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【清掃日誌06】 古貨幣

我が自由都市は経済大国であると同時に文化大国なので、芸術関連のビジネスも盛んである。

俺の行きつけのカフェ・ギーグの近辺にもギャラリーが散見される。


ギャラリー・アバンギャルドはサブカル系に理解的なギャラリーで、以前から俺達はモンスター模型の展示会を開催させて貰えないか交渉していた。



「で?

あの話、ポシャったの?」



俺を押しのけて、ハンモックを占領しているのは女子オタク代表のクレア嬢と友人のソーニャ嬢である。

最近はカフェ・ロットガールズのオタク女子達が頻繁に遊びに来てくれるようになったのだ。

地道な求愛行動の賜物である。


その所為か、俺も含めたギーグ仲間は少しお洒落をするようになった。

乾物屋のドラン爺などは年甲斐も無く派手なサングラスを掛ける始末である。

(老眼鏡の度を入れているらしい)



『展示自体はしてくれるんだけど。

国立美術館への推薦の話は無しになった。』



「どうして!?

展示会を行った作品は、次の総合芸術展に出展出来るってシステムでしょ!?」



『どうやら財界のお偉いさん達が難色を示したようでね。

国外からの来賓が多い国立美術館にオタク趣味を展示するのは如何なものか、ってさ。』



「…無知蒙昧な愚民共め!

老害共は自由都市の自由たる意義が分かってないのよ!!」



『まあまあ、

落ち着きなよ。』



モンスター模型は、オタク文化を象徴する根暗ホビーである。

学校時代でもいじめられっ子や発達障害の趣味とされていた。

(この俺が言うのだから間違いない)


なので、我々モンスター愛好家はとことん冷遇される。

或いは社会から冷遇されているから、俺達は模型趣味に逃避しているのかも知れないが。




カフェ・ギーグにモンスター模型男子がタムロしている様に、向かいのカフェ・ロットガールズにはモンスターイラストに没頭している女子達が集っている。

集っていると言えば聞こえが良いが、要は行き遅れ女や出戻り娘が実家に居場所がないから、モンスターの絵を描いて無聊を慰めているのだ。


何故、彼女達が画題にモンスターを選び続けるのかは不明。

いずれ精神科医が解き明かしてくれるかも知れない。



「そっか。

国立は無理かぁ…」



『何?

クレアはそんなに総合芸術展に出展したかったの?』



「…ずっと日陰者はイヤなのよ。

私達、家にも居場所が無いって知ってるでしょ?」



『まあ、こっちも似たような者だからな。』



「嘘よ。

男の行き遅れは親が甘やかすけど。

女の嫁き遅れなんて地獄よ。」



『じゃあ、俺達の所に嫁に来るか?』



「「「!!!」」」



店内のナード男子が一斉にコクコク頷く。



「40過ぎて貰い手が無かったら養ってよ。」



『ハーレムメンバーくらいにならしてやるよ。』




そんな軽口を叩き合いながら、俺達モンスター愛好会男女はギャラリー出展の準備を続けた。

今回の出展は趣味色をやや消して、学術に寄せる。

架空モンスターは封印、写実的な模型・イラストのみを展示する。

それもこれも俺達ナードの地位向上の為だ。


だってそうだろう?

俺はただでさえ子供部屋おじさんだ。

これ以上両親やマーサに恥をかかせる訳にはいかないからな。





==========================




絵画や彫刻を展示するギャラリーという商売がある。

一定の期間、芸術家から預かった美術品を展示し、その間に作品を販売するビジネスモデルだ。

ギャラリー・アバンギャルドでは無料で出展させてくれるが、売り上げは折半となる。



例えば、俺が出展するサンドワーム模型は、170万ウェンの値付けをする。

なので、もし売れれば85万ウェンが俺に入る。


ちなみに。

ヘルマン爺さんのジャンピングコングは410万ウェン。

ドラン爺さんのロングスネークは550万ウェン。

ジミーのレッドドラゴンに至っては2200万ウェンで売らせる。




「ぽ、ポール殿ぉ。

やっぱり2200万ウェンはボッタクリ過ぎではゴザらぬか?」



『あくまで俺達の地位向上の為だからな。

ジミーのドラゴンは見栄えもするし、目玉になって貰う。


…国立美術館に展示出来れば良かったんだけど。』




「うーん。

モンスター模型を国立に展示とか…

流石に無理ではゴザラぬか?」




『今日無理を通さなきゃ、明日の世界は変えられない。


…知り合いの受け売りだけどね。』




「…国立に展示出来たら。

拙者達の扱い、変わるでゴザろうか?」




『きっと変わらないよ。


でも、少しは胸を張れる気がする。』




「…ゴザルなあ。」




『女子勢は?

