【清掃日誌20】 愚息
家業を手伝ってあぶく銭が手に入ったので、高級ホテルのラウンジでアフタヌーンティーを楽しむ。
周囲は家族連れや恋人同士ばかりなので、男1人の俺は相当浮いている。
というか、かなりチラ見されている。
本当はマーサを連れて来たかったのだか、母さんからかなり感情的に反対されたので諦めた。
ロングソファに寝転がって溜まっていた原稿を消化する。
俺のペンネームは《子供部屋おじさん》。
ファンからは《こどおじ》の愛称で親しまれている。
こう見えても世界エッセイスト番付でベスト50に選出された事もあるんだぜ。
言うまでもなくエッセイは文筆業の華だ。
この業界で頭角を現す事が出来れば、肩身の狭い思いもせずに済むと思ったのだが…
やはりどんな世界にも壁はあるもので、如何なる題材を選んでも上位陣には勝てない。
特に3年連続でベストエッセイストの座に輝いた《部屋住みパパ》が俺の完全上位互換であり、コイツが文壇に現れてから俺のランキングは完全に頭打ちしてしまった。
うーん、流石に首長国の王族が相手では太刀打ち出来んなあ。
まあ、俺には一生縁の無い相手だろうけどさ。
『あーあ。
何をやっても一人前になれないもんだねえ。
そりゃあ父さんも頭を抱えるよな。』
自嘲気味に書きかけの原稿を放り出す。
誰だよエッセイストになればモテるとか言った奴は。
全然じゃねーか。
結局、1本書き上げるのに5時間くらい掛かった。
題名は《引きこもりは本当に親不孝なのか?》とした。
頼むー、バズってくれ~。
ふと窓の外に目をやると、もう日も傾きかけている。
つくづく己の駄目さ加減に自己嫌悪したのでスコーンを持って来て貰う。
猛省猛省、生クリームをたっぷり掛けて己の怠惰を心から猛省し、ストロベリージャムをべっちょり垂らして、美ん味ぁ~い♪
「おや、ポールちゃんじゃなーい♪」
俺が舌鼓を打っていると背後から声を掛けられる。
『おお、編集長!
奇遇ですね!』
この編集長なる男も俺と同じく中央区のボンボンニートで、一族から絶縁される時の手切れ金で購入した古書店を営んでいる。
近所のニートに小銭で長文やら卑猥なイラストを書かせて総合娯楽雑誌《週刊ボンボン》を自費出版し、何とか食いつなぐことに成功したという俺達ダメ人間界のスーパースターである。
「今ねー、帝国の大政商コズイレフ氏がソドムタウンに長逗留しているのよ。
どうも緩やかな亡命っぽいんだけど。」
『ああ、先代皇帝の頃はかなり羽振りが良かったみたいですね。』
「コズイレフ家は伝統的に王国融和派だから。
王国と戦争している今は国内に居場所が無いみたいよ。」
『へー。
大変ですね。』
「で、その次男さんにインタビューしてきたのよ。」
『お!
戦争情勢ですかー?』
「いや、帝国ニート事情。」
『え?
帝国にもニートとか居るんですか!?
仮にも戦時下でしょ!?』
「へっへっへー。
ポールちゃんのその反応。
やっぱり気になる?」
『そりゃあ、気になりますよ。
意外な切り口って言うか。』
「編集者冥利に尽きるねー。
来月号は国際ニート特集を組むから。
あっ、これはオフレコね。
他誌に企画パクられたくないし。」
『は、はい。』
「ポールちゃんもこの企画、乗る?」
『え? いいんですか?』
「明後日ねぇ~
帝国・王国・首長国のボンボンが、このホテルで座談会をするのよ。
最上階のコンドミニアムをヴァリントン侯爵家(馬鹿息子で有名)が押さえてるから、その流れで。」
『ほう!』
「ポールちゃんも、良かったら世話役として同席しない?
