【清掃日誌31】 養鶏場
現在の所持金200ウェン。
カフェ代は既にツケだ。
俺の名はポール·ポールソン。
39歳バツイチ子供部…
いや、違うな。
今は子供部屋にも帰れなくなっている。
俺の名はポール·ポールソン。
39歳バツイチオタカフェ難民おじさんだ!
…地味にヤバいな。
「派手にヤバいでゴザルよーー!!」
『よおジミー。
オマエ、ちょっと痩せた?』
「誰の所為だと思ってるでゴザルかー!」
コイツの名前はジミー・ブラウン。
言わずと知れたブラウン商会の跡取り息子である。
家系、資産、学歴、ルックス、公的地位と、交遊関係以外の全てが完璧な男だ。
「ご両親、お怒りでしたぞ?」
『母さんは何て言ってた?』
「ギャオーーン、と仰っておられました。」
…当分帰れないじゃねーか。
『まあ、ほとぼりが冷めたら帰るよ。
いつ冷めるんだろうか?』
「ポール殿が公職に就くか、ちゃんとした伴侶を連れて帰るかですな。」
あ、ヤバい。、
俺、一生実家の敷居を跨げないかも。
「デューク伯爵とフッガー社長には拙者からフォローを入れておいたでゴザル。
後日、正式に謝罪に行くでゴザルよ?」
『あ、はい。』
「所持金の話は本当でゴザルか?」
『あ、うん。
200ウェン、だははは。』
「だははは、じゃないでゴザルよ!
今、手持ちが500万程度しかなくて申し訳ないのでゴザルが
当面の生活費は拙者が用立てますから。
まずはちゃんとした住所を確保しましょう。
手持ちの賃貸用不動産も多少は空けれるのですが…
ポール殿程の御仁を住ませるのが商業区と言うのは…
あまりに外聞が…
先々を考えれば、中央区か富裕区に居を構えて頂きませんと。」
『ふっふっふー♪』
「な、何でゴザルか?
突然笑いだしたりして。」
『ジミー君も、まだまだ修行が足りんね〜。』
『は?
突然何を?
とうとう2段階目に気が触れたでゴザルか?』
『カネがないって事は…
モテるって事だぜ (ウインクパチ)♪』
「いやはや、ついに妄想と現実の区別が付かなくなってしまいましたか。
おいたわしや…」
『いいかジミーー。
親友の宜でモテモテ奥義を伝授してやろう。
貯金額とモテ度合は反比例する!』
「えー!?
いやいや、逆っ!
逆ぅー!!」
『いやー、本当にゴメン。
マジでゴメンなー。
オマエにはさ、模型とかシーシャより先にこういう大事な事を教えてやるべきだったな。』
「?
理解不能、拙者理解不能でゴザルよ。」
『安心しろ。
実演して見せるから。
オマエ、ヘンリエッタ嬢狙いだったか?』
「え?
いや、そうでゴザルが、中々相手にされず…
諦めてるでゴザル。」
『ったく、仕方ねーな。
オマエには昔から世話になってるし、一肌脱いでやりますか。』
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『おなかすいたー。』
「あら、残念。
鈍感魔法使いさんに作ってあげる食事はないわよ?」
最近、ようやく理解したが。
クレア・モローが入口に近い席に座っているのは悪い虫から仲間を守るためだ。
いやぁ、頭が下がるね。
カサカサカサ。
『俺もジミーも昨日から何も食ってないんだよ。
ほら、コイツ少しやつれてるだろ?
最近俺の尻拭いに忙しくてさぁ、ゆっくりメシ食えて無いんだよ。』
「駄目男。
サイテーね。」
『へへへ、サイテー男でーす♪』
「…ハァ。
世話の焼ける人。
すぐに出せるのってクッキーくらいしか無いよ?」
『いやぁ、恩に着るよ。』
「誰かソーニャを呼んで来て。
不発魔法使いさんが懲りずにやって来たってね。」
『ああ、ソーニャやヘンリエッタはいつも奥のフロアだったね。』
「…ハァ。
居たらヘンリエッタも呼んであげて。
あの子、夢中になるとロクに息抜きもしないから。」
アンタって本当にいい女だな。
今度、俺が書いてる冒険物語にヒロインとして登場させてやるよ。
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クレア嬢はソーニャを俺の隣、ヘンリエッタ嬢をジミーの隣に座らせるとキッチンに引っ込んだ。
包丁を小気味よくトントンする音が聞こえる。
『クレアはいつもあんなに面倒見がいいのか?』
「うん。
あの人が居なかったら、やって行けなかったかも。」
『そっか。
…ドランは結構来てるの?』
「毎日クレアを居酒屋に誘いに来るー。」
マジか?
