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【清掃日誌16】 ヒステリー

いつもの事だが、エルデフリダがヒステリーを起こした。

今に始まった事では無いが、元嫁もヒステリーを起こした。


俺が世話を焼く筋合は全く無いのだが、キーン不動産と元義父に強く泣きつかれたので、介護に飛び回っている。

本来なら明日から始まる音楽祭の最終チェックに立ち会わなければならないのだが…



『スマン! ジミーよ、埋め合わせは必ず!』



「ポール殿に強く泣きつかれては仕方ないでゴザルよ。

挨拶回りは拙者一人で何とかしておくでゴザル。

それにしても、両手に花でゴザルな(笑)」



『俺も含めて花って歳でも無いのだけどな。』



…そのへんもヒステリーの一因なんだろうな。

女と言うのは兎角情緒の安定しない生き物なのだが、エルデフリダは特に酷い。

子供の頃は己の稚さに苦しみ、若き日は若さに悩み、そして今では老いの兆候に慄いている。

ベクトルは多少違えど元嫁も似たようなものだ。

なまじ美人なのが災いしてるのだろう。

老いゆく己を直視出来ない。


ここ数日、音楽祭で街に若い娘達の嬌声が響き渡っている。

それがヒスの原因だ。

きっと癪に触るのだろうなぁ。



「ポールソンさん!

ご足労頂き恐縮です!

我々ではどうしても奥様を宥める事が出来ず!」



『いえ。

どうかお気遣いなく。

それで、奥様はどちらのお部屋に?』



「寝室です!

我々は母屋に入館出来ませんので、お願い致します!」



『…いやいや。

流石に寝室はマズいでしょう?』



「ですが、キーン社長からその様に取り計らうよう、日頃言いつけられております。」



…あの男、何を言ってるんだ?



「ささ、ポールソンさん!

奥様の寝室の鍵です!

どうぞ!」



…どうぞ、じゃねーよ。

入って良い筈ないだろーが。



『いやいや、皆さん。

少し落ち着いて下さい。

寝室と言うのはですねぇ、御夫婦の聖域ですよ?

幾ら旧知とは言え、そんな所に立ち入っていい訳ないでしょーが!』



「あ、いえ。

社長が、是非そうするようにと日頃から口癖の様に…」



…嫌な口癖だな。

アイツ、昔から俺をエルデフリダ収納箱だと思ってやがる。



『今回っきりですからね!?

各省庁にもブラウン商会にも迷惑が掛かっているんですからね!?』



俺は音楽祭の実行委員だ。

実質的な国策イベントなので、関係各省とは密接に連絡を取り続けなくてはならない。

俺が政治局、ジミー(というよりブラウン商会)が産業局と最終確認を行う段取りなのだが、両方押し付けてしまっている。

正直、胃が痛い。

だが、早めにこちらを片付けて元嫁邸へ急行しなくてはならない。

胃をさすりながら勝手知ったる元請けの邸宅を奥に進む。



コンコン。



『エル、俺だ。』



「…。」



『オマエの様子を…』



「キーキー!! キーキー!!」



…やれやれ。

おい皆どう思う?

これで無給なんだぜ?



『俺も皆もエルを心配してだなぁ。』



「キーキー!! キーキー!!」



『…入るぞ。』



俺が入室した瞬間、頭部を狙って木製の化粧ケースが飛んで来る。

…殺す気か。



『息子さんも心配してたぞ。

何か温かい物でも飲んで落ち着け。』



「…ウーウー。」



『ドナルドももうすぐ帰って来る。

そんな表情してたらアイツも心配するぞ。』



「キーキー!! キーキー!!」



…だよな。

あの男に限って女のヒステリーに一々付き合う事はしないだろう。

そもそも今は戦時下だしな。

(音楽祭に関しても本来は自粛するべきだと思う。)



『わかったわかった。

俺が悪かった、俺が悪かったよ。


こう見えてエルの事はいつも気に掛けてるんだぜ?

ほら、オマエの好物のプリンだ。』



「…。」



俺は持参した菓子折りをゆっくりと化粧台に置く。

経験上、糖分さえ摂取させてしまえば女のヒステリーは緩和させられるのだが…



「…。」



『…ゴクリ。』



「(ガサゴソ)。」



『いやあ、久しぶりにエルの顔を見れて良かったよ。

じゃあ俺は用事があるから、これで帰るよ。

ドニーに宜しくな。』



「(ガサゴソ)。 (ガサゴソ)。  (ピタ)。 」



『…。』



「ッキーーーーーーーーーーーーーー!! 

