影を踏まれた少女
“影踏んだ”
不意に拾ってしまった声に動転し総毛立つ。
その声は大きな声には思えなかったが街灯がポツリポツリとあるだけの田舎の夜道には場違いの子供の甲高い音が妙に生々しく潜在意識に絡みついて不快だった。
気のせいだ。
周囲には人気はなくカナカナと虫の音だけが響き涼しさを超えてやや肌寒いとさえ錯覚してしまいそうな田舎の夜道。
食後の運動として近くのコンビニを訪れた帰り道。樹々が生い茂る神社の前を薄気味悪さから逃れるために早歩きで通り過ぎてそろそろ速度を落とそうとした所に感じた話しかけられたという違和感。
通り過ぎた道ですれ違うという事もなく走り追いついたとて気配さえ感じないという事は私にはとても考えられなかった。
なので「気のせいだ」と私は私を落ち着かせるように心の中で言い聞かせるが不安は消える所か膨れ上がってくる。
そこで私は声の主がいないことを望み振り返ろうとしたのだが歩調を早めていた私の身体は慣性の法則に従い前に落ちていく。
本来であれば脚を一歩踏み出し地面に突き立て慣性に逆らう事ができるのだが。
靴底が地面から離れない。
それどころか靴の中で浮かんでいたはずの踵すら微動だにせず私の身体は前傾していく。
咄嗟に目の前にあった電灯にしがみ付こう手を伸ばすが届く距離にはなく興奮と緊張から熱が目や脇や腹から噴き出るのを感じる。
プツン
と確かな音が聞こえたわけではないが地面が私の靴底を解放した感覚が身体に伝わる。私は身体の前傾を食い止める為に我武者羅に自由になった脚を前に勢いに任せて振り出した。
地面に突き刺した足では足払いをされたように前傾している私の身体の勢いを殺せず丁度届かない距離にあった街灯に受け止められる形で止まった。
身体が汗を噴き出し熱を逃がそうと必死になって汗を出している。
助かったと思うと同時に子供に靴の踵を踏まれたのではという怒りに身を任せて振り向いた
“次はお姉さんが鬼ね”
その存在は少し離れた位置にいた。
関わってはダメだと本能が警鐘を鳴らし続けるが口角が異様なまでに引き上げられた少年の顔に視界が吸い寄せられる。
興奮状態からか頭が痛み視界は更に歪む。
ザァー
騒がしくも涼しげなカナカナという音さえかき消すほどの耳鳴りが始まり「逃げろ」という簡単な情報で私の頭の中は一杯になりどう逃げるかというところまで思考が働かずに身動きが取れない。
激しい頭痛と耳鳴りが私を襲い更に視界が歪む。
「君は誰……?」
かろうじて絞り出したのは私を苦しめるのは誰だという単純な疑問から出た言葉だけである。
“僕の名前は……”
ザァー
耳鳴りに邪魔されはっきりと聞き取れない。
少年の口角はヒトではありえないほど引き上げられ悍ましいが「逃げろ」という単純な命令さえ受け付けなくなっている私は目線を逸らす事もできない。
視界が鋭角に歪む。
身体は硬直して動けずただ邪悪な表情だけがくっきりと視界にこびりつく。
ドスン
緊張の限界から腰が抜けて気も抜けた。
既に頭痛も耳鳴りも視界の歪みもない。
あまりにも突然の事で理解が追いつかないが既に少年の姿はなく吹き出した汗がただただ気持ちが悪い。
さっきまで少年が立っていた手前に鞄が落ちていた。
拾いに行く為に近づくが警戒心が上がっている為か違和感が膨らんでくる。
鞄を地面から拾い上げようと上体を倒したところで遅まきながら違和感の正体に気がついた。
私はあの邪悪な表情をした少年に影を奪われたようだ。
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