あの爺さんアクティブ過ぎるだろ。
『あの2人、親子以上の年齢差あるだろ?
いいのか?』
「うふふー。
ポールもワタクシのお父様より年上だよ♪」
ソーニャ嬢がキュッと抱き着いて来る。
え?
いやいや、人目がある所で…
最近の子は大胆だな。
『た、確かに。
ソーニャのお父さんとも頑張って仲良くするよ。』
ゴメン、多分ムリ。
ぶっちゃけ俺、この子の父親のこと嫌いなんだよな。
別に何かされた訳じゃないんだけど。
人間的に合わないというか…
アイツ年下の癖に俺の劣等感を刺激しまくってくるから許せないんだよ。
(なんだよあのカイゼル髭、威圧感有りすぎだろ。)
…かなりの努力を要しそうだが、頑張ろう。
「うふふふー。
ポールはね?
ワタクシと仲良くしてくれたら、それでいいの♪
(ギュッ)」
『お、おう。』
…参ったな。
しばらくこのカフェから距離を置こう。
『年齢差と言えば…
ジミーとヘンリエッタじゃ
何歳差になるんだ?』
はい、ココ!
ココがアシストポイントですよ!
ジミー君!
ちゃんとパスを受け取って下さいよ!
「あ、あ。
拙者は今年30歳で…」
「ワタクシは22歳です。」
『おー。
20代同士じゃない。
あ、そう言えばさ?
ジミー、オマエ。
昨日評議会関係者の懇親会に出てただろ?
20代の出席者って他に誰が居た?』
「あ、いや。
20代は拙者だけで。
飛び抜けて最年少だったので、随分気を遣いました。」
まあね。
ここまでアシストしたらね。
どんな馬鹿でも場の人気者になれるよね。
俺の読み通り、女子達がジミーの周囲に集まり評議会の裏話を聞きたがった。
まあオタク女子とは言え、やっぱりステータスには弱いよな。
ジミーの奴はさぁ。
ソドムタウンの若手では間違いなく出世頭の部類に入るんだけど
全然アピールしないからな。
女子で政治に疎い子(大半がそうだけど)はジミーの凄さを知らないと思う。
実家のブラウン商会もBtoB企業だから、企業規模の割に一般の知名度低いからな。
そこで、俺が客観的視点から凄さをアピールよ。
ふっ。
計算通り、ジミーに対する女子の好感度がMAXに高まってるぜ。
いやあ、いい事すると気持ちいいですなぁ。
ま、女心なら俺に任せてよね。
今日から恋愛博士を名乗ってもいいかも知れないな。
「はい、ポンコツ魔法使いさん。
ミネストローネよ。
ソーニャが仕込んでくれたの。」
『へえ。
流石に女所帯は食事も手が込んだものを食べてるんだね。』
「馬鹿。」
『?』
何故かクレア嬢は眉間を抑えながらため息を吐く。
「はい、こっちはチョップドサラダ。
言っとくけど勿論卵は無いから。
昨日のは特例中の特例よ?」
『ん?
昨日の卵が特例?』
「…ハァ。
…これだから男の人って。」
『???』
「今、市場に卵が全然出回ってないの。
ドランと貴方は何も考えずにパクパク食べてたけど。」
『…卵くらいあるだろう?』
「な・い・の。
特に今週に入ってからはエンドユーザー向けが品薄高騰。
メーカー各社ですら確保に苦労してる。
イマドキ常識よ?」
『どうして卵が無いの?』
「あのねー。
ギークカフェに寝泊まりしてる癖に何を言ってるの?
