯⋯?」


暗い視界に慣れ、

暗闇の中に何があるのか、少しだけ見えていた。

扉をあけてすぐ下⋯そこに何かが倒れていた。

何か⋯いや、物じゃない。人だ。

俺の目の前に、誰か人が倒れていた。

体が震える。

心臓の鼓動が乱れている。

そして、呼吸が上手くできない。

苦しい。

苦しい。

苦しい。


「⋯ ⋯ ⋯ ⋯ 」


そのまま俺は、柱に掴まってその場に座り込んだ。

そして、震えた指で倒れ込む人の背中に触れた。

倒れていた人が誰だか、見た途端にわかっていた。

この家の戸締まりはしっかりしているし、

他に暮らしている人はいない。

そして何より、薄っすらと見える白い服。

今朝この服を着た人を見たからだ。

俺は涙を零しながら、小さく呟いた。


「⋯⋯お婆⋯ちゃん⋯」


雷がドカンと大きな音を鳴らし、家の中を黄色く照らした。

そして俺は、しっかりと見てしまった。

口から血を吐き、倒れ込む⋯

ずっと育ててくれたお婆ちゃんの姿を。

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