キーーーーーーーーーーーーーーキー!!

ギャオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!!」



っく、手順をミスったか。

誰か女の取扱説明書作れよ!



「ャオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!!

ギャオギャオギャオーーーーーーーーーーン!!!」



『え? 何々?

《ワタクシの好物じゃない?》

《どうせ他の女と間違えたんでしょ?》

オイオイ、酷い事言うなよ。

昔から俺は…』



…しまッ!!

元嫁の好物のカシューナッツプリンを渡してしまった!!

エルデフリダはピスタチオが大好物でカシューナッツが嫌いである。

(ちなみに元嫁はその逆。)



「ギャオギャオギャオーーーーーーーーーーン!!!

オーーーーーーーーーーーンオンオンオン!!!!」



『違う、エル。

誤解だ!

誤解だよ。

きっと店員が間違えたんだ!

後で厳しく抗議しておかなきゃな。

俺が君の好物を間違える訳がないじゃないか。』



「ャオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!!

ギャオギャオギャオーーーーーーーーーーン!!!」



『え? 何々?

《嘘つき? ワタクシを弄んだ?》

《あの子の本当の父親はアナタ?》

いやいや、流石にそれは…』



冗談でもやめてくれよ?

そもそも、俺はこの女とセックスどころか、キスも。

…キスはしたか。


いや!

昔の話だから!

昔の話!



「ャオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!!

ギャオギャオギャオーーーーーーーーーーン!!!」



『え? 何々?

《ワタクシを連れて逃げて。》

《本当は貴方を?》

いやいや、その話はもう終わっただろう。

息子さんの前で絶対その話をしちゃ駄目だぞ。』


…大体、逃げるってどこへだよ。

世界はオマエの旦那の所為で絶賛大戦争中だっての。



『じゃあ、俺はもう行くから。』



「ッキーーーーーーーーーーーーーー!! 

キーーーーーーーーーーーーーーキー!!

ギャオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン!!」



『…仕事だよ。

男には色々義務があるんだよ。

そう、仕事。

本当だよ!

俺も家業とかあるからさあ、案件来ると断れないんだよ。


なぁ、頼むよ~。

俺もドニーもあちこち駆け回ってるんだ。

わかるだろ?

わかってくれるよな?

な?』



「…。」



『じゃ、じゃあ。

今度こそ行くから。


また今度な。

今度ゆっくり時間を取るから。』



俺が部屋を出ようとした時、表からノック音が聞こえた。



「母上。

ハロルドです、御具合は如何ですか?」



おお、息子さん帰ってきたか。

ナイスタイミング。

じゃあ俺は不要だな。



『ハロルド君、俺だ。』



「その声はポールさん。

来て下さったんですね。」



『ああ、会社の人達に頼まれて君のお母さんのお見舞いにね。

じゃあ、後は任せるから。

面倒見てやってくれ。』



そう言って。

ドアを開けようとしたまさにその時だった。



《ビリ。》



『ん?』



異音に思わず振り返る。



《ビリビリビリ》



『ちょ!!  何やってんだ、オメー!!!!』



「…ブツブツブツブツ。」



『自分の服を破るのはやめろーーーーーーーーー!!!!』



「(ガチャ) 母上?」



※ここから2時間のロス。 醜態につき描写は割愛。




==========================




…酷い目に遭った。



「いやあ、ポールソンさんが居てくれて助かりました。」



『俺の事は誰が助けてくれるんですかね?』



「キーン社長の口癖なのですよ。

《自分に万一の事態があれば。

公事はリッチモンド侯爵に、私事はポールソン専務に頼れ》

と。

今日ほど助かった日はありません。

ポールソンさんが、この館に常駐して頂ければ我々も心強いのですが…」

不動産屋というのは、つくづく図々しい生き物だな。

そりゃあ儲かる訳だ。



『じゃ俺はこれで。』



にこやかに手を振るキーン不動産の社員達に背中で別れを告げて、急ぎ街の反対側へ向かう馬車に乗り込む。

…クッソ。

この作業をもう1セットこなした後に政治局に出頭、そこでの協議内容を産団連に報告。

そこで預かった指示をジミーと今夜中に共有。

あ、その前にフルチチョフ子爵の様子を見に行かなきゃ…

…多分、今日は寝る暇ないな。



馬車が元嫁の邸宅に近づく。

気が重い。

そもそも離婚は正式に成立しているし、俺が彼女に構うこと自体がおかしいのだ。


だが元嫁を放置していると、発狂して俺の屋敷に押し掛けてしまう。

元嫁が来ると母さんが発狂する。


エルデフリダ・元嫁・母さんは三つ巴に激しく憎み合っているのだが、発狂の時期だけは妙に仲良くシンクロする。

(認めたくは無いがヒス・スイッチは俺だ。)


流石の俺も3人同時のヒステリーまでを宥める自信は無いので、平時は常にこの3者を接触させないよう細心の注意を払っている。


なあ、わかるか?

