【清掃日誌67】 修羅
首長国の勝利条件は、我が自由都市と軍事同盟を締結すること。
我が国の勝利条件は、全方位外交を維持すること。
表向き友好国と言っても、両国の利害は完全に相反している。
我が国と軍事同盟を結ぶ為に首長国は相当無茶を重ねて来た。
露骨な偽旗作戦も一度や二度ではなかった。
近年では勝手に軍装を我が軍のそれに似せて来ており、遠目には首長国軍と我が軍の区別は付かなくなって来ている。
特に酷いのが形振り構わぬハニートラップ攻勢である。
それは我が国の深奥まで侵食しており、我が国は完全に彼らの意のままとなる寸前であった。
幸い。
政界の浄化が間に合い、首長国の息の掛かった者の大半が死んだ。
俺やドナルド・キーンにその意識はないのだが、国際社会は親帝国政権が我が国で樹立したと認識している。
そして、ハニートラップへの非難声明を我が国が帝国・王国と同日に出した事により、首長国の国際的孤立は明確化した。
実際の所、貿易量に大した変化はないし、各国の大使が追放された訳でもない。
それでも、3ヵ国同時声明はとてつもない心理的な衝撃を彼らに与えた。
首長国王ルイ18世は、即位以来国力を伸長させ続けて来た事もあり、非常に高慢な人物として知られていたが、それでも今回《罪己の詔》まで発布した上に退位を仄めかしている。
この様な激変があった為。
首長国人の肩身は随分狭くなってしまった。
少なくとも我が国では、彼らを弁護する事すら政治生命の終焉に直結する状況にある。
『オバチャン。
こんちわー。』
「あらポールちゃん。
おうちに帰ったんじゃなかったの?」
『うーん。
親と顔を合わせ辛くて…
色々逃げ回っているうちに、逃げ場も無くなって来て…』
「うふふ、相変わらずね。
お昼寝していく?」
『お、俺はもう大人だよ!
あそこが託児室だって知ってたら!
昼寝なんてしてなかったんだからね!!』
「あらあら、うふふ。
ポールちゃんがあそこを使わないって言ったでしょ?
だから、あの部屋は保護者室にしたのよ。
今は親御さんが地域ミーティングに使ってるの。」
『ほう!
保護者室ですか!』
「子供達には悪いんだけど、大人専用の部屋になっちゃったのよ。
休んで行く?」
『うむ!
そういう事なら仕方ありませんな。
地域を支える大人として保護者室を使わせて貰うとしますか。
ん?
内装は変わっていないようですな。』
「小さな子供を連れたお母さんも来られるからね。
ブランケットは《スライムくん》でいい?」
『うむ!
それでは《スライムくんブランケット》をお借りしましょうかな。
何せ俺は大人ですから!』
まあね。
俺も今や地域を支える立派な大人だからね。
休息一つとっても、格式が重んじられるからね。
うーん、最近は色々あり過ぎて疲れた。
むにゃむにゃ。
スヤスヤ。
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久し振りに熟睡していたのだが、妙に枕元が騒がしい。
『うーん、むにゃむにゃ。』
目を擦りながら身を起こすと、喧騒は縁側から聞こえているらしかった。
もし子供が騒いでいるのであれば、重鎮として叱責する義務があるので、俺は立ち上って扉を勢い良く開ける。
『コラコラ、君達っ
騒いではイカンぞー!
あ、あれ?
ポーラ?
それにロベールも…
え?
そっちに寝てるのは…
父さん!?』
「寝ている訳ではありません!!
兄さんのあまりの醜態を見て、倒れてしまったのです!!
早くそちらの布団に!」
『あ、はい。』
俺はロベールと共に父さんの身体を保護者室に運ぶ。
父さんは全身から汗を流しながら苦しそうに呻いている。
『だ、大丈夫かい父さん!
どうしてこんなことに!!!』
「…ど、どうして、だと?
お、オマエが。」
父さんは眉間に深い皺を刻みながらも力を振り絞って俺を睨みつける。
ん?
まるで俺が悪いみたいな、そのリアクションは何だ?
実の息子を見る目ではないぞ?
「兄さん!
貴方が心労を掛け続けるから!
お父様はこんなにやつれ果ててしまったのよ!
恥を知りなさい!!!」
『え?
俺?
俺の所為?』
ロベールが申し訳なさそうに頷く。
『え?
ひょっとして、俺がやらかしまくったから
父さんが倒れたパターン?』
「物には限度があるでしょう!
この親不孝者!!!」
『え?
俺が親不孝?
いや、思い当たるフシが多すぎて
どの件で責められているのか見当も付かんのだが…』
父さんは俺に掴みかかろうとするポーラを制止して
「…ポールと2人にしてくれ。」
と弱弱しく絞り出した。
父さん…
随分軽くなっちまったなぁ…
よく見ると頬とか完全にこけてしまっているじゃないか。
髪も総白髪となっており、一本たりとも黒髪が残されていない。
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様々な肩書を持っているものの、我が父ジャック・ポールソンは所詮はヤクザである。
最下層の境遇に生まれたが、ありとあらゆる悪逆非道を行い這い上がった。
相当な数を殺したらしい。
無辜の人々から無慈悲に奪い盗り、彼は上流社会に食い込むことに成功した。
そう。
ジャック・ポールソンとは単なるギャングの親玉ではない。
ロンダリングに成功したギャングなのだ。
だが、勝ち切れなかった。
盤面を能動的にコントロールし続けてきたジャック・ポールソンであったが、息子の出来まではどうにもならなかったらしい。
「…これが、報いか。」
わが父、ジャックは目を閉じたまま静かにそう呟く。
「この40年…
オマエという罰を私は受け続けている。」
流石に酷い言いようなのだが、何一つ反論の余地が無いので『はい。』とだけ答えておく。
「悪事は…
己に返って来るものだなあ。」
父さんは静かに涙を流した。
俺はどういうリアクションを取れば良いのかわからない。
『父さん。
俺ってそんなに駄目な息子ですか?』
「オマエが他人ならきっと面白いと感じただろう。
ヘルマンやドランと共に猫可愛がりをしたかも知れん。
…それが自分の長男なのだから、やってられんよなぁ。」
『あ、はい。
スミマセン。』
「…オマエ。
ワザとやってるとかないよな?
