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【清掃日誌07】 焼却炉 

「ポール坊ちゃん、ごはんですよー。

今日は坊ちゃんの大好物のピーマンとイワシの炒め物ですよー。」




階下から乳母のマーサの声が聞こえる。




『はーい。 (ドタドタドタ)』




ピーマンは嫌いだが、今日は寝すぎて腹が減っていた。

勢いよく階段を降りる。




食卓には、父・母・妹。

妹婿のロベール君は居ない。

きっと家業に勤しんでいるのだろう。




「ポール、最近はどうだ?」



『いつも通りだよ父さん。』




「ポール、あの女が近所をうろついていると聞きました。

こっそり会ったりしては駄目ですよ。

もうアレは嫁でもなんでもないんだから。」




『わかってるよ母さん。』




「兄さん、仕事もせずにいつまでブラブラしているんですか。

ワタクシ、今日も兄さんの話題で恥をかいてしまいましたわ!」



『ゴメンな、ポーラ。

明日から頑張るよ。』




恒例の対ニート用会話が終わり、俺はマーサが押し付けて来るピーマンの皿を巧妙に避けながら魚フライだけをパクパク食べた。




「坊ちゃん、ピーマンも食べなくては駄目ですよ。」



『た、食べてるよぉ。』



「嘘、兄さんったら

いつもピーマン残している癖に。」



…チッ。

昔はオマエも可愛気があったのにな、年々俺への当たリが厳しくなってくる。

定職に就いてない兄貴は辛いぜ。




不幸にして今日は俺への風当たりが強い日だったらしく、食事マナーや偏食に話題が及んでしまう。

要は俺が鳴かず飛ばずなのは、アッパーミドルに相応しい作法を身に着けていない所為だと言うのだ。


話はどんどんエスカレートし、何故か社交界デビューをさせられそうになる。

とうとう王国からの亡命者であるアーリントン侯爵家が主催するサロンへの入会にまでエスカレートしてしまったので、俺は慌てて家を逃げ出した。



誇り高き我が自由都市市民は、公的な場では共和政体の尊さを騙り、食卓では如何に自家だけが高貴な立場に上り詰めるかを日々画策している。

それは模範的市民と讃えられている俺の両親も同様である。

貴族制度への反撥意見も、よくよく聞いてみれば《自分が貴族でない事への怒り》でしかないからである。



俺は《子供部屋おじさんニート》という選ばれし超貴族なので、特に位階や役職を欲しいと感じた事がない。

家族とマーサが居れば良いのだ。

あ、あと可愛いガールフレンドが出来たら嬉しいな。




==========================




そんな訳で最近馴染みになった工業区のbarでビリヤード遊びに興じている。

この辺は柄が悪くて苦手なのだが、反面刺激的な娯楽が多い。

なので、日々の生活が上手く行かない時は工業区に来て憂さを晴らすのだ。



「ポール君、だいぶ上達したねえ。

ビリヤード気に入った?」



『ええ、上手くなればモテると聞いたので。』



「ははは、現金な男だ。

首長国の首都ジェリコではビリヤードが大人気だからね。

王族も夢中らしい。

名人になったら逆玉あるかもよ?」



『いいッスね。

俺、一度首長国に行ってみたいと思ってたんですよ。』



「私も一昨年ジェリコに旅行に行ったんだけどね?

豪壮で繊細、天上かと見紛うほどの美しい街だったよ!

学芸も盛んで民度も最高だったしね!」



『ああ、いいなあ。

いつか俺も行ってみたいです。』




マスターとそんな話をしながら、皆でビリヤード遊びに興じる。

男同士で馬鹿騒ぎをしていると、やはり話題は女の話になって、彼女がいる奴は彼女自慢、居ない奴は紹介乞食と、定番の話の流れになる。

ヒモテの俺は何人かの若者に弄られる羽目になった。

(この歳になると、その遣り取りが新鮮で楽しい。)



「ポールさんは彼女いないの?」



『いないねえ。』



「作ればいいのに?」



『作り方がわからなくて…』



「ははは!

