【清掃日誌05】 下水道
「ポールっ! 下がってろ!
術式発動・ウォーターカッターッ!!」
大型のスライムが同時に十数匹、核を破壊されて静かに崩れ落ちる。
これで本日ドナルド・キーンが仕留めたモンスターは50を越えた計算になる。
『…ドニー、一度戻ってギルドから冒険者を借りよう。
2人でどうこう出来る状況じゃない。』
「…いや、今のギルドは教団と親密過ぎるからな。
万が一、これが教団の仕業だった場合、話がややこしくなる。」
『今のアンタって絵物語に出てくる正義の冒険者みたいだぞ? 柄にも無く。』
まあ、あの手の児童書の発行元が冒険者ギルドである事は今や周知の事実なのだが。
「私がスキルを戦闘用に使ってるって口外しないでくれよ?」
『流石に、それくらいはわかってるよ。
産団連で人付き合いが難しくなるんだろ?』
「この歳の経営者が斬った張ったをしてたら、冗談抜きで気が狂ったと思われるからな。」
そりゃあ…
まあ、そうだろう。
モンスター退治なんて、言ってしまえば下賤仕事である。
産団連の役職付き経営者が下水道内で剣を振るっていた、なんて噂が広がれば…
彼が築き上げて来た名声は即座に霧消してしまうだろう。
人間には社会的地位に応じた振舞をする義務があるのだから。
『ドニー!
左の物陰にスライム2体!
これは俺が松明で処理するから!
少し体力を温存しろ!』
「任せる!」
俺とドナルド・キーンは愚かにも下水道の中で小一時間魔物退治に興じている。
こんな事ならあのままカフェで寝転がっていれば良かったぜ。
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この日、昼間に起きた俺は行きつけのカフェ・ギークでハンモック席を借りてココアなる南洋産のドリンクを啜っていた。
この甘い飲み物は、最近このソドムタウンで流行しているのだ。
噂ではわずかに催淫作用があるらしく、眼下ではエロガキとエロオヤジが如何にして向かいのカフェ・ロットガールズにたむろしている女子達に飲ませるかを真剣に相談していた。
「ココアに催淫作用がある事は、流行に敏い女子の間では周知されてしまっているでゴザルよ。」
「じゃあ、ココアって名前は伏せるか?」
「新種のコーヒーという事にすれば、騙せるのではゴザらぬか?」
「いやー、流石に味が違い過ぎるでしょ?」
盛り上がっているのは、建材屋の息子であるジミーと養鶏会社を経営しているヘルマン爺である。
小人閑居して不善をなす、とはよく言ったものである。
「ポール君、何とかして女子勢にココアを飲ませる作戦は無いかね?
こっちに呼びつける事が出来たら、後は思うがままなのだが。」
『うーん。
一緒にお茶してくれる位に親密だったら…
催淫効果なんて不必要な気もしますがね。』
「そこを何とか!
ワシ、女子に媚薬を盛るのが長年の夢なんじゃよ!」
下らねぇジジーだ。
だけど、俺ももう少し歳を取ればヘルマン爺の良さが更に分かってくるのだろう。
結局、皆に急かされてロットガールズの女子を呼びに行く。
あれだけ騒いでいたジミーはモジモジして来ない。
使えねー奴だ。
まるで俺だな。
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「その誘い文句、止めた方がいいよ?
ココアってダサくて卑怯なオトコのナンパツールとして有名だから。
女子は全員知ってるよー?」
クレア女史の懇切な御指摘には感謝を述べておく。
「だから、女子は全員ココアが大嫌い。
そんなの飲んでたら尻軽だって思われちゃうからね。」
『…。』
「少なくとも、この店の子は全員飲まないんじゃないかな?
ワタシは飲んだことないよ。
軽いナンパに引っかかる馬鹿だと思われたくないのよ。」
『…ココア飲む?』
「あのねえ。
話聞いてたぁ?」
『こっちに届けるよ。
女子同士で飲めばいいだろ?
結構、旨かったしさ。
ブームが終われば入荷しなくなるかもだから。』
「じゃあ、ココアだけ貰っておくわ。
でも男子は入店禁止。
これでいい?」
『ああ、妥当な判断だと思うよ。
じゃあ、俺はこれで。』
「待って、代金を払うわ。」
『モンスターフリーク仲間だろ?