実は私を恨んでいて、苦しめる為に最悪の選択肢を取り続けているとか?」
『いやいやいや!!!
父さんにそんな事する訳ないじゃないか!
俺は俺なりにベストを尽くしてるんだよ!!!』
「…最善でこれなのか。」
父さんは弱弱しい溜息を長く吐き出し、軽く嗚咽した。
「ヘルマンの孫と結婚するのか?
…何を考えてるんだ、オマエ。」
『え!?』
突拍子の無い発言に驚く。
この人、そろそろ耄碌して来たのだろうか。
「…何の為に大学まで行かせたのか。
…何の為にロブスキー如きに頭を下げて嫁を貰ったのか。
全てはオマエの代で!」
『お、御言葉ですが!
俺は父さんの言いつけ通り頑張ったよ!!
そりゃあ出来の悪い息子だとは自覚している!!
で、でも努力くらいは認めてくれてもいいじゃないか!!!』
「…このヤクザものめ。」
疲れ果てたのか、父さんは眠り込んでしまった。
ポーラが五月蠅いので窓から脱出して、そのままジミーの部屋に逃げ込んだ。
押し出される形でヘンリエッタ嬢が実家に帰らされたので、俺は平身低頭する。
『ジミーもいよいよ結婚かぁ。
感慨深いなぁ。』
「言い忘れておりましたが
拙者ポール殿が身を固めるまで籍を入れるつもりはありませんぞ?」
『え?
マジ?』
「長幼の序というものがありますからな。」
『困るよぉ。
俺が会長に怒られちゃうじゃない。』
「そこはポール殿次第でゴザルな。」
『もうジミーが相手を決めてくれよ。』
「うーん。
ポール殿が一番一緒に居たい相手でいいのではありませんか?」
『一緒に居たいのはジミーかな。』
「光栄でゴザル。
ここだけの話、拙者もヘンリエッタと居るよりポール殿と一緒に居る方が遥かに楽しいでゴザル。
そういうポジションの女性はおられませぬか?」
『うーん。
俺、オマエと一緒に居る時が一番楽しいからな。』
「そのセリフを御婦人達に言ってあげて。」
うーーーん。
一緒に居たい相手ねえ。
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ジミーは忙しい。
結婚と同時に社長職を継承する事が決定しているらしく、その下準備に飛び回っている。
さて、ここからは俺の忙しさの話。
感謝祭で行われる軍用糧食コンペである。
本来、そこに出場する為には地区代表に選出されなくてはならない。
ならないのだが、実質予選は免除された。
ムーア店主は推薦枠出場である上に、事前提出したクズ湯のコンセプトが軍上層部に高く評価されているらしい。
類似品を提出したもう一店舗とレーヴァテインのみが予選を免除される。
軍上層部は既にクズ湯の導入を内定しているのだ。
「オマエは本当に凄い男だ。
俺も業界長いが、こんなケースは初めて見たよ。」
『ありがとうございます。
ただ、その所為で予選時は別の一品で参加させられる羽目になりましたが。』
「どうする?
鶏皮プルスの変種でお茶を濁すか?」
『あ、いえ。
レーションの改善レシピを考えて来ました。
友人に試作させたものを持参してきたので食べて貰えませんか?』
クレア、いつもスマンな。
「うむ。
ああ、2種類あるということは、旧来品と改造版だな。
旧来品はどっち?」
店主は表情を変えずに旧来のレーションを咀嚼した。
「お国の為に生命を賭けている兵隊さんに、こんなものを食べさせてはいかんな。」
『全くです。』
「で、こちらがオマエが改造したレーション…
アレ?
こちらは食べやすい?
味は全く変わらないのに、普通に食べれるレベルだぞ?」
『成分はレーションとほぼ同じです。
油分・水分を高めて口触りを改善しました。
配合表を置いておきます。』
「おお!!
じゃあ、軍のレーションは今度から!」
『ただ、致命的な欠点があります。
俺の推測ですが、このレーションは2か月程度しか消費期限が持ちません。』
「え?
2か月。」
『はい、軍事行動が長期化した現代、2か月というのは短すぎます。』
「ふむ。
最近は平和維持軍の派兵期間は普通に1年越える事も多いからな。」
『ですが、輸送網が発達した現代。
最前線にでも毎月物資は届きますから、これくらいのケアはその気になれば出来ると思うのです。』
「…確かに。
無補給の戦場は無い訳だからな。」
『大体、監察官は毎週交代でやって来るんですよ?
《補給物資の一つでも持ってこい!》
って全員思ってましたよ。』
塹壕での日々を思い出す。
シビリアンコントロールの名のもとに、虐待され続ける兵士達。
あまりに苦しい環境に古参士官ですら自決してしまうほどだった。
『これ、店の横に置かせて貰えませんかね?
