廃墟の怪物
今も昔も、いつの時代も怪談めいた噂は流れるよね。
森の奥にあるため、昼間でも薄暗い廃墟。夜になればその暗さはとても深くなる。
見るからに薄気味悪い場所なのに、廃墟に来る者あり。
金髪に染めた男と茶髪に染めた女のカップル、派手なデザインの服を二人してだらしなく着こんでいる。
深夜のデートがてら、肝試しに来た。スマホの明かりを懐中電灯代わりに廃墟の廊下を進む。
「この廃墟、人を食う怪物が出るっていうじゃん。それ本当」
「そんな噂がSNSで流れているな。なんでも何人かこの廃墟で行方不明になっているらしいぜ」
女がスマホで噂を検索してみれば、他にもSNSでは“恐ろしい見た目をしている”とか“どんな攻撃をしても通じない”とか“人間を丸呑みにする”とか“見つかったら絶対に逃げられない、生きて帰れない”などの情報が出てきた。
「怪物に食べられるなんて怖ーい」
「何が出てこようが俺がコイツで守ってるぜ」
懐から取り出したのは闇サイトで買った改造拳銃。
「かっこいいー」
男に抱き付く女。
この廃墟に来た目的の一つが改造拳銃の試し撃ち。これだけ人里離れていれば発砲音は聞こえないだろう。
警察や暴力団でもない限り、改造拳銃があれば誰がいてもどうとでもなると、二人は思っていた。
カツン、廊下の先で何か物音がした。何だろうとスマホの明かりを向けると、そこに“怪物”いた。
体制はブリッジ、着ている服はボロボロ。シャツやズボンからは異様に長い手足が伸び、床を掴んでいる。
二人が怪物に気が付いたように、怪物も二人に気が付いた。さかさまだった頭が百八十度回り、目を大きく見開き、口は笑ったように見えた。
長い手足を動かし、襲い掛かって来る怪物。
悲鳴を上げる女、男は改造拳銃をぶっ放す。
だが、何発撃っても怪物はびくともしない、SNSで流れていた“どんな攻撃をしても通じない”との噂通りに。
全弾撃ち尽くしたところで目の前まで迫ってきた怪物の首が伸びて女の頭に噛みつき、耳まで裂け口が丸呑みにした。
その光景を目の当たりにした男は悲鳴を上げ逃げ出す、丸呑みにされ必死に助けを求める女を無視して。
男も必死になって逃げるが、女を飲み終えた怪物が追いかけてきた。
追いつかれた男は壁際に追い詰められる。怪物の腹が膨らんでいる理由は考えたくはない、考える余裕のある状況でもない。
恐怖で泣き崩れた男の眼に映ったのは迫って来る怪物の口。
☆
座布団を枕にゴロンと寝転がってスマホを見ているやんちゃな感じの男の子。部屋の隅に投げ出されたままのランドセルが転がっている。
「聡、こんなええ天気の日に、何携帯いじっとんねん」
いかにも大阪のおばさんと言ったご婦人が居間に入ってきた。
「オカン」
慌てて起き上がる男の子、聡。
「SNSで調べ物してるんだよ」
咄嗟に吐いた嘘ではない、本当に調べ物をしていた。
「そんなもんに頼らなくても、近所で話しとったら大抵のことは解るんや」
つまりはSNSを見なくても、おばさんたちの井戸端会議で大抵の情報は解ると言う事。
スマホの着メロがなった出てみると、クラスメイトの光一からだ。
「うん、これから行くところだったんだよ」
これ幸いにと、
「光一と約束あるから」
行ってきまーすと、家を飛び出す聡の背中をオカンは見て何かを考えていた。
「待ったー」
待ち合わせの場所には眼鏡を掛けた将来インテリになりそうな光一ともう一人、大人しそうな女の子の洋子が既に来ていた。
「待つも何も時間通りだよ」
スマホの時計を見ながらの光一の発言。
「今、来たばかりよ」
デートでは定番のセリフだが、小学生なので本当に洋子は今来たところ。
「さぁ、行こうか」
スマホをしまい、早速出発する光一。向かう場所が場所だけに、夕暮れ前に着きたい。
「森の奥の廃墟、お化けが噂だよね。大丈夫かな、先日も男の人と女の人が行方不明になったって」
廃墟に向かいながら、不安そうな洋子。
「お化けなんているわけないさ、廃墟に近づけさせないための大人の嘘に違いない」
強がって見せる聡。
お化けのことを抜きにしても廃墟は危険なところ、大人たちが近づくなと言うのも普通のこと。でも、行くなと言われれば行きたがり、やるなと言われたことをやりたがるのが子供。
肝試しは子供どころか大人のやりたがる。
三人仲良く、森の奥の廃墟へ。
予定通り、夕暮れ前に着いた廃墟。
聡と光一と洋子の三人はSNSで怪物の情報を検索しながら、廃墟の中を探索。
割れた窓、散らばる枯れ枝や枯葉、ところどころ隅っこに生えている雑草。廃墟らしい光景だが、異様に不気味な雰囲気が漂っている。
「ねぇ、ここの怪物の正体って何なのかな」
