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【清掃日誌14】 歌姫

「せーの。」


「「「サイテー!」」」




オタク女子達の合唱がこだまする。

俺達は投げつけられる紙屑に打たれながら、カフェ・ロットガールズから逃げ出した。




「ふう。

嫌われてしまったでゴザルな。」



『でも正直、あの子達の感性が正常で嬉しいよ。

惚れ直した。』



「そうでゴザルよなあ。

けしからんことに昨今は、音楽祭の実行委員に憧れる女子すら居るそうですからな。」




カフェ・ロットガールズのオタク女子達とは、最近かなりいい雰囲気だった。

一緒に食レポイベントを出したり、合同名義で芝居の脚本を書いたりして、気安く往来する仲にまで進展していたのである。




「あーあ、オマエらの所為でリア充生活終わったなw」




『ドランさーん、勘弁して下さいよ。

俺達だって好きで実行委員入りした訳じゃないんだから。』




「まあ、商売やってる限り役職は避けられんよなぁ。

それにしても音楽祭か…

まだまだガキだと思ってたが、オマエらもそういう歳になったんだなぁ。」




==========================




音楽祭。


と言えば聞こえはいいが、要は国策売春イベントである。

この祭典(?)の開催期間中は世界各国から富裕層が集まり享楽の限りを尽くす。


カネさえあればこの世のあらゆる快楽を味わえるので、アホみたいな額の外貨が流入する。

そして遊びに来た何割かの放蕩者が、そのまま移住者として定住してしまう。


カネを使い果たした放蕩者は生活の為に働き始める。

才覚あるものは事業家に、学識ある者は知的労働者に、勇気ある者は軍人に、持たざる者は単純労働者か冒険者に…



「最初、わー国の成り立ちを知った時はショックだったでゴザル。」



『大抵、みんな中等学校くらいの歳で悪い先輩から吹き込まれるよな。

俺もそうだったし。』




そう。

輝かしき我らが自由都市は、この唾棄すべき売春イベントによって起こり、今も世界中から富を吸い続けている。

散々偉そうに批判しているこの俺も悪習の手先に過ぎない。




「ポールソン君、ブラウン君。

見ようによっては汚れ仕事だが…」




深刻な表情でこちらを伺っているのは、産業局の偉い人。

奥にはもう一段階偉い人が居るらしく、パーテーションの隙間からチラチラとこちらの様子を盗み見て来る。


俺達2人はこのお役人の指揮で動く段取りになっている。




『いえ。

我々の様な若造を運営委員の末席に加えて下さった事、光栄に感じております。』




「そ、そうかね。

快諾してくれるなら助かるよ。

最近の若者は潔癖な人が多いからね。

私の若い頃は音楽祭の運営委員なんて取り合いだったのだけど…

今の時代は嫌がる人多いからさ、ははは。」



そりゃあね。

アンタらの世代の醜態を散々見せつけられてるからね。



「いや、仕事自体は難しいものでは無いんだ。

面接ついでに演者さん達がガイドラインを理解しているかを確認するだけの事だから。

大して時間も掛からないし、お2人の本業にも差し支えないと思う。」



直訳すれば、《女共に因果を言い含めろ》という事である。

それも自由都市のスキャンダルにならない形で、だ。


イベントの性質上、過去何度もトラブルが発生しており、国際世論から厳しく糾弾された経緯がある。

政府もかなり神経質になっており、収益を確保しつつコンプライアンスを整備しようと躍起になっている。

国際社会からの批判を躱す為、表向きは民間団体の主催という体を取る。

(その実態はガチの国家総動員イベントだが…)

俺達はトカゲの尻尾という大役を仰せつかった訳だ。

相手が許認可省庁である以上、拒否権は無い。


流石にマニュアル位は貰えると思っていたのだが、指示は全て口頭。

丸暗記してから庁舎を去る。


そりゃあ、そうか。

…流失したら国威が地の底にまで落ちるからな。




「要は女衒でゴザろう?」



『それ、偉い人達の前で言うなよ?