従軍経験のある方に食べて貰いたいです。』
「ああ、置こう。
有意義な提言になると思う。」
以上の経緯があって、地区予選期間は通常営業に加えて短期間レーションを試食させる事にした。
問題は看板娘が寝込んでしまっている点である。
「おい、メアリ。
いつまでいじけているんだ。
ポールソン君に申し訳ないと思わんのかね。」
『あ、どうも。
勝手にお邪魔しております。
…余計なお世話かも知れませんけど
食事はした方がいいと思いますよ?』
「…余計なお世話よ!!!」
『ひえっ!』
話すと長くなるが、メアリは怒っている。
俺にとってはどうでも良いことなのだが…
◇◇◇
(ジミーからの情報によると)
実はヘルマン翁の長女の駆け落ち先がムーア店主だった。
つまりメアリはヘルマンの孫なのだ。
俺とメアリが結婚若しくは内縁関係になった場合、俺のヘルマン組長襲名が自動的に決定。
普通は婿入りしたくらいではヤクザは継げないのだが、俺はジャック・ポールソンの長男なので、ヤクザ業界的には正規の資格を保有しているらしい。
その場合、ポールソン家が保有している清掃利権とヘルマン家の養鶏利権が自動的に合体し、ソドムタウン最大の反社組織が誕生する。
そんなモン作ってしまったらエラい事なので、メアリ嬢とは交際も結婚もしない。
でもムーア店主の事は大好きだからこれからも店に入り浸るよ♪
◇◇◇
「改めて文字に起こすとオマエは酷い男だなー。」
『でも反社会勢力の巨大化って一番避けなければならない事じゃないですか?』
「まあなあ。
それをそのまま女に伝える神経はどうかと思うが。
ヤクザの襲名って断れないものなの?」
『ヘルマンさんが死んだら路頭に迷う組員の人もいっぱいいるらしいですしね。
今、ヘルマン組では高齢組員からの突き上げが凄いらしいですよ。
早く次のトップを用意してくれって。』
「まあオマエは学歴もあるし、帝国の騎士号も持ってるし、後ろ盾としては最高だよな。」
『…勘弁して下さいよ。
俺はヤクザが嫌いなんですよ。
それで父親の旧部下まで騒ぎ始めたみたいで。
ギャング組織としてのポールソンファミリーを復活してくれって強談されてるらしいです。』
「ふーん。
ヤクザも大変だね。
で?
ポールソンファミリーのボスにはならないの?
オマエは色々とヤバいスキルを隠し持ってるって噂だぜ?」
『ああ、その話は外で絶対にしないで下さいね。
家業を継ぎたくないから皆には内緒ってことで。』
「ふーん。
それはそうとしてさ。
メアリの事、何とかしてやってくれない?」
『何とか、とは?』
「娶ってやって欲しい。
いや、食堂の娘が騎士とは釣り合わない事は自覚している。
だから愛人でも構わないんだ。
何とか側に置いてやってくれないか。」
『いや、愛人とか。
そんな失礼なこと出来る訳ないじゃないですか。
あんなにきっちりした娘さんなのに。
もっと然るべき相手とちゃんとした縁談をですね。』
「オマエ以上の男が居ない。」
『御戯れを。
俺は最低の男です。
女性からよく言われます。』
「知らなかったのか?
その女言葉を翻訳すると《最高》って事だぞ?」
『…学校教育の過程に男女言語の統一を組み込むべきですね。』
「ははは、まったくだ。
なあ、メアリの事はどう思う?」
『いや、普通に素敵だな、と。』
「それ残酷な答えだなぁ。
娘の前で《普通に》とか言うなよ。
また泣くから。」
『じゃあ、何て言ったらいいですか?』
「俺もロマンティシズムにはかなり疎いんだがな。
《運命》とか《君だけだよ》なんてどうだろう?」
『この世に運命か何かがあると勘違いして
たまたま知り合った女に夢中になるような馬鹿は嫌いでしょう?
俺だってそんな低能は心から軽蔑しています。』
「まあな。
たまに《娘に一目惚れしたから結婚させてくれ》と頼んで来た客が何人か居たが…
心底アホに見えたな。
アホだが。
そいつらは人間としてはマトモだよ。
国事にしか興味のない異常者に比べればな。」
『…猛省します。』
「女から見ると、そこが魅力的に映るんだろうな。
よく言われない?」
『どうでしょう。
俺、あんまり結婚とか家庭とか興味なくて…
親が強引に決めてくれれば、流れに従うタイプではあるんですけど。
親に対する反発とかあって…
何かこんな風になっちゃいました。』
「…じゃあ俺への報酬として娘の面倒を見てやってくれないか?
こんな事は言いたくないが、ここ最近でオマエの企画に乗り続けている。
成果も十二分に出した。
そろそろ報酬が欲しい。」
『わかりました。
娘さんを引き取らせて頂きます。』
「うむ。」
そんなやりとりをメアリに伝えた所、泣きながら飛び出して行ってしまった。
『え?
ど、どうして。』
「いや、今の言い方は酷かったぞ。
《オマエの親父には借りがあるから
それを返す意味でも引き取ってやる》
というニュアンスに聞こえた。」
『えー。
俺、そんな言い方したかなあ。』
「オマエ、自覚ないかも知れんが
かなり酷い男だぞ?
人の心がない。」
『えー、そうかなぁ。』
「いいんじゃない。」
『?』
「国家にはそういう人材が必要不可欠なのだから。」
『…。』
「ヤクザにはなるなよ。
オマエ、多分執行部入りするか…
若しくはもっと高い地位に就くから。」
『ははは、執行部より上って何ですかw』
「就くよ。」
『アホらしい。
娘さん、探した方がいいっすか?』
「行ってこい。
きっとオマエとの思い出の場所に居る。」
『思い出ねえ。
店主とならいっぱいあるんですけどね。』
「それ娘には絶対に言うなよ!!!」
『ははは、言いませんよぉ。』
特に何も思い出さなさなかったので、近所のシーシャ屋で一服してから食事の為にギーク・カフェに立ち寄った。
「…ポールさん。
私を探してくれたの?」
『ん?