彼らもソドムタウンでの遊びに興味深々みたいだし。」
『いや、遊びと言っても
俺は陰キャ寄りでして。』
「ふーーん。
確かにポールちゃんは昔からインドアだもんねー。
じゃあ、キミの周りに陽キャ寄りの遊び人いない?
居たら推薦して欲しいんだけど。」
『ええ、陽キャですかー。
俺、DQNとか陽キャとか嫌いなんですよねー。』
俺の周りに陽キャの遊び人とか、誰か居たかなー?
あのノリ嫌いだから、あんまり関わりたくないんだけどさ。
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「ポールソン、オマエ。
その話の流れでよく俺に声を掛けれたな?」
『いやーー。
でも、先輩はこういう案件喜ぶかなと。』
俺がその足で向かったのが、学校時代の先輩であるフランキーの邸宅。
中等学校時代から性質の悪いナンパやいかがわしい秘密パーティーを主催しており、皆からは《屑のフランキー》とか《屑野郎》とか陰口を叩かれている。
什器問屋を営んでいるとは記憶しているが、この男が働いている姿は見たことはない。
「まあな。
まずは音楽祭のチケットの件と併せてお礼言っとくよ。」
『ああ、いえ。』
「俺、オマエが思ってるほど遊んでないけどなぁ。
音楽祭は楽しかったけど(小声)。」
『え? そうなんですか?
てっきりいかがわしいパーティーを今でも主催しているものかと。』
「馬鹿! 声がデケーよ!!
息子の教育に悪いだろうが!!」
『あ、す、すみません。
先輩も子供が出来た途端、教育とかに配慮しちゃうんですね。
昔は校長の銅像壊したりしてたのに。』
「何?
オマエ、昔のネタで俺を恫喝しに来た訳?」
『ああ、いえいえ。
先輩とこうやって座ってお話しするのも何十年ぶりなので
つい昔の感覚のままで。』
「最後にオマエがこの屋敷に遊びに来たのって…
ああ、そうか。
もう20年以上御無沙汰なのか…
オマエ、近所なんだからたまには顔くらい出せ。」
『あ、はい。』
「まあいいや。
何?
まだ《週刊ボンボン》で連載してんの?」
『おお!
先輩も読んでてくれたんですね!?』
「あ、うん。
所帯を持つまではな。」
『今は?』
「読む訳ねーだろ。
っていうか息子があんな俗悪雑誌読んでたら叱責するわ。」
…ああ、こんな奴でも人の親になるもんなんだなぁ。
「ポールソン、オマエ今…
脳内で滅茶苦茶失礼なこと考えてるだろう?」
『え、え、え~
そ、そ、そんなことないですよー。』
「変わらねーな、オマエは。
そろそろ再婚相手見つけて、少しは落ち着け。」
『あ、はい。』
何だコイツ。
昔は非常識キャラ筆頭だった癖に家庭持ったら常識人マウントかよ。
「あ、その座談会だけど…
政治?」
『は? あ、いや。
どうなんでしょう?
編集長は単なる文化比較論だって言ってたんですけど。』
「オマエとジミー君はキーン先輩のグループだろ?
ちゃんと先輩に話は通してるんだろうな?」
『あ、いえ。
彼は長期出張中でして。』
「ばっか、オマエ。
それは余計に根回し必要な場面だろ。
今からキーン先輩の会社行って、話を通して来い。」
『…はぇええ。』
「オマエ、また失礼なこと考えてるだろ?」
『あ、いえ。』
はぇえええ。
あのフランキーが、まるで一端の社会人みたいな口を利くようになったんだなぁ…
なーんか寂しいよなあ。
この世でアンタだけは変わらぬ屑野郎のままでいて欲しかったぜ。
帰り際に息子さんを紹介される。
顔立ちこそ少年時代のフランキーにそっくりだが、立ち居振る舞いが立派で圧倒される。
「ポールソン専務、はじめまして。
ロレンツォと申します。
いつも父がお世話になっております。
専務の御活躍は父から常々聞かされております。」
『あ、はい。』
…嘘だろ?
これで12歳?