そんなの、パーティーとかに行きまくれば余裕っしょ。」



『そ、そうなの?』



「女だって、男を欲しいと思ってるんだよ。

で、彼氏が欲しい女は地元のイベントに顔を出すんだから

そこに行くのが一番っしょ。

魚を釣りたきゃ水辺にってね。」



『な、なるほど。』



眼前の少年の言う通りである。

17歳という年齢に衝撃を受けて名は聞きそびれたが、彼は女をとっかえひっかえしているモテ男である。

そんな彼が言うのだから間違いないだろう。



『で、でも。

パーティーって言っても。

俺、ちゃんとした服とか普段着ないし…

テーブルマナーとかも未だにわかってなくて。』



「あはははww

大袈裟大袈裟。


あ、そうだ。

ポールさん、俺の地元でもうすぐパーティー始まるんスよ。

帰り際に顔出そうと思ってたんだけど、一緒に来る?」



住所を聞けば港湾区だった。

前も行ったけど、あの辺ガチの貧困区域だからな。

治安とか正直怖い。

…でも、興味はあるんだよな。


まあ、社交界よりマシか。



『じゃあ俺も連れてってよ。

ほら、ここのジュース驕りね!』



「「「あざーっす♪」」」




==========================



港湾区には前に一度来たことがある。

ゴブリン達は元気にやってるかな。

デッダの家族が無事なら嬉しい。



「ポールさんっていいトコの人でしょ?」



不意にモテ少年が呟く。



『…まあね。

どっちかと言えばボンボンだと思う。』



「だと思った。

物腰とか貴族みたいだもんww」



『甘やかされて育っただけだよ。』



モテ少年は声を立てずに笑った。



「この辺。

汚いでしょ。

ビンボー人ばっかで嫌になっちゃうよ。

普通にゴブリンやらオークやらがそこら辺歩いてるし。」



『魔族とは上手くやってるの?』



「まさか。

政府の奴らに我慢させられてるだけだよ。」




一瞬、少年の目に激しい憎悪が浮かぶ。

聡い男だ、本当の敵が誰だか熟知している。


そう、下層民にとって移民は真の敵ではない。

本丸は人件費削減を目的に嬉々として移民を招き入れている資本家達とそれを肯定的に容認しているアッパーミドル達である。

安い労働力の恩恵を蒙る人々は安全な貴族区や富裕区で繁栄の果実を貪り、肝心の労働者達は人工的な逆セリシステムにより日々賃金を値切られ、更には異種族同士の緊張生活を強いられている。




「…そりゃあ、ガキの頃はゴブリンに石を投げた事もあるよ。

今はしない。

仕事先で組まされる事もあるからね。」



『え?

魔族と一緒に仕事とかもするの!?』



「ははは、金持ちは何も知らないんだな。

解体とか、荷役とか、ゴミ収集とか…

そういう汚くてキツくて誰もやりたがらない糞仕事の職場は魔族だらけだよ。

俺の職場の副職長もオーク野郎だしさ。」



『そっか。』



「…解体。」



『ん?』



「俺の仕事。

モンスターとかをバラす方じゃなくて、土建の方の解体。

毎日、空き家とか違法バラックとかを解体してる。

去年、ミスって指が潰れた。

ほら、ここ。


キツい癖に給料安いけど、この辺は他に仕事ないからな。」



『そっか。

治療とかって…』



「ほら、アレ。

教会あるでしょ。

あの中で坊主が白魔法を売ってる。」



『ああ、良かった。

それじゃあ。』



「残念w

値段がちっとも良くないんだ。


だから俺の指は一生潰れたまま。

姉さんの火傷も治らない。」




少年が裏通りに入る。

このバラック地帯が彼の生まれ故郷だそうだ。



「で、俺達は一生ここから出れないのさ。」



『君なら出れるだろう?