ヘルマンさんから何も聞いてない訳?」
『そういや最近見てないな。』
ヘルマンと言うのは、ギークカフェの最重鎮だ。
還暦過ぎのドランの更に先輩だというから、かなりの歳だろう。
複数の養鶏場を経営しているので、クレアはその事を言ったに違いない。
「ヘルマンさんは誰かさんと違って真面目に働いてるの。
この情勢でカフェ遊びなんかする訳ないでしょ?」
『ほーん。
偉い爺さんだね。』
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俺は偉くないので、ギークカフェに帰ってマスターに華麗に土下座。
ツケを伸ばして貰う事を頼む。
今週中に1万ウェンを入金すれば勘弁して貰える事になったが。
…やっべえ。
何か割のいいバイトないかな。
『ねえ、マスター。
何か楽して儲かるバイト無いッスか?』
「エッセイを売込に行くとか?」
『2連続でボツ喰らっちゃって。
今、モチベーションが沸かないんですよ。』
「今は戦時ムード一色だからね。
愛国心を高揚させるような軍国ネタを書いたら即採用だよ?
まあ、ポールちゃんはそういうの苦手だろうけど。」
『いやあ、幾らなんでも
そこまでして生き延びようとは思えなくて。』
「相変わらず健全だねえ。
この不健全なご時世じゃさぞ生き辛いだろうに。」
『なんかいいバイトないッスか?』
「バイトならヘルマン社長がいつも募集してるじゃない。
一度くらい顔を出してあげたら?」
『いやいや。
養鶏なんてキツい業界の代表じゃないですか。
…あ、でもなんかあったみたいですね。』
「ポールちゃん。
卵不足のニュースを聞いてないの?」
『ははは。
世俗に疎いもので。』
「今週から突然値上がりしたのよ。
レストランのメニューとか見てない?」
『あはは
カネが無かったもんでww』
「ヘルマン社長には昔からお世話になってるんだから
たまには恩返ししてきなさい。」
『えー。
俺、家禽系の臭いが苦手っていうか。』
「ぼやぼや言ってると
この場でツケを取り立てるよ!」
『ひえっ!』
ヤバい。
この行き当たりばったりの生活楽しい。
ヤバいなぁ。
俺、多分一生落ち着けないわ。
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『あの、クレア・モロー嬢。
少しお話よろしいでしょうか?』
「あら、まだ居たの?」
『ちょっとお願いが…』
「おカネなら貸さないわよ。
ちゃんと働きなさい。」
『働きに行く為のカネを貸して欲しいんだ。』
「アナタ…
それ、駄目男の常套句よ?
ドランの影響?」
流石ドラン大先輩。
全ての恥を悉く先回りしてくれてるぜ。
『いや、ホントだよ。
さっきの話に戻るんだけど。
マスターからヘルマン爺さんを手伝えって言われてさ。
養鶏業界大変そうじゃない?
ちょっくら男気見せて来るよ。』
「女から借りたお金で男気?」
『あ、スミマセン。』
「…ハア。
ジミー君には借りないのね?」
『アイツの前じゃカッコいい俺で居たい。』
「この状況でよくそれを言えるよわよね?」
『それに、養鶏も下水程じゃないけど
ジミーもいい顔はしないだろうしな。』
「…職に貴賤はないと信じたいわね。」
人間のウンコの相手をする下水関連。
差別されている。
次いで、馬のウンコを相手にする馬丁。
そして鶏のウンコを相手にする養鶏業もあまり歓迎されない職業だ。
世のりっぱな大人達は、颯爽と馬車に乗り、豪勢な鶏料理に舌鼓を打ち、広大な邸宅でウンコをしながら、その後始末をさせている連中をゴミの様に蔑むのだ。
屎尿処理場の案件に絡んで顰蹙を買った俺が養鶏場への出入りを始めたら…
貴族連中に対して、喧嘩を売った、と解釈されかねないよな。
喧嘩か…
ふふっ、ちょっとだけ面白いかも。
母さんやポーラは確実に発狂しちゃうけどww
「幾ら欲しいの?」
『…5万』
「(ギロッ)。」
『2万で。』
「ほら、大切に使いなさい。」
『色を付けて返すよ。』
「あら、知らなかった?
利息は罪なのよ。」
『そうなの?』
「貸し手が強くなり過ぎるもの。」
『銀行家のご令嬢が言うのだから、そうなんだろうな。』
「だから、金融利息はもっと厳しく制限するべきというのが私の持論。
野放しにしてたら近いうちにも金貸しが世界を支配しちゃうわよ〜。」
まさか、と言いかけて口を閉じる。
極論だがクレア嬢の意見は正しい。
現に小国の我が国の機嫌を超大国である帝国が取りに来ているではないか。
「ミクロの話に戻るわね?
