第二話『アポトーシス』
これは私が見た不思議な夢の内容をベースに小説にしたものです。
私は仕事に行く準備をしながら朝のニュースを見ていた。美人なニュースキャスターが無機質にニュースを読み上げる。
『この研究所では、ウイルスの遺伝子を組み換える実験を繰り返しており、RNAによってその組み換えをしていたとのことです。それが三年前に外部に流出したことを、昨日になり杉村遺伝子研究所が会見を開いて発表しました』
隣に座る男性キャスターが、これを受けて専門家らしき女性に質問する。
『では先生、実験で遺伝子を組み換えるためのウイルスが外に流出してしまったということですか?』
『そのとおりです。その外へ漏れたとされるウイルスですが、細胞のアポトーシスをコントロールする遺伝子を運ぶRNAメッセンジャーを……』
「ほら、あんた早くいかないと遅刻するよ!」
母親の一言で時計を見ると、もう家をでなければならない時間となっていた。私は慌てて家を出る。
今朝も変わらず電車は満員。ドアの縁に手を掛けて無理やり他の乗客を押し込むようにして電車に乗り込む。
揺られる度にドアに体を押しつけられながら、窓の外の満開の桜を見つめた。
出社すると、昨日残した仕事をまずは片付ける。そしてその日の仕事に取りかかっていると、同僚に特殊な伝票処理の方法を訊かれ説明しているうちに昼になった。
同僚たちと他愛ない会話をしながらランチを取り、午前中のやりかけの仕事をする。
そうしていつものように問題なく仕事を終えると、朝と同じように満員電車に揺られて家路についた。
家に帰ると母親もパートから帰ってきたところだった。私は洗濯物を取り入れると母親と一緒に夕飯の準備を手伝った。
交代で風呂に入り、父親の帰宅を待たずに母親と晩酌を開始。
至福の一時だ。
「やだ、明日は雨?」
私がテレビを見ながらそう言うと、母親が残念そうな顔をした。
「風も強いんですって、桜散っちゃうわね」
「ねー。あ、お母さん。もうすぐ母さんの好きな『刑事猫ロンボにゃー』が始まるよ!」
そう言うと、私はいつも見ているケーブルテレビにチャンネルを変えた
こうして私は平凡で幸せな日常を貪っていた。
そんなある日、出社した会社でのことだった。同僚の一人が目や鼻から体液を流しながら突然倒れ、痙攣したかと思うと呼吸が停止した。
「AED! 誰かAED持ってきて!!」
倒れた社員の隣にいた山田がそう叫ぶと、すぐに心臓マッサージを始める。
「高崎! 死ぬな!!」
そう叫びながら心臓マッサージをする山田を私たちは遠巻きに見守る。受付が救急車を要請するが、今日は要請件数が多く来るのにしばらく時間がかかるという。
慌てた様子でAEDを持ってきた経理が、倒れた高崎にそれを装着し音声にしたがって処置をする。
そうやって全力で対応していたが、高崎の鼓動は戻ることはなかった。救急車を要請して三十分。ようやく救急隊が駆けつける。
「遅いよ!!」
心臓マッサージをしながら、山田がそう叫ぶと救急隊員が申し訳なさそうに謝った。
山田はそこから先の処置を救急隊に任せて、呆然と高崎が運ばれていくのを見送った。
課長が山田の肩に手を置くと声をかける。
「お前少し休憩を取れ」
そう言うと周囲に向かって叫ぶ。
「よし、高崎の事も心配だろうがみんな仕事に戻れ」
その時だった、受付の職員がオフィスに駆け込む。
「課長、大変です。受付の前で救急隊の一人が倒れて、テレビでも何人も倒れているって!」
「落ち着け、どういう意味だ?」
課長がそう問いかけている横で、一人の社員が休憩室に駆け込み、みんなにテレビが見えるようにドアを開け放してテレビの電源を入れた。
テレビの音が大音量でオフィスに響く。
『杉村遺伝子研究所の発表によると、三年前に流出したウイルスにより、すでにほとんどの人類の細胞の遺伝子情報が書き換えられており、その遺伝子に書き換えられた人や動物は細胞が突然アポトーシスを起こす可能性があるとのことで……』
「アポトーシスってなに?」
隣にいた冴子が尋ねてきたので、私は小さな声で答える。
「確か、細胞が寿命で死滅することじゃなかったかな?」
「じゃあ、私たちの細胞が死滅するってこと?」
