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【清掃日誌59】 羊飼い

未明に発生した轟音は、この中立地帯で発生した地下崩落によるものと断定された。

カウボーイ騒動で衝撃が続いた事がその原因らしい。

(クズの生息調査の為、キャンプを中立地帯に戻した矢先だったので随分肝を冷やした。)



そして崩落現場からは大量の地下水が噴出した。

一時は目算10メートル程の水が物凄い勢いで噴き上がり続けていたとのことである。


今朝、ドラン・クレア組が現地を検分してきたが、想定よりも規模は大きく既に小規模な泉となっていたそうだ。






『羊飼い?』





「そうよ。

我が国の羊飼いが国境警備隊に申請を開始したの。


《中立地帯に出現した泉を使わせてくれないか》


ってね。」






『いや、申請するのは勝手だが…

普通に却下されるんじゃないか?』







「勿論、却下されたわ。

問題はそこから。


断られた瞬間

《帝国側にも申請してみます。》

と言って、立ち去ってしまったのよ。」






上手いな。

中立地帯の利用なら幾らでも禁止出来るが、他国への利用申請は掣肘出来ない。

この状況で帝国に対する申請にストップをかけてしまえば、どんな曲解をされるか分からないからである。





『そっか、国境業務って一口に言っても色々あるんだな。』





「何を他人事みたいに言ってるの?

彼らは貴方への面会を打診しているのよ?」





『えっ!?

何で俺に!?』





「ここらの顔役だからでしよ?」





『?

いや、俺は如何なる役職にも付いていないが…』





「実質の話よ。

ねえ、ポールソン。

自覚はなかったの?


今の貴方

まるで首席外務官みたいに振る舞ってるのよ?」





『ちょ、ちょっと待ってくれ。

俺はそんな増長した態度は取っていない!』






「あら、そう。

騎士閣下がそう仰るならそうなのでしょうね♪」






『…。』






「少しは周りを見なさい。

もっと自分を顧みなさい。


いつも言ってあげてるわよね?」





『反論の余地も無いな。』






「…羊の皮を被って惰眠を貪る狼がいる。

私、コイツだけは絶対に許せない。」






平然と中立地帯に居座りながら、両国の役人と談笑する俺。

周りの目から見てどう写っているか、考えるまでもない。






「じゃあ、表に出てあげなさい。


お茶、出しておいたから。」





良くも悪くも気の回る女だ。

よほど鷹揚な男でなくては釣り合わんだろうな。






==========================






羊飼いは計8名。

リーダー夫妻を中核とした親族グループであった。

羊が300頭山羊が20頭の申告。


後日知った話だが。

一般的に農民の一家が暮らしていける目安が山羊70頭からとされているので、彼らはやや貧しい。


カウボーイ騒動の巻き添えを喰って、逃げて来たとのこと。

《カウボーイも羊飼いも似たようなものだ理論》、で多くの羊飼いが虐殺・強奪の被害を受けた。

彼らにしても同族を多数殺されている。





「ポールソン様がこの辺りを仕切っておられると伺いまして…」





リーダーがこちらの様子を探る様に上目使いで俺を値踏みしている。

…あまり愉快ではないが、俺が彼の立場でもこの様な偵察行為を行っただろう。


ただでさえ牧畜民は共同体から部外者扱いされている。

そんな彼らが国境の外へ出れば、国法による庇護すらも受けられなくなるからだ。


なので一刻も早く、土地土地の有力者と顔を繋いでおく必要がある。

この中立地帯では…

まあ俺だろうな。

何せ理由を付けてずっと居座っている。





『俺は、単にこの付近の調査を行っているだけです。

特に何らかの権限を付与されている訳ではありません。』





「…で、でも皆が言ってましたよ。


帝国の騎士達がポールソン様にペコペコしていたって。

お偉い人なんでしょう?」





『彼らとはたまたま業務で接点が多いだけです。

俺も彼らに多く助けられておりますし…


それに俺は掃除屋です。

この間も便所掃除をしておりました。


その程度の男です。』






俺がそう断言すると羊飼い達は露骨に失望と困惑の表情になった。

そりゃあそうだろう。

彼らは後ろ盾を探しているのだ。

相手が便所掃除ではアテ外れも良い所である。





「ええ、自由都市では清掃会社を経営されておられますものね♪

ポールソン卿は♪」





クレアが優しい声色を使うのは、俺に対して意地悪をする時だけだ。

最近は鳴りを潜めてくれていると思っていたのだが、妙なスイッチが入ってしまったらしい。





「え!