え、嘘?
何でこんなにキッチリしてるの?
オマエの親父が12の時は校長の銅像にウンコぶつけて大騒動を起こしてたぞ?
(何故か俺が掃除を手伝わされた)
「ポールソン専務。
これは弊社の新商品のマグカップなのですが
取引先の皆様にお贈りさせて頂いております。
どうか御笑納頂ければ幸いです。」
『あ、はい。』
こ、マ?
あれ?
12歳って、こんなに折り目正しく口が回るものなのか?
ん? ん? ん?
何か緊張してきたぞ。
「では、専務。
どうかまたお越し下さい。
父共々楽しみにしておりますね。」
『あ、うん。』
…2度と来ねーよ。
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釈然としないまま、キーン不動産に出頭。
国際ニート会議について報告する。
正直、早く帰りたかったのだが、社員さん達の興味を惹いてしまったのか強く引き止められてしまう。
手を振り払いたいのは山々なのだが、相手が元請けなので強く出れない。
まあ常識で考えて掃除屋が不動産屋に逆らえる訳ないよね。
「ふふふ、ポール。
アナタもようやく判ってきたじゃない。
良くってよ、褒めてあげるわ。」
どこからか湧いたエルデフリダが満面の笑みで威張り散らしている。
何故オマエは自分の手柄かの様にドヤ顔を出来るんだ?
ふと横手を見ると、社員さん達がウインクしている。
ん?
何だ? コレ、気を利かせたつもりなのか!?
ひょっとしてこの女を呼ぶことが俺への気遣いのつもりなのか?
キーン君、一体どういう社員教育してるんだね!
いや、元請けには何も言えないんだけどさ。
『エル。
もう帰っていいかな?
俺、セントラルホテルのラウンジ席を取ったままなんだよ。』
「あら、気が利くじゃない♪」
『?』
「今日は遅くなるから。」
「畏まりました、奥様。」
『ッ??????』
「何をしてるの?
早く行くわよ?」
『????????』
よく分からないまま社員さん達に送り出されてしまう。
ここは何か指摘するべきなのだが、相手が元請けなのでついつい従ってしまう。
(下請け業者なんてこんなモンだよ?)
でも、まあ。
フランキーの奴の言う通り、これで話を通した事になるのだろうか?
…黙ってて後で問題になるよりもマシか。
『なあ、エル。
俺、仕事なんだけど?』
「嘘。
どうせ実家に居辛いから、外で下らない文章でも書いて時間を潰してるんでしょ。
ワタクシには分かるんだからね!」
…え?
誰かコイツに【心を読む】能力でも授けちゃった?
参ったなぁ。
『いや、オマエは下らない文章と言うが。
社会学や経済学の論文に引用されるような、専門的で格調の高い寄稿をする時もあるんだからな?』
「ハア?
アナタ、いつも
《社会学と経済学は税金を浪費するだけの下らない学問モドキ》
って言ってたじゃない。」
…女って言質を取る為の記憶力だけは発達してるよな。
やはり脳の構造が俺達とは異なるのだろう。
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『ねえ、ポール。
ワタクシ、ピスタチオパフェが食べたーい♪』
「あ、はい。」
7500ウェンか…
地味にボッタクリだな。
『あ!
あそこのポスターに載ってる飲み物が飲みたーい♪』
「わかったわかった
えーっとどのポスタ…
えっ!?」
アレは恋人同士がハート型のストローで一緒に飲むやつーーー!!!!
俺が動揺していると、どこからか湧いたウェイターがウィンク混じりに「畏まりました」と言って注文を通してしまう。
…マジか?
え?
嘘だろ?
俺がこれを飲むのか?
エルデフリダ、嬉しいのは分かったからストローでブクブクするのはよせ。
その後も夜が更けるまでエルデフリダ係を務める。
何を血迷ったのか宿泊したがるが、勿論馬車に押し込んでお引き取り頂いた。
迎えに来たキーン不動産の皆さんが満面の笑みで手を振って来る。
なんだ?