絵は上がったの?』




「私はサラマンダーよ。

ソーニャはキマイラだったかしら?」



「ええ、他に描く気もありませんし。」



『キマイラ…

珍しいな。』



「ああ、ソーニャは帝国出身だから。

子供の頃、見たことあるのよのね?」



「ええ、お父様の荘園で飼っていたから。

キマイラの牽くソリに乗った事もありますわ。」



『ふーん。

キマイラかぁ。

一度、俺も挑戦してみたいとは思ってたんだ。』



「帝国にしか生息してないモンスターでゴザル。

わー国には全然資料が無いでゴザルよ。』



『いや、我が国に生息していないモンスターにクローズアップして展示すれば博物学的価値は出てくるかな?』



「ほむほむ。

ソドムタウン民には国外はおろか市外から出た事の無い者も多いですからな。

興味は惹くかも知れないでゴザル。


そ、ソーニャ殿はどう思うでゴザルか?」



「…そうね。

故郷の風景は、見たいわ。」




ソーニャ嬢も帝室の後継闘争の負け組である。

幸か不幸か継承権は持たないが、代わりに帝国東部地方の大荘園の第一相続権を保有しており、帰国さえ出来れば、ソドムタウンの300倍以上の面積を誇るメガ荘園の支配者になれるとのこと。

余談ながら、ソーニャ嬢はエリデフリダのアチェコフ流と激しく敵対し続けたリコヴァ流の嫡流である。

(亡命者の多いこのソドムタウンではよくある話とは言え、これ以上導火線は増やさないで欲しい。)


なので、このソーニャ嬢が出入りし始めたカフェ・ロッドガールズからは、最近やや距離を置き始めている。



この日も、クレア嬢が近所で遅めの男女合同ランチを提案してくれたが、俺は中座させて貰った。




==========================




1人でぶらぶら通りを歩く。

ここは金満住宅街の商店許可エリア。

俺のようなボンボンがフラフラと遊び歩いている。

歳をとって遊び歩くのに疲れると、親のカネで趣味のショップを開く。


通りの反対側のギャラリー・アバンギャルドのオーナーであるガロット氏もそんな一人である。

俺はアバンギャルドに土産付きで押し掛け、ガロッド氏に国立美術館への再交渉を願った。




『ちわーっす。』



「おお、ポール君。

お疲れー。

そろそろ勘当された?」



『いえいえ、まだ大丈夫です。』



「いいなあ。

私なんか30歳の誕生日に家を追い出されたよ。

先月なんか親父の葬式にも呼んで貰えなかったし。」



『他山の石とします。』




若き日の彼は実家のカネを盗んで放蕩三昧。

悪友や悪女と交わり、大いに名門ガロット家の家名を貶めた。

手切れ金代わりにこのギャラリーを貰えただけでも感謝するべきだと思う。



「モンスター模型…

私は美術的価値があると思うんだけどね。」



『反対の声があったとか?』



「我が国の財界は保守的だからねえ。

でもまあ、そのおかげで国家が安定しているんだけど。」



『…何とか総合芸術展に捻じ込む方法はありませんか?』



「うーん。

そうして貰った方が、私も儲かるんだけど。


偉い人達も実物を見てくれれば、許可してくれると思うんだけどねえ。」




『どうすれば偉い人に見て貰えますか?』




「おいおい、今日はやけに積極的だなあ。」




『俺達も歳が歳ですから。

そろそろ社会的な認知が欲しいんですよ。』




「あー、ポール君も来年40だったっけ?

お互い歳をとったよねぇ。


私達も、そろそろ花火上げなきゃ、か。」




『たまには親を喜ばせたいです。』




「耳が痛いね。

わかった。

私も本腰を入れよう。


国立美術館の人間が来週、ここへ来る。

その時にキミとセッティングしてみよう。


模型も、前倒しで置いちゃおうか?