いらねーよ。』
「安いナンパに借りは作らないのが淑女の嗜みよ。
御礼、何がいい?」
『じゃあ今度、男女合同でランチ会でもしようよ。』
「上手いねー。
まあ、メンバーに相談しておくわ。」
『女子は何か食べたいものはある?』
「女子は流行りに弱いよー。
ココア以外の流行りものなら大抵喜ぶんじゃないかな?」
『今、女子の間で何が流行ってるの?』
「肝試し。」
『?』
「それもモンスター見物が流行ってる。」
『おい、女が馬鹿な真似するんじゃねーよ!』
「ふふふ。
お父さんにもそんな風に怒られちゃった。」
『…冒険者にでもなるつもりなのか?』
「私の地区の女子は冒険者登録出来ないよー。
保護者会が冒険者ギルドに圧力掛けてるからね。」
『上級国民パワー凄いな。
でも、冒険者にでもならないとモンスターは見れないだろう?』
「ところがどっこい、スライムだけは街中で見れるんだな。」
『あり得ない。
ソドムタウンの治安維持能力は完璧だ。
幾らスライムでも街中で生存出来るわけがない。』
「今、流行の秘密スポットがあるの。
ココアの御礼に教えてあげようか?」
『…頼む。』
「貴族区と富裕区の間にある廃学校、知ってるでしょ?」
『…俺達の母校だからな。』
「そこの井戸の周辺。
変な色のスライムが出没するって噂があるのよ。」
『通報したのか?』
「まだ。」
『そうか。
じゃあ、俺はこれで。』
「どこに行くの?」
『通報するんだよ。』
「えー!
言っておくけど、おとなしいスライムだよ?」
『俺より知識のあるアンタが言うならそうなんだと思う。
どうせスケッチしたんだろ?
寄越せよ。』
「はい、どーぞ。」
『黄色いスライム?
北方種か?
これの特徴・習性は?』
「私も生きてるスライムを見たのは初めてだったけど。
光に弱くて、照らしてみたらすぐに井戸に逃げ込んじゃった。」
背光性のスライム?
北方種は全部そうなのか?
初耳だな…
『そうか。
ありがとう。』
「怒ってる?」
『それはアンタの父親の仕事だ。』
「世のお父さんって大変だよねー。」
『まったく。』
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「それで私に連絡したのか?」
『アンタが一枚噛んでたら大変だから。
一応確認だよ。
この校舎、今はキーン不動産の所有だろ?』
「管理を任されているだけさ。
周辺の土地を入手した成り行きでね。
ああ、確かにフェンスに隙間があるな。
亀裂を押し広げられたのか?
…女子供はどうしてこんなに肝試しが好きなんだろうね?」
さあね。
30年前のアンタにでも聞いてくれよ。
『アンタが絡んでないなら治安当局に通報する。
絡んでるなら…
少しは融通を効かすよ。』
「じゃあ、融通希望で。」
『一応念を押しておくけど。
キーン不動産でスライムを飼育している訳じゃないんだな?』
「まさか。
取得前でも無いのに地価を下げる真似なんてする訳ないじゃないか。」
『だろうな。
ここらの土地、相当手広く買い占めたんだって?』
「頼まれただけだ。
自分から望んだ商いではない。」
『頼まれたって客に?』
「…。」
…ああ、上からの話なのね。
「一つ教えて欲しい。」
『はい?』
「黄色いスライムと言うのは存在しないのだな?」
『北方には生息している。
ドワーフやらエルフやらが住んでいる寒冷地帯。』
「自由都市には居ない?
100%?」
『居ない。
彼らは山脈気候線を縦断出来ない。
意外に地域的なモンスターなんだよ、スライムは。』
「本来、ここに居ない種なんだな?」
『スライム自体、街中に居ちゃあいけない生き物なんだけどね。
…気になる情報が一つ。
その目撃されているスライム、背光性らしいんだけど。』
「スライムは暗い場所を好むものだろ?」
『いや、暗い場所を好むだけで
光を嫌うという事はない。』
「オマエが言うならそうなんだろうな。」
『…俺の仮説だけど。
情報が虚偽では無いとすれば、新種のスライムがこの井戸に生息している。
そう思う。』
「ふーーーむ。
だとすれば、大問題だな。
この校舎跡は宅地整備されて貴族街に編入される予定だ。」
『何?
アンタ母校を潰すの?』
「愛する母校を祖国の為に活用するんだよ。」
『物は言いようだね。』
「問題はな?