そう言って、冴子はもう一度休憩室のテレビを見つめる。
『持っている遺伝子によってY型とH型に分けられ、Y型は杉村遺伝子研究所が開発した抗アポトーシス薬を服用しつづければ、細胞がアポトーシスを起こすことを防ぐことができるそうですが、H型には対処法がなく……」
するとアナウンサーの手元に横から原稿が差し入れられる。
『えー、今新たに情報が入りました。政府は国家非常事態宣言を出しました。繰り返します。政府は今回のことで国家非常事態宣言をだしました。ただちに全国民の検査を行うとのことで、そのままそこから動かずに保健所の者が来るのをお待ちください』
そこまで聞いたところで、同僚の津田が叫んだ。
「なんてこった。みんな今の聞いてただろ? 俺たちみんな死ぬってことだ」
課長が津田をなだめるように言った。
「まて、まだ死ぬと決まった訳じゃない。薬を飲めば助かるかもしれないと言っていただろう」
「そんなの、助かるって言いきれるんですか? H型だったら? ここで保健所の職員を待ってる間に死にますよ!」
そう言うと、津田はジャケットを持って課長が止めるのも聞かずにオフィスを出ていった。それに続いて何人か出て行く。
私と冴子はその場に残ることにした。出ていったとして、どうにかなるものじゃないと思ったからだ。
保健所の職員を待つあいだ、母親に連絡するが回線が混雑しているためかまったく繋がらない。
諦めてスマートフォンを鞄に入れると、窓から外を見た。道路には駅に向かう大勢の人が溢れていた。
きっとこの状況では、列車も動いてはいないだろう。
テレビでは首相が今回の事についてなにやら記者たちと言い合いをしていた。
記者会見の内容を要約すると杉村遺伝子研究所は、三年前にウイルスが流出した時にこの事態を予測していたようで、薬を量産しており無償で配ると発表している。
今になって発表したのは、被害者が増え始め隠しようがないと判断したからとのことだった。
遺伝子の検査の結果が出るまでは相当時間がかかるとのことで、検査結果が出る前に全員に薬を予防投与するとのことだった。
しばらくすると、疲れきった顔の山田がこちらを見つめて微笑んだ。微笑み返すと隣にやってきて座った。
「さっきはすごかったね、格好よかったよ。お疲れ様」
なんといっていいかわからず、そう声をかけた。
「うん、ありがとう。あの時は必死だったからさ。ところで俺、お前に言っておきたいことがある」
「なに?」
「俺、お前のこと好きだ」
私は微笑むと答える。
「うん、知ってた」
すると、山田は苦笑する。
「だよな……」
そうして諦めたような顔をしたので、私は続けて言った。
「いつ言ってくれるんだろうって待ってた」
「マジ?」
私は二度三度頷く。山田はホッとした様子で下を向くと頭を掻く。
「なんだよぉ、早く言えばよかったじゃん」
その様子を見て私は思わずクスクスと笑った。
「うん、早く言えばよかったね。私も山田のこと好きだもん」
山田は顔を上げると小さくガッツポーズをして、私の手を握った。
「こんな状況だけど、Y型とかH型とかわかんないけどさ、俺と付き合ってくれませんか」
私は頷いて返した。このとき、どちらかがY型でどちらかがH型でも、お互いに看取ることができたらいいななんて軽く考えていた。
不意に隣を見ると冴子は耳を塞いでそっぽを向いていた。
そうして保健所の職員が来る間、私と山田は手を繋いでずっと話をしていた。話をしているあいだは、このとんでもない現実から目を背けることもできた。
数時間後、やってきたのは保健所の職員ではなく明らかに自衛隊の人たちだった。
「おい、いつまでここに居させる気なんだ! いつ死ぬかわからないんだぞ! 最後に家族にも会えないのかよ?!」
一人がそう叫ぶと、その場にいる同僚たちが一斉に不満を口々にした。
すると、自衛官の一人が一歩前に出て言った。
「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。突然あんな発表があり、みなさん不安なことと思います。なので、これからの予定をちゃんと説明いたします」
そう言うと、横にいた自衛官がカバンを床に置き中身を取り出す。それは薬だった。
