空腹と荷物と
結局。
「ご主人様、こちらは売れそうですか?」
あたしたちは今日のご飯を食べるために、部屋の隅に寄せたガラクタの山を漁ることになった。
ゴミとそうでない物の違いは、あたしにはさっぱり分からない。
「それは『三ツ首駝鳥』の尾羽根だな。前は高く売れたんだが、最近は効率的な狩猟法が確立して値が下ってしまってな。二足三文なんだ。」
あたしは、キレイな羽根なのにもったいないと思いながら、捨てる物を入れておく木箱に突っ込む。
「この石は高く売れる。」
ご主人様は、下の方に落ちていた黒っぽい石を、売り物を入れる用の袋に投げ込む。
(売り物なのに、そんな手荒な扱いをするなんてっ!)
と思ったが、さすがに口に出すわけにはいかない。
「ご主人様、こちらはいかがですか?」
「お、これは売れるぞ。『双槍蜂』の毒針だ。これで作った武器は、一撃で敵を倒せる事もある。」
彼女は自慢げに言う。さすがにそのまま袋に入れるのは危ないので、二つの脛当てで挟んで、紐でぐるぐるに巻いて刺さらない様にする。
「『優勝鯉』の鱗があったと思ったんだが……」
「鱗ですね。」
あたしは、片付ける時に何をどこに動かしたか覚えておいた。
鱗の入った袋は、水回りの近くに置いてある。
「おお、これだこれ。ありがとう。」
それから、ゴミとそうでない物を仕分けつつ、宝探しを続ける。
「こちらはいかがですか?」
「ゴミ。」
「こちらは?」
「売れる。」
「あちらは?」
「良く燃える。」
「そちらは?」
「カス。」
仕分け作業には、結構な時間を要した。
しかも終わったのは、まだ部屋の四隅の一角の、さらに一部だけだ。この広くない家には、細々なお宝とゴミが混在している。
「とりあえず、今すぐに売れそうなのは、このくらいかな。また、時間のある時に、売れるものとそうでないものを仕分けないといけないな。」
ご主人様は、きっと仕分けなんてしないだろう。多分できない。
そもそも、「やらないと」と言って片付けができる人なら、家の中はここまで散らからない。
(あたしが頑張らないと。)
「これだけあれば、銅貨五十枚くらいにはなりそうだ。」
「良かったです。」
「ああ、お腹空いたね。」
昼ご飯は完全に食べそこねた。かと言って、晩御飯にはまだ早い時間だ。
あたしは朝ご飯が多かったから、昼を抜いても割と平気だった。
ご主人様は探索者だから、探索中は一食抜くとかザラだろうし、きっと平気なんだろうな。
「一緒に買い物に行こうか。」
「はい。」
買い物か。これは荷物持ちをしなければならない。奴隷の基本のお仕事だ。
よく、父が外出する時に、奴隷に荷物を持たせていたのを思い出す。
***
「凄いな、新品みたいだ。」
私は綺麗に洗濯されたローブを革の鎧の上から羽織る。
ゴワゴワになっていた布地は、少し柔らかな肌触りになった気がする。ほんのりと石鹸の香りがして、いい匂い。
さっきと違って、着慣れた服装での外出だと、変な緊張感はない。
私と少女は、商店街への道を進む。
(お腹空いたーー!!)
私は飢えて死にそうだった。
まじで昼ご飯抜くなんてありえない。
普段は、探索中でも食料は無くならないように気を付けているのだ。
だけど、今日は先立つものがなかったから仕方ない。
探索中にだって、どうしても食べれない時はある。そういう時はちゃんと我慢してるだろ、私。
(お腹空いた! 死ぬ!)
