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奴隷と


 私に合わせて軽量化してあるとはいえ、鋼鉄の鎧は結構な重量がある。さらに背負っている荷物も肩に喰い込む。


(早く脱ぎたい。降ろしたい。)


 そんなことばっかり考えながら、やっとの思いで自分の家に着いた。


 多くの探索者は安い宿屋を定宿にしており、私のように自分の家を持てる人間は数少ない。私は運よく稼ぐことができたので、この家を手に入れることができた。


 扉の鍵を開けて、部屋の中に戦利品の入った袋を無造作に置く。


「はぁ、疲れた…。」


 鍵を掛けると、やっと自分一人の空間。今までずっと張り詰めていた気がゆるゆると緩んでいく。

 鎧や鎖帷子を机の横に脱ぎ捨てて半裸となり、人心地つく。


 そんなに広い家ではないのに、こうして適当に物を置いてしまうため足の踏み場がない。いつかは片付けようとは思うのだが、なかなかその時間も取れず片付かない。


(…奴隷でも雇って、片付けてもらうというのも一つかもしれないな。)


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。さっきの奴隷商人が声をかけてきたせいだな。

 こんな汚い部屋を、奴隷とはいえ他人に見られてもいいのか…。いやぁ、私にそんなは勇気はない。


  ぐうぅ。


 お腹もすいた。

 食べ物を買ってきて、この家で食べるという選択肢はない。ここにはもう、ゆっくりと座って食べられる場所なんて無いのだ。


 ベッドの上に投げてあった黄色のローブを拾い上げて羽織る。私の肉付きは良い方だが、少し背が高いため、こんな風にローブを着こむと細身に見える。

 さっき置いた袋から何個かの戦利品を取りだし、ローブのポケットに突っ込んで家を出る。夕食用の手持ちの現金を引き出すのを忘れていたので、ついでに戦利品を換金しに行くのだ。