工業区でも上手くやってるじゃないか。』



「でも、ここには仲間がいる。

姉さんがいる。

思い出がある。


本当に糞みたいな場所だから、みんなを置き去りには出来ないんだよ。」




『そっか。

無神経なこと言ってゴメンね。』




少年は女遊び用のジャケットを取りに戻ったらしい。

家族らしき女性と激しく口論している。

そりゃあ、そうだろう。

幾ら男とは言え、こんな夜中にフラフラ遊び歩いていれば家族は心配するだろう。


…マーサに何か買って帰ってやろう。

元気に見えてももう歳だからな、固い食べ物は駄目だ。




「るっせーな!!

姉さんには関係ないだろッ!!」



「ちょっと待ちなさい!!」




俺が玄関先で付近を眺めていると2人が飛び出して来た。

女性は俺の存在を聞かされてなかったらしく、俺とぶつかり倒れかけてしまう。



『!?


失礼。

お怪我はありませんか?』



反射的に姉さんと呼ばれた女性を抱きとめる。

そして、目が合い。

…彼女の顔の左半分を占める大きな火傷の跡が視界に入って来る。



「ッ!!」




女性は俺の手を振り払ってから後退し、無言で長い髪を左に寄せた。




「…な、嘘じゃなかっただろ?

この人がポールさんだよ。

ちゃんとした家の人で、行きつけの店でも尊敬されている。」




『突然申し訳ありません。

遅くなったので彼に案内して貰ってました。


ポール・ポールソンと申します。』



「…こちらこそお見苦しいところを。」



少年の姉は髪を固く抑え込んだまま立ち尽くしていたが、屋内から赤ん坊の泣き声が聞こえると黙礼して戻って行った。



「姉さんは昔は美人だったんだぜ。

…火傷した途端にみんな掌を返しやがったけどな。」



『今でも素敵な人だと思うよ。』




「…逃げたアイツは逆の事を言ってたけどな。」




少年の姉は…

姉と言っても親子ほど年が離れている為に、母親代わりの存在なのだが…

かつては美貌で知られ、《牡丹の如くナナリー》と讃えられた姉こそが彼にとっての誇りであった。


だが。

苛酷な労働環境で事故に遭い、顔が焼けただれてしまった事により、夫に逃げられシングルマザーとなった。

今でもその焼却場で苛酷な労働に黙々と耐えている。

心無い言葉をぶつける者も少なくはないそうだ。

この様な経緯があり、少年は姉以上に傷付いてしまっている。

彼の漁色趣味はきっとその代償行為なのだろう。

その証拠に多くの女を抱いている癖に、その誰にも心を許していない。




「ポールさん。

変なトコ見せちまって悪かったな。

さあ、気分を変えよう。


今から行く深夜パーティーは

ここらじゃ一番女が集まるイベントだぜ!」




==========================




港湾区のパーティーという事で、あまり期待はしていなかったのだが

男も女も精一杯着飾って可能な限り最大限の笑顔を振りまいていた。

強くカラフルな酒がカウンター中に並べられ、BGMの重低音が興奮をそそる。




『あ、この雰囲気。

俺は好きかも。』



「ははは、気に入ってくれて良かった。

あっ、あっちの女共が見てる。

声を掛けてみよう!」



『おっ、いいねえ。』




そんな感じで2時間くらい店中の女子と話した。

即興の弾き語りも思いの外ウケた。

俺ってスタミナ無い方なんだけど、どうやら女遊びは別腹らしい。




==========================




『はあ、フラれたフラれた。

やっぱ陰キャのオッサンは駄目だね。

全然相手にされなかったよ。

ごめんね。

俺なんかと一緒にいたから、君も巻き添え喰っちゃったね。』




俺と少年はbarの裏手の階段で足を投げ出して寝転んでいる。

夜更けなのに、辺りは酔っ払いの嘔吐や痴話喧嘩など随分騒がしい。




「そりゃあね。

女の子があれだけアタックしてくれてたのに。

ポールさんがずっと上の空だとね。


…姉さんのこと、考えてたんだろ?」




『買い被りだよ。

単に俺がモテないだけさ。』