「まずはこれからあなた方の採血を行います。採血が終われば予防投与で、この薬を差し上げますので受け取ったら速やかに内服してください。その後、家の方向を自衛官が訊きますので案内されたバスに乗ってくだされば、最寄りの駅またはバス停まで送ります。薬はここにいる人全てに配っても余るほどありますから、焦らずゆっくり私たちの指示にしたがってください」
そう説明され、私たちは自衛官の案内にしたがって列に並んだ。
長い時間その列に並び、母親や父親はどうしているだろうかと心配し不安になった。
その横で山田が私を安心させるかのように手を握ってくれていた。
私の順番になり、採血を終わらせると山田と冴子に手を振り案内されたバスへ乗り込む。
道路を見ると自衛隊の人たちが、車や人を誘導し先ほどまで人で溢れていた道路には、バスと自衛隊の車両しか走っていなかった。
あまりにも対応がスムースなので、以前からこれらのことを想定して国が動いているのだろうと思った。
家に着くと母親が泣き崩れていた。嫌な予感がしつつも母親に尋ねる。
「父さんは?」
母は涙で濡れた目で私を見上げると、無言で首を振った。
私はそれで父親が亡くなったのだと知った。
それから、何人もの人々が突然倒れ亡くなっていった。
検査結果が出て、Y型だとわかった人たちは通常どおり仕事を再開し、その人たちによって生活を支えられている状態となっていた。
テレビの放送も一般の番組はやらなくなり、必要最低限のニュースしかやらなくなっていた。
お店は営業をしていない状況で、食べ物などは配給となった。
ネット回線やライフラインなどは、国の方で運営してくれていたので困ることはなかったが、それでも一般の市民たちが通常の生活に戻るのはずいぶん先だろうと思った。
しかも、元の生活に戻れるのは国民の二分の一である。
H型だと判断されると、国から補助金が出た。私の父親もその対象で、かなりの金額が支払われた。
だが、お金なんかよりなにより元の生活が恋しかった。
検査結果を待つあいだ、私は山田とのやり取りが唯一の救いだった。山田は時々車で家まで会いに来てくれた。
すると、母親が少ない配給の中からどうにかして手料理を振る舞ってくれたりして、それがささやかな幸せだった。
そんなある日、家のチャイムが押され玄関を出ると大きな封筒を持った自衛官が数人立っていた。
「検査結果をお届けしに参りました。お母様は?」
私はこの物々しさに、嫌な予感を覚えつつ母親を呼んだ。奥から母親が出てきたのを確認すると自衛官は封筒を手渡した。
「この封筒にはあなた方親子の検査結果が入っています。しっかりご確認をお願いいたします」
そう言って敬礼すると玄関を出ていった。私と母親が恐る恐る封筒の中から書類を取り出すと、二人の鑑定結果が入っていた。
「H型……」
私がそう呟くと、母親が慌てて私に訊いた。
「誰が? あんたH型なの? お母さんだけH型なの?」
「二人とも……」
そう答えると、母親はその場で泣き崩れた。
「お母さんはいいけど、あんただけでもY型であってほしいってずっと思ってたのに、こんな、父さんも私もあんたもだなんて」
私はそう言う母親の背中をさすってなだめた。
父親がH型だったので、自分もH型かもしれないとはずっと思っていた。なぜなら両親からの遺伝だということをニュースで見て知っていたからだ。
もしも母親がY型だったなら、私もY型である可能性があっただろう。だが可能性として母親だけY型ということもあり得たので、そのとき母親を残すことを心配してもいた。
母親がH型なら、これでよかったかもしれない。
私はそう思いながらも、最初のうちは検査が間違っていて、私も母親ももしかしたらY型なのではないか? もしかすると保健所から結果は誤りだったと電話がかかってくるかもしれない。
などと考えて電話がかかってくるのを待ったりもした。だが、徐々にこれが事実なのだと受け入れると怒りの感情に襲われた。
最初にウイルスを流出させた杉村遺伝子研究所は、一体どうしてウイルスを流出させてしまったのか、なぜ発表が遅れたのか。
毎日のように国会でもその話が取りざたされたが、その原因が人的なうっかりミスだと知ったときは、聞かなければよかったとやりようのない怒りにさいなまれた。