 身軽になったうえに食事が楽しみで、街へ向かう足取りは軽い。

 商店街から少し外れた通りにある馴染みの道具屋に向かう。私は、迷宮の探索で得た物をこの店で売ることが多かった。

 道具屋の親父は、戦利品を掴んで唸る。


「この角…この黒さと硬さ、まさか『破壊の牛又』かよ。」

「ああ。左右で二本だ。」

「こりゃあ、傷もないし逸品だぞ。角笛にもできそうな太さだ。いい武器も作れる。兜の角飾りにも良さそうだな。」

「いくらで買い取れる?」

「あ、ああ。一本で銀貨四枚…いや、この大きさなら五枚出す。」

「合わせて銀貨十枚か。」


 悪くない額だ。


「いや、すまんが、今日すぐに二本を買い取るのは無理だ。来週なら…。」

「とりあえず一本でも買ってくれないか。『牛又』との戦いで鎧がおシャカになってしまったんだ。」

「もちろん買わせてもらう。残り一本も来週には売ってくれるよな。」

「買取の店は他にも心当たりがある。」


 私はこの角を安売りする気はない。命を懸けてとってきたんだ。

 それに、次の探索の準備にもまとまった金が要る。


「…分かった。この角を銀貨六枚で買うから、もう一本もうちに売ってくれ。」

「どうせ次の時に、銀貨四枚になるだけだろう?」

「いや、男の約束だ。傷が付かなきゃ来週、もう一本も銀貨六枚で買う。」


 兜の角飾りにできるなら、二本一組で仕入れて高く売れると踏んだのだろう。

 貴族や大金持ちのための飾り用の鎧にでもすれば、値段はもっと跳ね上がるんじゃないか。


「約束だな。」

「女傑勇者様との約束は破れねぇよ。」

「その呼び方は…まあいい。それで決まりだ。」


 銀貨十二枚…と言っても、まだ半分しかもらってないが。他にも細かい鉱石やら希少植物が銅貨六十枚。かなりの儲けだ。


「その角は、絶対に傷付けるなよ!」


 道具屋の店主が見送りの言葉の代わりに叫ぶ。

 私は手を振って応え、店を後にする。


  ぐうぅ。


 懐が温かくなったところで、また腹が鳴る。そのまま行きつけの食堂へと向かう。


「おぉ、女傑勇者様のお帰りだ!」


 食堂の扉をくぐると、先客の探索者たちが騒ぎ始めた。いつもなら「その呼び方は好かん!」と一喝する所なのだが…。

 私は迷宮探索で体は疲れているのに、頭を使って金額交渉までした。更に腹が減っているものだから思考が回らない。反応もせずに仏頂面のまま、奥の席に座る。


 給仕がテーブルに飛んできた。


「いつもの。」

「あい。」


 それだけを言って目を伏せる。


「姉御! 今日はどこまで?」


 お調子者がテーブルの傍まで来て、馴れ馴れしく聞いてきた。

 私は答えず黙する。

 すると、食堂の客たちが勝手に盛り上がり始めた。


「今朝、女傑勇者様が峡谷の方へ向かったのを俺は見たぞ。」

「峡谷? あんな所一日で行って帰られるわけがない。」

「迷宮の各階層はそこまで広くないが、かなり深い。」

「行きはよいよい、帰りは怖い。行きは谷下りで素早く進めるが、帰りは重たい荷物を背負って登り道。」

「しかも最下層には『破壊の牛又』が待っているんだぞ。」

「長生きした猛牛は、尾が二又にも三又にも分かれて『牛又』となる。峡谷の底に棲む『牛又』は、畏怖を込めて『破壊の牛又』と呼ばれる。それはそれは恐ろしい怪物だ。」

「『牛又』には何人もの探索者がやられているんだ。」


 ああ、こいつらはうるさい。

 わざと説明臭い言い回しをして、この場を盛り上げようとしているのだ。探索者なんてやめて吟遊詩人(バード)にでもなればいいのに。

 しかし、どうして彼らは、私が怪物を倒して迷宮を攻略したことを知っているんだ。


(どこで聞いた? さっきの道具屋か? それにしても、耳が早いにもほどがあるだろ。)


 食堂の客たちのボルテージは勝手に上がっていく。私が攻略した迷宮の話を聞きたいのだろう。

 しかし、探索者には言えることと言えないことがある。私が攻略法などを他人に教えてしまったら、『牛又』の角の価値が下がってしまう。

 今、あの角を持って帰ってこれるのは、私より強い数人しかいないはず。だから希少価値がある。

 探索者は喋れることと秘密にしておくことを見極めながら、冒険譚を語らなければならない。


 でも、今日は疲れている。そんなことまで考える気力はない。喋りたくもない。


「本当に『破壊の牛又』を倒すことなんてできるのか!?」


 ただ、食堂にいる客たちの期待の視線が私に突き刺さる。


 ああ、私にはこれを無視し続ける勇気はない。

 私は諦めて、無言でポケットから鋭い角を出し、テーブルの上に置いた。


「「「おぉおぉおぉおおお」」」


 どよめきが起こる。

 客の一人が、恐る恐る近寄ってきて、角をじっと見る。すぐに触ってみようとしないところを見ると、ちゃんと(わきま)えている探索者のようだ。


「これが、『破壊の牛又』の角…。」

「俺の友達もあいつにやられたんだ。」

「すごいぞ。さすが我らの勇者様だ!」

「勇猛果敢、勇気凛々、勇往邁進!」

「豪傑女戦士! 女傑勇者様ぁ!」


 さすがにこの騒ぎは気に入らない。これ以上、妙な二つ名で呼ばれてたまるか。

 抗議で立ち上がろうとしたところへ給仕がやってきた。


「あい。」


 給仕がテーブルに料理を並べはじめたので、私は怒ることもできずに角を片付ける。


 やった。お待ちかねの晩御飯。

 私は好物のケチャップソースのパスタをすする。銅貨四枚でスープとサラダもついてくる。安くて旨くて腹一杯になれるから、いつもこれを頼んでいる。

 そんな私を無視して盛り上がる客たち。


「姉御が、『破壊の牛又』を倒したお祝いだー!」

「そうだそうだ!」

「「「かんぱーい!」」」


 みんなが乾杯を始めた。

 自分たちが攻略したわけじゃないだろうに。こいつらは、ただ飲みたいだけなのだ。

 彼らが勝手に盛り上がる分にはなんの問題もない。私はケチャップの味を堪能しながら、黙々とパスタを腹に収めていく。


「「やんや、やんや!」」


 宴は盛り上がる。

 私たち探索者は命を懸けて迷宮を冒険し、一獲千金を目指している。ある意味、お互いが商売敵であり、戦友でもある不思議な関係。

 だから、何か良いことがあった時は、目一杯みんなで喜び合うのだろう。


(まあ、そんな考え方は嫌いじゃない。)


 私がスープを飲み干し、全てを食べ終えた時だった。

 すっかり出来上がった男が、カウンターに飛び乗った。


「じゃあ、次に女傑勇者様が挑戦するのは、洞穴の迷宮だな!」

「はぁ??」


 青天の霹靂。私は素っ頓狂な声を出してしまった。突然何を言い出すんだこいつは。


「姉御には、峡谷の迷宮をたった一日で攻略できる実力がある。」

「そうだそうだ!」


 普通は峡谷の迷宮の最下層まで行ったら、迷宮内で一晩過ごすことを覚悟しなければならない。今日はかなり運が良かっただけだ。


「洞穴の迷宮も攻略できるぞ!」

「おおぉぉ。」

「そうだそうだ!」

「洞穴! 洞穴! 洞穴!」


 洞穴の迷宮には段違い……いや、桁違いに強い怪物が出る。まだ浅い階層しか探索されておらず、まだ全容が分からない。その先には、まだ知られていない怪物もいるだろう。


 この町周辺にある迷宮の中で一番難易度の高い迷宮だ。私より強い探索者ですら、あそこに挑戦している探索者はいない。いや、強いからこそ洞穴の迷宮の危険性が分かるから、避けているのかもしれない。