滅茶苦茶怒られるからな?』



「経験者が言うのだから間違い無いでゴザルなぁ。」




カフェに戻る馬車の中から屋台の揚げ餅を買う。

あの役人共、呼び付けて長話をするくせに茶の一杯も出しやがらない。

なーにが、《真心ホスピタリティ》だ。




「ポール殿は、もっと嫌がるかと思いましたぞ。」




『…もう、青臭い反応が許される歳でもないからな。


この前の懇親会、オッサン連中がやたらと音楽祭絡みの下ネタを振って来ただろ?』



「ああ、先週の。」



『場の雰囲気が不快だったから、俺達は先に帰ったよな。』



「拙者ああ言う体育会系の悪しきノリは苦手でゴザル。」



『多分、それで俺達が指名されたんだよ。

今思えば、アレは試験だったんだろう。』



「し、試験!?」



『下心で面接係になりたがる奴を外す為だよ。

あれだけ熱心に志願していたワーグナー男爵やスコット社長は委員会のメンバー入りすら出来ていないだろ?』



「い、言われてみれば。


あ、フランキー殿のグループも見かけなかったでゴザル。

あんなになりたがっていたのに。」



『フランキーの奴は昔から女に汚いからな。

ワーグナー男爵も外面はいいが、夜の街では結構粗暴らしいし。


そういう、問題を起こしそうな連中を、排除した結果…

消去法的に俺達が選ばれた…

そう思っている。』



「草食系の方が問題を起こしにくい?」



『昔は面接で強姦まがいの事件があったらしいしな。

今の時代にそんなスキャンダルが発生したら…』



「わー国の信頼ガタ落ちですな。」



『別に聖人君子を気取る訳じゃないけど…

変な連中にやらせる位なら、まだ俺達がやった方がマシさ。』




ワーグナー男爵、スコット社長、糞野郎のフランキー。

なまじ面識あるからなぁ。

アイツらにやらせちゃ行けない事だけは理解出来る。




==========================





「はーい、それでは次の方どうぞー。」



『えっと次はエントリー番号07番のエルザさんか…』




まあ、面接と言っても大したことじゃない。

中央音楽堂の控室を借りて、出場候補者に色々と説明するだけである。


2週間かけて100人弱と面談。

問題を起こしそうな者や、問題が起こりそうな者をカットしていく。


昨日、結婚詐欺師が現れた以外はとりたて変わったことはない。

(何か様子がおかしいと思って役人に身元照会をさせたら、普通に指名手配犯だった。)


何度か出場している者は売春システムに関しては俺達以上に理解しているし、大抵の声楽サークルではある程度の流れを予め部内に周知してくれている。

(数名、音楽祭が売春の隠れ蓑である事を知らずにエントリーしてきた者がいたが、彼女達には申し訳ないが落選通知を送らせて貰う予定だ。)




「はい、どうもー。

面接官のブラウンです。

お時間割いて下さって感謝しておりますー。」



『お疲れ様です。

同じく面接官のポールソンです。』



「どうもー♪

ラウンジ人魚姫のエルザでーす♪」



「ああ、エルザさんはもう3回目ですね。

じゃあ、流れは大体把握しておられますか?」



「はーい♪

店でヤッてる事と一緒ですよねーw」



『エルザさん!

申し訳ありませんが一応、公的な色合いの強いイベントですので。

くれぐれもご発言には!』



「キャハハw

ごめんなさーい♪

でも太客GETしたいからぁ♪

真面目にがんばりまーす♪」




「では歌唱曲はオリジナルを一曲。

北部地方の民謡アレンジを一曲ということですね?


予選を勝ち抜いた場合は、古典十選から一曲歌って貰いますが大丈夫ですか?」



「はーい♪

段取り把握でーす♪」



『失礼。

補足なのですが。

今年は去年に比べて歌唱スケジュールが1日短いです。

状況によっては連続歌唱もあり得ますので、その旨だけご了承下さい。』



「りょ。でーす♪」




『あの、化粧なんですけど。

当日は…』



「わかってますってww

男受けのいい清楚系でしょ?

