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28/68

【清掃日誌28】 レストラン

挿絵(By みてみん)



工業区にある大衆用巨大レストラン「ジャンクマン」。

すっかり地区の中心になった。

やはり音楽祭の裏方スタッフが常駐するようになったことが大きい。

そのおかげで名の知れた演奏家やシンガーが定期的に講演を行う筋道が立った。


これまでジャンクマンの知名度は工業区限定だったが、信じ難いことに今では貴族区や富裕区からも少なくない来客がある。

これに伴い、VIPフロアやボックス席、高級メニューを導入した事で収益性も飛躍的に向上した。


当初こそ、俺とジミーが日当を出していたが、現在では店が喜んで裏方スタッフに報酬を出している。



「大盛況でゴザルな。」



『オーナーも馬車を新調したらしいしな。

飲食業としては大儲けの部類だろう。』



「あ!

見て下され。

あそこのボックス席。

食事をしているのは商業区の区長一家ですぞ。」



『もうこのジャンクマンはソドムタウンの中心になりつつあるな。』



『ポール殿はここまで計算していたでゴザルか?』



「まさか。

買い被り過ぎだよ。」



『こんなオープンテラスじゃなくて

中のボックス席で食べればいいのに。

ここのオーナーからフリーパス貰ってから一度も使ってないのでゴザロウ?』



「パスが無ければボックス席で食べたかったんだけどな。」



『攻略の難しい御仁でゴザルなww』



「付き合わせてゴメンw」



『拙者は好きでくっついてるだけでゴザル。

これはこれで楽しめてるでゴザルよ。』



元々、拡大志向の強かったジャンクマンは音楽スタッフの参入で当ててから、更に店舗を広げている。

両隣の廃屋を買収し、左に楽屋棟、この右側には120席のオープンテラス席を設置した。

加えてハンモック席(2時間1000ウェン)も20席新設された。


入場料1000ウェンが払えない貧乏人は、この吹き晒しのオープンテラスで塩だけ振った400ウェンのブルスを啜るのだ。

1杯500ウェンのコーヒーだけを注文し、追い出されるまで音楽論を熱く語り合う若者グループも居る。



『俺さぁ。

新しい何かが生まれるのって…

こういう空間からだと思うんだ。』



「産団連への当てつけでゴザルか?」



『そこまで含む所はないよ。

ただ、資金に物を言わせて有名スタッフ・自称凄腕CEOを雇った所で新しい文化は生まれない。』



『含み過ぎぃw』



実際。

音楽と言う枠を越えて若者文化の発信地になりつつあるんだよな。


軽く見渡しただけでも、編集者と文筆家の打ち合わせらしき光景や、奇抜なファッションを披露し合ってる女子グループも居る。

10年20年後のメインストリームに居る文化人は、きっとジャンクマンで過ごした青春を熱く語ることだろう。



「それにしても、外でのデモが嘘の様でゴザルな。」



『デモ隊の連中も来てるけど、流石に食ってる最中はおとなしいからな。』



先日のゴールドマン発言に端を発した最低賃金維持デモ。

ここ工業区から始まった運動は、その日のうちに商業区や港湾区にも波及した。



「ポール殿が事態の鎮静化に自分から手を挙げたと言う事は…」



『うん。

上手い形でソフトランディング出来ればいいなって。

勿論、賃金がこれ以上下がらない形でね。』



「それ、明らかに産団連への背信行為でゴザルよ?」



『俺、別に会員じゃないしな。

呼び付けられたから顔を出してやっただけだし。

それに、アイツら話し合いもなしに

いきなり治安部隊を投入する事しか考えてなかったからな。

あのまま見過ごす訳には行かなかったんだ。』



「確かに、あの場の雰囲気には拙者も驚いたでゴザル。

産団連も…

昔は商店街の寄り合いに毛が生えた牧歌的な組織だったそうですがな。」



飛躍的に向上した我が国の経済力は、各事業者を肥大化させた。

(今でこそ産団連などと大物ぶってる組織も、元々は単なる商店主組合に過ぎないのだ。〉

