朝食と
あたしを買ったのは、あたしの背の倍くらいあるんじゃないかという女の人。しかも夕方に会った勇者さん。
(何で、この人はあたしを買ったんだろう。)
憐み? 同情? 荷物持ち? 虐待用? まさか、同性愛?
彼女はあたしから少し距離を置く。
下を向いて、何か言っている。
「買ってしまった…。大丈夫か私?」
窓の近くから離れたせいで彼女の顔色は読めないが、なんだか後悔しているように聞こえる声。
「大丈夫、大丈夫だ。」
自分に言い聞かせるように、大丈夫と繰り返している。本当に大丈夫かな?
「あの…よろしくお願いいたします。ご主人様。」
あたしは彼女をそう呼んだ。
奴隷が、主人に対してどのように接しなければならないかは知っているつもりだ。
「ごしゅじ……そんな風に呼ばれるのは、恥ずかしいな。なんと言うか、くすぐったいというか、こそばゆいというか…。」
よく見えないけれど、きっと顔は真っ赤になっている気がする。
直感だけど、彼女は悪い人ではなさそうだ。少なくとも、奴隷商人よりはマシ。
「ご主人様。」
「むふぅ~。」
変な息が漏れる。
「そのうち呼ばれ慣れますよ。ご主人様。」
「そうか? そうだな。慣れるかな。」
「はい。これからどうされますか?」
「…よし、家に帰ろう。」
夕方に会った時はボロボロの姿だったので、生活ギリギリの探索者かと思っていた。でも銀貨六枚を即金で払ったり、宿ではなくて家があるというなら、かなりのお金持ちなのだろうか?
それか親が金持ちで、道楽で探索者をやっているお嬢様?
「こっちだ。」
彼女はそういうと速足でスタスタと歩き始めた。あたしはその後ろをついていく。枷を外されても奴隷は自由にはならない、彼女のモノになったのだ。
しかしこの人、歩いてるはずなのに足が速い。やっぱり勇者ともなると歩き方から違う。何とか小走りで追いかける。
町の端っこまで来ると、小さな家がぽつんぽつんと並んでいた。
「ここが私の家。」
日が落ちて、辺りは暗くなり始めていたが、家の様子くらいはまだ見えた。
古くて小さい家だが、柱や梁が太くてしっかりした造り。屋根の上には物干し台まである。一目で良い物件だと分かる。
でも、お嬢様が住んでいる家にしては小さすぎる。二人が住むがやっとくらいだ。ちょっと残念。
彼女が鍵で扉を開ける。そして何かに気が付いた。
「あ。そうか…、そうだよな。入ってもらわないといけないんだよなぁ。ちょっと待ってて。」
そう言って、彼女は先に入ってしまった。
夕闇迫る町はずれの家の前。まさか、こんなところで待たされるとは。
このまま逃げてしまってもいいが、何も持たない奴隷は空腹で野垂れ死んでしまうか、盗みを犯して処刑されてしまうのが関の山。そんな可哀そうな人たちを何度も見てきた。
あたしは、扉の前でしゃがみこんで待つ。
どうしてこうなっちゃったんだろう。ため息しか出ない。
ガッシャン!
ドン…ガラガラガラ…
なんか、家の中から酷い音が聞こえる。…大丈夫かな?
しばらくして、彼女が扉を開けて顔を出した。
「お待たせ。」
あたしを家に招き入れてくれた。
勇者の家。どんな風になっているのだろう。
「失礼いたします。…うわぁ。」
扉の向こうは、いわゆる汚部屋だった…。
あちこちに散らばる武器や防具。袋に入った道具類。壁に立てかけてある何かの骨。
「ごめん、少しでも片付けようと思ったんだが…諦めた。」
彼女はバツが悪そうに頭をかく。
「キミにはだな。あの、その。この部屋を片付けて欲しいんだ。」
「分かりました、ご主人様。」
どこから片付けていいか、少し途方に暮れる。
勇者の家って、どこもこんなものなのかしら?