ただ、救いだったのは山田がY型だったことだ。大切な人には生きて幸せになってほしかった。
そのためにも山田とは別れることを決意していた。
そんなある日、私がH型だと山田の家族に知られると、山田の母親に電話で別れてほしいと泣かれた。
家族からしてみれはその選択は当然のことだろう。
言われなくとも別れるつもりでいた私は、なにも告げずに山田との連絡を断ち、連絡先はすべて拒否設定にした。
そして、H型の人々が入れる施設があるとのことで私たち親子はその施設に入る決意をし、長年住み慣れた家を手放した。
施設ではとても手厚くもてなされた。だが、毎日今日死ぬかもしれない、明日かもしれない数年後かもしれない。
そんなことを考えながら、ただぼんやり過ごすのがつらくなり、H型の私にでも出きることがないか探した。
そうして見つけたのが、自殺願望のあるY型の人々が収容されている施設でのボランティアだった。
人口の半分が死亡または死ぬかもしれない状況で、これ以上人口が減少するのは社会問題だった。
子供や伴侶が全員H型で、自分だけY型で家族を亡くした人、恋人を亡くした人。そんな人々がそこにはいた。
H型の自分にできることは、生きることを促し説得することだった。
同じY型の人間が説得しようとしても、説得力にかけてしまう。そこでH型のボランティアを募集していたのだ。
それにH型をそばに居させるのは、もうひとつ目的があった。
H型の人間が突然死したときの状態を目の当たりにして、死ぬのを踏みとどめる者が少なからずいるからだ。
私は施設で、アポトーシスを抑える薬を拒否する人を説得し、日々話を聞いて時には抱きしめて慰めた。
そんな日々を過ごすうちに段々と自分の気持ちも落ち着き、穏やかになりつつあった。
そんなある日、施設に山田が入所してきた。私は驚いて彼のもとに駆け寄った。
山田は私を見つけると、手を広げ私を力強く抱きしめた。
「なんで、なんでここに……」
「会いたかった。お前と一緒になれないなら死んだほうがましだった」
「ダメだよ、山田は生きなきゃ。私の分も生きて、幸せにならないと私、死んでも死にきれないじゃん!」
「だったら死ぬまで一緒にいてほしい」
「自分が死ぬ姿なんて、見られたくないの。わかってよ」
私は最初そう言って、山田に諦めるよう説得した。
だが、私のことを諦めず居場所を探しあて施設に入所してきた山田の意思は固く、その必死の説得に徐々に絆されていった。
そうして二人で色々と話し合い、私はついに根負けして山田と一緒に施設を出て同棲することを承諾した。
母親は少し嬉しそうにしていたので、これでよかったのかもしれない。
山田と生活するようになって、死に対する恐怖も和らぎ私たちは平和な日常を送り始めた。
それでもいつかは突然死してしまうという事実は、いつも念頭にあった。
そして、終わりは突然訪れる。
私はその日、いつものように山田が仕事から帰ってきたのを出迎えた。
「お帰り、お風呂沸いてるよ」
「じゃあ先に風呂入るか」
「そうしてくれると助かるぅ。そのあいだに夕食の仕上げしちゃうから」
そんな会話をしていたそのとき、突然目や鼻、口から大量の液体が吹き出し呼吸もままならなくなった。
意識が薄れていくなか、山田がなにか叫んでいる。
「お前、お昼休憩もう終わるぞ?!」
私は机からガバリと顔を上げ、山田の顔をまじまじと見つめる。
「なんで私会社にいるの? H型なのに出社していいの?」
「なんだよH型って。寝ぼけてんのか?」
私はしばらくぼんやりして状況を確認する。あれは夢だったのだ。そう思った瞬間、ほっと胸を撫で下ろす。
そして、心配そうにしている山田の顔をじっと見つめた。
「山田、私ね、山田に話したいことがあるの」
すると、山田は視線を逸らし恥ずかしそうに言った。
「奇遇だな、俺もお前に話したいことがある。先に言わせろ」
「いいよ、なに?」
「好きだ」
「うん、知ってた」
そう答えると、私は山田に抱きついた。
誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。