これ元請け的には心証ポイントが加算される場面なのか?
『全く。
何の意味もない時間を過ごしてしまったぜ。』
その時はそう思っていた。
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座談会は始まる前から奇妙な雰囲気だった。
いずれも国家を代表するような馬鹿ボンボン共が、初対面の俺に対してやけに好意的だったからだ。
王国屈指の名門・ヴァリントン侯爵家のバカ息子。
近代帝国史の影を彩り続けてきた大富豪コズイレフ家のバカ息子。
非王族でありながら、首長国政界に強い発言力を有するミレー財閥のバカ息子。
本来なら、掃除屋の息子なんかが同席を許される相手ではない相手である。
そもそもが身分意識が強く、下の者にはかなりの塩対応だとは聞いていたのだが…
「いやあ、ポールソンさん。
エッセイ読みましたよ。
私も駄菓子食べたくなってしまいました。」
「模型いいですよねえ。
ボク、これからの時代は模型が来るって思ってました!」
「ポールソンさん。
イケる口でしょ?
どうですか?
座談会終わったら、一杯。
良い店あったら紹介して下さいよ。」
何で俺が上座?
年上だからか?
いや、そんな殊勝な連中ではない筈だ。
(だってコイツラ老いた使用人を平然と立たせてるし。)
首を捻りながらも、座談会を進めていくと。
(編集長は速記に専念。)
朧げに様子が分かって来る。
どうやらエルデフリダとこのホテルのラウンジに居た場面を3人が目撃していたらしい。
《掃除屋の分際で真昼間から元請け会社の社長夫人と不倫。》
これがバカ息子達の琴線に触れたようなのだ。
俺と一緒に居れば爛れた女遊びが楽しめる。
向こうは勝手にそう解釈してしまった。
『いやあ、遊びと言われましても。
俺は根っからの陰キャでして。
普段は部屋に閉じこもってモンスター模型を作っております。』
これも余裕からの謙遜と見做されてしまう。
「ふっふっふ。
ポールソンさん、ボクの情報網は誤魔化せませんよー。
音楽祭の実行委員を務めたそうですね?」
『あ、いや。
御存知でしたか。
別に隠し立てするつもりは無かったのですが…』
「はははw
真の遊び人は自慢してくれないからねえ。
こうやって聞き出して行かないと。」
「ポールソンさーん。
私達も混ぜて下さいよーーーwww」
「「「ギャハハハww」」」
…噂通りのバカ息子達である。
俺の記憶に間違いがなければ、コイツラの祖国同士は激しい戦争状態にあり
今まさに前線では、若き無名兵士達が尊い命を散らしている筈なのだが。
何だ?
俺の知らない間に休戦条約でも締結されたのか?
「おっ! テキーラあるじゃーん。
そこのキミぃ、女体盛りテキーラタワーお願い。
えっ!?
ソドムタウンには女体盛りテキーラタワーがないの!?
うっそぉ…
これは驚きだ。」
…いや、驚いているのは俺の方なんだが。
コズイレフ家のイワン君は真顔で女体盛りテキーラタワーを語りだす。
あっ、編集長の目はマジだ。
売れるネタを見つけた時の顔をしている。
「いやあ、ボクもこの街で楽しませて貰って
何か恩返しをせにゃイカンとは思ってたんです。
よっし!
一肌脱ごうじゃないですか!
安心して下さい!
女体盛りテキーラタワー文化、ボクが布教してやりますよ♪」
…コイツラ、取材だから敢えておバカアピールをしてくれてるのか?
「ポールさん。
私達も自国の文化をちゃんと布教しますから。」
「やっぱり地元のポールさんには、ね。
フヒヒヒ♪」
「ボクらも仲間に入れて下さいよーww」
いや、取材用アピールじゃないな。
多分、コイツラ座談会って事をすっかり忘れてる。
要は、俺に女遊びの斡旋をさせたいのだ。
…確かに、遊び慣れた人間はアテンド係を見つけるのが上手い、とは聞いた事があるが。
それが俺なのか?