利息はいらない。
これ以上魔法使いさんがカッコ悪くなったらソーニャが可哀想だからね。
その代わりに心を入れ替えなさい。
ちゃんと見ててあげるから。
ほら、ヘルマンさんの所に行くんでしょ?
たまには汗水垂らしなさい。」
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いやあ、乗り合い馬車は快適だね。
ウトウトしてたらすぐに港湾区に着いたよ。
ヘルマン爺の居場所もすぐに解った。
ドラン乾燥工房のカートが停車している鶏舎に違いない。
『ちわ~す。』
俺が何気なく2人が居るだろう鶏舎に顔を突っ込むと、何やら深刻な雰囲気である。
慌てて緩んでいた顔を引き締める。
「幾ら急かされても無いものは無いっつってんだーろが!!!
ぶっ殺すぞ!!
ってポールソンじゃねぇか。
何?」
ヘルマン爺さん、相変わらずオラついてるな。
知り合いの俺でも怖いわ。
ドランさんは居ないっぽいか。
『マスターや皆が心配してたから
様子を見に来たんです。』
まあ、実際はバイトという名目でナチュラルに小遣いをせびりに来たのだが。
「世間で言われてる通りさ。
鶏病だ。
首長国辺りじゃ、インフルなんて呼ばれてるらしいがな。
一昨日に大部分の鶏を処分した。
廃業するところも出て来るな。」
『ああ、また鶏病ですか?
去年も流行りませんでした?』
「学術的な根拠はないが、鶏病の原因って渡り鳥だからな。
ほら、最近帝国方面からの渡り鳥が激増してるだろ?
アレの糞から悪い病気が伝染するんだよ。」
『ああ、富裕区でも酷かったですもの。』
「ジミーに聞いたよ。
キーン社長の分譲区画をオマエの会社が請け負ったんだって?
富裕区はそこらが強いよな…」
『あ、いえ。
請け負うという程に大袈裟な話でもなかったんですけど。
こっちでも清掃の需要あるんですか?』
「あるよ、ありまくり。
ってオマエには30年間以上訴え続けてるんだけどな。」
『スミマセン。』
「で?
家業嫌いのポールが何の用事?」
『あ、いや。
日頃お世話になってるヘルマンさんのお役に立てればと思って…。』
「何?
オマエ、そんなにカネが無い訳?
独り身なんだから貯金位はあるだろう?」
『あ、いやぁ。
実家に顔を出し辛いというか…』
「あんまし親に迷惑掛けるなよ?
ジャックの奴が頭を抱えてたぞ?
後、テオドラさんを泣かすなよ?」
『はいっ、はい!
それはもう!』
だから親と同世代の人間に絡むの嫌なんだよ。
ヘルマン爺なんか、俺が生まれる前から両親と親交あるからな。
どのな話題からでも「親孝行しろよ」に着地するんだから、堪らない。
「オマエ。
まだスキル使うのグズッてるの?」
『あ、いえ。
最近は必要な場面ではスキル使ってるんですけど。』
「アホ!
まずは親を手伝わんかい!!」
『す、すみません。』
…クッソ。
だからここに来るの嫌なんだよ。
何がどう転んでも絶対に説教になるんだから。
「で?
実家に帰れないから
小遣いせびりに来たんだな?」
『…はい。』
「今、オマエに任せれそうな仕事は…
まあ掃除だな。
それもスキルを使った。」
『あ、じゃあ。
それを担当します。』
「バカヤロウ!
まずは親父さんの仕事を手伝ってやらんかい!!!」
『ひえっ。』
「まあ、いいや。
今日は勘弁してやろう。
あのスキル使え。
ガキの頃より向上してるんだろ?」
『あ、はい!