これにより経営層と労働者の距離は懸絶し、昔の様に現場で膝を突き合わせて労使が妥協点を擦り合わせる習慣は消滅した。

それが昨今の労働者の地位低下の原因である。


また、世界一の経済大国となった事で国外からの投資資金が大量に流れている事の影響も大きい。

国外株主にとって自由都市民の労働環境など知った事ではない。

「そんな事より1ウェンでも多くの配当を出せ!」

それが資本の意志である。


なあ、ドナルド・キーンよ。

アンタは資本主義の力で世の封建国家を倒せば人類に幸福が訪れると熱弁するが…

専制君主なんかより市井の株主連中の方がよっぽど残忍で強欲だと思うぞ。



「閉まっている店も多いみたいですし。

ここで腹を膨らませて行くでゴザルか?」



『だな。

まさか、こんなに店が閉まるなんて思ってもいなかったよ。

じゃ、揚げ物の盛り合わせ(1500ウェン)でも摘まむか?

あ、アンチョビオリーブ(1700ウェン)あるじゃん。』



「ですな。

バーニャカウダ(1900ウェン)も追加で。

流石に酒は控えるべきでゴザルな。」



『じゃあトニックウォーター(500ウェン×2)にしておこう。』



「トニックウォーターいいでゴザルな。

目星を付けていたカフェが2店とも閉まってましたからな。

水分補給しておきたかったでゴザル。」



最近の風潮として、労働者のワンオペ勤務と安易な首切りがかなり常態化している。

だから、こういう突発的なイベントが発生した場合。

労働者が欠勤や退職をしてテナントが開けられなくなるのだ。

この付近は工業区でもメインストリート沿いなのだが、臨時休業の張り紙をシャッターに貼っている店が異常に多かった。


なーんか最近のソドムタウンって終末感あるよな。

産団連のオッサン共に言ったらムキになって怒るだろうけどさ。



==========================



さっきから付近のテーブルに話し掛けている少女が居る。



  「ねえ、お兄さん。 仕事あるけどお願い出来ない?」


  「あ、お姉さん接客業って経験ある?」


  「5時間だけでいいんだ。 

  アンタの取り分は6000ウェンだ。」



仕事の斡旋でもしているのだろうか。

どうやら、この店の許可を取っているらしく、ウェイトレスも特に注意する様子はない。


きっと有名人なのだろう。

案件を断ってる者たちに迷惑している気配はないし、それどころか女に話し掛けに行く者も多い。



「やあ、お兄さん達こんにちは。

この辺じゃ見かけない顔だね。」



『初めましてお嬢さん。

何かの御商売をされておられるのですか?』



「ああ。

ボクは店番屋だよ。」



『店番…  屋?』



「元々は仕事を転々としててさ。

フリーターって奴?

施設を追い出されてから仕事が続いた試しがないんだ。


で、先月までショップの店番をしていたんだけどね。

オーナーと喧嘩してクビになっちゃってさ。


元々、働くのが嫌いだったこともあって…

楽な仕事を探して色々な店に飛び込みで自分を売り込んでいるうちに…

人材を紹介する小商いが出来上がったって訳さ。」



『な、なるほど。

凄いね。

尊敬するよ。』



「昔から男の人には嫌がられる事多いけどね。

女の癖に生意気だって…

だからと言って別に同性に好かれてる訳でもないけど。」



そういって店番屋は悪びれずに笑った。

やや唇の端が歪んでいるのは、他人と笑顔を交わす習慣が少なかった所為だろう。



「あー、これは…

ポール殿の《面白えー女ポイント》を稼ぐタイプの御婦人ですな。」



反論はしない。



「食事の邪魔してゴメンね。

それじゃあ。」



『俺達には店番誘わないの?』



「?

だってお兄さん達、金持ちでしょ?

身なりからしてどこかのボンボンじゃない?

8000ウェンとか1万ウェンとかじゃ労働する気はないと思うんだけど。」



『まあ、親からは甘やかされてる方だと思うけど。

…わかる?』



「あはははは!