 私も正直、恐ろしい。


「さすがにあそこは…」


 私は立ち上がり、そんなつもりがないことを説明しようとする、が。


「洞穴の迷宮には、浅い階層でも回復の魔石が採れるからな。もっと奥には魔石がゴロゴロとしてるんじゃないのか。」

「つまり、あの迷宮を開拓できれば、この町のみんなも助かるぞ。」

「そうだそうだ!」


 デザートを頼む余裕がなくなった。早くこの場から離れたい。

 このままでは、私が洞穴の迷宮に挑戦することが決まってしまう。

 そういったのは私よりも強い本当の勇者に言ってくれ。この町にだって何人もいるだろ。


「あいっ!」


 給仕がトレイを振り回して、カウンターの上に乗った男を叩き落した。


「あう! す、すんません。」


 背中から落ちた男が謝ると、周りのみんなが笑う。

 みんな楽しそうだ。


「姉御!」

「女傑勇者様ぁ。」

「この町の最高の英雄!」


 でも、この雰囲気は苦手だ。

 みんなの期待が大きすぎて、嫌なことを嫌と言える勇気がない。

 だから私は勇者ではないんだ。


「…そうだな。洞穴に向かうには準備が必要だ。」


 そう言いながら、給仕に銅貨を見せて出口に向かう。

 走り寄ってきた給仕に銅貨を渡し、さらに銅貨三十枚ほどを追加する。


「彼らの飲み代の足しにしてやってくれ。」

「「わ~~!!!」」

「さすが英雄だ!」

「勇者のお帰りだ! みんなお見送りしろ!」


 ため息をつきながら、騒がしい食堂を後にする。


「私は勇者なんかではないよ。」


 誰にも聞こえない独り言をこぼし、家路に向かう。


 多くの探索者は、戦利品を沢山持って帰るために数少ない装備で迷宮に出かけるため、苦しい冒険になることが多い。大きな怪我をしてしまえば引退を余儀なくされる。

 洞穴の迷宮から回復の魔石を持ち帰る道を開拓できれば、多くの探索者の寿命が延びることになる。

 それだけじゃない。回復の魔石があれば、この町の医療にも寄与することは間違ない。

 多くの人に望まれているのが、洞穴の迷宮の攻略なのだ。


(…とはいえ、嫌だなぁ。)


 しかし、準備をすると宣言してしまった。これは逃げられない。

 そんなことで悩みつつ、トボトボと公衆浴場に向かって歩いていると、道の反対から薄暗がりの中を歩いてくる二人の影。


「こら、早く歩け。」


 夕刻の奴隷商人だ。

 結局、少女は売れなかったのだろう。彼は枷につながれた鎖を無理矢理ひっぱる。


「やめて。私を傷つけたら困るのはあなたでしょ。」

「全く。口の減らない娘だ…」


 少女は怯えながらも、きちんと言い返す。


「おい、人買い。」


 私は思わず声をかけた。

 食堂の窓から漏れる灯りに、私たち三人が照らされる。


「へ。あああ、女傑勇者様…」


 私はまた睨む。

 商人はしまったとばかりに自分の口を押える。

 少女を見ると、ひどく疲れた様子で立っていた。


「その子を買おう。」

「へ?」

「聞こえなかったのか?」

「いえ、いえ。いえ。まさか、この娘を買われるんで?」

「そう言ったろ。」


 普段の私なら、こんな風に衝動買いをすることなんてない。

 今日は迷宮の探索に疲れて正常な判断ができなくっていたのだろうか、…いや、洞穴の迷宮への探索を宣言してしまったストレスから自棄になっていたのかもしれない。

 ただ、どうしてもあの少女が気になったのは間違いない。


「は、はい。分かっております。」

「いくらだ。」

「え、銀貨十二枚です。」

「じゃあ、夕方と今、二度も私を無礼な呼び名で呼んだ分、まけてもらおう。銀貨六枚だ。」

「はあ!?」


 まさか、いきなり半分まで値切られると思っていなかった商人は驚きの声をあげる。

 だが、このまま売れ残りを連れまわすと、その分の金もかかる。奴隷の宿泊費もばかにならない。

 商人は頭の中でそろばんを弾く。おそらく、何かの勢いで買うと言っているのだろう。ここから値上げ交渉を始めたら、彼女は飽きて買わずに行ってしまう。


「…分かりましたよ。持ってってください。」 


 私が銀貨をポンっと払うと、商人は少女の枷の鍵を外した。


「お買い上げありがとうございます。」


 商人は丸まった髭をしごくと、枷を持って夕闇の街へと消えていった。


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