「でも、それは明日からでいい。今日はもう何かと疲れたし、寝ようか。」
まだ、そんなに遅い時間ではない。でも、彼女は探索者だ。夕方の鎧の様子からすると、激しい戦いをしてきたに違いないし、早く休みたいのだろう。
「あああ!! しまった。」
彼女はベッドに入ろうとして叫ぶ。
「君の寝床のことまで考えなかった。とりあえずこっちのベッドで寝てくれ。」
「え? でも、ご主人様はお疲れではないですか。」
「いいんだ。私は探索者だ。岩場で寝ることだって慣れているんだ。はははは。」
彼女はそう言って笑った。素直な美しい笑顔だった。
勇者のイメージとは違うけれど、優しい笑顔だ。
「さあ、早くベッドに入った! 明かりを消すよ。」
あたしは追い立てられるようにベッドにもぐりこむ。あの奴隷商人は、あたしを床でばかり寝させたので、柔らかいベッドは久しぶり。
「おやすみ。」
彼女は明かりを消すと、ガチャガチャと何かにぶつかりながら横になった。
「おやすみなさい、ご主人様。」
「やっぱり、その呼び方は照れるなぁ。」
じゃあ何と呼べばいいのかを考えているうちに、彼女の寝息が聞こえてきた。
間もなく、あたしも寝落ちした。
***
朝だ。私は起き上がって背伸びをする。
「ん~!」
床で寝るのは苦にはならないが、やはり体が強張る。包まっていたローブはグシャグシャになっていた。
探索者の朝は早い。日が昇る前に迷宮に出発し、日が暮れる前に帰ってくることを目指す。暗い中で探索するのは危険だ。その場合は夜営用の道具を追加で持って行かなければならない。だから、無駄な荷物を減らしたい探索者は日帰りをするのだ。
かなり寝坊してしまった。外が明るくなっている。
まあ、昨日はあれだけの冒険をして疲れたし、今日は探索にはいかないから良いか。装備を揃えるために道具屋回りをする予定だ。
この町には、探索者向けに夜明け前から商店街が開いている。もちろん食堂もだ。
朝ごはんを食べて、武器と鎧を買いに行かないと。薬草もほとんど使ってしまったし、補充しておかないといけないな。
しまった、昨日は風呂に入りそびれた。朝ごはんの後は、まず公衆浴場だな。
財布を開いて、今日の買い物の計画を立てる。
(あれ? 銀貨がない。昨日六枚も稼いだのに。あ、そうか……。)
私は振り向いてベッドを見る。
丁度、少女が目覚めたところだった。少女は起き上がって目をこする。
「お早うございます。」
「お、おはよう。」
朝起きての挨拶なんて、何年ぶりだろうか。ちょっと緊張するけど…ちょっと嬉しい。
少女はベッドから飛び降りると、平伏した。
「申し訳ございません、ご主人様よりも遅く起きてしまって…。」
「ああ、なんだそんなことか。私も寝坊したから良いよ。とりあえず、朝ごはん食べに行こうか。」
「え…? あ、はい。」
奴隷って、正直どう扱っていいのか分からない。
金持ちの騎士が、奴隷を連れて探索に出ていくのを見たことはある。荷物を持たせたり、露払いをさせたり。ずっと見ていたわけではないから、食事とかどうしてたのかとか分からない。
まあ、私の稼ぎがあれば奴隷一人くらい養えるだろう。もし、性格が合わなかったり、経済的にしんどくなったら売ってしまえばいい。
ぐうぅ。
私のお腹が、食事に出かけろと言い出した。昨晩はデザートも食べれなかったし、長い時間寝てしまったからだ。
特に準備するものもないので、そのまま家を出る。
もう朝日は高くなり始めていた。
この時間になると、ほとんどの探索者は迷宮に出かけた後だから、少女を連れていてもいじられることはない。しかも、あの食堂の店員はみんな、客に関わるのが最低限なので気楽に行ける。
「何か食べたいものある?」
「いいえ。ご主人様から頂けるものなら、なんでも構いません。」
くぅ。
少女のお腹も鳴った。顔を真っ赤にしてうつむく。
「あ…、もしかして、昨日の晩御飯、食べてないのか?」
「気にしないでください。」
「ごめん! 自分が食べ終わってたから、キミの晩御飯まで気が回らなかったんだ。」
「だい、大丈夫です。」
くぅ。
もう一度腹が鳴る。私は笑った。
「体は正直だね。さ、旨いもの食べに行こう。嫌いなものはある?」
「いえ、なんでも食べます。」
「じゃあ好きなものは?」
少女はちょっと恥ずかしそうに下を向く。
「笑いません?」
「笑わないよ。」
「ちょっと子供っぽいんですけど、…ケチャップです。」
「奇遇だな、私も大好きなんだ。」
私は少女を連れて昨日の食堂へと向かった。
***
(あれ? なんで、あたしご主人様と一緒にパスタ食べてるんだろ?)