あ、当り前じゃないか。
君だけだよ。』
「嬉しい! (ギュッ)」
人間は、騙されれば騙されるほどに喜ぶ生き物だ。
だから、きっと世界から嘘や欺瞞が消える日は無い。
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そんな事があったので、レーヴァテインにも顔を出し辛くなり、街中の安宿を泊まり歩く日々が続いた。
宿のレベルを下げれば下げる程、足軽長屋で暮らした楽しい思い出がフラシュバックして涙が零れる。
どうして俺はこんな下らない時代に生まれて、教育なんかを受けてしまったのだろう。
平和は無能にこそくれてやれよ。
そして予備選期間が始まった瞬間、目論見通り俺の短期間レーションは一部で話題となった。
特に軍事系のメディアの喰いつきは良く、大々的に俺の問題提起を受け止めてくれた。
ただ、軍事小国の我が国にとってレーションの改良などはそこまで目立つ事ではなく、世間の耳目は商業区の新興菓子店レ・ミゼラブルが独占している。
彼らが発表した戦場用菓子が、まさしく一世を風靡しているのだ。
圧縮された色とりどりの甘味。
色毎に味が異なるのも素晴らしい。
重量も軽いので、輜重隊の負担にもなりにくい。
興味深いのは、レ・ミゼラブルが戦場菓子をバラ撒いた順序である。
彼らは当初、孤児院で戦場菓子を振舞った。
次にスラム。
そして傷痍軍人会。
そこまで聞いて完全に確信した。
奴が、居る。
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「あ、ポールさん
お帰りなさい!」
『やあメアリ、お邪魔するよ。』
「あ、あの私!」
『店主は?』
「え?
お、お父さんなら倉庫だけど。」
『ありがとう。
行って来るよ。』
「ね、ねえ。
感謝祭の席…
どうするの?」
『ん?
ああ、あれなあ。
妹夫婦でも座らせとくわ。
それでお茶を濁せるだろう。
あ、店主!
ちょっといいですかー!』
「…。」
俺のアイデアは至ってシンプル。
2種類のクズ湯だ。
1つはトマトプラム。
1つは梅。
トマトプラムは首長国が長年の研究の末に開発した新作物。
梅は言うまでもなく我が国の名産品。
両国の素材を並べた時点で幾らでも好意的に解釈出来るし、勘の良い者であれば《別々にやりましょうや》という俺の企画理念を敏感に感じ取ってしまうだろう。
味は悪くない。
素材が一流な上に、世界一の料理人が最終調整を行った。
『…店主、俺に見落としがありました。』
「レ・ミゼラブル?」
『世界一のパテシエが背後に居ます。』
「パテシエ?」
『首長国第十一王女カロリーヌです。』
「何?
そういう情報を掴んだのか?」
『いえ。
消去法で彼女しかおりません。』
「…オマエが断言するならそうなのだろうな。
それで?」
『首長国は以前から我が国に軍装統一を打診し続けて来ました。』
「ああ、あったねえ。
馬具の規格統一とか、かなり強引に申し出てたものねえ。」
『当然、我が国は婉曲に断り続けて来ました。
実質的な軍事同盟の下準備ですからね。』
「ふむ。」
『今回のレーション更新。
その切り崩しに利用されます。』
「軍用食の、それも補助食料。
末端から入り込もうとしている?」
『俺が首長国なら同じ手を使って、まず前例を作りますので。』
「ふーーーむ。
俺に政治はわからんが。
我が国の国益を損なうんだな?」
『本当はわかってるんでしょ?』
「いや、わからんよ?
俺は政治家の善し悪し程度しかわからん。
国益を損なうんだな?」
『損ないます。
俺の私怨を差し引いても国益を損なうと断言出来ます。』
「オマエの私怨はどれだけ大きい?」
『理不尽に恨んでおります。』
「そこは嘘でもいいから公憤と言えよ。」
『俺は嘘が嫌いなんですよ。
それこそ女性と交際するのも二の足を踏むくらい。』
「メアリには吐き通してくれ。
親公認なー。」
『いつもスミマセン。
本題に戻ります。
これまで無名だったレ・ミゼラブルの躍進。
明らかにカロリーヌの力です。』
「うーーーん。
それはどうかな。
今、外交関連以外の首長国人は本国に帰ってるからなぁ。
商業区みたいな繁華街で、そんなプロジェクトチームが動いていたら
すぐに話題になってしまうだろう。」
『カロリーヌは単騎で動いております。
本国からの監視はあっても支援はありません。』
「たった一人で政局を動かすことなんか…
と言いたいところだが、1人で盤面を引っ繰り返したオマエの言葉なら信憑性はある、か。」
『真の怪物です。
ルイ18世やその異母弟達など比ではありません。』
「ふーん。
知ってるか?
同じ評判を得ている奴がこの街に住んでるんだぞ。」
『…。』
「怪物対決、どっちが勝つ?」
『俺が負けます。
恐らく感謝祭ではカロリーヌ1人が称賛を得て、俺は引き立て役になれれば御の字でしょう。』
「まあ、オマエ程の男が予測するなら、必ずそうなるだろう。
で?
お姫様はどうやってオマエに勝つ?
言っておくが料理は剣闘士試合とは訳が違う。
勝敗など可視化しようがないものだぞ?」
『奴は。
人間のスケールが異なります。
言ってしまえば王者の器なのです。
そういう格の違いで、世の中全てを圧倒して場を支配します。』
「おいおーい。
そんな怪物相手にどうしろと。」
『軍は俺が何とかしますので、カロリーヌは店主が何とかして下さい。』
「オマエは本当に無茶振りばっかりするなー。」
『今からドナルド・キーンの所へ向かいます。
店主は俺の私怨まみれの発案を少しでも高尚に昇華させておいて下さい。
梅とトマトプラムを混ぜるとか、そういう次元ではなく!』
「無茶振りだなー。
まあ、バリエーション増やしとくよ。」
==========================
『エル!