『うーーーん。
アテンドは頑張りますが…
お三方、相当遊んでおられるようですからねえ。
ちょっとやそっとの遊びでは満足できないと思うのです。
…何かリクエストあります?』
《アテンド》という単語を出した瞬間に3バカが満面の笑みで身を乗り出してきたので…
まあそういうことなのだろう。
こんなショボい無名出版社の座談会に出席したのも、こういう人材との出会いを求めてのこと。
「フヒヒヒ。
流っ石ポールソンさん。
話が早くて助かります。」
「ボクらの間で遊びって言ったらねえ?」
「もー、わかってる癖にぃww
意地悪しないで下さいよーw」
3バカは心底嬉しそうな表情で、指で卑猥なハンドマークを作る。
ああ、やっぱり女遊びなのね。
「やっぱりね。
ソドムタウンに来たからには、祖国じゃ味わえない
尖った遊びをしたいんですよ。」
「そーそ。
私達、高いだけの娼婦は抱き飽きちゃって。」
「いつも変わった趣向を探してるんですけどねー。
うーん。
女は一通り試しちゃった感があるんですよねー。」
「でも、セクロスしたいよな?」
「「ギャハハハww」」
…ドラ息子共め。
親のカネで好き放題しよってからに。
あーあ、どこかに心の綺麗な資本家が居ないもんかね。
居る訳ねーか。
マトモな奴が金持ちになれる程、世の中甘くないもんな。
でも、やっぱりカネは倫理観が強い奴に持って貰わなくちゃみんなが困るんだよなー。
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取り敢えず、別室に待機させておいたフランキーを3バカに紹介。
「アレ? フランキーってどこかで聞いたような…」
「言われてみれば、聞き覚え…」
「ああ! 思い出した!
《お持ち帰り用即興簡易媚薬》を発明した人だ!」
「初めましてお持ち帰り名人のフランキーです。」
「「「うおおお!!!
あの手口使わせて貰いましたーー!!!」」」
※ポーション・動物性食酢・バーボンを1:1:3の比率で混ぜると、かなり即効性のある媚薬が作れるらしい。
フランキー先輩、アンタ屑だとは思っていたが
世界的に有名なレベルの屑だったんだな。
「ちなみに、若い頃散々遊んだ私ですが。
だからこそ、妻は家柄と古風な性格で選びました。
子供は学習塾漬けにして、エリートコースを歩ませようと考えております。」
…居るよな、こういう奴。
「折角、ソドムタウンに遊びに来て下さったのです。
記念に。
《貧民街のチョイ小洒落barでアチアチ情熱グループナンパツアー》
を用意しておりますが…
来られます?」
「「「イクーwwww」」」
スマン、みんな。
俺もちょっと興味ある。
工業区へ向かう馬車の中では、皆のナンパ武勇伝を聞かせて貰う。
やはり高名な遊び人だけあって、女は一通り抱いているようだ。
やっぱり婦人将校とか修道女みたいにハードル高い職業は人気あるな。
「へっへーw
ポールソンさんも遊び人と聞いておりましたが
女関係ではボクが一本取らせて頂きましたね~♪
コズイレフの家名に賭けて、ナンバーワン遊び人の称号は簡単には渡せませんよー♪」
…いや、さっきからオマエの勝ちでいいって言ってるじゃねーか。
「まっ、ボクは大抵の女は経験済みですから♪
もう抱いてない属性の女は居ないんじゃないかな?
あ、ポールソンさん!
もしもボクが抱いた事のない種類の女をアテンドしてくれたら、返礼に色々と大盤振る舞いしますよ!
屋敷でも馬車でも、ポールソンさんのプッシュしたい商品を(親のカネで)買いますから!」
うーーん。
金持ちが物を買ってくれるのは助かるんだけど。
コイツラの話聞いてると、俺なんかが介入する余地無いんだよな。
誇張抜きに全属性の女とヤッてるのだろう。
というか、ヴァリントン君…
流石に先代王妃様と姦通した話をペラペラ話すのはヤバいと思うぞ?