飛躍的にスキルレベル上がってますよぉ。』
「そっか。
じゃあ、次は社会人レベルもあげような。
まずは公職。
そして身を固めることだ。」
『…ぐぬぬ。』
知り合いの会社でバイトしちゃ駄目だな。
何がどう転んでも説教になる。
辛いっす。
「鶏舎、見るか?」
『あ、はい。』
「入れ。
ここは廃棄済だから、その恰好で大丈夫だ。」
『あ、ども。
結構広いっすね。』
「養鶏業は年々大型化・集約化しているからな。
典型的な薄利多売業…
で、鶏病や飼料高騰があると一発で破綻だ。」
『やっぱりシビアな業界ですね。』
「でも必要不可欠な商売だからな。
苦しくても続けるしかないさ。」
そう。
養鶏業は社会に必要不可欠なのだ。
特に国土の狭い我が自由都市では、少ない面積で纏まった栄養源を産み出してくれる養鶏業は本来もっと大事にされなくてはならない。
「採卵鶏と肉用鶏の違いは覚えてるか?」
『あ、はい。
卵を採取する為の採卵鶏は肉質が良くないから…
廃鶏にした後の商品価値は低いって。』
「そうだ。
廃鶏を買い取ってくれない精肉業者は多い。
それでドランの様な乾燥工房に捨て値で卸している訳だ。」
『じゃあ、今ドランさんは忙しいんじゃ?』
「今回、鶏は全て焼却処分した。
乾燥屋には回さない。
法律で決まってることだからな。
アイツは…
そういう時の補助金チョロマカシの名人なんだが。
まあ最近は真面目だよ。
どこぞの銀行屋の娘にこっぴどく叱られたみたいでな。」
…クレア無双だな。
「まあいいや。
養鶏業界はそういう状況にある。
卵の流通ルートはしばらく地方州からの物に置き換わる。
来週辺りから店頭に並ぶのは、殆ど地方州の卵だな。
値段もかなり上がるぞ?
オマエなら物流コストの話はわかるよな?」
『あ、はい。
地方州からの仕入れとなると、実質的に首長国から輸入するくらいのコストは掛かりますから。』
「オマエ。
この辺りウロチョロしてるんだろ?
デモやってる奴らにもそこらの道理を言い含めておけ。」
…ヘルマン爺さんには全部お見通しか。
ってことは、当然父さんとも情報共有されてるな。
『じゃあ、鶏舎の消毒しましょうか?
この規模なら…
正直に言いますね。
銀貨5枚あれば新築の衛生状態に清められます。』
「…ふーん。
相変わらずのバケモンっぷりだな。
従業員想いのオマエが二の足を踏むのも理解出来るよ。
発注者にとってはありがたい限りだがな。
鶏舎一棟につき、2万ウェンを支払う。
支払いは銀貨で払った方が良さそうだな。
全部お願い出来るか?」
『全部?』
「港湾区で157棟。」
『おお…
それはまた。
無茶な数ッすね。』
「嘘つけ。
オマエの顔に《それくらいなら多分イケる》って書いてるぞ。」
『まあ。
イケるでしょう。』
「工業区にも44棟。
全て俺の所有ではないけどな。
でも、まあ2万で洗浄出来るならみんな飛びつくだろう。」
『鶏舎の消毒に定価はあるんですか?』
「プロだろ?
見積もってみろよ、放蕩息子。」
『…この広さなら。
俺なら1日作業員20名体制でシフトを組みます。
施工時間は早朝から夕方まで。
原価が70万ですね。
会社に利益を残す必要もあるので、150万で見積書を書くと思います。
なりふり構わず案件が欲しい場合は100万提示の90万下限の交渉をします。』
「ああ、そこらはちゃんとジャックの奴に仕込まれてるんだな。
概ね正解だ。
ちなみに、去年は1棟平均で115万ウェンで発注してる。」
…そんな相場にスキル使いが割り込むのは反則だよな。
俺が軽く流すだけでも、1日50棟は清掃出来てしまうだろう。
20名×50棟で…
ざっくり数えても1000人分の雇用だよな。
そりゃあ、父さんだって従業員を全員クビにしようとするよ。
問題は清掃業って…
典型的な労働集約型産業な点なんだよな。
ウチの社員もそうだが、潰しの利く技能・職歴を持ってる人材が殆どいない。
故に、清掃業界でのリストラは
…死に直結するのだ。
『ヘルマンさん…
ちょっと相談があるんすけど。』
「何?
雇用云々の話ならワシにするのは筋違いだぞ?
それこそトッド・キーンの息子が出世してるんだから、そっちに相談しろよ。」
『まあ、そうなんですけど。』
「もし職にあぶれた掃除屋が居たら養鶏業に誘っとけ。
人手は慢性的に足りねーんだ。
まあ、臭いから仕方ないけどな。」
『…。』
うーん、幾ら掃除夫だってさぁ。
みんな養鶏だけは行きたくないんだよな。
動物苦手な奴も多いし、そもそも我が国の養鶏業って闘鶏ビジネスの隠れ蓑だった時期が長いから…
ぶっちゃけ反社の巣窟なんだよな。
ヘルマン爺さんも、俺の父さんと昔馴染みな時点で既にアレだし。
「おいおい、仕事無いないって言うけどさー。
選びすぎてるからだぜ?