高い皿ばっかり注文してる癖に何を言ってるんだかw

顔に《僕はボンボンです》って書いてるよ。

言われた事無い?」



『半年に一回くらいの頻度で指摘される。』



「ふふふ。

世間様は、ちゃーんと見てますなぁ。」



『…やっぱりボンボンには仕事回さない?』



「だって、根性ないもん。

途中で逃げられたら、ボクが謝って回らなければならないし。」



『まあ、キツイ仕事は多そうだよね。』



「やっぱり男の人は力仕事系多いよ?

やってみる?」



『俺でも務まるだろうか?』



「工事現場8時間5000ウェン。」



『安ッ!?』



「ちなみに現場監督のオッチャンが凄く怖い。

容赦無く殴って来るタイプ。」



『その仕事はパスで。』



「缶詰工場、8時間で7000ウェン。

軍需だから、最低1カ月はレギュラーで入って欲しい。」



『そんな根性があったら、今頃ちゃんとした大人になっていた筈なんだ。』



「あははは。

ウエイターもあるよ。

3時間で2000ウェン。」



『微妙に安いな。』



「所詮は穴埋め要員だからね。

ただ、先方に気に入られてそのまま正規雇用に繋がるケースは少なくない。

あ、勿論ボクも報酬貰ってやってるビジネスだから。

一件決まる毎に社長さん側から500ウェン貰ってる。

そこは納得してよね?」



『結構、良心的な値段だね。』



「これ以上値段上げたら、多分マネする子が増えちゃうと思う。

そうなったら、ボクはまた食いっぱぐれさ。」



…上手いな。

安値で設定する事で参入障壁を作ってしまった。

小商いの理想形だ。

意図して邪魔する者が現れでもしない限り、当面は安泰だろう。



『これ、話を聞かせて貰ったチップ。

迷惑でなければ。』



「お!

6件成約分じゃんw

素直に貰っとくよ。」



『いや、実際それ以上の価値のある話だったよ。』



「じゃあ、ボクはこれで。」



『勤勉なんだね。』



「厩の掃除をしてくれる人を今日中に見つける約束をしちまってね。

ほら、馬糞って臭いがつくでしょ?

この仕事、みんなに断られちゃって…

結構焦ってるんだよ。」



ジミーが物凄いジト目でこちらを見ている。

直訳すると《ここに居る意味を忘れるなよ?》ということだ。



『お嬢さん。

提案があります!』



==========================



「…。」



『なあ機嫌直せよ。

悪かったって。』



「いや、拙者も怒ってる訳ではないのでゴザルが。」



『オマエがそういう時って大抵、滅茶苦茶怒ってるだろ。


反省しております。

大変申し訳御座いませんでした。』



ジミーは溜息を吐きながら、俺の作業を見物している。

付き合いいいよな、コイツ。



『厩舎番の爺さん…

もう行ったか?』



「周辺警戒OK。

目撃者なしでゴザル。」



『セット!  

清掃クリーンアップ】!


よし即座に完了!

5000ウェンゲット!』



「触媒は幾ら使ったでゴザルか?」



『奮発して3000ウェン使っちゃった。

あっはっは!』



「2000ウェン獲得おめでとうゴザル。」



『2000ウェンは大金だよー?

稼げて俺は嬉しいけどね。』



「レストランからここに来るまでの乗り合い馬車が500ウェン。

帰りも乗るなら往復1000ウェン。


ああ、そう言えば拙者の馬車代も出してくれる約束でゴザッタな。」



『はっはっは!

見事に徒労だ!』



「ポール殿を見ていると己の凡庸加減を思い知らされるでゴザル。


それで?」



『ん?』



「この厩舎掃除。

何か意図があったのでゴザロウ?」



『意図も何も。

デモは収まるよ。』



「…何を企んでるでゴザルか?」



『店番屋の宣伝をする。

それもデモ参加者に対して。』



デモの目的は労働条件の改善だ。

無論、彼らだってプラカードを掲げて給料が上がると思う程に能天気ではない。

なので、直接的に可処分所得が増えそうなアイデアを目の当たりにすれば、デモのエネルギーがそちらに向かうのだ。



「デモの参加者が何人いると思ってるでゴザルか?