子供部屋おじさんも結構大変なんだぜ?




==========================




「やあ、ポール君!

いつもすまないねぇ。」



『ロブスキー卿。

御無沙汰しております。』



「ははは!

他人行儀だなあ。

昔のようにお義父さんと呼んでくれたまえ。」



『いえ。


すみません、別件あるので

早めに要件終わらせてしまって宜しいですか?』



「おお!

聞いているよ役職に就いたんだって。

君ならいつか必ず公人になると信じていた。


…政治局にもコネを作ったんだって?」



…腰が重い癖に耳だけは早い男だ。

嬉しそうに俺の顔を覗き込んで来る。

きっと自分にもお零れがあると期待しているのだろう。

俺の元義父は、悪い意味で《貴族》だ。



「娘は部屋に閉じ籠っているんだ。

いつも君の話ばかりしているよ。

どうかヨリを戻してやってくれんかね?」



『申し訳ありませんが、婚姻に関しては当主である父の指示に従う義務があります。

俺の独断でどうこうというのはありません。』



父の名を出すとロブスキー卿は僅かに表情を歪める。

経緯を鑑みれば自然な反応である。



「出て来なさい、ポール君が来てくれたよー。」



『…。』



「ポール君、声を掛けてやってくれんか?

あ、そうだ。

部屋に入って慰めてやってくれたまえ。」



『…妙齢の女性の部屋に立ち入れる訳がないじゃないですか。』



「はっはっはw

君達は夫婦じゃないかww」




『昔の話です。

あの結婚は無効化されました。』



「安心しなさい。

あの離婚を無効化出来るよう、私が奔走しておるから。

(ウインクパチ♪)」



ドアの向こうから元嫁の気配がする。

…荒い口呼吸になってるな。

これは発狂ゲージが8割辺りまで上昇しているシグナルだ。



「おっ!

ポール君!

ひょっとしてその袋はアメジスト菓子店かね!?」



『あっ!

いえ、これは!』



マズい!

エルの部屋にカシューナッツプリンを置き忘れて来てしまった。

という事は、この袋に入ってるのは…

元嫁の大嫌いなピスタチ…



「おい!

ポール君が土産を持て来てくれたぞ!

早く開けなさい。

何だかんだ言ってオマエを気に掛けてくれてるんだよ!」



《ガチャリ、ギー。》



『あ、違っ!

ロブスキー卿!』



「はっはっは!

今更照れる間柄でもないだろうに。

ほーら、ポール君が持って来てくれたお土産だぞ~♪」



『ちょ!

違!』



《バッ!  …チラッ。》



「…。」

『…。』



《ガサゴソ ガサゴソ ピタ。》



頼む、頼むぞ。



「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!!

ギャオオオオーーーーーーーーーーン!!!」



ですよねー。




==========================




結局、2時間ほど醜態を繰り広げてから、何とか隙を見て逃げ出して来た。

今日だけで何キロか体重が落ちた気がする。



「何をやってるんですか!

ポールソン専務!

もう政治局の皆さん来られてますよ!!!」



ブラウン商会に到着するなり社員さんに怒られる。

当然、休憩はさせて貰えない。

…元請けは容赦ないよね。



『大変お待たせしました。

ポールソンです。』



何人か見知った顔があったので、少しだけ安堵する。

そこでは形式的に挨拶を交わした後に、政治局の馬車に乗り込む。

てっきり政治局の庁舎に向かうのかと思ったが、乗り込んだ瞬間に課長が深刻極まりない表情で耳打ちして来る。



「ポールソンさん。

極めて深刻な問題が発生しました。」



『も、問題ですか…』



「貴族区の婦人会が政治局に押しかけてきております。

今、ちょっと酷い事になっておりまして。

自由都市存亡の危機です!」



『え?