ワシやオマエの親父が若い頃はさあ。
冒険者ギルドに入ってモンスター駆除やったり
志願兵登録して連邦やら帝国とドンパチやってたんだよ。
それは前にも言ったよなぁ?」
『ええ、まあ。
おぼろげには父からも聞かされてますし。』
「オマエから失業者に教えてやれよ。
仕事なんて幾らでもあるから、まずは軍の案内センターと冒険者ギルドの両方に登録しろってな。」
『無茶仰る…』
そんな胆力のある奴は清掃屋なんかにならねーよ。
父さんにしてもヘルマンさんにしても、結局は強者の論理で生きてるからな。
弱者の気持ちなんてわかってくれないんだ。
「オラ。
まずは1棟目だ。
久しぶりに見せてみろ。
ワシも働き口考えてやるよ。」
『そうですね。
どのみち、誰かが清掃しなくちゃいけない
…セット。』
「ふふっ。
一瞬かよww
オマエ、ガキの頃より遥かにパワーアップしてるじゃねーかww
そりゃあジャックの奴も夢を見ちまうよなww」
『父さんが夢… ですか?』
「オマエと親子水入らずで怪しげな小商いをして…
笑って稼げる日を夢見ていた。
飲み会の度に聞かされたよ。
よし、次の鶏舎に行くぞ。」
『そんなの初耳です。』
「あーやだやだ。
世の父親が子供にどれだけ熱く語っても…
とうのガキ共は《初耳でーす》なんてしれっと言っちゃうんだからな。」
『…。』
「なあ、ポール。
子供と肩を並べて仕事をすることが嬉しくない親なんて居ないから。」
『子供からすれば…
親とはやりにくいですよ。』
「はははww
違いねえww
かく言うワシも親父がくたばるまでは
鶏舎なんてロクに近づきもしなかったからなww
親不孝のツケが上の娘の駆け落ちさ。
世の中上手く出来てやがるww」
『こっちの鶏舎も清めます。
銀貨、余ってないっすか?
多分銅貨でも行けますけど。』
「そこの箱の中の小銭。
全部やるから勝手に使え。」
『うぃっす。
セット!』
「ジャックの奴も馬鹿だよな。
息子を大学なんぞにやるから…
自分を後回しにするような大馬鹿になっちまった。
オマエくらいのモンだぞー?
雇用統計を頭に浮かべながらスキル使うのは。」
『そういうのって。
わかります?』
「オマエの顔に長期経済指標グラフが浮かんでるよ。」
『…俺、いつも困り眉だから。
グラフ下降しちゃってますね。』
「それがわかってるなら。
ちゃんと怒れ。
吊り眉になれば、国運隆盛だぞ。」
いつのまにか俺の眉がGDPグラフになってしまった。
『俺が… 怒る?』
「本当は色々腹を立ててるんだろ?
それをちゃんと言葉にして表に出せって言ってるんだ。」
『自分では表に出してるつもりなんですけど。
あ、この鶏舎も清めますんで、もう少し下がって下さい。
セット!』
「オマエの親父はもっとストレートに想いを口に出してたけどな。」
『そうなんですか?』
「《文句あるなら掛かって来い、オマエラ全員ぶっ殺してやる!》
それがジャックの口癖。」
…父さん、ストレートに想いを口に出し過ぎ。
『噂と違って…
家じゃ、そんな乱暴な口の利き方する人じゃないんで。
正直、喧嘩している父さんって想像つかないんです。』
「バカヤロウ!
オマエの教育に配慮してきたんだよ!
アイツがどれだけオマエのキャリアに気を遣ってると思ってんだ!」
結局、そこかよぉ。
説教終わらねーな。
『残りの鶏舎もやっときますよ。
もう要領わかったんで1人で出来ます。』
「駄目だ。
逃さん。
日頃は控えていたが、オマエには説諭すべき事が山ほどある。
言いたい事なら40年分溜まってるからな!
今日はテオドラさんの分も説教してやる!」
==========================
…みんな俺を褒めてくれ。
あの後、5時間!