少女にそんな子供じみた素振りを見せるわけにはいかないから気丈に振る舞うが、私のほうがお腹と背中がくっつきそうだ。
私のお腹よ。お願いだから鳴らないでくれよ。
この時間になると、迷宮から帰ってきた探索者が少しづつ町に増えてくる。
商店街は活気付き始める時間だ。
「安いよ安いよ! フルーツ特売だ!」
「これも買ってくれよ、レア素材だぜ。」
「ハラミとセミはどっちがいい? え、どっちも?」
「串焼き!串焼きだよ!美味しい串焼き!」
「銅貨一枚足りないな…出直してこい!」
「そこの兄さん、鳥の丸焼きはどうだい?」
様々なやり取りが聞こえてくる。
そして、料理の屋台から漂ってくる旨そうな匂い。
鼻腔をくすぐる香辛料の匂い。
唾液腺を刺激する肉の匂い。
今すぐにでもこの空きっ腹に何かを押し込みたい。
だが、ここは我慢だ。余裕のないところを見せてはいけない。気付かれてはいけない。
周りの人にそんな余裕のない人間なんだと思われたくない。
できるだけ気分を落ち着かせつつ、いつもの道具屋へと歩いていく。
「ちょ、少しお待ちくださいっ…」
慌てた声に振り返ると、私の横を歩いていたはずの少女が、はるか後方から叫んでいる。
立ち止まって小首をかしげる。
(あれ? いつの間に?)
少女は息を切らして走ってきた。
「も、申し訳ございません。もう少し、ゆっくり…お願いします…。」
「やっぱり私が荷物を持とうか?」
「いえ、大丈夫です。ただ人が多すぎて…すみません。」
どうも人混みに巻き込まれてしまったようだ。
少女は、換金に行く品を自分が持つと言って聞かなかった。荷物を持つのは奴隷の仕事なのだと。
袋をお腹に抱えて大事そうに持っている。
「ああ、良いよ。ゆっくり行こうか。」
この商店街をゆっくり歩くのは辛い。
屋台から聞こえてくる包丁や鍋の音が食欲を刺激して辛い。
ついつい早足になりそうになってしまいそうになる。
何か話をして誤魔化そう。
「なにか食べたいものある?」
駄目だ。頭が食事の事から離れてくれない。
「ご主人様のお好きなもので。」
少女はそう言うだろうなと思った。
質問を変えてみる。
「じゃあ、何が良いと思う?」
少女は少し考えてから答える。
「先程の屋台の串焼きはいかがでしょうか。」
「私もそれが良いかと思ってたんだ。」
串焼きの屋台をじっと見てしまっていたのがバレたかな?
「でも、家に持って帰るとなると遅くなってしまうよな。屋台の近くで食べて帰ろうか。」
「かしこまりました。」
家に帰るまで食べるのを我慢できない。買い食いに決定した。
「あそこの串焼きは、肉や野菜に、果物まであるんだ。」
「それは豪華ですね。」
最近は、探索者や道具屋としか話してなかったから、話というと迷宮や戦利品の話ばっかりだった。
こういう普通の会話なんて、いつぶりだろう。とても新鮮な気がする。
「私のオススメは、カモの肉が…」
ぐうぅ。
鳴ってしまった。
食べ物の話をするんじゃ無かったと後悔。
「急いで換金を済ませましょうか。」
少女に気を使わせてしまった。
間もなく、道具屋の近くまで来た時だった。
ドン!
男は、すれ違いざま少女にぶつかる。その勢いで少女が転んでしまう。
なのに何も言わず、男は去ろうとする。
「おい、謝れ!」
私が叫んだ時には、男は走り出していた。
「荷物が! ひったくり!」
少女が泣きそうな声で訴えた。
次の瞬間。
***
ご主人様は、目にも止まらぬ速さで男の首ねっこを捕まえていた。
そして、一動作で腕を曲げて首を引き、脚を払ってバランスを崩し、男を背中から地面に叩きつけた。
男は何があったか理解できないまま倒され、喚いている。
ご主人様は強い。
素人のあたしが見ても分かる。
「女傑勇者様の連れとは知らなかったんだ!」
男は体を抑えられて起き上がることができない。
「私の連れでなければ盗っていいという事にならんだろ。」
男の言い訳に、ド正論で切り返す。
(ご主人様は格好いい。)
ご主人様と初めて会った時の姿を思い出した。
ボロボロになった兜を脱いで、精悍な顔付きを見た時、頬の傷も含めて格好いいと思った。
その後、奴隷商人が彼女を「女傑勇者」と呼んだ時、これが勇者なんだって憧れた。
ひったくりとやり合うだなんて、あたしには、そんな勇気はない。
ご主人様みたいに、勇気を持っている人が羨ましいと思う。
ご主人様は、ひったくりとも平気で話す。あたしには無理だ。
「探索者だな。金がないのか。」
「ない!」
「奇遇だな、私もだ。」
ご主人様は男から荷物の袋を取り返すと、袋から黒っぽい石を取り出した。
「これは『岩大蛇』から採れた硬石だ。道具屋へ持っていけば、銅貨二十枚くらいになる。」
男は倒れたままでキョトンとしながら、ご主人様の説明を聞く。
「もう二度と人のものを奪ったりなんてしないと約束するなら、これをやる。」
「え? 分かった、約束する。」
男は驚いた顔で了承した。
「ただし! 顔は覚えたからな。もし約束を破ったら、貴様をどこまでも追いかけて、私がトドメをさしてやる。」
そう言って、ご主人様は手を差し伸べた。
「あ…ありがとう。」
男はその手を取って立ち上がり、硬石を受け取った。
周りから拍手が起きる。
「この場の全員が証人だ。貴様はこれからやり直せ。」
男は何度も頭を下げながら、街の雑踏の中に溶け込んで行った。
(ご主人様は格好いい。)
勇敢さと力強さと凛々しさ。勇気と自信のある人の持つ威厳。
そして、奴隷のあたしにすら見せる敬意と優しさ。
家の片付けができないズボラさは、むしろ愛嬌だ。
誰にでも好かれる「女傑勇者」。
それがあたしのご主人様。
***
私たちは道具屋での用を済ませ、お待ちかねの屋台へと向かった。
ひったくりのせいで無駄な時間を使った。早く食べたい!