奴隷と一緒のテーブルで食事なんてしてて良いのかしら。少なくとも私の知っている範囲では、主人と奴隷のテーブルは別々で食べていた。
「旨いだろ。」
「は、はい。とても美味しいです。」
素朴な味だが、ちょっと濃い目のケチャップの味が、太めのパスタと絡まって美味しい。食べ応えがすごい。
「あ。」
ご主人様がすすったソースが、ローブに跳ねた。ご主人様は、気にせずパスタを啜る。
よく見るとローブには他にもいろいろな汚れが目立つ。
「あの…、ご主人様。失礼ながら。服に汚れが。」
「ああ。また今度、洗濯屋に持ってくよ。そういえば、このローブはいつ洗ったっけ…」
ご主人様は何かに気が付いたようだ。ローブの端を自分の鼻に近づける。
「あんまり自分では分からないけど…。確かに少し臭うな。」
あたしは黙っていた。「失礼ながら」とは付けたけれど、こんな指摘して激昂する人もいるかもしれないと内心ヒヤヒヤしていた。
ご主人様が唸る。
「ヤバイな…。しかも昨日は風呂にも入ってないし。よし、この後、公衆浴場に行くか。そのあとで洗濯屋だな。」
ご主人様はそう言って真剣な顔をする。大したこと言ってないのに、真剣すぎる表情がアンマッチだったので、ちょっと可笑しかった。でも笑うわけにはいかないから我慢、我慢。
「洗濯ならできます。」
「本当か! 助かるなぁ。洗濯代も馬鹿にならなくてな。」
今は、彼女があたしを養う責任を負っている。でも、ご機嫌を損ねたらどうなるか分からない。捨てられたり、また奴隷商人に売られたり、最悪は殺されることだってある。
あたしはご主人様のためにできるだけのことをしなければならない。
スープまで飲むとお腹いっぱいになった。奴隷商人に連れられている間はこんな食事はできなかったし、ずっとひもじかったから、お腹いっぱいになってしまうと、逆にちょっとしんどい。
「どうだ、旨かっただろ。」
「はい。」
食べ終わったご主人様は、すぐに立ち上がった。
「じゃあ、公衆浴場行こうか。」
さすが探索者だけあって、目的を果たしたらすぐに次の行動に移る。食後の休憩とかないんだろうな。
食堂を出て、ご主人様はずんずんと商店街を進んでいく。
あたしは追っかけるのがやっとだ。そんなだから、周りの人たちには、あたしたちが連れで歩いているとは思われていない。
公衆浴場もガラガラだった。探索者たちは殆どが迷宮に出ているから、こんな時間に風呂へ入るのは夜の仕事をしている人たちくらいしかいないそうだ。
「え、あたしも入って良いんですか?」
「当たり前だろ。風呂は一緒に入るもんだろ。」
…かぽーん
体がきれいになって、すっきりした。
こんなしっかりとしたお風呂に入ったのは、いつ振りだろう。
「ほら、これ。風呂上りには水分を取らないとな。」
ご主人様がジュースを渡してくれた。
あたしの知っている奴隷の扱いとはかなり違うけれど、それは彼女が知らないだけなのだろう。本当の奴隷の使い方を知ってしまったら、こんな扱いは変わってしまうことを覚悟しておかないと。
「いいんですか?」
「もちろん。」
あたしはジュースを一口飲む。甘く冷たいジュースが温まった体の中を流れていく。
その代わりに、胸の奥からぐぐっと押し上げられ、喉まで湧き上がる感情。
次の一口を飲むことが出来ない。
「おい、どうした?」
ご主人様が心配そうにあたしの顔を覗く。
あたしは自分でも気づかないうちに、ポロポロと涙がこぼしていた。
「いえ、…なんでも、ありませ…。本当…に。なんで…ない…です。」
胸が詰まってうまくしゃべれない。
「大丈夫か? どこか痛いのか?」
「ちがっ…違うんです…。」
違う。あたしはホッとして泣いてる。
奴隷商人に売られて数週間。辛いことばかりだったけど、ずっと負けるもんかって思って頑張ってきた。
今、しっかり眠り、空腹を満たされ、体も温まり、優しくしてもらって、その我慢の糸が切れてしまった。
なんだか、やっと人間に戻れた気がする。
そんなあたしを、ご主人様は優しく抱き寄せてくれた。
「泣きたい時は泣けばいいんだよ。」
あたしは人目を憚らず泣いた。泣いた。泣いてしまった。