設置料少しだけ欲しいけど。」




「わかりました。

それでお願いします。」




その場で5万ウェンだけ払って小さなブースを確保し、帰って皆に経緯を報告した。

スペース的に模型一体と絵画一幅を展示出来るようになったので、クレア嬢とドラン爺のサラマンダーを展示する事にした。


ソーニャ嬢がキマイラを強く展示したがったのだが、俺達の手持ちにキマイラ模型が無かったので諦めて貰う。




「何よ、キマイラも無いなんて。

アナタ達、それでよく模型サークルを名乗れるわね。


次の題材はキマイラになさい!」



『そんな事言われても、実物や資料を見た事もないしなあ。』



何せキマイラは獅子の頭に山羊の胴体、尻尾は大蛇という出鱈目な生物である。

(モンスターマニアの俺ですら、成人してちゃんとした論文を読むまでは架空の生物だと思ってた。)

写実路線でギャラリーや美術館に展示出来るレベルの模型を作れるとは思えない。




「ワタクシがいっぱい描いてあげるわよ。」



『…まあ、三面図的な資料があれば、立体に起こす自信はあるけどさ。』




そんな遣り取りがあったので、ますますソーニャ嬢が俺達の聖域に入り浸る様になった。

便乗して他の女子達も遊びに来てくれて、以前よりかなり交流が活発になった。



なので。

俺は多忙を理由にしばらくカフェから距離を置くことにした。

やる事も無いので、家業を少しだけ手伝う。

(と言っても、現場でジュースを配るだけだ)




=========================




約束の日。

ガロッド氏が紹介してくれたのは、国立美術館の審査課長と何故か政治局のお役人だった。

審査課長はずーっと目を伏せていて、お役人だけが機嫌よく俺に話しかけてくる。





『古貨幣ですか?』



「ああ、御社が特殊な洗浄技術を持っていると聞いてね。

中央広場のブロンズ像?

あれを磨き上げたのが御社なんだって?」



『…ええ、厳密に言えば知人から個人的に頼まれた案件です。』



「ほう!

ではポールソンさんが1人で、あの複雑な銅像を?」



『ええ、まあ。』



「ふふふ、では今回の話は丁度良いかも知れない!」




どうも、話が見えない。

政治局は美術行政にも強い発言権を持っているらしく、展示内容にもある程度干渉する権限があることを彼はチラつかせてきた。



「ガロッドさん、彼を少し借りていい?」



政治局のアイアン氏が一方的にそう告げると、オーナーと審査課長氏は一礼してギャラリーから退出した。

御丁寧にシャッターまで下ろして行ってしまう。




「ポールソンさん。

模型を展示したいって?」



『ええ、可能であれば。』



「先程、拝見させて頂いたけどかなり精緻ですね。

私はてっきり子供の趣味かと思っておりました。

認識を改めましたよ。」



『ありがとうございます。』



「ただ、モンスターの絵や模型を展示するのは…

いささか冒険的ですね。

少なくとも私が調べた限り前例が無かった。」



『御指摘の通りです。』




「いやいや、勘違いなさらないで下さいね。

私は賛成派です。

ポールソンさん達の御活動を素晴らしいと感じています。」



話が見えて来た。

要はこの役人は俺に何かをさせたいのだ。



「ただ、政治局は頑固者が多くて…

私も上司の説得材料が欲しいんですよ。」



彼の言い分によると、現在の局長のウェーバーという男がかなりの堅物で、奇矯な物に嫌悪感を示す性質ならしい。



「説得材料…

宜しいですか?」



『俺が何かをすればいいんですね?』



「ははは、あまり大したことではないんですがね?」




などといいながら、アイアン氏は重厚な鞄から書類を取り出した。

《機密保持契約書》

と記されている。



「いやいやいや!

あくまで! あくまで形式的なものですから!

我々もこんな堅苦しい真似は仕方ないんですよ。

嫌ですよねぇ? お役所仕事って。」



氏は冗談めかして言うが目は全然笑っておらず、俺がサインするまで逃がさないという気配を見せている。

俺は溜息をついてサラサラとサインする。

少しムカついていたので、《ポール・ポールション》と署しておいた。

小市民のせめてもの抵抗である。




「いやーー、本当に恐縮です。

たははは。」



嘘つけ、発言とは裏腹に《市民が政治局に従うのは当然》って顔してるじゃねーか。



「最近、自由都市の北部のダンジョンから大量の古貨幣が出土しました。

帝国との国境際です。

そのニュースは御存知で?」



『ええ、冒険者達が騒いでましたね。

我々は文化系なので縁はありませんでしたが、冒険者と親密な店では祝賀オフ会が開かれてました。』




これはマジ。

俺達ナードは冒険者ギルドにたむろしているようなジョック野郎(体育会系・上位DQN系)が大嫌いなので、イベントに絶対彼らを呼ばないし

彼らも俺達を蔑み果てているので、冒険者系のイベントには絶対混ぜない。

モンスターを倒す連中と、その模型を作っている連中には冗談抜きで一切の交流がない。

スクールカーストって卒業してからの方が根深いよな?