硬石は男にくれてやったが、鱗が思ったよりも高く売れたので、懐は割と暖かい。
「カモ肉の串五つとネギも二本、ついでにリンゴも一本。」
ここの串焼きはデカくて食べごたえがある。少女はその大きさに驚いて、一本でいいと笑った。
でも、肉だけじゃあということで、ネギを一本ずつ追加した。
リンゴはデザートだ。
「噴水の周りで食べようか。」
屋台からすぐの所にある広場の噴水は、この街のシンボルの一つであり、有数の待ち合わせ場所だ。
噴水を取り囲むように段差やベンチが設置されている。もう少しして人出が増えてくる時間になると、ここは人でいっぱいになる。
夕食時まで少し時間があるため、まだ人はまばら。ベンチにも空きがある。
私は少女と並んで座り、二人で鳥肉の串焼きを頬張る。
「やっぱり旨いな。タレが香ばしくて絶妙だ。」
私はあっという間に一本平らげてしまう。肉の旨味が口の中に広がり、やがて、お腹を満たしていく。
(幸せ。)
旨いものを食べていると、生きていると実感する。
私は思わず微笑んでしまう。
さらに今日は、いつもより旨く感じる。味が変わったとは思えない。空腹は最高の調味料といったところだろうか。
一方で、少女は小さな口でかぶりつき、ゆっくりと味わう。
「串焼きは初めて食べましたが、とても美味しいですね。」
少女も絶賛する。
「串焼き食べたことないの?」
「はい。屋台の料理はほとんど食べたことがありませんでした。奴隷商人も宿屋でばかり食べていましたから。」
この子はどんな人生を歩んで奴隷になったんだろう。奴隷商人は「良いとこの娘」だと言っていた。
奴隷となるのは、奴隷の子供か、捨て子、…そして戦争の捕虜だ。
(そういえば、少し前に隣の国との戦争が終わったんだったな。)
探索者である私は、戦争と直接関係することはない。
だが無関係ではない。国から兵士にならないかと誘いだってあるし、税金はしっかりと取られている。
そして、戦争が終わると、仕事のなくなった傭兵たちが迷宮の探索に集まってくる。
この町にもこの数週間で元傭兵の探索者が増えた。おかげで、町は活気付いている。
しかし、そのあおりをうけて、今までみたいに稼げなくなってくる探索者も出てきている。そんな奴が、さっきのようなつまらない犯罪を犯すようになるのだ。
私は二本目のカモ肉を串だけにすると、ネギの串をとる。口の中の脂をさっぱりさせるのだ。
少女はまだ一本目の途中だが、私に合わせてネギを一口食べる。
「とても甘いです! ネギを焼くと、こんなに甘味が出るんですね。ふふふ。」
少女はそう言って笑った。
旨いものを食べると、笑顔になるよな。
そう言えば、私は少女の笑顔を初めて見た。
「可愛い笑顔だな。そんなふうにキミはもっと笑えばいい。はははは。」
私も笑った。
「かしこまりました。ふふふ。」
少女は、さっきよりも良い笑顔になった。