この井戸が閉鎖中の旧下水道の出口にあたる事なんだ。
で、旧下水道は貴族街の真下を通っている。」
『困るの?』
「来月には上客向けの邸宅見学フェアを弊社が開催するのだが…
帝国人や王国人が参加するんだよ…
変な噂が立ってしまうとなぁ…」
『どうする?』
「ちょっと潜ってみる。」
『正気か?』
「私は正気だよ。
長い目で見ればね。」
『温かく見守ってやるよ。』
全ての政治的狂人は、史書では英雄か何かのように記載される。
なあ、兄貴分よ。
アンタは何の英雄になるんだい?
「今晩付き合ってくれ。」
『オイオイオイ。
この歳になってまで冒険者ごっこに付き合わされるとは思わなかったなぁ。
治安局に通報義務がある場面だろぉ?』
「今の治安局長が教団寄りだからなあ。
これ、原因が教団だった場合…
弊社が詰むんだよ…」
『で?
アンタ、1人で潜るんだ?
一応警護を連れて行った方がいいんじゃないの?』
「外部の者は駄目だ。
内々に処理したい。」
『社員さん連れて行けよ。』
「それこそ、足手まといだよ。
知ってるだろ?
私がそこそこ動けるって。」
まあな。
そもそもこの人、俺より年上の癖に妙に身体が引き締まってるんだよな。
40過ぎてそのプロポーションは凄いわ。
それに引き換え、キーン不動産の社員さん達は…
仕事は出来るんだけど、体型は普通のオジサンだよな。
『俺は行かないよ。』
「ああ、それで構わない。
辺りを見張っていて欲しいだけだ。
私も様子を見たらすぐに地上に戻る。
自由都市市民として社会秩序から逸脱するつもりはない。」
下水道に入るまでは、この男はこんな殊勝な発言をしていたんだぜ?
まあ、昔から口だけは殊勝なんですよ、この人。
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で、話は冒頭に戻るというわけだ。
『…嘘つき。』
「社会人として、真摯かつ臨機応変な行動を心掛けていると
結果として言行に齟齬が生じる場面も出て来る。」
『…物は言いようだね。』
「安心して欲しい。
息子は実直に育っているから。」
…知ってるかい?
大人は見る目が無いから、アンタの事を実直な事業家か何かと誤解してるんだぜ?
「ポール。
もう一度確認するぞ。
このスライム。
この付近には生息していない種なのだな?」
『断言するよ。
自由都市を始めとする南側諸国に、このイエロースライムは存在しない。』
南側諸国というのは、大陸の南側に位置する自由都市・首長国・帝国・連邦の四か国ね。
賭けてもいいけど、南側に黄色いスライムは存在しない。
「オマエは内心…
北側諸国にも、このスライムは存在しないと感じている?」
『ああ。
あくまで図鑑上の知識だけど。
北方のイエロースライムと形状・性質が異なる。
少なくとも、俺にとって未知の種だ。』
「ワカメやヒッポー同様に?」
『ああ、ワカメやヒッポー同様に、ね。』
2人で静かに眉を顰める。
俺とドナルド・キーンの唯一の政治的共通点。
召喚行為への反対。
世間には積極召喚派も多く存在する。
「外の世界から、どんどん有用な資源や動植物を呼び出せばよいじゃないか。」
と。
俺とドナルドは反対派。
一見メリットが大きく見えても、外来の物にはどんなリスクが伴っているかもわからない。
だから生物の召喚は絶対に反対。
それどころか魔族やエルフ・ドワーフを領内に入れる事すら反対。
だってそうだろう?
魔族なんて我々とは別軸の生き物だし、例え季節労働者だとしても入国させてはならない。
断言してもいい。
我々に異世界は不要なのだ。
それが例え金銀財宝だとしても、俺は断固として異世界を拒絶する。
さて、その不要物。
俺達の足元には黄色いスライムが無惨に転がっている。
『で、キーン社長。
ここからは仕事の話をさせて下さい。』
「?
ああ。」
『痕跡は当然消すとして…
それは全部? それとも一部残す?』
ドナルドは無言でスライムの残骸を切り取って封印瓶に収納した。
そして何食わぬ顔で内ポケットに隠す。
「ポールソンさん、勿論全て駆除しましょう!
市民として当然の義務ですよ!」
『…何?