「これが非常に危険な代物でして…

貨幣に記載されている文言次第では、帝国があの付近一帯の領有権を主張し兼ねません。」



『りょ、領有権?』



「ええ、1万年以上前に繁栄した古代レザノフ王朝。

帝国人はその末裔を自称しております。

そして人種分類学的にも、彼らの主張は正しい事は立証されております。


さて。

この首都がどこに存在したかは考古学者の間でも議論が分かれるところなのですが…

もしも当該ダンジョン一帯にレザノフ王朝の首都が存在したとすれば…」



『帝国側は領有権を主張してくると?』



「あの国はそういう国です。

特に今の皇帝は…」




帝国皇帝アレクセイ・チェルネンコ。

チェルネンコ朝31代皇帝。

言わずと知れた戦争の天才である。

ありとあらゆる政治的・戦略的なミスを犯しながらも、圧倒的戦術能力で全ての盤面を引っ繰り返し続けている男。




『あの皇帝が攻めて来るかも知れない、と?

一市民から見れば、あの御仁と我が国は上手くやっているように見えるのですが。』



「上手くやらざるを得ないでしょう?

あんな化け物と真正面から敵対してしまったら、亡国の危機です。」




だろうな。

数年前、山岳民族が起こした大蜂起をアレクセイ皇帝は手勢だけで鎮圧する事に成功している。

嘘か誠か、11万の大軍を旗本8000騎のみで撃破したそうだ。

そんな怪物を敵に回して文明国の我が国が無事で居られるとは思わない。




「事態の深刻さを理解して下さったようですね。

軍部も頭を抱えております。

アレクセイ皇帝は間違いなく世界最強の将です。

何度シミュレーションしても、勝ち筋が見えないとのこと。


そんな相手を刺激したくないんですよ。

しかも皇帝は軽率で無思慮な性格と来ている。」




『俺は、その古貨幣を磨いて判読可能状態にすれば良いのですね?』




「理解が早くて助かります。

何も言わずに洗浄して頂きたい。

そして、何も見なかった事にして欲しいのです。


文言さえ浮かび上がれば、我が国の解読チームが分析し、善後策を練れます。

ただ、御存知の通り、考古学は帝国でも盛んですので、先に彼らが解読に成功してしまった場合。

文言の内容次第で政治的先手を取られかねません。」




『…なるほど。』




「本来、民間人の貴方に協力要請を行うような案件ではありません。

ただ、美術行政の絡みで貴方の名を聞いた時に、これも天の導きだと思いました。


上司の許可は取ってあります。

今から政治局に来て貰えますか?

