勇気と百合と
あたしがご主人様に買われてから一週間。ご主人様との生活は軌道に乗り始めた。
ご主人様が迷宮に探索に出ている間に、あたしは部屋を掃除して、片付ける。
置きっ放しにされて山のようになっていた荷物を整理し、分別する。
そして、ご主人様が帰ってきたら仕分けタイム。
袋に入っていた鉄屑は売り物にすらならないから、ゴミ捨て場に捨てるらしい。
仕分けが終れば、一緒にお出掛け。資材の換金と夕食の買い出し。お金に余裕があったら、公衆浴場でお風呂タイム。
(なんか…幸せ。)
今、充実しているという実感がある。
一か月前には想像もしていなかった。
確かに戦争で失ったものは大きいし、今でも夜に泣いてしまうことはある。
そんな時、ご主人様はあたしに優しい。
「眠れないのか? ベッドにおいで。」
「でも…奴隷と同じベッドで寝るなんて、ありえませんよ。」
「……ご主人様の命令が聞けないってのか?」
「ずるいです。」
あたしは、ニヤけながらご主人様の隣に潜り込む。
眠れないあたしのために、ご主人様は話をしてくれる。疲れているはずなのに。
「私には夢があってね。勇者になりたいんだ。」
「もう、勇者じゃないですか。」
「違うよ。本物の勇者はもっと勇気があるんだ。」
ご主人様は、頬の傷をそっと撫でる。
「私は小さい頃からヤンチャでね。探索者の真似事をして迷宮に入ったんだ。」
ご主人様の昔話。興味ある。
「カンテラを落としてしまって、周りはまっくらになってしまった。何も見えない。そんな暗闇から怪物が私を襲ってくる。」
怖い思い出だ。今、ご主人様は勇気を出しているんだ。
「顔の傷もその時にやられた。死ぬかと思った。いや、死んだと思った。」
ご主人様の傷跡は大きい。重症だったに違いない。
「そんな私を助けてくれたのが、本物の勇者だった。私のヒーローだ。私は彼のような、本当の勇気を持った勇者になりたいんだ。」
「ご主人様なら、きっとなれます。」
「ありがとう。頑張るよ。」
ご主人様は、もう十分勇者だと思います。あたしを救けてくれたヒーローです。
「あたしの夢も聞いてもらえますか?」
「うん。知りたい。」
「あたしの夢は、お嫁さんです。」
「いい夢だな。キミなら、とても良いお嫁さんになるよ。」
「勇者みたいな人のお嫁さんになりたいです。」
言ってしまった。
ちょっと、ドキドキしてる。
「あの人は恰好良いから…。憧れる気持ちは…分かるよ。…じゃあ、おやすみ。」
ご主人様はそのまま寝てしまった。
(この鈍感!)
***
翌日。朝から少女がひどく不機嫌だ。
私に対して不満があるらしい。昨日何か悪いことでもしただろうか。心当たりがない。
あれかな、さすがに二人で寝るにはベッドが狭すぎたのだろうか。
密林の迷宮はさほど難しくない。だから、目的さえ達成すれば、昼過ぎに帰って来れることもある。
今日の戦利品はすごい。きっと少女も喜んでくれるはずだ。
「『六尾の狐』が狩れたんだ。しかも二匹。」
「毛並みが綺麗ですね。しかも暖かい。」
「これは高く売れる。それから、薬草と鉱石が少し。あと川沿いにキレイな石を見つけたから拾ってみた。」
「…これ、宝石じゃないかしら。ヒスイ?」
鉱石の鑑定は、きちんとできないと安く買い叩かれてしまうので、よく確認するが、宝石はレアすぎて鑑定できるほどの経験がない。
「高いのか?」
「いえ、そんなに高い宝石ではありません。ボタンなどに使われることがあったので、よく見てたんです。けど……」
少女は『三ツ首駝鳥』の尾羽を取り出してきた。数枚の尾羽がまとめられて、切り揃えられ、飾りつけられていた。
「キレイな尾羽でしたので、コサージュを作ってみたんです。ヒスイをこれに飾り付ければ、もっと可愛くなると思いまして。」
「すごい。キミはすごいな。」
「これなら二束三文の尾羽でも売れそうですね。」
「ああ、確かに。道具屋に持っていってみよう。」
出かける前に、部屋の荷物の山から売れそうな物を仕分けする。
「こちらはもうゴミですね。」
「売ろうと思って置いといたんだ。かなり前だったし、忘れてたな。もう…カラッカラに萎びちゃってるな。」
「他に売れそうな物は……。」