それはどういう…』



「…貴族区のVIPの皆様に《特別チケット》を渡したじゃないですか?」



『渡しましたね。』



勘の良い方なら察すると思うが…

特別チケット、要は高級売春サービスの利用券である。

貴族区の偉いさん達に恫喝されて渋々譲渡してやったのだ。

で、あれだけ念を押したのに奥様にバレた馬鹿がいるらしい。

当然の帰結として、集団ヒステリーを起こした婦人会が動いた、という訳だ。



「ポールソンさん、本当に拙いんです。

建国以来の伝統行事が中止に追い込まれるかも…」



貴族区の婦人会となると保有資産も凄まじいし、世論への発言力も段違いである。

迂闊な対応は出来ない。



『なるほど。

あらましは理解出来ました。

しかし貴族区となると…

俺では口出し出来ないですよ。』



「あ、いや。

婦人会はポールさんを指名されておられまして。」



『はい!?』



「…フルチチョフ子爵が奥様に白状してしまったようなのです。

中央音楽堂の《個室VIPフロア》の存在を。

それで婦人会に吊るし上げられた子爵が、ポールさんの名前を出してしまったようなのです。」



…あのオッサン。

自分から執拗に要求しておいて、いきなりこれかよ。



『…マジっすか。』



「マジです。

そして。

婦人会は《個室VIPフロア》の即時撤廃を要求しております。」



まあ、その要求は極めて正当だな。

サービス内容までは知らないが、文化施設に《個室VIPフロア》を設置すること自体が倫理法違反だし。

正式に憲法審査申請されたら、普通に違憲認定されるだろう。



『いや、アレは政治局さんの管轄でしょう?

俺、あの部屋の中さえ見せて貰ってないんですよ?』



「いや~、流石に国家運営上。

アレが政治局主導だと認めてしまったら…

国体の転覆すら起こり得るのですよ。」



…だろうな。

あそこで何をやってるのかは知らんが。



『あの中で、一体何が?』



「いや~、私の口からは何とも。」



『いやいや、この期に及んで隠し事はやめましょうよ。』



「兎に角、婦人会の別動隊が音楽堂の正門を占拠しておられるのです。

もう凄い剣幕で…

皆、爵位持ちの御婦人ばかりですので、搬入業者も怯えて近づけなくなってしまいました。」



『…うわぁ。』



「それで、婦人会は…

ポールさんを出せ、と。

そして《個室VIPフロア》を公開しろ、と。」



『…これも込みで俺の仕事なんですね。』



そう、民間人の俺が実行委員に選ばれている理由が、まさしくこういう場面でトカゲの尻尾になることなのである。

政治局の判断は正しい。



「いやはや。

いやはや何とも。」



『では、俺に騒動を収めろという事なんですね?』



「いやはや。

何とも何とも。」



…クッソ。

《1ミリの言質すら取らせないモード》に入りやがった。





==========================




『御婦人方、はじめまして。

おや、見知った顔も何人かおりますね。』



カフェ・ロットガールズの常連メンバー、クレア・モローにヘンリエッタ嬢、ソーニャ嬢。

つい先日まで楽しく遊んでた仲なんだがな…

すっごく冷たい目で見られてる。

流石にちょっとショックだわ。



「ポールソン委員。

貴方が音楽堂の中に破廉恥な施設を設置したと伺いました。」



一歩進み出たクレア嬢が、皆を代表して俺を詰問する。



『いや、そんな事は。』



「有る・無い。は水掛け論です。

今、この場で館内を案内して貰いましょうか。」



『え?

いや、明日から音楽祭ですよ?

そんな急に言われても。』



「我々、ソドムタウン女性の有志一同は音楽祭そのものについて強い疑念を持っております!

商業区や工業区ならいざしらず、伝統と格式ある、この中央区に破廉恥な施設が作られたとなると看過出来ません!

これは自由都市の品位と尊厳の問題なのです!」



…内心同意。

でも、今この世界情勢で外貨獲得事業を潰す訳にも行かないんだよね。

ぶっちゃけさぁ。

自由都市だの資本主義だの偉そうなこと言ってるけど。

俺達の国って売春で稼いだカネをもっともらしい産業に変換してるだけなんだよ。

《エロで稼いで正業を買う》とでもいうの?

割とセオリーだよね。



「ポールソン委員!

時間稼ぎは許しませんよ!

今、この場で我々を案内しない場合!