スキルフル稼働しながら、ずーっと説教に耐えてたんだぞ?
いや!
親の知り合いにずっと説教されるって辛いぞ!
嘘だと思うなら今度説教されながらスキル使ってみろ。
マジックポイントの減り具合が全然違うから。
「ん?
どうした?
あと2棟だけだぞ?」
『あ、いや。
MPが切れてしまって。
正直、滅茶苦茶辛いっす。』
「んー? MP?
ワシが若い頃なんかMP切れてからが本番だったぞ?
徹夜で連邦のゴミ共と殺し合ってたっつーの。」
『いや、我々戦後世代なんで。』
「ほら、飲め。」
『あ、エーテル助かります。』
「馬鹿、酒に決まってるだろ?」
『いや、酒でMPは回復しないと医学的にも…』
「ゴチャゴチャ言わずに飲め!
これだから最近の若いモンは!」
…だからここに来るの嫌だったんだ。
ゴキュゴキュ。
ってクソ!
テキーラじゃねーか。
しかも滅茶苦茶アルコール度数高い。
殺す気か。
『ヘルマンさん!』
「アン?」
『俺! 絶対に家業なんか継いでやんねー!
あ、決めた! 今決意した!
俺、好きな女の子を集めてbarを開くから!
ポールソンハーレム計画!!』
「最近の酒は回るの早いな~。」
『あーーーーーーーー!!!!!
どいつもこいつも!!!
あああああああああ!!!!!!!!
セットセットセット!!!!
うっきゃああ!!!
【清掃】!!!』
「ほらなMP全快してんじゃん。
医者の戯言なんぞ真に受けてる暇があったら、古参兵の説教聞いとけっつーの。
ってポール?
ああ、倒れちまやがった。
はい、オマエ戦場で最初に死ぬ奴決定な。」
==========================
悪夢を見た。
何せキーン夫妻が登場したからな。
覚えてはいないが、その時点で悪夢確定である。
『…う、う。』
「おう、目が覚めたか。
生きてる?」
『死んでます。』
「そりゃあ大変だな。
鶏と一緒に埋葬してやるよ。」
『そいつはどーも。』
「結論から言う。
港湾区の鶏舎は全て清められた。
これで卵生産の回復は1ヶ月以上早まった。
また、高額な浄化費用が掛からなかったおかげで
価格転嫁は最小限で食い止められた。
どーせエンドユーザは感謝のかの字も見せてくれないだろうけどな。」
『そっすか。』
「ただ、オマエの危惧する通り
清掃業界は大口の案件を一つ失った。
オマエのスキルがなきゃ、アイツらは大型案件で糊口を凌げたのも事実だ。」
『そっすよね。』
「もう一個付け加えとくな。
オマエのおかげで2社の廃業が回避された。
ウチはそこそこデカいけど。
零細業者なんて鶏病一つで簡単に潰れるからな。
オマエのおかげだよ。
そこの従業員も路頭に迷わず済んだ。」
『…。』
「…オマエ、物事の悪い面を見すぎ。
そりゃあ何事にも負の側面はあるよ?
それを事前に察知する能力がありすぎる。
だからいつも及び腰になるんだろうな。
その癖無くせばモテるよ、オマエ。」
『マジっすか。』
「だってオマエの親父モテたもん。」
『それは初耳です!』
「オラついてる奴は大抵モテる。
ジャック・ポールソンは一番オラついてた。
だから一番モテた。
家でそういう話はしないのか?」
『あ、いや。
父とはちょっと。
あんまりそういう深い話はしないというか…』
「今度オマエから尋ねてやれ。
それも孝行だ。」
『はい、機会を見て話題振ってみます。』
「テオドラさんの居ない場所でな!
不孝はするなよ。」
『あ、はい。
流石にそれはわかります。』
「2億3550万ウェン。」
『?』
「いや、支払いだよ。」
『え?