ここ笑う場面?』
「皆さんの笑顔を守る場面です!」
『…まあ、俺は清掃業資格者の義務を履行するだけだけどね。』
自由都市で清掃業に携わる業者には、緊急時の清掃ボランティア義務が課せられている。
災害や戦争が発生した場合、自主的に軍の指揮下に入り、指示を仰がなければならない。
非常時は、片付けなければならないものがいっぱいあるからね。
瓦礫や残土、流木や汚水、そして遺体。
国家が機能し続ける為には、誰かが片付けなくてはならないのだ。
「問題は。
発生源だ。
一応特定しておきたい。」
『心当たりは?』
「富裕区か貴族区のゴミ収集場。
そこに、このスライムが廃棄され、この旧下水道に流れ込んだ。」
『やけに具体的な仮説だね。』
「消去法でそれしかないんだよ。
水道局と直接協議していた私が言うんだから信憑性はあると思わないか?」
ドナルドの言によれば、そもそも旧下水道は完全封鎖されており密閉構造になっている。
そこにスライムの様な半ゲル状のモンスターが入り込むとすれば、富裕区か貴族区のゴミ収集場経由以外にあり得ないとのこと。
『で?
自ら立ててしまった仮説の穴を探していると?』
「富裕区や貴族区は顧客だらけなんだよ。
私がゴミ出しマナーをチェックしていたなんて知られたら本当にマズいんだよ。
わかるだろ?
そうでなければ良いと心の底から願っている。」
『…商売を広げるのも大変だね。』
「教えてくれ。
富裕区や貴族区のゴミ出しマナーは…」
『悪いに決まってるだろ。
貴族の使用人なんて、普段は屋敷で苛められてるから
外の業者で鬱憤を晴らすんだよ。
ゴミ収集所の指示に素直に従うように見える?』
「でも、使用人はみんな真面目な者ばかりだぞ?」
…じゃあ、そう感じてるのなら。
アンタはきっと恵まれてるんだよ。
『構造上、貴族区だな。』
「?」
『スライムの来た方向。
こっち、貴族区だろ?
明らかにあそこから流れてきている。』
「うーーーん。話がややこしくなるなあ。」
『どうするの?』
「そりゃあ、市民の安全を確保するさ。
不動産業に携わる者として当然だろ?」
ハイハイ。
闇に葬るのね。
で、手を汚すのは俺、と。
「私の仮説聞いてくれる?」
『どうぞー。』
「ワカメやヒッポーの召喚を行った者は自由都市に存在する。」
『だろうね。』
「で、このスライムはそれらに付着した状態で召喚されてきた。」
『じゃあ、これ異世界のスライム?』
「そう考える方が自然だと思わないか?
モンスター博士君。」
…確かに。
微妙に俺が知っているスライムとは習性が異なるんだよなぁ…
やや粘性も強めだし。
異世界の種、と言われても不自然には感じないな。
『ちょっと、ゆっくり観察させてくれ。
その間、背中を守っていてくれ。』
「私はいつでもオマエを守っているよ。」
そうか、それは安心だ。
後はアンタからどうやって身を護るか、だな。
『うーーん。
改めて見ると…
核の位置がおかしいな。』
「核?
私にはわからないが?」
『俺、スライムの模型を作る為にさあ。
何度も博物館や骨董屋に行ってスライムの標本を見ているんだ。
…だから、この世界のスライムには前後の概念があって
核は真ん中やや後方に位置するって事はわかる。
モデラーとしては常識ね。』
「ふむ。」
『ここからは戦士としてアンタに聞きたいんだが。
今日斬ったイエロースライム。
前後はあった?』
「いや、無いな。
無軌道に跳ねまわっていた。」
『うん。
だから核がど真ん中にある。
これ…
戦い慣れている冒険者に判定させた方がいいと思うけど。
核の位置が異なる。』
俺はナイフでイエロースライムの核を取り出してみる。
俗に言う、魔石というクズ石だ。
野蛮人達はこのクズ石を貨幣か何かの様に珍重しているらしいが。
『うーーーん。
断言は出来ないけど。
俺が持ってるスライム魔石コレクションとは質感が異なる。
いや、質感以前に。
普通は楕円なんだよ、スライムの魔石は。
これは真球に近い。』
「私も魔石何個か抉っておくよ。
信頼の出来る者に鑑定させる。」
『アンタでも誰かを信頼するんだな。』
「志の高い若者なら無条件で信頼するさ。」
…まあ、そうなるだろうな。
この男は志の高さ故に、政財界の老人達に非常に可愛がられている。
きっと理念のバトンの渡し先を探しているのだろう。
俺は御免だが。
「この下水道全域。
浄化するのにミスリル何枚必要だ?」
『面積的には一枚で十分だよ。』
「公共事業の清掃案件が欲しければいつでも言ってくれ。
弊社、来年には甲種入札資格が発給されるから。」
『親と気まずくなったらお願いさせてくれ。』
「了解。
期待してくれ。」
その後、オッサン2人で下水道を這いずり回って、スライム以外のモンスターが居ないかチェック。
「見逃すなよ!