確か王国ってそういうの厳しい印象があるんだが…
話が盛り上がる中、コズイレフ君が肩をつついて来る。
「ねえ、ポールソンさん。
さっきの提案マジですから。
ボク、刺激に飢えてるんですよ。
(親の)カネなら冗談抜きで無尽蔵にあるんで。
一肌脱いで下さいよー。」
「「ギャハハハww」」
うーーーーーん。
キーン不動産からは「機嫌取っとけ」って指示されてるしな。
何か考えてみるか。
でも、俺ってそもそもが陰キャだから
女郎遊びって殆どした事ないんだよな。
(そういうカネがあれば模型とか絵巻物に費やす事が多い)
フランキーのナンパテクニックはかなり高度で、3バカですらエラく感心していた。
特に、《barで飲んでる時に便所に連れ込んでセックスする戦法》は、相当緻密に練り込まれている上に再現性が高く、内気な俺ですら《あ、この手なら俺でもイケる》と驚愕させられた。
みんなで試したみたが、あっけない程簡単にヤレた。
(なので俺は未だにサクラを疑っている。)
特に《店のマスターや用心棒をどうやって味方に引き込むか》の部分に血の滲むような試行錯誤の跡が見えたので、こんな屑は早めに死んだ方が世の為だな、と思った。
「いやあ。
私、今までナンパに余計な工程を掛け過ぎていたかも知れません。」
「土地勘ないのに、普通にヤレちゃったよね。」
「あの戦法、汎用性あるよぉ!
寧ろ、帝国内で有効な手口だと思った!」
フランキーは「どもども♪」と親し気に3バカと抱擁を交わす。
コイツらさぞかし波長が合うんだろうな。
「じゃあ、次はポールソンさんだね♪」
『え? 今、ヤッタばかりじゃないですか?』
「嫌だなあ。
ボクは若い上に、(親から盗んだ)絶倫剤を服用して来たんですよ?
まだまだヤレますって!」
…その情熱を有意義な方向へ向けてくれれば、さぞかし良い社会が出来るだろうに。
神様ー、見てますかー?
もしも貴方が実在するなら、心の清い者にこそ億万長者になる幸運をお与え下さい。
頼みましたからねー。
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取り敢えず一案だけ思いついたので、俺は港湾区に馬車を飛ばして貰う。
別にここをホームグランドに設定した訳ではないが…
妙に縁が出来てしまったよな。
「ほう!
ここが港湾区ですか?
私、船舶関連の株式は大量に保有しているのですが…
現場に来るのは生まれて初めてです。」
…だろうな。
本来、侯爵家の御曹司を連れて来て良い場所ではない。
「ポールソンさん!
あ、アレは!?」
『魔族です。
彼はオーク種ですね。
衣装を見る限り、これから建築現場に向かう所でしょう。』
「え?え?え?
お、オークが建築現場で何を!?」
『さっきの彼は大型ハンマーを持ってましたから
きっと廃屋の解体作業に従事するのでしょう。』
「え?え?え?」
『あ、ソドムタウンでは港湾区に限って魔界から労働者を受け入れているんです。
一応、国際社会の承認は取り付けてあるのですが。』
「ええええ?
そ、それでは我らが王国も承認してるのですか?」
『あ、はい。
リチャード10世陛下の御代に。
正規の外交ルートで話は通してます。
まあ、承認と言うより黙認に近い形ですけどね。
隔年で首長国の監査委員がチェックしに来てますよ?
ちゃんと魔族が港湾区から外に出ていないかを。
後、労働者達の監視も厳しいですね。
みな、雇用が奪われる事を恐れておりますから。』
「な、なるほど。
いや、確かにそうですよ!
厳重に管理して貰わなくては困る!」
『それで、私の考えた接待なのですが…
魔族の娼婦が買えるか尋ねてみませんか?』
「ええええ!??