治安局発表でも500名でゴザルよ?

と、言う事は。

アクティブなデモ参加者は5000名を越えてる筈でゴザル。

それを口コミって…」



『難しく考える必要は無いよ。

難しいと感じた時は、得意そうな者の知恵を借りればいいだけさ。』




==========================




「まずは仕事お疲れ様。

随分早いけど、手紙を見る限り

厩舎番のオッチャンはかなり喜んでるから

ボクとしても荷が下りたかな?」



『お嬢さん提案があります!』



「却下。」



『まだ何も言ってないのに。』



「どうせ…

《投資してやるから、ビジネスを広げろ。》

とでも言いたいんでしょ?」



『実は最初はそういう提案も考えていたのだけど。

お嬢さんは性格的に人とつるむの嫌がってそうだし。』



「単に嫌われ者なんだよ。

言わせるなよ、恥ずかしい(笑)」



必死に自嘲しようとしているが、歪んだ片頬がそれを阻んでいる。

せめて、いつか自嘲くらいは自然に出来る日が来ればいいな。



『ねえ。

…客を紹介する分には問題ない?』



「紹介されるのも、正直鬱陶しいんだけどね。」



『俺の友達に仕事探してる奴多いんだよ。

港湾区の連中なんか、いっつも割のいい仕事を探してるんだぜ?』



「…ふーん。

お兄さんなら、…まあ、いいかな。

本当は1人でコッソリやりたいんだけど。

妥協してあげる。

ねえ、手帳か何か持ってない?

規模も大きくなって来たし、これからは情報をちゃんと整理していくわ。

まともな教育を受けてない奴って駄目よねー。

お兄さんもそう思うでしょ?」



オーナーに聞いたらボックス席に備え付けのメモノートがあるらしいので、許可を貰って店番屋にパスごと譲渡する。


条件としては、あくまでパスの名義はポールソンのままにすること。

その縁者という資格でなら自由な使用を許可する、とのこと。

(まあ、要するに保証人になれと言う事だ。)


オフィス的に使用している者も既に何人か居るらしい。

どうやら店番屋は、既に入居している出版社や音楽プロモーターなどと同列のビジネスとしてオーナーに評価されているらしかった。



「お兄さん、何を企んでる訳?」



『俺は何も企んでないんだけど、いつも話が勝手に大きくなってしまうんだ。』



「居るよねー、そういう奴。

ボクもそういう所あるから厳しいコメントは控えるけど♪」



そんな会話を交わしてから、港湾区に向かった。



==========================




「港湾区に入り浸っている事はキーン殿から聞いていたでゴザルが。

この辺で一緒に仕事でもしたのでゴザルか?」



『アイツに殺されかけただけだよ。』



ジミーは何も答えず港湾区の景色に目を移した。

年下のオマエにいつも気を遣わせてゴメンな。



『今から友達の家に行くんだ。

ほら、何度か話しただろ?