不審物が落ちている可能性もある!」
…不審者ならここに2人も居るんですけどね。
俺は兎も角、アンタが見つかったら本当にヤバいだろう。
産団連功労賞の表彰式、来月の頭だろ?
俺の父さんもアンタの晴舞台を楽しみにしてるんだから、少しは自重しろよな。
『ああ、ここだね。
真上のあの溝。
あれって貴族区のゴミ処理場でしょ?』
「だろうな。
で、その真下がイエロースライムの巣窟になってしまった…
ということか…」
『これ、告発モノでしょう。』
「告発はやめてくれ。
屋敷のパンフレット刷ったばっかりだから。」
『ああ、来年王国に売り込みに行くやつ?』
「そう。
変な噂が流れたら、これまでの布石が全部パーになる。」
そりゃあ、不動産屋的には地価の下落だけは避けたいよな。
閑静な高級住宅地に実は未知のモンスターが紛れてました、なんて噂が立ったら。
大暴落不可避である。
『じゃあ、責任を取るしかないね。』
「ああ、責任を取るよ。」
ドナルド・キーンは剣を抜き、左手に水魔法を纏わせた。
『ねえドニー。
見た感じ、100匹居てもおかしくないよ?』
「一応聞いておくが、生物にオマエの【清掃】スキルは効果が無いのだな?」
『あっても無いよ。』
ドナルドは鼻で溜息をついてから、30分ほど見事なチャンバラごっこを演じてくれた。
約束通り、死骸は処分してやる。
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俺達が旧下水道から這い出た時。
辺りはすっかり暗くなっていた。
『あ、家に何も言ってないわ。』
「安心しろ。
オマエはキーン不動産の勉強会に清掃部門の講師として出席している事になっている。
その後、俺の屋敷で一泊する事になっている。」
『あっそ。』
とりあえず清掃スキルでドナルドの全身から汚れと臭いを消し去る。
「…ありがとう。
そうか、オマエのスキルはこんな応用も効くんだな。」
『流石に天下の社長さんを泥まみれで帰宅させるわけにはいかないからな。』
「…30年前、舞踏会のドレス。
あの時はてっきり誰かがスペアを持って来てくれたと思っていた。」
『…さあ、何のことやら。』
「妻に代わって礼を述べさせてくれ。
ありがとう。」
こんなことになるのなら、あのままカフェでココアを啜ってりゃ良かった。
今日は厄日。
…違うな。
望んでこうなったのだ。
俺も歳が歳だから、社会の為に何かしたいという欲までもが芽生えて来たのだろう。
もう目の前の男を笑えないかもな。
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あの男は戦闘力もさることながら、政治力が凄まじい。
結局、四方を駆け回ってゴミ処理場でのルール整備や分別設備の増設を成し遂げてしまった。
よく解らないが、俺も改善運動に加わっていた事になったらしく、民生局に呼び出されて表彰状を貰った。
下らない茶番ではあったが、家族やマーサが泣いて喜んでくれたので悪い気はしない。
「ちょと待ちなさいよ!」
『何か御用でしょうか、奥様。』
「あの人を不潔な場所に連れ回すのはやめて頂戴!
そんなの掃除屋の仕事でしょ!」
…やれやれ、君の脳内で俺はどんなキャラなんだよ。
「いい、あの人は産団連の理事会に入るかも知れないのよ!?
アナタなんかと遊んでる暇はないの!
あの人の足を引っ張ったら許さないんだから!」
…まあ、実はドナルドの理事会入りはもう確定してて、財界では有名な話なんだけどね。
来年の王国出張の成果次第では産団連の会長に将来就任してもおかしくはない。
『大変申し訳御座いませんでした奥様。
以後は旦那様に迷惑を掛けないように致します。』
俺が頭を深々と下げるとエルデフリダは「ウーウー」と唸ってから捨て台詞を吐いて去って行く。
てっきり君が更年期障害を患って発狂したのかと心配していたんだが…
安心したよ。
この30年、何の成長もしていないだけなんだね。
「アナタのことなんか何とも思ってないんだからね!」
背中越しに手を振ってから、いつものカフェに戻った。
クレアがロッドガールズのオタク女子達を集めてくれる約束の日だからね。
俺の名前はポール・ポールソン。
39歳バツ1。
そろそろ子供部屋を出ようかと思っている。
趣味は模型作り。
長年続けて来た事が功を奏しているのか、最近は趣味を通して身に着けた知識が少しだけ仕事の役に立っている。