「そう言えば、牛又の角はどこに置いたか分かる?」
「角? どんな見た目ですか?」
少女は、牙や鉱石なんかをまとめて置いてある場所を探す。
「黒くて、大きいんだ。このくらいあって……」
私が手で大きさを示すと、少女は震え始めた。
「あわわわわ。」
「今週、あれを道具屋に持って行ったら銀貨六枚になるんだ。」
銀貨三枚あれば、少女のベッドが買える。そうしたら、また笑ってくれるだろうか。
「ふぇ~!?」
少女が叫ぶ。
***
「昨日捨てた鉄屑の中ぁ!?」
ご主人様も叫ぶ。
あたしたちは慌てて、一緒にゴミ捨て場へと向かった。
「どの辺りにバラ撒いたっけ?」
「確かあのへんに。」
あたしたちは走った。
昨日、袋をひっくり返して鉄屑を捨てた場所。
日が落ちてしまえば、探すことすら困難になる。早く探さなければ。
当然、袋は持って帰って次のゴミ袋として使っているから、探す目印にはならない。
ゴミの山から、自分たちが捨てた鉄屑を探す。
もしかしたら、鉄屑の上から別のゴミが捨てられて、埋まってしまっているかもしれない。
野生動物が来て、餌を探してゴミ山を掘り返すこともあるから、どこかへ散らかってしまっているかもしれない。
ゴミを拾って生活している人もいるから、鉄屑と一緒に持って行ってしまっているかもしれない。
あたしは泣きそうだ。
(ごめんなさい、ご主人様。)
確かに忘れていた。黒い牙みたいなのを鉄屑の袋に入れたこと。
あの時は、そんなに高価な物だとは思わなかった。
絶対に見つけないと。
泣いてる暇があるなら、手を動かす。目で探す。
「お、これじゃないか。この辺りを探そう。」
ご主人様が小さな鉄屑を見つけた。見覚えがある形だったらしい。
二人で、その辺りを掘り返す。
指先がヒリヒリとしてくる。
ゴミの匂いが体に染み付く。
「ご主人様、もし見つからなかったら、あたしを銀貨六枚で売ってください。」
そう、あたしはその角と同じ値段で買われた。奴隷商人はもっと高い値を付けようとしていたくらいだから、あたしは銀貨六枚なら売れるだろう。
「キミを売ったりなんかしないよ。」
「でも、あたしのせいで…」
「それでもだ。私の大事な物は売れない。手放せない。」
申し訳無さと嬉しさで、胸が苦しくなる。
見つけなきゃ。絶対に見つけてやる。
吐きそうになるのをぐっと抑える。
もうすぐ日が暮れる。
黒い角なんて、真っ暗になったら見つけられない。
お願い太陽。
もう少しだけ頑張って。
「痛っ!」
指先に何かが刺さった。
黒い……角!
「あ、ありました!! ご主人様。」
「やった、やったな!」
二人は抱き合って喜んだ。
***
私たちは、早速『破壊の牛又』の角を、道具屋へと持ち込んだ。
店に入った途端、道具屋の親父は私たちに嫌な顔をする。
「臭い。」
ああ、それは仕方ない。
「ちょっと諸問題があってだな。だが、もう解決した。」
「まあ、確かに『破壊の牛又』の角だ。傷も……ついてない。」
あれだけの状況で傷が付かなかったのは奇跡だ。私は運が良い。少女の日頃の行いの良さもあるのだろう。
「ただ、この角も臭い。」
「値切ろうっていうのか?」
「いや、そんなことはない。男の約束だからな。けど……金は準備しておくから、お前らすぐに風呂に行ってこい。」
道具屋の親父に言われて公衆浴場に向かう。
風呂上がりのジュースを二人で飲んだ。
さっぱりとして飲むジュースは最高にうまい。
「旨いな。」
「美味しいです。」
そして二人で笑いあった。
少女の機嫌も直って良かった。
「もう二度と、自分を売ってくれなんて言わないこと。約束だからな。」
「はい。」
私は、ずっとこうして少女と二人で笑っていたいと思った。
***
「おいおい。女傑勇者様はいつになったら、洞穴の探索に行くんだ?」
換金を終えて、あたしたちが食堂に入ると、ご主人様についての話題が聞こえてきた。
「鎧が直ったらじゃないか。」
「最近は軽い迷宮を、行ったり来たりしてるだけらしいじゃないか。」
「仕方ないだろ。稼がないと装備も買えやしない。」
「『破壊の牛又』の角はかなり高額で売れたらしい。それで装備を整えれば良かったんだ。」