噂が真実であると認めたと見做します!」



クレア嬢、今日は一段と圧が強いな。

流石は銀行家の娘である。

このまま行き遅れたら頭取職を継がせても面白いかも知れないな。



『あ、じゃあ。

どうぞ。


あ、そこの業者の人ー。

花壇の最終チェック、着手して貰ってOKです。』



俺は婦人会を引き連れて音楽堂を案内していく。

アレコレ尋ねられるが、俺だってそんなに詳しくない。

そもそも俺はオーセンティックな芸術に微塵も興味がないのだ。



「ポールソン委員。

基礎のオペラ用語位はちゃんと勉強しておいて下さい。」



クレア嬢の当たりは本当にキツイ。

少しは手加減してくれよ、オタク仲間だろ?



『えーっと、多分ここですね。』



「多分?」



だって、俺が入れて貰えなかったエリアがこのフロアだもん。

クレア嬢は大きくため息をついて、俺にさりげなく何かを渡してくる。



『?』



「チップよ。

こんな汚らわしい噂の扉、私達が開けれる訳ないでしょう?

ポールソン委員が開けて下さいね。」



…いや、これ白金貨だぞ?


え?

そういう事なのか?



「みなさーん、お下がりになって。

このポールソンなる男は女子にココアを薦めるような恥知らずですのよ。

迂闊に扉に近づいたら何をされるか分かりませんわ。

一旦、離れましょう。」



クレア嬢は言葉巧みに、婦人会を大きく後退させてくれる。

…オマエいい女だな。

何で行き遅れてるんだ?



『では、御婦人方。

扉を開きますねー。

灯りを付けるために先に入室させて貰いますよー。』



クレア嬢は注意喚起するフリをして、上手く婦人会の目線を切ってくれてる。

この借りは必ず返さないとな。

なあクレア、カシューナッツとピスタチオ、どっちが好き?



『よっと。』



扉を何気なく開いた瞬間。

全てを察する。

あー、これはアウトだわ。

男の俺でも吐き気がする趣旨だわ。



端的に説明するぞ?

これな?

《身元を伏せた状態のVIPが買った女を確実に妊娠させる為の施設》

だ。



ああ、俺がカネ持った老人なら、このサービスを買うかも知れない。

なるほどね。

音楽祭の真の主旨ってこれか。

そりゃあ、そうだよな。

娼館なんてどこの国にもあるもんな。

わざわざ自由都市に遠方からやって来る理由。

…ここまで徹底してりゃ、そりゃあ売れるだろう。



『ハア。』



思わず溜息が漏れた。

これ、よく今まで隠蔽出来てたよな。

妊娠室のおぞましさ以上に、今までこんなサービスの存在を隠し通せていた事に戦慄する。



『…セット』



俺はクレア嬢から託された白金貨を握り締める。



『…清掃クリーンアップ




==========================




押し入った部屋がもぬけの殻であった事に婦人会が激怒する。

どうやら俺が何らかの不正をして証拠を隠滅したと思っているらしい。

いや、まさしくその通りなので反論は出来ないが…



「ッキーーーーーーーーーーーーーー!!」



1人の御婦人が感情を抑えきれずに、ヒステリーを発症する。

それが合図になったのか、他の御婦人方も一斉に発症する。



「ッキーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!!

ギャオオオオーーーーーーーーーーン!!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!!

ギャオオオオーーーーーーーーーーン!!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!!

ギャオオオオーーーーーーーーーーン!!!」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!!

ギャオオオオーーーーーーーーーーン!!!」



…勘弁してくれ、ここは地獄か?

しばらく宥めてみたが、一向に収まらないので俺は決意する。

宇宙一下らないスキルの使い道。

女のヒステリーを鎮める!



『セット!』



大学時代、音響学の授業を数コマ受講した事がある。

女の金切り声が不快なのは、人間の許容周波数を越える高さの周波数が含まれるからとの事だ。

つまり!

御婦人方の絶叫の高周波数(見えないけど)だけスキルで消失させれば!



清掃クリーンアップッ!』



さあ、どうだ。

俺、人生で初めて能動的にスキルを応用したかも。




「ッキーーーーーーーーーーーーーー♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーー♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ♪

ギャオオオオーーーーーーーーーーン♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ♪

ギャオオオオーーーーーーーーーーン♪」

「ッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ♪

ギャオオオオーーーーーーーーーーン♪」




あ、うん。

その険しい表情までは変わらないんだね。

じゃあ歌い終わったら帰ってね。

音楽祭は明日からだからさ。


今日は俺の負けでいいよ。

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