ドナルドは帰って来ているか!?』
「…アナタ、少しは時間というものを。
ハロルド、騎士殿に何か飲むものを。」
『急いでいる!』
「ウッダー社長のご自宅です。」
助かる、同派閥だ。
キーン派の躍進によって、彼も社長職を継いだ。
俺にとっては追い風の世代交代。
無論、時代の本命が10代のカロリーヌである事を忘れるつもりはない。
「ちょっとポール!!」
ドナルド・キーンは眠らない。
派閥を同じくするウッダー氏も似たようなものである。
なので、連絡速度で他派閥に遅れを取った事が一度も無い。
これが、まだまだ若造のキーン派が国政の壟断に王手を掛けれている理由である。
『やあ、皆さん。
早速本題に入っていい?』
「久しぶりだな、頼む。」
俺は率直に推理を並べる。
感謝祭のコンペにカロリーヌが登場し、勝利し、アホな大衆がほだされて軍装統一の足掛かりを首長国に与えてしまう事を。
「…姫君が我が国に滞在している可能性はありますね。」
ウッダー氏が控えめに手を挙げる。
『ウッダー社長もそう思われますか?』
「ええ、私は首長国関連の記事を全て把握しておりますが
ここ最近、あの国の行事にカロリーヌ姫と2名の同母姉が全く出席しておりません。
長姉のレオンティーヌ姫は謀反の嫌疑を掛けられているので論外としても
オーギュスティーヌ・カロリーヌは今まで必ずどちらかが国家行事に出席しておりました。
先月、オーギュスティーヌ姫がルイ王の政策に批判的な論文を発表してアンリ王太子から強く譴責されております。
それを鑑みると、恐らく三姉妹が王政からパージされているのでは。」
『ここからは俺の妄想なのですが…
首長国宮廷で干されている三姉妹こそがルイ王の本命ではないでしょうか?』
一同が黙り込む。
『諸記録を読む限り、ルイ王はかなりの策士です。
戦争能力のトップがアレクセイ皇帝だとすれば、策略能力のトップはルイ王とみて間違いないでしょう。』
「ふむ。」
『何より本人が策士である事を誇りに思っている形跡がある。
どんな些少な法令にも目を通し、添削改善しなければ気が済まないと聞いております。
そんな性格の男がアンコントローラブルな存在を許す筈がありませんし
万が一、自分の娘が独走を始めたら、手駒として活用する事で心の平衡を保とうとするでしょう。』
「見て来たように言いますな。」
『だって仕事の邪魔でしょ?』
「まあ、私も妻や娘をたまにそう思う事はありますな。」
『治安局か政治局の中にカロリーヌ姫の滞在を知りながら、正確な報告を怠っていたものがおります。
その者から全貌を手繰って下さい。』
残念ながら、ここまでが俺に出来る精一杯。
立場上、提言以上の域に踏み込めない。
「ポールよ。」
『ん?』
「私は補助食糧に首長国が食い込んだ後の処理を担当すれば良いのだな?」
『ああ、敗戦の処理を頼む。』
「私はオマエこそを英雄と信じている。
こういう大一番ならオマエに比肩するものなど居ないとさえ考えている。」
『英雄だって普通に負けるよ。
無敵と称さされるアレクセイ皇帝もいつかは敗れる。
傲岸極まりないルイ王も誰かに膝を屈する日がくる。
賢王エドワードだって後世では愚者として嘲笑されているかも知れない。
これまでの評判なんてどうでもいい。
大切なのは今この瞬間の冷静な戦力分析だ。
カロリーヌには誰も勝てない。
そしてルイ王は彼女を活用する道を必ず選ぶ。』
「カロリーヌ姫にポジティブな逸話が多い事は知っている。
素晴らしい女性だと思う。
だが、オマエほどの男がそこまで恐れる相手なのか?」
『太陽が昇れば、人々は月や星の感動を忘れる。
それだけの話だ。』
「わかった。
軍装統一は必ず阻止する。」
『同志諸君!
申し訳ありません。
全ては俺の仮説です!
何の論拠もない妄想に歩調を合わせて下さる事
深く感謝すると共に、真摯にお詫びします。』
「ポールソン君。
私は産業局に探りを入れてみるよ。
君はイメージ戦略に専念して欲しい。」
『イメージ戦略?』
「名月も存外記憶に残るものさ。
私が今夜の夜空を忘れられないようにね。」
『承知しました。
もう感謝祭まで間もありませんが
当日にヒール役を押し付けられないように工夫してみます。』
この時点では全て俺の妄想だった。
それが事実と確認されるまでの4日間、皆が全速力で動いてくれたのは非常に大きかった。
==========================
ウィリアム・ドーソン (産業局調査課長)
マイン・ラッド (産業局検疫副課長)
ケネス・オーフレイム (商業区出納役)
イワン・ゴーゴリ― (商業区次席調査官)
以上4名を通謀罪で逮捕。
余罪並びに協力者を厳しく追及中。
==========================
ドナルド・キーンの提案で民間人への逮捕行為は一切行わないこととなった。
理由は明白で、カロリーヌシンパがあまりに膨大だからである。
そもそも一国の王族が繁華街で活動していて目立たない訳がない。
にも関わらず、ただの一度も通報されず報道すら行われなかった。
何故?
地域ぐるみで信仰されているからである。
「いやあ、怪物はいるものだなー。」
『ああ、姉二人も傑物だが
あの姫君こそが首長国の最高傑作だ。』
「ふふっ
オマエの事だよ、ポール。」
『?
俺は天才の影に怯える凡人に過ぎんよ。』
「まあ、そういう事にしておこう。
それにしても、イメージ戦略なぁ。」
『俺、多分そこから切り崩されると思う。』
「だろうな。
首長国の諜報能力は世界一だ。
オマエの素性なんか完全に把握されてるだろうしな。
養鶏利権、継ぐの?」
『まさか。
勘弁してくれよ。』
「でも、ヘルマン社長のお孫さんと親密なんだろ?」
『仮に親密だとしても、だ。
職業団体をヤクザが牛耳るのは百害あって一利ない。』
「オマエ、清掃業界の上納金制度廃止させたんだって?