何の?』
「消毒だよ。
さっき自分で見積もり出してたじゃねーか。」
『いや、アレは。
弊社として請ける場合の話ですよ!』
「オマエ、ポールソン清掃会社の役員じゃん?」
『いや、まあそうですけど。
そもそも俺への報酬2万って言ってたじゃないですか?』
「だから。
オマエの報酬は別で。
2万×157棟で314万ウェンもちゃんと払うって。」
『それは貰い過ぎというか…』
「いや、港湾区全体で浄化費用4億を見積もってたからな。
それも復旧まで45日で、だ。
まさかオマエがその日のうちに…
流石のワシも度肝を抜かれたわ。
正直、今も唖然としとるからさ。」
『そうっすか。』
「じゃあオマエ個人の支払いはこの場で渡しとくから
ほら、受け取れ。
あ、そこの受取証ちゃんと読んでからサインしとけよ。」
『あ、ども。
これでしばらくブラブラ出来ます。』
「まずはそのカネで孝行せんかい!!!」
『ひえっ』
「たまには御両親に旨いモンでも食わせてやれ。
まあ、オマエがちゃんと公職について、身を固めるのが何よりの孝行だがな。」
…また説教かよ。
辛いッす。
「じゃあ、2億チョイの方は本社の方に支払っとくわ。
それでいいな?」
『ええ、まあ。
養鶏に顔出してたって嫌がりそうですけど。』
屎尿処理場の件の直後だからな。
そりゃあ、色々な方面を刺激するだろうな。
「昔さぁ。
親父の代の頃な。
鶏病が流行って…
人手不足で途方に暮れてた時期があるんだよ。
その時は補助金制度も無かったから…
本当に詰んでたな。」
『…。』
「その時突然オマエの親父がさあ。
子分を連れて来てズカズカ入って来るわけよ。」
『?』
「手伝ってやるから親父に家業続けさせろって言ってな。
ジャックと仲良くなったのはその辺りだな。
まあ、結局ワシは家業手伝わずに
アイツと2人で闘鶏賭場を開いて小遣い稼いだんだけどなww」
『そんなことあったんすね。』
「我が子だからこそ言えないことってあるよな。」
『…。』
「オマエの大学費用もさ。
そうやって貯めたんだぜ?
そりゃあそうだよなあ。
ソドム大学なんて常識で考えて掃除屋の息子が入れる訳ないもんなぁ。
あの頃、周りに色々言われたか?」
『…ええ、まあ。
やっぱり俺の存在を目障りに思う人は多かったです。
特に貴族連中は露骨に態度に出してましたね。』
「親父さんはその1000倍言われて来た。
気の短い男にしてはよく耐え続けていると思うよ。」
『…。』
「これからは胸を張ってスキル使っていいぞ。
御両親がオマエに贈ってくれた贈り物だ。
副作用ばっかり見て勝手に悲観するな。
せめてオマエだけは誇りを持て。」
『はい。』
「オマエなら。
いつか誰もが納得出来る使い方を見つける筈だ。
その時まで絶対に鈍らせるな。」
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『その後、どうしたかって?
どうもしねーよ。
更に説教が続きそうだったから涙目で逃走したよ。』
「あら。
たまにはいい薬になったじゃない。」
『もうさー。
親の話は禁止カードにしようよ。』
「ふふっ
そこは賛成してあげてもいいかな。」
俺がロットガールズに帰った頃にはすっかり日が落ちていて、リーダーのクレアですら戸締りをして帰宅するところであった。
「卵。
こんなにいっぱい貰っていいの?」
『それは確保してあった方の鶏だから鮮度も悪くない。
ただVIP用の特別鶏舎の分だから、オフレコな。』
「ふふっ
甲斐性見せてくれるじゃない。」
結局、クレアは2万ウェン以上を頑として受け取ってくれなかった。
契約の神聖性がどーたらこーたら、だそうだ。
この子絶対銀行家向けだよなぁ。
「ねえ。
明日、ソーニャの卵料理…
食べに来てくれる?」
『…そうだな。
工業区でもう一仕事する約束をしてしまったからね。
栄養、付けさせて貰うか。』
クレア・モローは柔らかく微笑むと馬車の中に身を翻した。
俺も帰宅することにする。
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「ちょっとポールちゃん!
帰宅って、まだカフェに寝泊まりするの!?」
『あ、マスター。
ツケ、スンマセンでした。
またハンモック席キープさせて下さい。
今度は月間割引で。』
「そんな生活してたらアンタ、ロクな大人にならないよ!!」
…マスターも甘いな。
もうすっかりロクでも無いオッサンだっつーの。
俺の名はポール·ポールソン。
39歳バツイチオタカフェ難民おじさんだ。
さっき見せたチートスキルは内緒にしておいてくれよな。
家業を継ぎたくないからね。