《経営》!? 

《卿》!?」





羊飼い達が目を輝かせて食いついて来る。

…クレアめ、余計な事ばっかり言いやがって。





「もー、やだなー。

やっぱり偉い人じゃないですかー。


あはは、やだなー。

ポールソン様ー♪」





何か言い返そうとしたが、隣に控えるクレアが冷ややかな笑顔を浮かべながら反論体勢に入っているので黙り込む。

この女は昔から、1言えば100言い返して来るからな。






「アッシら、頼りになるケツ持ちを探してたんです。

それも帝国にコネのある方で…」





「あらあら~♪

そういう事でしたのね。」





横の眼鏡女の相槌がしつこい。

何でオマエ、そんなに嬉しそうなの?






「これ噂で聞いたんですが

帝国皇帝は山岳民や密林民でさえ差別しないって。

本当なんですか!?」





事実である。

少なくとも、現皇帝の治世となってから帝国では幾つかの差別的な法律が廃止された。

例えば自治体での処刑や遺体埋葬、屠畜に皮革製造。

これまで帝国では羊飼いが従事を義務付けられていたが、これが撤廃された。

何より軍学校や職業学校にも入学が許されるようになった。



劇的な戦勝の数々に隠れて誰も論じないが、寧ろ為政者としてのアレクセイ陛下の真骨頂はこちらであろう。

何度も繰り返すが、帝国は民族差別・身分差別が非常に厳格な国家である。

皇帝陛下の諸政策こそが真に劇的な偉業であるとも言えよう。





この情報の真偽は、常に村落共同体から差別され続けている牧畜民にとっては一番の関心事だろう。

日頃、蓄積されていた定住民への不満と不審が、カウボーイ騒動に巻き込まれた事により頂点に達した。

そして自らの救世主を帝国皇帝アレクセイに見出すに至った、と。






『帝国への移民を希望されておられるのですか?』






…彼らにとって中立地帯に湧いた泉なんて、最初からどうでも良かったのだ。

全ては国境地帯に近づく為の口実。







「あ、いや。

移民って程のものではないんですけど。

仲間内で、《拠点は帝国側に置いた方が良いのかな》って話になって。


あ、()()()()()()()()税金はちゃんと払いますよ!

そこは真面目にしますんで!」




…それ、移民じゃん。




「元を辿れば、アッシら帝国民な訳じゃないですか?

里の奴らが勝手に自由都市に組み込まれたから

成し崩しにコッチ側に編入されただけで…」





『腹を割って話しましょう。


《もう自由都市には住みたくない。

帝国が住み易ければ、そちらを拠点にしたい。》


そういう事ですよね?