春のそよ風フワフワちゃんで行きまーす♪」



『ありがとうございます。

宜しくお願い致します。』




大体、こんな感じの流れである。

このエルザさんは超優等生。

段取りを完全把握している上に空気も読めてるので、こちらも安心感がある。

経験者の面接は長くても15分くらいで終わる。


この日は10名だけ面接。

館長に挨拶して帰路に付いた。




「顔の腫れ、結構酷くなってますぞ。

詐欺の人、滅茶苦茶ですな。」



『マジ?

朝は収まったと思ったんだけど。』



「眼の下が青紫でゴザル。

カフェに戻ってポーションを塗って行きましょう。」



『うーん。

流石に腫れた顔で帰ったらマーサが心配するか。

わかった、寄って行くよ。

時間も遅いから泊めて貰おうかな。』



「じゃあ、拙者も泊まるでゴザル。

作りかけの模型を放置してたでゴザルよ。」




カフェへの帰りに悪い先輩のフランキーと鉢合わせる。

相変わらずヘラヘラした男だ。



「よおっ! ポールちゃんお久ぶりー。

奇遇だね〜♪


あれ、ひょっとして君、ジミー君?

大きくなったねー。

身長とか俺より高いんじゃない?


どう?

折角、偶然会えたんだからさぁ♪

たまには一杯?

仲間を紹介するよ?」



…なーにが奇遇だ

待ち伏せすんなよな、




『ご無沙汰しております、先輩。

別件ありますので。

それでは。』



「オイオイ、塩だな〜w

ポールちゃん、マジで塩w


あ! ちょっw!」




実行委員になった途端に、この手の連中が擦り寄って来る。

この一時で音楽祭の本質が見えてくるというものだ。



その後、ジミーとカフェでハンモックを借りて眠った。

準備期間中は、大体こういうサイクルで動くことになる。


詐欺女にツボで殴られた顔が痛い以外は問題がない。

顔を押さえながら寝る。


最近俺、流されてるなぁ。

でもまあ、こういう起伏が無ければ無いでメンタル不安定になるからなぁ。

まあ、無職オッサンの日常にしては充実している方なのかもなあ。




==========================




数日間。

カフェから出勤する日々が続いた。

ロットガールズ達に嫌われっぱなしでは寂しいので、ドランに頼んでリーダーのクレアを説得して貰う。


余談ながら産業局伝手に、結婚詐欺の人の余罪がどんどん見つかっている事を知る。

ガチでヤバい人らしく、取調室でも俺達への報復を仄めかしているそうだ。



「拙者…。

売買春でリスクを負うのは女性の側だけだと思っていたでゴザルよ。」



『あまり民度の宜しくないジャンルだからなぁ。

俺達も油断はしない方がいいな。』




丁度、この会話を終えた時である。

その子が入室してきたのは。




「どうもー!

アタシも歌姫になりたいっス!」




「え? ノック? え?」




何人か常識に欠けた者もいたが、それでもノックくらいの事は全員がする。

その子だけがノックもせずに入ってきて、勝手にソファーに座って足をプラプラしていた。

風貌を見るにどこぞの辺境から食い詰めて流れて来た田舎娘だろうが、それにしてもこれは酷い。



「…オタク的には逆に合格でゴザルな。」



小声でジミーが耳打ちしてくる。

そう、こういう破天荒ヒロインは創作の中では凄く人気がある。

(俺達の書いている脚本も、如何に弾けたヒロインを描くかに腐心している。)




「…これが芝居の脚本だったら、最高の掴みでゴザル。」




直訳すれば、《不合格》ということだ。

仕方ないよな。

音楽祭には各国の貴族・富豪が来訪する。

そして俺達が担当している中央音楽堂では、特に格調の高い曲目を披露する予定なのだ。

マナーを知らない人間は怖くて出演させられない。

(先日のエントリー番号07番エルザさんは、実はそこも完璧である。)


音楽祭の実態がどうあれ。

あくまで建前的には《古典芸術の発表会》なのだ。




「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

まーた、アタシ何かやっちゃいました!?」




思わず頷きかけて、寸前で首を止める。

おやおや、ジミー君は修業が足りないようだね。





「わ!