養鶏業界も救ってやれよ。」
『あのなあ。
ヤクザの粛清なんて国家の仕事だろうが。
国家が主導して厳正に取り締まるべきだよ。』
「厳正にしたら…
ポールソン清掃会社も取り締まり対象になるぞ?」
『俺はそうするべきだと思うよ。
絞首台の上で賛同論文を書いてやってもいい。』
「ふふふ、オマエらしいな。
じゃあ、この件が一段落したら
次は業界団体編でもやってみるか?」
『ははっ。
まずは不動産からだな。』
「不動産は闇が深いぞーww
何百年掛かる事やらww」
2人で腹を抱えて笑い合う。
そうなんだ、わかっている。
正義にキリはない。
潔癖は何も生まない。
俺みたいな奴は一番要らない。
==========================
首長国は逮捕者が出た瞬間にリアクションを返して来た。
あまりにの迅速さに、ルイ王が陣頭指揮を取っている事を俺達は何となく察してしまった。
侮る気はないが世間の印象よりも軽率で幼稚な男なのかも知れないな。
レ・ミゼラブルの裏にあるアパートの壁。
カロリーヌ姫の人格を否定するような落書きが大量に書かれたのだ。
あまりに酷い内容なので、俺も記憶から消そうと努力している最中である。
その落書きには彼女の母親への中傷すら含まれており、かなりのショックを受けていた様子であったが、カロリーヌ姫は毅然と言い放った。
「これは首長国の諜報機関が多用する手段です!
この悪謀で王座を盗んだ愚か者が味をしめたのでしょう!
20年前に首長国で発生したカヴァリエ銀行事件を調べてみて下さい!
糾弾されるべき卑怯者の名を皆が知る事でしょう!」
普段、無邪気な笑顔を絶やさない少女であったが、この時ばかりはまさしく王族の風格をもって周囲を抑えたらしい。
話はすぐに街中に広まった。
この自作自演戦術の巧妙な所は、犯人が自国民であればカロリーヌに負い目を感じさせ、首長国諜報機関だとすれば大いに同情させる効果がある点である。
ルイ18世の高齢を考えれば、自身の死後を操る策謀を楽しみだしても不思議ではない。
地方民と兵卒からの絶大な信仰を集めるレオンティーヌ。
経済人・学者から唯一対等の知性と評価されるオーギュスティーヌ。
数々の奇跡と大輪の笑顔で知られるカロリーヌ。
こんな面白い駒が三つ揃いで自分に反発してくれている。
普通の感性を持った策士なら、捻った活用方法を模索してみたくなるじゃないか。
俺がルイ王でもついつい遊び心を抑えられなくなるだろう。
ハニートラップへの三ヵ国非難声明が出された時点でルイ18世が善玉として国際社会に君臨する道は絶たれた。
この男の才覚なら巻き返せるのだろうが、残り寿命が足りない。
なので、自分は悪玉に徹して次代を持ち上げる手に出た。
見え透いた手口だが、世の中はこの程度のメタが解からない馬鹿が大半を占めている。
次代の首長国王族も必ずや盤石であろう。
俺はそう見ている。
カロリーヌは本来、感謝祭に自分の名前を出す気は無かった。
今までのステルス具合からすると、祭りを見届けた直後に姿を消す予定だったのだろう。
だが、いつの間にか世間が彼女を認識してしまっている。
ソドムタウンはカロリーヌ一色となっていた。
我が国最大の祭典である筈の感謝祭。
もはやカロリーヌの姿を一目拝む為の舞台に成り下がっている。
それは異常な人気だった。
いや、メディアが暴き始めた彼女の陰徳を鑑みれば、それは極めて正当な人気だった。
今後二度と、特定個人の名がここまで熱狂的に叫ばれる事は無いと断言しても良い。
「初めて人間として扱われました!
私は共和主義者ですが
それでもカロリーヌ姫こそ至尊の方だと考えます!」」
「あの人、凄いんですよ。
お菓子の力で色々な事件を解決してるんです!」
…完敗だ。
兆候を捉えながらも、俺は何の対処もして来なかった。
結果、世界一の人気者を世界一の策士が活用する事態を招いてしまった。
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「ほう、遂にオマエにも仕掛けられたか!」
『何で嬉しそうなんだよ、アンタは。』
当然、首長国の策謀の手は俺にも伸びたのだが、ドナルド・キーンは満面の笑みで手を叩く。
「天下のルイ18世だぞ!
世界ナンバーワンの大富豪!!
そんな英傑がオマエ1人を標的に定めてアクションを起こす!
いやあ、痛快だなぁ。
それにしても、あの泣き虫のポールがなぁ…
いかんいかん、感極まってしまった。」
『…サイコパスって涙腺の位置が人類とは異なっているよな。』
「ふふふ、ポールよ。
行くのか?
首長国へ?」
『仕方ないだろう?