念を押しておきますが、皇帝陛下が被差別民族に同情的なだけで

帝国にも普通に職業・民族差別はありますからね。』





「…皇帝が山民って噂は本当なのですか?」





『他国の事情なので詳細は存じません。

ただ、陛下が山岳民族とのハーフであるとの説を唱える方とはお話しした事があります。

また戦譜を読む限り、旗本名簿に山岳民族や密林民族らしき姓が多く見受けられますね。

少なくとも先帝と違って、純血の帝国人以外も積極的に登用している事は事実です。』






「「「おおお!!」」」」






羊飼い達が満面の笑みで歓声を挙げた。

まあ、そりゃあそうか。

レニーもそうだが、日頃差別に苦しんでいる者は、その僅かな光明すら普段見えずに暮らしているのだからな。





   「自由都市なんかより皇帝の方がよっぽど進歩的じゃないか!」






思わず上がった声。

仲間達に窘められて男が慌てて口を噤んだが…

まあ、それが偽らざる本音だろう。

エチケットとして聞こえていない事にしておいた。





憲法上。

我が国では山民や牧民への差別が禁止されている。

にも関わらず職業や婚姻に見えざる巨大な障壁が立ちはだかり、彼らは貧困に喘ぎ続けている。


彼らだって今までは諦めていた。

牧畜民の扱いなんて世界中のどこでも同じなのだから。


だが、帝国皇帝アレクセイが自分達の同胞であるとの噂を耳にした事で、彼らに生きる為の闘志が湧いて来たのだ。


《山岳民族の血を引く皇帝なら、自分達を差別・弾圧しないのではないか?》

《もしかすると社会的地位を引き上げてくれるのではないか?》


一縷の望みを賭けて彼らはここに居る。





「帝国に…  

住ませて貰う事ってアリですかね?


出来れば他の仲間も。」






『…仲間ですか?』




「ええ、アッシら牧民は横の繋がりが強いんですよ。

ほら、放牧地の割り当てとか必要だから。」





『ああ、確かに。


いっぱい来られるんですか?』





「…まあ、いっぱいと言っても200人ほどなんですけど。

やっぱり駄目っすかね?」






『あ、いえ。

決めるのは帝国の方ですので。』






「羊、3000頭ほど。

ですので、山羊は多分300頭前後。」





後で聞いた話だが、羊の誘導には牧羊犬のみならず山羊も使うらしい。

大体、羊の1割山羊を混ぜておくのががセオリーとのこと。


割と常識らしいのだが、俺は都会っ子なので、そこら辺は初耳だった。




『3000頭ですかー。

凄い数ですねぇ。』




俺がそう呟くと、羊飼い達の表情に軽い失望が浮かぶ。

ん?

俺、何か失言した。





「牧民200人で3000頭は明らかに少ないっス。

ギリギリ食えない懐状況ってことっス。」





レニーが素早く耳元で囁いて俺の認識を修正した。





『失礼。

昔から世間知らずで、よく皆様にお叱りを受けております。』





「あ、いえ。


他のグループの連中も合わせれば1000人以上にはなると思います。

羊も全部で2万頭…

いや、里の者に相当奪われたので、そこまでは居ないか…」






ん?

2万の羊を連れて国外に移民?


それマズくないか?

まだ食糧難は完全には回復していない。

俺の頭は緊急信号を発している。


もしも帝国が彼らの放牧を受け入れてしまったら?

2万頭分の食肉… 

それを日常的に管理運営可能な1000人のスペシャリスト。

ロスを現金換算すれば幾らになる?