解体職人のニック。


ジミーも来る?』



「友達の友達って一番嫌がられるパターンでゴザルがな。

まあ、迷惑でなければ。」



スラムの奥は馬車が入れないので、2人で歩いて行く。

何人か見知った顔が居たので軽いハグで挨拶していく。

ニックの同僚であるオークのバルガ副職長とも会えたので、彼の終わり時間も教えて貰えた。



「顔がお広い事で。」



『オマエとはあんまり来たこと無かったか?』



「流石にスラムの奥までは…」



『ヴァリントン卿とかエルデフリダとは来たことがあるんだけどな。』



「ちょ!!!」



『あ、ゴメン。

まずいよな。』



「…その話は後ほどゆっくりと。」



『ジミー君、顔怖いよ?』



「…。」



ニックは残業が長引いているらしいので、その姉のナナリーさんに挨拶。

手土産は遠慮されるが、どうせこの人は何をしても遠慮するので、机の上に勝手に置く。

待たせて貰っている間、勝手ついでに窓に吊るしてある屑野菜を【清掃クリーンアップ】。

こういう生産的な目的なら、幾らスキルを使っても構わないのだけれどね。



「…。」



ジミーはナナリーさんに挨拶だけすると後は黙っていた。

俺がナナリーさんの子供をあやしている姿を表情の無い目で眺めている。


30分程してニックが戻って来たので、男3人で裏路地をプラプラ歩きながら事情説明。

途中、ゴブリンの御婦人と鉢合わせて再会を喜ぶ。

どうやら、昨日になってようやく起債申請書が受理されたらしい。

すぐに承認されるとも思えないが、大きな一歩ではあるだろう。

魔界国債を買う物好きが居るとは思えないが…

いや、あの無価値性に価値を見出せないようじゃ、自由都市もそれまでだろう。



「なあ、兄貴。

アンタ、何を企んでるんだ?」



『え?

いや、魔族の連中がカネに困ってるみたいだから。

これ以上の騒動は困るってニックも言ってただろう?』



「…。

国債の件は、こちらにおられるブラウンさんと一緒に?」



「失礼。

私はこの街を本格的に歩いたのは初めてですし…

その件も初耳です。

いつもながらポールソン氏の言動には驚かされます。

まさか魔族の方との交流を持っているとは思いもよらず…」



ニックとジミーは俺を差し置いて馬車の後部座席でヒソヒソとやり始めた。

鋭い目線を俺に据えたまま密談が延々と続く。

…これ後で両方から怒られるパターンだな。

年下の奴に怒られると結構ダメージあるから、勘弁して欲しいんだよな。



==========================



『じゃーん!

俺の親友のニック君でーす。』



2人の機嫌を取る意味も込めてさっきから明るく振舞っているのだが、申し合わせたようにクスリとも笑いやがらない。



「親友と言う割には雰囲気険悪じゃない?」



『ははは。

さっきまで凄く怒られてました。』



「怒ってくれるうちが花だよ。

程々にね。」



『…はい。』



まあね。

40前になるとね。

叱ってくれる人も減るよね。

何故か俺は減らないんだけどさ。



『では気を取り直して!

じゃーん、俺の親友のニック君でーす!』



  「…初めましてニック・ストラウドと申します。

  住所は港湾区。

  職業は解体工です。」



  「初めまして。

  ノーラ・ウェインです。

  最近、工業区に引っ越して参りました。

  先月からこの店番屋という小商いを始めました。」



どうやら真面目に振舞わなくてはならない場面だったらしく、ジミー・ニック・店番屋の3人は俺を横目で眺めながら何やらヒソヒソと話し合っていた。

遠目に見守るのに飽きた俺がピクルスの盛り合わせをイジイジしていると不意に声を掛けられる。



「兄貴、話は付いた。

デモに参加している奴らを店番屋に誘う。

結果として鎮静化には寄与すると思う。」



『デモ?

ああ、デモね。

早めに鎮静化すればいいよね。』



そう言えば。

一応、デモの鎮静化を頼まれてるんだったか。

どうも最近、物忘れが激しくていけないな。



「自分で言うような事じゃあないんだが。

俺は、こういうイベントに参加しているような連中には顔が効く方だと思う。

話くらいなら普通に通せるよ。」



そりゃあ、顔は効くだろうな。

落書き事件の時もそうだったが…

ニックは労働運動(闘争と呼んでも差し支えない)に、かなり深く関わっている様子だからな。

少なくとも首謀者の逃亡を幇助する位には各種の騒動にコミットしているのだ。



「ノーラさん…

まず、貴女の御商売の邪魔をしてしまうこと、謝罪します。

それで…

もしも治安局に取り調べされるような展開になれば。

…その時は俺が首謀者という事にして下さい。

ノーラさんも俺に強要された事にして欲しいんです。

俺、どうせ前科者ですし。」



ニックが思い詰めたような表情でポツポツと呟いた。

店番屋は冷ややかな目でそれを眺めながら「好きにすれば?」とだけ答えた。



「ねえ、お兄さん達。

店番屋が広がればデモは終わるのかな?」



『少なくとも参加者は減ります。

いや、多分鎮静化します。』



「店番屋のやり方が広まったら

ボク個人はこの商売が成り立たなくなると思うんだ。


でね?