名指しで招待された訳だしな。
それにギリアムとの大切な想い出を1つでも護りたい。』
「オマエが殺されたらギア社長と並べて供養碑を建ててやるからな。」
『その気配りを妻子に向けてやれよ。
じゃあ、行くわ。』
「おいおいww
私には騎走を戒めた癖に
自分も単騎行かーww」
コイツ、マジでテンション高いな。
『ちょっくらぶっ殺されて来るわ。』
「どうせ死なないんだろ?」
『うん、来年寿命で死ぬって決めてるから。』
「えー、私の王国出張と被るじゃないか。
再来年まで生きろよ。」
『はいはい。
じゃあ、ちょっくら一杯食わされてくるわ。』
何がおかしいのかドナルド・キーンは腹を抱えて笑い転げていた。
このキチガイが名士として扱われているのだから、社会というのは本当に間違っている。
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ソドムタウンの長城の出入り口。
綺麗に伸びた影。
それがカロリーヌである事は何故か一目で理解出来た。
かなり遠目から向こうが俺を凝視していたからである。
どうやら俺も相手に完全に認識されていたらしい。
まあ、顔は合わせている訳だし…
何より食品関連で色々動いた事で、知らず知らずニアミスしていたのかも知れないな。
カロリーヌが何事かを叫ぶ。
どうせ謝罪か制止だろう。
そんな悲壮な表情をしていた。
馬速を緩める気も無かったので、轡から足を抜いて最低限の礼儀を示しておいた。
そのまま疾走。
ギリアムと走った道をそのまま通る。
何もかもが懐かしい。
時間を忘れて追憶にだけ浸った。
首長国の国境検問所。
俺が下馬せずに黙って腕を組んでいると当然誰何される。
『ポール・ポールソン。
御指名があったので参上した
責任者を出せ。』
どうせ話は通っている。
その証拠に見覚えのある小太り男が「事情はわからないんですけど」という表情で出て来たからだ。
『フーシェ殿!
御無沙汰でした!』
機先を制してみる。
「ああ、どうも。」
弱弱しく笑い返してくる。
『御用件はおわかりですね!』
「うーん、えっと。」
『…。』
アホらしいので押し黙ってみる。
三十分くらい時間をドブに捨てた後…
フーシェが溜息を吐いた。
「どうして来てしまったのですか?」
『呼ばれたからですよ。』
呼ばれてなどいない。
単に首長国の広報に死刑囚リスト(1名)が掲載され、《身元引受人が居れば赦免 *外国人可》と補足されていたのだ。
これは極めて異例であり、この広報を訝しんだ国際社会は暗号とみて解読作業を開始している。
解読は不可能だろう。
その死刑囚はギリアムの眼の前で踏んだピタゴラトラップなのだから。
俺とギリアムだけが知る女。
救うに決まってるだろ。
アイツとの掛け替えのない思い出なのだから。
「我が国には…
ポールソン卿を恨みに思う者が…
とても多いです。」
そりゃあ、国土をゴーレムで疾走されたらな。
俺なら絶対に許さんわ。
『殺したければ殺せばいいんじゃないですか?』
「やめて下さいよー。」
『ネリー・クルーゾーの身元引受に参りました。』
「…あ、では担当者を呼んで参ります。
明日中には…」
『どうせ担当者に扮した陛下が来るんでしょ?』
「え!?
あ!!!?
いやっ!! 違っ!!!
あ、いや!」
…マジかよ。
プロファイリング完了しちまったじゃねーか。
いや、俺がルイ王の立場でも似たような事するんだろうけどさ。
(だって楽しいじゃん?)
大切な事なので繰り返す。
ギリアムと首長国を旅した時にハニートラップ(?)を踏んだ。
うっかり社会運動家の女を助けてしまったのだ。
ここでこのカードを切って来るという事は、やはりカロリーヌの動きは織り込まれたものなのだろう。
首長国人達の様子を見るに《本当に来るなよ馬鹿》という表情をしている。
どうやら駄目元で切ったカードっぽい。
《数日足止め出来たらラッキー》
みたいなノリをプンプン感じる。
なので、こちらの覚悟とは異なり2日しか足止めを食わなかった。
拘束もされなかったし、検問所付近の自由行動すら許可されてしまった。
たまに敵意のこもった視線を感じたが、そこまでの頻度ではなかった。
瀕死のネリー・クルーゾー女史が運ばれて来たので、この女に対しては2本目のエクスポーションを飲ませる。
全身を鈍器のようなもので殴打された形跡があった。
特に腕の火傷がマーサと同じ位置に付けられていたので、或いは首長国には一定の暴行マニュアルがあるのかも知れない。
「え?
引き取られるのですか?」
フーシェが大袈裟に驚く。
『置いて帰る訳にも行かないでしょう?』
「お、御言葉ですがポールソン卿。
その女は貴国への攻撃的発言で逮捕されたのですぞ!?」
『らしいですね。』
「…連れて帰って、どうされるのですか?」
『別に。
子を産めば、その者が貴国に対して何らかのリアクションを行うのではないですか?』
フーシェは黙り込む。
ここまで露骨に報復を示唆されるとは考えていなかったらしい。
「…ポールソン卿は、どうしてそこまでされるのですか?」
『ただのリアクションですよ。』
事実なのでそう答えておく。
フーシェは何かを言おうとして黙った。
必死に何かを伝えようとし、同じくらいの必死さで堪えて、ただ震えていた。
宮仕えなどするものではないな。
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「どうして私?」
『クレアが一番頼みやすい。』
「あっそ。」
ネリーの保護はクレアに任せることにした。
いつ死んでもおかしくない容体だが、この女なら何とかしてくれる予感がある。
『オマエには義侠心がある。』
「ないわよ?
