孕んだ欲求
佐和子は幼少期から漠然とどこかヘ帰りたかった。学校にいても家に帰りたい。旅先でも帰りたい。大人になって独り立ちしても家へ帰りたかった。家にいた時でさえ帰りたい場所がある気がして、帰りたかった。
売春に手を染めていた過去がある佐和子にとって、ソープランドで生計を立てる事に抵抗はなかった。むしろ表立って性交渉で稼げるのであるなら、本望でありもはや天職とさえ思っていた。
稼げなくなったのは佐和子が30を超えたあたりからだ。ソープランドのイメージと合わず、全国を出稼ぎで点々とまわるも、帰りたい佐和子にとってそれは思いを強くするばかりで精神疾患を患いながら、勤務態度にでていると店長に叱咤されているときに、脳内ではひたすらに帰りたいと考えその日のうちに地元行きの切符を買い飛んだ。帰ってきたその日、大粒の涙を流す心の中の佐和子を佐和子自身無関心に左腕を縛る。
簡単な作業で帰りたい場所は見つかった。昔の悪い交際相手から仕入れた結晶は佐和子に、食欲より睡眠より、当たり前に性欲なんかよりも強く枯渇と焦燥を味わわせた。転がる注射器で笑う佐和子の顔を鏡越しに佐和子は微笑んだ。
「いつだって死ねるの。ちがう?」
1人で呟いた。返事は無い。朦朧としつつ妙にはっきりと自分自身を眺める走り出した結晶を全身で感じていた。
「金になるのは、悲しみだけね」
帰りたい場所は見つかった。佐和子はわかっていた。ここじゃなかったことを。