==========================






「別に法律的には問題ないんスよね?」





第一声にレニーはそう言った。





『帝国が移民許可を出したなら、それは完全に合法だ。

国際条約上でも帝国との2国間協定上でも、一切の問題は無い。』






「…帝国に移民の口利きをしてやってくれませんか?」






『…ああ、別に妨害をするつもりはないし。

分かる範囲なら手続きも教える。』






「口利きしてくれって頼んでるんスよ。」





…この女の願いなら何だって叶えてやりたいんだがな。







「都会の人はバクバク羊喰ってますけど。

それを育ててるのが、アタシら山民やあそこの牧民だって知ってるんですよね?」






『…知識では。』






「今回のカウボーイ騒動。

何百人もの牧民が巻き添えで殺されて、羊も家財も奪われて。

で、政府の奴はいつだって里の連中の味方って訳だ。


邪魔者が出て行くんだから、喜んでくれればいいんじゃないんスか?」





山民として差別され続けて来たレニーの偽らざる本音。

皇帝アレクセイの出自を聞いた瞬間から、彼女の心は完全に帝国寄りになっている。

だから、憎き自由都市の資源流出被害には喝采を隠さない。





問題は…

俺もレニーとの交流によって、かなり山民や牧民に対して同情的になっている事である。

これが去年までの何も知らない俺なら、単に家畜資源の流出を危惧して終わっていた話だ。

だが、今の俺は資源を帳簿上の数字ではなく、背後の労働者の息遣いと共に認識するようになっている。


…良くも悪くも現場を見過ぎた。





==========================





帝国の、というよりトハチェフスキー領内への入植はあっさりと認められた。

イワノフ博士は惚けた表情を崩さなかったが、カウボーイ騒動が発生したと同時に、この展開もシミュレートし公爵に上奏していた気配がある。


彼は冗談めかして笑うだけだったが、セルゲイ公爵の朱印状が既に発給されているということは、そういう事なのだ。

流石帝都に名高い碩学である。

俺なんかの2歩も3歩も先を読んでいる。




帝国側が中立地帯での放牧許可を出したので、羊飼い達は()()()()()()()()()()()()()()帝国領内で待機する事になる。




当然、そこで肉や羊毛を販売する事は全くの合法である。

ニーズがあるなら帝国側が全ての羊を買い上げても構わない。

それは単なる商行為であり、我が国に彼らを掣肘する権利はない。





博士達にとって全てが想定内だったのだろう。

羊飼い達は国境際にそこそこ立派な小屋を与えられ…

早くもクズの除去に従事している。





『おお!  


山羊が草を根こそぎ食べる事は聞いておりましたが

ここまでハイペースとは。』





「ええ、この分ですとクズの駆除は山羊に一任するのが最善でしょうな。

公爵閣下も羊飼い達に特別手当を支給する事を決定致しました。」





『流石は閣下です。

きっとこの地は豊かに栄える事でしょう。』






山羊がクズの除去に劇的に貢献すること。

というよりクズこそが山羊の大好物だったのだ。

これも俺は知らなかった。


何故なら、山羊を用いたクズ駆除マニュアルを博士から渡されたのは、羊飼い達が国境を跨ぎ終わった直後だからである。





「私の手元にデータが揃ったのは最近の話なのです。」




『…そうですか。』





別に博士達は何の策も弄していない。

ただ、俺が普段そうしているように《余計な情報を他国人に渡さなかった》だけである。


国際的な問題は解決する、国益も確保する。

ある程度の歳になれば両立出来て当たり前である。





「実はこれ。

世界中の国境で似たような事例が発生しているのです。」





羊飼い達がクズを山羊に食わせている風景を眺めながら、イワノフ博士は呟く。





『つまり、羊飼いが帝国内に?』





「山岳民族や密林民族、遊牧民族もです。

帝国軍に志願する者が増えました。

おかげで対合衆国・対砂漠国家の防衛は盤石です。


言っておきますが、買収とかじゃないですよ?


陛下は単に異民族も平等に扱っておられるだけです。

同額の給与を支払い、相場通りの額の売買に応じ、同じ陣幕で起居し、同じ食事を取る。

ただそれだけです。」




…そりゃあ、誰も勝てないよな。

戦術能力とか武運とか、そういうチャチな次元の話ではない。

これは彼が実践を以て示し続けている君主論なのだ。

皇帝アレクセイに挑む者は、まず彼の示している《君主とは何か?》の問いに真正面から向き合わなくてはならない。





「殊更に自由都市に損害を加える意図がない事だけは信じて頂きたい。」





言外に、ドナルド・キーンの資本流出作戦を博士は掣肘している。

ドナルドの姦策をどこまで把握しているかは不明だが、本質の部分を完全に見抜かれているのだろう。





『自分は、建設的な人間でありたいと思っております。』






精一杯の回答だったが、思いのほか満足な表情を引き出せた。

無論、建設的であろうとすればするほど、ドナルド・キーンとの対立構図は鮮明になって行くのだが。

あの男とも、本気で向き合う時期に来ているのだろうな。





資本家にとって居心地が良いから世界中の富が我が国に移民する。

不服なら資本が逃げにくい国家を築けば良いだけの話だ。

なら、各種の遊動民が皇帝に希望を持って帝国に移民したって構わない。

個人としては、本心からそう考えている。



ただ、我が国の国力衰退に繋がる隣人の自由をただ傍観する事は許されない。

いや、許す気も無い。




晴れやかな表情の羊飼い達に率いられた長い長い列は、いつまで経っても途切れる事はなく国境を跨ぎ続けていた。

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