残念ながら、俺のスキルに傷痕を消す効果はない。

何万回も試したから、それは間違いない。

マーサの腕にも大きな火傷があるからな。


あの面積の火傷跡を消す為には、神聖教団の高額白魔法サービスしかない。

エリクサーなる大富豪が独占している回復秘薬も噂では聞いた事があるが…




『ゴメン。

自分では羽目を外したつもりだったんだけどな。。』




「でも俺はポールさんと会場回れて楽しかったよ。

なんか、兄貴が出来たみたいでさ。」




==========================




帰りに焼却場を通る。

仕分けパイプの不調が、あの事故の原因だと聞いたからだ。


安い安い人件費。

いつまで経っても下りない環境整備予算。


そして危険な可燃ゴミは富裕区や貴族区からも大量に送り込まれているとのこと。

ここは世界の底辺。

あらゆる負担が高所から落ちてきて、現場で働く者を礫の様に無慈悲に打ち続ける。




『セット。』




「ポールさん、何やってるんですか?

勝手に入っちゃまずいですよ!」




清掃クリーンアップ。』




「ポールさん、本当にマズいって!!

何やってんスか!!」




『ゴメン、用事は終わったよ。』




「…ほら行きますよ。

一体何をやってたの?」




『自己満足だよ。

決まってるだろ?』




「…楽しそうっすね。

こんなに薄汚い場所なのに。」




『俺は港湾区嫌いじゃないかも。』




「本当に?」




『ホントホント。

いつか家を出て独り立ちしたら…

そうだな、この辺にbarでも開くか。』




「話半分に聞いておくよ。」




『あ、教会の真正面とかどうだろう?

坊主に酒を飲ませたら、安く白魔法売ってくれるかも。』




「…ポールさんならあの火傷、いつか本当に治してくれるかもな。」




『買い被り過ぎだよ。』




「でも、助け終わった相手には興味ないんだろ?」




『…。』




驚いたな。

別れた妻にも同じことを言われたよ。




==========================




貴族街のカフェ。

何故か、この男は当然のような顔をしてテラスソファにふんぞり返っている。




「やあ、キーン社長!」



「伯爵! 

またスカッシュ行きましょう!」




通る貴賓達が親し気に手を振って来る所を見ると、完全にこのコミュニティに溶け込んでいるのだろう。




「ゴミの分別の件なあ。

一応話は通しておいたぞ。」




『借りは返すよ。』




「オマエからの借りなら幾らでも取り立ててやるんだがな。」




ドナルド・キーンという男は余程顔が効くのか、先日に続いて貴族区や富裕区のゴミ分別条例に再び介入してしまった。

俺の《家庭ゴミに魔道具を混ぜるな》という要望はあっさりと通った。



『区条例なんて、よく口を出せるよな。』



「労働環境と治安防諜指数が比例すると言ったのはオマエだろう?

皆さんも快諾してくれたよ。

財界も大物になればなるほど下層民の扱いに神経質でね。

噂ではあのエヴァーソン会長も賛同してくれたらしい。


あ、最低賃金法案。

来年度に可決される事に決まったから。」



『感謝するよ。』



「?

日給が500ウェン上がるだけだぞ?」




アンタや俺みたいな世間知らずには、きっと一生分からないだろうな。

その500ウェンで助かる命が世の中には数えきれない程あるんだよ。




「なあ、次の地区代表選挙。

オマエも出てみないか?


それが嫌なら社交界に形式的に顔を出すだけもいい。


そうだ!

今月の末日にアーリントン侯爵が主催する、新人ピアニストのお披露目パーティーがあるんだ。


オマエも来いよ。

皆に紹介してやろう!」





『悪いな。

その日は先約があってね。』



何せ別のパーティーで弾き語りを頼まれたからね。

あそこが俺の社交界さ。


いつか皆で盛り上がれる日が来ればいいな。

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