勿論、他言無用で。」




『友人の家に泊まったことにします。

いつも無茶を聞いてやってるので、家族への口裏合わせくらいはしてくれるでしょう。

で、その友人には飲み歩いていることにします。』



「おお、ありがたい。」




残念ながら、ドナルド・キーンは事務所には居なかった。

社員の方に聞いても所在がわからないらしい。




『参ったな。

あてが外れました。

アイアンさん、日を改めましょうか?』




「いやー。

今日は丁度、官民一体のプロジェクトチームが打ち合わせをしているんですよ。

リーダーも居りますし。」



官民一体のプロジェクトチーム。

役人がそういう表現をした場合、メンバーはほぼ民間人で役所は監視だけを担当しているケースが多い。

そのリーダーは、どうせお目付け役の役人だろう。




『じゃあ、今日は挨拶だけ。』




=========================




アイアン氏と馬車に乗って官庁街へ向かう。

俺とは共通の話題はない筈なのだが、頑張って盛り上げようとしてくれた。


いやいや、貴方どう見てもエリートでしょ。

無理して子供部屋オジサン合わせたオタク話を振らなくていいよ。


官僚というのは余程勉強熱心な人種らしく、モンスターオタク界隈の基礎知識を頭に入れてきてくれていた。

俺の知らない知識まで身に着けていており、内心舌を巻く。

例えば、遥か北方のエルフ族領ではそこそこ高尚な趣味扱いされているとか。

まあ、普通に生きていれば魔界だのエルフ領だのは、俺とは何の関係もない場所だけどね。





=========================




「これだけど。」



地下保管区画に通されるなり、無造作に卓に並べられた古貨幣(らしき錆の塊)を見せられる。

ここからはアイアン氏の上司のフルームマン部長という人物にバトンが渡る。

アイアン氏は別室の民間人と打ち合わせに向かう。




『よくこんなのが古貨幣だってわかりましたね?』



「古代様式の金庫に入っていたからね。

貨幣以外にあり得ないだろう?」



『なるほど。』



「どう?

御社の技術で洗浄は出来そう?」



『まあ、私なら…

さして労力は掛からないと思います。』



「おお!

そうなのかね!?


いやあ、助かるなぁ。

関連部署の技術職員達が全員音を上げてしまってね。」




『洗浄は一枚だけで良いのですか?』




「…申し訳ないが4枚お願いしたい。」




『ええ、構いませんよ。

じゃあ、持ち帰って…』




「いやいや! 駄目駄目!

絶対に部外に出せないよ!」



『ああ、失礼。

それじゃあどこか個室を貸して頂けますか?』



「む。

さ、作業は見せられない、と?」



『政府に機密があるように、弊社には弊社の機密がります。

そこは何とか妥協して頂きたいのです。』



「うーーーーん。

ちょっと待って。


…スキル?」



『御想像にお任せします。』




「うーーーーん。

ちょっと待ってね。

あ、机の上には手を伸ばさないでね。」




信じられない事に、その遣り取りから6時間くらい別室で待たされる。

別に放置された訳ではない。

15分おきくらいに色々な役人がやって来て俺に陳謝して来たからである。



「申し訳御座いません! 

現在、協議中でして!」




誰も《何を協議しているか?》について教えてくれない辺りは、流石にお役所である。

俺はマズいサンドイッチと冷えた紅茶を口にしながらソファーで行儀悪く寝転んでいた。




=========================




「プロジェクトチームのリーダーと会って頂くことは可能でしょうか?」



突如入って来たアイアン氏がヒソヒソ声で俺の耳元に囁く。



『別に、どっちでも。』



退屈していた俺がそう答えると、アイアン氏が「快諾です!」と叫ぶ。

いやいや、この状況で快諾はねーだろ。




で、今回のオチ。

官民一体プロジェクトチームのリーダーは我が心の友ドナルド・キーンでした、と。



「オマエか!?」



俺の顔を見た瞬間にドナルドが驚愕して叫ぶ。

いやいや、それはこっちの台詞だっつーの。



「この人物は愛国心もあり、信頼に値する人物です。

彼の為人は私が保証します!

是非、彼に洗浄を依頼しましょう!」



「だから!

貴方以外は全員そう言っていたでしょうが!!!」




役人が一斉にドナルドを糾弾し始める。

雑な仕事だなぁ…

幾ら秘密任務とは言え、隣室の人間の身元くらい目を通しておけよ。





「何故、オマエがこんな所に居るんだ?」




別室で不貞腐れながらドナルドが俺に問う。




『…国民としての義務、かな?』




「随分、殊勝じゃないか。


…復元の達人がこの案件に噛んで来たというからな。

必死でごねてた。」



『ゴネた?

アンタが?