「奴隷なんか買ってるからだ。」
お客は、あたしたちに気付いて静かになった。
「いつもの。二つ。」
「あい。」
ご主人様は給仕に注文をし、奥の席へと座る。あたしは机を挟んで向かいに座る。
「あのー、女傑勇者様?」
お調子者がフラフラとやって来た。
片手にはビール。すでに酔っているみたい。
「その呼ばれ方は好かん。」
いつものやり取り。お調子者はこの時の言い方で、ご主人様の機嫌を測っている。
今日は上機嫌だと踏んで、彼はいろいろ聞くことにした。
「いつになったら、洞穴の迷宮に出掛けるんですかい?」
ご主人様は答えない。
あたしは知っている。
ご主人様は、子供の頃に迷宮へと足を踏み入れ、暗闇で襲われたこと。
命の危険にさらされたこと。
あの時は、本当の勇者が助けてくれたから生き延びたけど、今度は死ぬかもしれない。
だから、ご主人様は真っ暗闇の迷宮が怖いんだ。
食堂の客たちの視線が、こちらに集まる。お調子者の客の背中の向こうから、沢山の目がこちらを見ている。
「みんな、期待してますぜ。姉御ならやれるって。」
ご主人様は、この人たちの期待を裏切ることも怖がっている。
嫌と言える勇気がない。
勇気ってなんだろう。
死ぬほど怖くても挑戦して行くこと?
周囲の期待を裏切っても自分を通すこと?
あたしには、どっちが本当の勇気か分からない。
でも、ご主人様に無理難題を押し付けて欲しくない。自分から苦しみに行くのが勇気じゃないはずだ。
(あたしが言い返してやる。)
あたしが立ち上がろうとすると、ご主人様が腕を掴む。
代わりに、ご主人様が立ち上がった。
………
客たちはご主人様の言葉を待つ。
明日か? 今週か? 鎧が直ったらか?
いつ挑戦するんだ。
「私は嫌だ。行かないよ。行きたくもない。」
刹那、食堂の客たちの時間が止まる。
次の瞬間。
「「「ええーー!!!」」」
大騒ぎとなった。
自分の思っていた答えと違ったので、お調子者は慌てる。
「姉御、今まで迷宮への挑戦を嫌だなんて言ったことなかったじゃないか。」
「そうだな。」
「こいつか? この奴隷のせいか?」
お調子者があたしを指差す。
ご主人様は、その指をはねのけた。
「違う……いや、違わないな。この子のおかげだよ。」
そして深呼吸。
「私は一つ、この子から勇気をもらったんだ。嫌なことを嫌と言える勇気。」
そう言って、あたしの頭をポンポンと叩いた。
***
その後の食堂の客たちは、驚天動地、大驚失色、狂瀾怒濤、無茶苦茶だった。
考え直すように説得に来たり、泣き落とそうとしてみたり、それはそれで良いじゃないかと理解してくれたり。
私たちは素知らぬ顔でパスタを食べ、スープを飲んだ。
「女傑勇者が臆したのか?」
挑発に来る探索者もいる。
「今までは、キミたちに嫌われるのが怖かった。みんなの期待を裏切ってしまうというのが恐怖だった。私はずっと臆病だったんだ。」
自分でそう言った瞬間、気が付いた。
(私は、私のことが嫌いだったんだな。)
挑発をしてきた探索者を見据える。
「でも、私にだってやりたくない事はある。嫌なことは嫌だ。ははははは。」
私は微笑って、騒がしい食堂を後にした。
帰りの道すがら。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
少女が心配してくれる。
「ああ。むしろスッキリしているよ。」
「みんなに嫌われたりするんじゃ…。」
私は笑った。
嫌われることが怖かったっていう本音も言うことができた。私は勇気を出すことができたのだ。
「君のおかげで、私は自分らしく笑えるようになった気がする。」
「良い笑顔です。」
「もう彼らに嫌われても怖くない。キミがいるから。キミが隣で笑っていてくれたら大丈夫。」
少女は顔を赤らめる。
「じゃあ、本当の勇者様になれたんですね。」
「いや。…私はまだ一人では勇者ではないよ。」
私は気付いた。
力のない勇気は、勇者じゃない
勇気のない力も、勇者じゃない。
そして、誰かのために出せる勇気が勇者なんだ。
「キミがいるから私は勇者になれる。私たち二人で勇者なんだ。」
私たちは二人でずっと笑っていた。
〜おしまい〜