誰かさんの猿真似をしてるだけ。」
『…それでも感謝する。
ありがとう。』
「…たまには誰かさん自身を労ってあげなさい。
彼、結構ダメージ受けてるみたいだから。」
『善処するよ。』
帰国した時には既に感謝祭は始まっていた。
一部のゴシップ誌が《養鶏利権の闇を暴く》というタイトルで俺の糾弾記事を書いていた。
どうやらこの国はポール・ポールソンなるギャングの親玉によって裏から支配されており、そのギャング団は駄菓子の販売を隠れ蓑に悪さをしているらしかった。
「ねえ、ポールソン。
何が貴方をそこまでさせるの?」
『男ってそういう生き物だからじゃないか?』
「あっそ。
私は好きよ。」
『そんな馬鹿はオマエくらいのものだ。』
感謝祭の会場。
石でも投げられる事を覚悟していたが、2発しか飛んでこなかった。
俺の考案したトマトプラム&梅のクズ湯は結構好評らしい。
レーヴァティンのブースには我が国と首長国の国旗が密着して掲げられている。
どうやら、そっちのコンセプトに振り切ると決めたようだ。
店主の判断は正しい。
料理は喧嘩の道具なんかじゃないからな。
そしてレ・ミゼラブルのブース。
群衆が殺到している、しかも恐ろしい事に極めて穏健に殺到していた。
よく見ると涙を流して拝跪している者すら存在した。
そりゃあ大金でもバラ撒く馬鹿が居れば、あそこまで大衆が熱狂してもおかしくないが…
一個の人間力でそれを成し遂げるのは、まさしく王器なのだろう。
「アリシアさん、調理の指揮は全てお任せします。」
「ああ、任されたよ!」
「コゼットちゃん。
お父さんのお店、こんな風に使っちゃってゴメンね。」
「ううん、パパもカロお姉ちゃんのこと大好きだったから。」
「ドミヌスさん、何から何まで申し訳ありません。」
「謝るのはナシって言っただろう。
俺達全員、アンタには救われっぱなしだった。
一度くらいは借りを返させくれよ。」
「エポニー、ここに居る人達を許せとは言わない。
でも、貴女自身を許してあげて欲しい。
故郷を許す貴女をご両親は決して責めないから。」
「…今だけはアンタの顔を立てるわ。」
ここからでは見えないが…
ん?
動物…?
羊…
ひつじ…
あっ!?
そこまでやるのか!?
「ポールソン、よく生きて帰れたな。」
『店主ー。
何から何まで任せてしまって申し訳ないです。』
「この会場規模じゃ閑古鳥も同然さ。
会場側が用意したスタッフだけでも客を捌けてしまう。」
『御謙遜を。
結構評判いいですよ。』
「ふふっ、あちら側の大歓声を聞いてしまうとな。
一体お姫様は何を用意したんだ。」
『まだ確認出来ておりません、我々同様にクズ湯です。
それも羊乳で溶かすタイプですね。』
「そんなの飲めるのか?」
『彼女の才覚なら幾らでも調整可能ですよ。
店主だってその気になれば、レシピをデッチあげれるでしょう?』
「まあ、やれと言われれば。」
『現在、この世界で軍陣に羊の群れを連れて行けるのは牧畜の盛んな帝国くらいのものです。
実際、彼らにはそういう習慣があります。』
「羊くらい、我が国でも何とかなるだろう。」
『ところが、ならないんですよ。
ほら、先日のカウボーイ騒動。』
「ああ、あったな。
地方の牧畜民が虐殺されたっていう。」
『生き残った大半の牧畜民は現在帝国に居住しております。
なので、軍で運用する規模の羊乳クズ湯を用意する為には帝国との強固な軍事的協力が欠かせません。』
「?
じゃあ、帝国に頭を下げなきゃ作れないレシピを考えたってことか?」
『アレクセイ皇帝は我が国との友好関係を強く望んでおります。
よほど変事が無い限り、いずれは我が国と帝国の軍事交流は始まるでしょう。』
「うむ。」
『それを推進する端緒を首長国人が作った事に意味があるんです。』
どのみち、首長国の思惑など関係なく帝国との軍事交流は進む。
それはもう既定路線なのだ。
現に両国の課長クラスが調整を開始している。
なので、首長国の選択肢は2つしか残されていない。
我々2国の交流に加わるか否かである。
地政学的に不参加は彼らにとっての亡国の道なので、少しでも良い条件でこの交流に加わる事を模索するしかない段階なのだ。
彼らが一番追い詰められている。
「ああ、そういう。
今後、ウチと帝国が同盟関係になった時。」
『ええ、彼らの外交力なら上手く割って入ってくることでしょう。』
「姫様が帰ってから罰せられる可能性は?」
『最初から時代と刺し違える気ですよ、彼女は。』
「同類を見た感想は?」
『親孝行したいという気持ちが湧きましたねぇ。
多分しないけど。』
店主と鍋を掻きまわしながら、そんな話をしていると、群衆の山が近づいて来る。
…御丁寧な女だ。
不意に人垣が割れ、その奥には強い意思を持った二つの瞳が輝いていた。
まさしく太陽であった。
太陽に目が慣れてようやく、彼女の両脇を固めているのが牧畜民…
それも俺と面識のある遊牧民ばかりである事に気付いた。
…そこまで気を遣わなくていいのに。
この女は最初から万民の救済を志しており、恐らくはその中に俺も含まれていたのだろう。
或いは俺が首長国で手を出されなかったのも、そういう意図が働いたが故の事かも知れない。
「ポールソン卿の御徳業に深い感銘を受けております!」
凛とした声が響く。
「姫君の御慈愛に心の曇りが洗われる思いであります!」
とりたて嘘ではない。
しばらく俺は太陽を眺めていたが、不意に雲が流れ、そして消えていた。
ゆっくりとブースに帰り、スタッフや協力者達に謝辞を述べて回った。
『君達もあっちで働きたかっただろ?』
と言うと、皆が恥ずかしそうに笑った。
俺に大きく手を振りながら牧畜民達が駆け寄って来たので、笑顔で抱き合い再会を喜んだ。
彼らの中にもかなりの葛藤はあったらしい。
…気持ちはわかる。
そして、突如のノイズの後に響く会場アナウンス。
「今期の補助軍用食糧コンペティションの優勝者は
レ・ミゼラブルと致します。」
瞬間、感情が形となって鳴り響いた。
会場から起こった轟音はあまりに大きく、それが歓呼だと気づくのに時間が掛かった程だった。
おめでとう。
我が国に代わって貴国が栄えることとなるだろう。