不気味な雰囲気を払拭しようと、洋子が訪ねる。
この手の話でよくあるのが、怪異を起こしていたのは廃墟に住み着いていたホームレスなんてことがある。幽霊の正体見たり枯れ尾花的なことをどこか期待している聡、それなら怖くない。
「ボクは噂が怪物を生み出したんじゃないかと考えているんだ」
光一の話に洋子だけではなく、聡も耳を向ける。
「SNSで怪物の噂が流れ拡散したことで“力”を持ち、本当に怪物を誕生させたんじゃないかな」
「そんなこと、本当にあるの?」
「SNSの言霊だよ」
聡の問いに光一は頷いて答えた。言霊とは言葉に宿っていると信じられている不思議な力、発した言葉通りの結果を起こすとされている。
「例えば心霊スポットじゃないのに、幽霊が出ると噂が拡散された本物の心霊スポットになってしまうとかね」
持論を展開。
聡も洋子もそんなこともあるんだと、思いながらも廃墟の中を歩く。
不気味な雰囲気がするものの、三人以外に人の気配はなくそろそろ帰ろうかと口にしようとした矢先、何かが足に当たった。
何だろうと聡が視線を落としてみると、そこに落ちていたのは拳銃。
「モデルガンが落ちてる!」
普通に日本で生活していれば本物の拳銃に遭遇することなんて、まずない。モデルガンと判断するのも不思議ではないこと。
そしてモデルガンは男の子が大好きな玩具、大喜びで聡は拾おうとした。
「きゃああああああああああああっ」
洋子の悲鳴が上がる。ほぼ同時に聡と光一は洋子を見た。
洋子の視線の先に“そいつ”はいた。ブリッジ状態でボロボロの服を纏い異様に長い手足を持つ怪物が。
一番最初に逃げ出したのは洋子。無理もない、あんなのを目の前にしたら大人の男性でも逃げ出す。
聡も洋子も光一も全力疾走で廃墟の外を目指す。
出口が見えてきた。もう少しで廃墟を脱出できる。
体力の有り余る子供はすばしっこくて速い。そんな子供たちよりも怪物は速かった、ブリッジ状態にも関わらず。
聡の脳裏を“見つかったら絶対に逃げられない、生きて帰れない”とのSNSの噂が横切った。
SNSの噂が生み出した怪物はSNSの噂が更なる力を与え続ける。
怪物の長い腕が伸び、洋子を捕まえようとした。
咄嗟に聡は洋子を突き飛ばし、怪物の前に出る。いつもオカンに言われていた『男は女の子を守らんとあかんねんで』の言葉に従った行動。
迫る怪物の手、もうだめだ、このままま怪物に捕まるんだ。恐怖が負いつくし、聡は目を閉じてた。
「あんた、うちの子に何するんや!」
威勢のいい声と共に怪物が後方へと吹っ飛んで行く。
「オ、オカン」
そこには聡のオカンが立っていた。
ふっ飛ばされた怪物はすぐに起き上がると、オカンに襲い掛かった。
「駄目だ、逃げないと」
焦る光一。助かったとはいえ、相手はあの怪物、どんな攻撃をしても通じない、人間を丸呑みにする、見つかったら絶対に逃げられない生きて帰れない。SNSでの情報を知る限り、とても人間がどうにかできる相手ではない。
だが、オカンは強かった。襲い掛かって来る怪物もいとも簡単にしばきまくる。
「そうだ、家のオカン、SNS見たことなかったんや」
思わず方言が出てしまう。
「……」
あんまりもの展開に洋子は声も出せず、呆然と見ていた。
「そうか、SNSの噂を信じていないと、怪物の力が効果を発揮しないのか――」
冷静に分析することで自分を落ち着かせようとする光一。そうでもしないと、混乱してしまうだろう。
「――それとも、噂が力を与えるというなら、大阪のおばさんもなのか……」
馬乗りになって怪物をタコ殴りにするオカンを見ながら、『宇宙戦争』に於いて世界中の軍隊が歯の立たなかった火星人の兵器トライポッドを何体も破壊したのは大阪のおばさんと言う噂を思い出す。
「あら」
怪物が黒い霧になって消えて行った、ここに怪物がいたとは信じられなくなるほど、跡形もなく。
「あの、大丈夫ですか」
声をかける洋子。オカンは立ち上がり、
「平気や平気、ウチを誰やと思ってんねん」
心配してくれた洋子の頭を撫ぜる。
「何で、ここへ来たんや」
尋ねる聡はまだ方言のまま。
「ウチはあんたのオカンなんやで、ここへ行こうとしているぐらい態度を見れば解るわ」
危ない場所に黙ってきたことへのお仕置きとして、聡の頭にげんこつ一発。
「帰ったら、お風呂掃除一週間やで」
うんと頷く聡。命拾いした代償がお風呂掃除一週間なら安い方。
「ほな、帰るか」
オカンを先頭に廃墟を出て行く。
最後に出た光一はSNSに新たな書き込みをした。
“廃墟の怪物は最強の生物によって駆逐された”と。
日本各地にある伝承の存在だった妖怪に、漫画を通じて姿を与えた水木しげる先生は偉大だよね。