ま、魔族に娼婦が居るのですか!?」
『いや、私もそういう話題には触れた事がないので。
なので、知人のゴブリンに尋ねてみようと思います。』
「「「ゴブリンの知人!?」」」
『最近知り合って…
たまに差し入れを持って行ってます。』
俺が3バカを見直したのは、嫌悪驚愕しつつも好奇心を優先させ、一切俺を非難する事無く案内を乞うて来た点だ。
立場が逆なら、俺は激昂していたかも知れない。
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「で?
この老い先短い年寄りに縋りに来た、と。」
眼前のゴブリン老婆は、俺の知人。
以前、この地区で屑野菜事件が発生した際に面識を持ち、最近では顔を合わせれば雑談するくらいの仲にはなっている。
「しゃ、喋った…」
3バカは遠巻きに呆然と見ている。
まあ、その間合いの取り方は正しいと思うよ。
だって所詮は異種族同士だもんな。
俺も婆さんも特に咎めない。
『御婦人。
一点伺わせて欲しいのですが。
魔族にも売春婦は居ますか?
それを人間種が買う事は… 可能?』
「…。」
『前から気になっていたのです。』
「想定外。」
『ですよねー。』
「そもそも、今こうやって人間種の支配地域で暮らしている点からして
アタシの人生設計の想定外だからねぇ。」
『確かに。』
「…人間種の定義する売春とは大幅に異なるかも知れないが。
売春は魔界にもある。」
『え!?
あるんですか!?』
「人間種の習慣に照らし合わせればね…。
セックスと墓参りと見合いを足して2で割ったような習慣。
それを売春と呼ぶなら、魔界にも売春はある。」
『へーーーー。』
「アタシも2番目の旦那とはそれで結婚した。」
『はえーーー。』
「ちなみに、これはゴブリンとコボルトに限定した話だから。
オークやリザードには、こういう習慣無いよ。
それと、期待を裏切って申し訳ないが
魔界からは男しか連れて来ていない。
理由はわかるね?」
『魔族が国内で出産するようなことがあれば…
民心が動揺しますから。』
「御名答。
例外的に世話役として老いたアタシが来た。
ゴブリンの娘なんて見た事ないだろう?」
『確かに。』
そこまで話した所でゴブリン老婆が3バカに視線を移す。
3人は目を剥いて硬直していたが、やがて意を決したコズイレフ君が俺に対して老婆を紹介する様に頼む。
『え?
本当に買うんですか?』
「若いゴブリンが居ないのだからそうなるでしょう?
ボクは7歳から92歳までの女性と経験があります。
ナンバーワン遊び人の名に賭けても、女に臆することなどあり得ない!」
ニートって変な方向にプライドあるよなー。
きっと俺も裏じゃそういう風に言われてるんだろうなー。
「ポールソンさん!
私も立候補します!」
『え?
ヴァリントン卿は流石にまずいのでは?』
王国って確か魔界を敵国認定してなかったか?
一部の過激派はジェノサイド宣言を出したって噂だぞ?
あっ、さては王国の対魔界政策に一石を投じるべく…
「実は今月は熟女強化期間なんです。
デュフフ♪
選べる状況なら熟女を狙って行こうかと。」
あ、うん。
一瞬でも買い被った俺がバカだったよ。
『あ、あの。
御婦人。
自分でもかなり不躾な提案をしている事はわかっているのですが…』
「…今のアンタら。
ゴブリンの価値観でも明白にアウトだからね?」
『仰る通りです。』
「ただ、まあ。
旦那には屑野菜の件とかで世話になってるからねえ。
後、前から気になってたんだけど。
魔族にも配給枠が拡大されたのって…
ひょっとして旦那が口利きしてくれたんじゃないか?」
『…さあ、どうでしょう。
政治局や条約監視委員会が判断してくれたのではないですか?』
「…大体わかった。
そういう事にしておこう。
広く感謝しておくよ。
…1人10万ウェンでいいよ。
ただ、こっちは年寄りだ。
あまり乱暴はしないで欲しいね。」
「御安心下さい!