お兄さん達にクイズなんだけど。

何日でボクは成り立たなくなると思う?」



『…1週間。』



「ブラウンさんだったかな?

貴方は?」



「5日前後かと。」



「ニック君。

君はどう思う?」



「明日には港湾区で模倣する奴が出現して…

明後日にはそいつらがこの工業区にも営業に来ます。

それを見た工業区の連中も港湾区の派手なやり方を真似するでしょう。」



「…お兄さん達さあ。

それが分かってて、どうしていたいけな少女のささやかなシノギを邪魔するかなあ?」



俺達3人はチップを払おうとするが、最後まで受け取って貰えなかった。

まあ、カネで済む問題じゃないよな。




==========================




残念ながら。

クイズ大会の優勝者はニックだった。


あまりに展開が早かったので、当事者の俺ですら未だに経緯が把握出来ていない。

ニックがデモの黒幕連中に店番屋の手法を伝授したまさしくその日。

港湾区の4カ所で店番屋の看板が上がった。

(余談ながら港湾区には4系統のヤクザ組織が存在する。)


港湾区のヤクザが大体的に「店番屋」の看板を掲げ営業を開始したカウンターとして、工業区のヤクザと各地の運動ゴロ達が対抗して「労働者組合」なる同業を開始した。

幸い皆が大同団結の大切さを理解していた時期なので、縄張り争いでの死者は10人にすら満たなかった。

ニック・ストラウドの意訳によって生まれた、「店番屋」の()()()()()は全ての労働者によって共有されたと言っても過言ではない。



『お嬢さん、申し訳ありません。

まさか、発起人の貴女がここまで露骨に蔑ろにされるとは思っておりませんでした。』



「もうヤクザのシノギになっちゃったからね。

ボクの出る幕はないかな。」



『損害分を弁償をさせて貰う事は出来ませんか?』



「ねえ。」



『はい?』



「ボク、蜂蜜酒ってのを一度飲んでみたかったんだ。

坊主なんかに孤児院を運営させちゃ駄目だね。

日々が苦行になってしまう。

アイツら自身は禁欲してない癖にさ…」



『他に食べてみたいものはありますか?』



「メニューに載ってるもの

順番に全部頼んでよ。」



『お安い御用です。』



「下らない夢だろ?

今、叶ったよ。」



『…。』



「なあ、お兄さん。

アンタ、夢はあるかい?」



『…夢?』



「遠い望みなんて

誰にだってあるだろう?」



『…母に楽をさせてやりたいかな。』



「させてやればいいだろう。」



『母に反対されていて。』



俺の表情を見て、おぼろげに事情を察したのか少女は口を閉じた。

歪んだ笑顔が消えた。



「へえ。

これがムール貝って奴か…」



『口に合う?』



「…美味しいんじゃないかな。

ボクの皮肉な性格が感動を邪魔しているだけで。」



『お嬢さん。

他に夢や望みはないのかな?』



「?」



『今回、我々が貴女のビジネスを奪ってしまった。

おかげでデモは鎮静化したし、少しだけど皆の給料も上がりつつある。

でも。

貴女だけが割を食ってしまったから。

何としても埋め合わせをしたいんだ。

レストランのメニュー以外に望みは何かないだろうか?』



「貝類って結構指が汚れるんだね。

知らなかったよ。

何事も経験してみるもんだ。

お兄さん。

そこのピクルス食べさせてくれない?」



『え?

コレ?

あ、どうぞ。

そのまま口に入れるよ?

失礼。』



「…ふふっ。」



『あ、それで。

貴女の夢を叶える話なんだけど!』



「悪いね。

もう一つの方も今叶っちまった。」



『?』



「縁があったらまた逢おう!」



俺に返事をさせる間もなく少女は颯爽と去った。

くれてやるつもりだったパスは律儀にもテーブルの隅に丁寧に畳んで置かれていた。


俺はジャンクマンのオープンテラスに座って、いつまでも街を眺めていた。

通り一面にあれだけ満ち溢れていたデモ隊は、今や影すらも見つからなかった。

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