朝は来る
朝は来る
そうなることは簡単に想像できたはず、だが男の子が簡単に拒否などできるだろうか。
朝起きてみると信之はいつもと同じようにベッドに寝ており、そこにアンナの姿は無く手紙が一通机の上に置いてあった。
【ごめんなさい、私のわがままでノブユキ様の体をお借りしました、これでサヨナラしたいところですが、私ノブユキ様がいないと生きていけない体になってしまったようです】
【定期的にノブユキ様に抱いてもらいたい、でも無理ですよね】
【私、どうしたらいいでしょうか?花梨ちゃんにも悪いし、いっそあの世界にずっといた方が良かったのかもしれません】
【また、ノブユキ様にお世話になりたいと思います、もちろん誰にも言いません】
確かにそれはまずいなんてものではない、せっかく正式に付き合うことになったバイト先のマドンナ。
彼女に隠れて二股しようとか全く考えていない。
できることならばアンナの事もなんとかしてあげたいが、そんなこと花梨が許すはずもなく。
「お兄ちゃんご飯だよー」
(おーびくったー)
「おー」
「お兄ちゃん、なんかいいにおいする~」
「ああ昨日女子ばかりの飲み会行ったからな」
「えー何時の間に?」
「俺がそういうとこに言ったら変かよ!」
「別にー」
(最近、兄貴かっこいいんだが、なんで?)
「着替えるから出てけよ」
「えーケチ」
(ケチッてどういう意味だよ)
妹の部屋は隣なので昨晩の事がばれた形跡がないならば俺の張った結界が切れた後アンナも同じように結界魔法を使用したのだろう。
別に俺の体には何の変化もない、いや体の極一部だけには少し違和感がある。
(アンナに襲われたってことか…)
たぶんやったのだろう夢の中という認識しかないが、これを花梨に話すべきか話さざるべきか。
そんなことが頭の中を何度かよぎる。
本日は日曜日、昼からはバイトが入っており。
その後は花梨とデートの約束をしていたりする、取り敢えずこの匂いだけは何とかした方が無難だろう。
女の子はそれぞれに好みの香りを付けていたりする、体臭も敏感にかぎ分けたりするのだから恐ろしい。
もしどこかの女性が付けている香水の香りなどしようものなら、真っ先に匂いの出どころを聞いてくるだろう。
「それじゃ夜はいらないのね」母
「うん」
シャワーを浴びて洗い立ての服に着替えると昼食を取り、いつものバイト先へと歩いて行く。
駅までは歩いても10分と少し、バイト先は駅前のレストランなので自転車に乗るより歩いた方が無難だ。
(ヤッパリついてくる、家に帰らなかったのか?)
そうアンナはまるでストーカーのようにノブユキの後をべったりと張り付いていた。
できればそういうことは辞めて欲しいのだが、そういえば彼女はどこの大学に通っているのかまだ聞いていなかった。
「おはよー」花梨
「おはよう」
「それじゃ佐藤君は厨房を頼みます、今日は3人だから忙しいぞ」
「任せてください」
先輩の木村さんが交代で帰る、申し送りを聞いて早速在庫の数を調べ出す。
食材の確認、今のうちにしておかなければならないことが沢山あるのだ。
「いらっしゃいませ―」
昼食の時間帯が終わりやや空いてきたが、そこからの3時間で在庫管理やメニューの変更表など。
いくつかチェックしなければならない。
「おい佐藤」
「はい」
「お前花梨ちゃんと付き合ってるってホントか?」阿部浩二(先輩バイト)
「誰からそんなこと聞いたんですか?」
「本人からだよ」
「え!」
(ばらすの速いよ)
「隠してたんすけど…」
「いや、そういうことじゃない、がんばれ」
(あーそっち)
「応援アザース」
花梨のうわさは良くないことの方が先行していた、要するに元カレへの股間バースト物語。
それ以来、彼女は腫物だというレッテルを張られているようなものだった。
だがここに勇気ある若者がその腫物に触ろうとしている、元カレの二の舞を踏むのかどうなのか。
まあどちらかというとアーやっぱりそうなったか、という期待の方が大きいのではないだろうか。
人の不幸は蜜の味、いやいや誰が不幸になどなるものか。
これでも2回ほど死線を越えてきたのだ、だが不安要素まで引きずって来てしまうとは頭が痛い。
手に入れたスキル索敵で探ってみると、向かいの喫茶店にまだアンナがいるのがわかる。
確かに本日は日曜日、学校が休みということで一日中暇だということなのかもしれないが。
これではあまりにも彼女が不憫でならない。
(うーむ、どうしたらいいものだろうか?)
料理を作りながら、そんなことを考えていると。
「ノブ君」
「え!」
「オーダー」
「オーダー入りまーす」
「考え事?」
「少しね」
「じゃあ後で聞かせて」
(あちゃー)
結局昨夜の事話さないといけないってことか?
どこかの芸能人が話していたことがある、まあその方は少しお歳を召していたから大人の発言だが。
【浮気は絶体隠せ、ばれたら謝罪しまくれ、言い訳は絶対するな、それが良い男の条件だ】
そもそも昭和を生きてきた人間はそれで済んだ可能性が高い。
だが今は時代も変わり若者の考えは様々だ、もちろん俺も浮気はいけないことだと思っている。
そこは変わらないし、これからもそうやって生きていこうと思っているのだが。
世の中はそんな若者にいくつかの難題を投げかけていく。
そういえばミツルはどうやって何人もの女性と交際してきたのだろうか?確かに彼はルックスも良いし体の線も良かったりする、但し考え方が軽いのが難点だった。
それに比べ俺はというと…
確かに身長が5センチ以上伸びてルックスもなかなか良くなったのは分かる。
大学でもあの出来事以来、数人の女子に声をかけられたりするようになった。
確かに、外見は良くなったのかもしれない。
だが、それは危険と隣り合わせの現場で手に入れた外見であり、できればそんな目に合うことなく学生生活を送れた方が良い。
確かに俺はミツルのように好んで合コンへ行くようなことはしない。
花梨と付き合うのならば、普通に恋愛して普通にデートを重ねようと思っているのだが。
デスアプリが果たしてそれを許してくれるかというと、不安ばかりが頭をよぎっていく。