どうして?』




「…オマエに案件を回してやろうと思ったんだよ。」



『…ゴネる前に相手を確かめろよ。』



「プロジェクトがプロジェクトだからな。

民間側は全員匿名参加だ。

ちなみに表の公文書には、この解読過程は記載されないぞ?」



…公文書に表裏があった事に驚きだよ。




「じゃあ、やっちゃって。

いつもの。」



『いいの?』



「一枚持って来た。

ほら。」



『無造作だなぁ。

俺なんか触らせても貰えなかったのに。』



「ほら、いつものアレ。

ちゃんとポーズも取れよ?」




無茶振りばっかりしやがって。




『ハア(小溜息)。


…セット。』




=========================



結局。

浮かび上がった文字の内容は教えて貰えなかった。

その内容が我が国にとってメリットなのか否かすら、である。



そういう規定があるらしく、8万7千ウェンという中途半端な謝礼を受け取る。

で、今日の出来事は綺麗さっぱり忘れろ、と念を押された。


そうそう。

国立美術館問題も反対する財界人(目の前のコイツだ)が意見を翻したので、無事に展示できるようになった。




「あのなあ。

問題が発生しているなら言えよ、私に。

大抵の問題なら解決してやるから。」



『俺の問題って大抵アンタなんだけどな。』




それを何故冗談だと解釈したのかは分からないが、ドナルド・キーンは腹を抱えて笑い出した。

問題源め。




『じゃあ、これ以上展示にクレームは付かないんだな?』




「うむ。

私からも老人達に言い聞かせておこう。」




今のこの男は、官僚とのコネも太くなって来たし財界でもかなり顔が効くようになってきた。

少し難色を示しただけで美術館が展示品目を自主規制する程度の権力は持っている。

俺はこの世で一番権力が嫌いなのだが、どうやらこの男は俺を公職に引き摺り出したいらしい。



『あのなあ。

アンタも知ってるだろう。

俺は役人だの政治家が大嫌いなんだよ。』



「ふふふ。

そういう人間こそ政界入りするべきだと思うのだがね。」



『勘弁してくれ。』




「これは私の勘なのだが。

いずれオマエは政界に入るよ。

そして私と肩を並べて世界を変革するのだ。」



『それ、単なるアンタの願望だろ?』



「勿論。」




…やれやれ。




「なあ、ポール。

オマエ、いつまで空き家だの浜辺などを掃除してるつもりだ?」



テメーにさせられてるんだよ。



『俺は、掃除屋の息子だから。』



「なあ。

男ならもっと大きなものを掃除するべきだとは思わないか?」



『…。』



「この世界には旧時代の遺物が未だにのさばっている。」



『またその話か。』



「新時代人たる私達には旧弊を一掃する責務がある。

そう思わないか?」



『旧弊を一掃するのに、旧幣をダンジョンから発掘するのかい?』



「はははは!

上手い事をいう男だ!」




更に上機嫌になったドナルドは、俺の年齢から政界入りする方法を懇切に説明してくれた。

この男なりの好意である事は理解出来る。




「悪しき封建政体は打倒されなくてはならない。

世界が進むべき方向は僭主の独断ではなく、市場と民意によって決定されるべきだ。


そう、《資本主義》こそがこの腐った世界を正し得るのだ!」




別れ際にあの男はそう言って去って行った。

酒も無しにあれだけ酔えるのは羨ましい。

帰宅する気になれなかったので、近所のbarで朝まで呑んだ。

どうやら俺はあの男と真逆の体質をしているようだ。



=========================




「ありがと。」



ギャラリーで搬出作業をしていると、背後からソーニャ嬢に声を掛けられた。



『別に俺の手柄じゃないさ。』



背中越しにそう答える。

他に言いようがない。




「ワタクシ、本当はモンスターなんかに興味が無いの。」



『だろうな。』




そりゃあ、俺は本職のオタクだもの。

偽物は嫌でもわかるよ。




「怒ってる?」




『別に。

オタク趣味なんか、単なる現実逃避だよ。

他の連中も多かれ少なかれ本心から楽しんでる訳じゃない。』




「でも、店の前で騒いでるあなた達は楽しそうに見えたわ。

あのカフェに行けばワタクシにも居場所が出来ると思ったの。」




『アンタの指示で…

キマイラの模型作ってる時は楽しかったよ。』




「…ありがと。」




継承闘争に負けて帝国を追われたソーニャ嬢に帰る場所はない。

そして命からがら逃げ込んだソドムタウンでは、かつて自分達が追放したアチェコフ流が帝国人社会の主流派となっていた。

そんな時、通りの真ん中でモンスターの模型を掲げて笑い合っている男女のグループを知った。


この哀れな女が唯一知っているモンスターの絵を必死に練習してロッドガールズの門を敲いた事を誰が笑えるだろうか。


この女に一切の邪気や政治的魂胆が無かった事は俺が保証する。

ソーニャ・チェルネンコは召喚獣キマイラが帝国の侵略戦争の象徴として周辺諸国で憎悪されている事すら知らなかったのだから。





我が自由都市は経済大国であると同時に文化大国なので、政治的社会的敗者の逃げ場には困らない。

俺の行きつけのカフェ・ギーグの近辺にも遠い目をした者が昼間から散見される。

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