遊び人の誇りに賭けて!
じゃあ、10は流石に気が引けるので100万ウェン。」
「…素直に頂いておくよ。」
コズイレフ君達は無造作に計300万を机に置いた。
…カネってあるところにはあるよな。
「ポールソンさん。
恥ずかしながらボク、人間以外だと白鹿とジャイアントベアーとしか寝た事がないんですが…
ゴブリンとセックスしたら性病とかなりませんかね?」
コイツ、マジでキモイ奴だな。
『あ、いや。
俺もそういうのは疎いのですが…
一般論として他種族との接触は罹患リスクが高いんじゃないですかね?』
「ですよねー。
ボク、いっぱいセクロスはしたいんですけど。
性病は怖いんです!
ああ、見て下さい!
このそそり立つボクの息子を!」
…愚息の愚息を愚息に見せるなよ。
『ふーーむ。
では、気休めですが…
互いの身を念入りに清めてみましょう。』
「清める!?
そうですね!
ボクとしても少しでもリスクは減らしたい!」
え?
この後、どうなったかって?
スキルだよ、スキル。
例のスキルでベッドと3バカ、ゴブリン老婆を徹底消毒したよ。
言わせるなよ恥ずかしい。
==========================
ここからは余談。
翌週
老婆が心配だったので差し入れを持って行く。
数日は安静にしていたようだが、今は復調したとのこと。
『御婦人には何と詫びれば良いか。』
「纏まったカネが入った。
感謝こそすれ、旦那を恨む筋合いはないよ。」
『そうですか。
もうこれで危ない橋を渡らずに済みますね。
しばらくはゆっくり休んで下さい。』
「いや、チャーター船の予約をしたから
あのカネは使い果たしたよ。」
『チャーター船?』
「アタシの遠縁に息子の様に可愛がっている男が居るんだが。
今、魔界で役職に就いていてね。
自由都市を公式訪問する為の費用に困っていたんだ。」
『そんなもの。
貴方が自腹を切る場面なのですか?』
「魔界全体の問題だからね。
王国が攻めて来る前に、何としてもこちらの責任者がソドムタウン回りをする必要があるのさ。」
『ソドムタウン回り?』
「アテは無いんだけどね。
停戦仲介依頼とか、食料支援とか…
アタシらが行ってもどこも門前払いでさ。
《…話をしたけりゃ魔王でも連れてこい》
って言われちまった。」
ああ、要するに外交費用ね。
自由都市は労働者なら歓迎するが、魔族の外交官なんて輸送船には絶対に乗せないだろう。
…わざわざチャーターするか。
『御婦人とは知らない仲ではないから忠告しますが…
自由都市は多分、支援はしてくれないと思いますよ。』
「それでも…
黙って王国に滅ぼされる訳には行かないだろう。
何とか兵糧だけも搔き集めなきゃ。
労働者のタダ働きとかで、食糧支援に応じて貰えないかね。」
そんな事を申し出れば、怒り狂った労働者達が魔族団地を襲撃するだろう。
俺は老婆に道理を説いた後、国債市場の存在について教えてやった。
まあ、紹介状位なら書いてやってもいいだろう。
『正直、魔界の国債なんて買い手は付かないと思います。
ただ、値札さえ付けてしまえば。
…金持ちには気まぐれな者が多いので。
誰かが買うかもです。』
「買うかもって…
いや、現にアタシに300万の値が付いた訳だしね。」
『息子さんの来訪、上手く行けば良いですね。』
「役職なんかに就かせたくなかったんだよ。
あの子はいい子過ぎるから…
きっと良い終わりを迎える事が出来ないよ…。」
じゃあ、あの3バカはさぞかし長生きするだろうな。
俺はどっちだ?
勿論、恥ずべき愚息だ。
だから、きっと両親は看取ってやれる。
俺の名前はポール・ポールソン。
39歳バツ1。
家で安全にゴロゴロしているという親孝行に日々勤しんでいる。