わかりますよーーーーーーーーーーーーーーーー!!


お二人のその顔!!!

不合格って顔してますよーーーーーーーーーーーー!!!!」





『あ、いや。

何も不合格とまでは…』




「じゃあ合格っスか?」




『あ、いや。

それは厳正な審査の上で、後日郵送を持って合否の連絡を…』




「それって典型的な不合格セリフじゃないっスかーーーーーーーーー!!!!」




…個人的には合格なんだけどな。

芝居で役を割り振ったらファンが付くタイプである。

ただコイツは如何にも同性から嫌われそうだからなぁ。

舞台に上げるのも難しいか…



「と、ここまでは想定内っス!

天才のアタシは天才的なアイデアを思いついたっスよ!」



『…。』



「な、な、な、な〜んと!

アタシを合格させてくれた暁には!」



『…あ、ちなみに枕禁止ですんで。』



「ちょ!

いきなり最終奥義を封じないで下さいよ〜!」



…ヤバいな。

俺もジミーもこういう面白キャラが大好きである。

というか、かなり男受けするタイプの変人だ。

会場からはつまみ出されるのだが、皆の記憶に後々まで残るタイプ。


あ〜

惜しいな。

この女を舞台に上げてみたかったな。



「枕禁止とか、アタシの存在全否定じゃないっスか〜!

これって結局は歌付きパパ活ッスよね?

本番アリの。」



『あの、音楽祭は我が国の由緒正しき伝統行事ですので。

不当に貶めるような発言は困ります。』



「はーい、ごめんなさーい(笑)

反省しますーん(笑)」




あまりに世の中を舐めた態度に思わずジミーと顔を合わせてしまう。



「えー、でもでもぉ♪

実際はヤルことヤッてるんですよね?

念入りなボディチェックとか、夜の発声練習とか、個室での腹式呼吸訓練とか、ウェヒヒヒ♪」



…マジか。

こんなエロ絵草紙みたいな発言する女って本当に居るんだな。

ああ、そりゃあ実行委員になりたがる奴いるの分かるわ。


机の下ではジミーがこっそり俺の腿にモールス信号を打っている。


《監視の可能性》


と、3回打ってきたので。


《了解、感謝する》


と3度打ち返す。



《監視》とは、治安局辺りの仕掛けた囮捜査という意味だろう。


なるほど。

確かに幾ら何でもこんな馬鹿が実在する筈がない。

エルデフリダにすら知能はあるのだから。



『エントリーナンバー41番。

発言には気を付けて下さいね。

あまりに目に余る言動がある場合、来年以降のエントリーにも制限が掛かってしまいますよ?』



「ゲロゲロ〜、オッサンの癖に真面目クンかよ〜。」



…うーん、セクハラ防止の為に治安局が動いてる事は知っている。

だが動くとして、こんな気狂い染みた捜査官を投入するであろうか?

いや、幾ら何でも流石にこれはないだろう。



「では、説明は一旦後回しにして、歌唱を聞かせて下さい。

ワンコーラスで結構ですので。

ポールソン委員も、それで宜しいですね?」



ジミーが目配せしてくる。

そうだな、これ以上話すのは時間の無駄だ。

ここに来るような女は全員喉自慢なので、多少変な空気になったら歌わせる事にしている。

大袈裟に感心しているフリをしたら、大抵の女は気分良く帰っていく。

41番も、この手で後腐れなく帰って貰おう。



「ふっふっふっ♪

ここまではほんの小手調べっス。

それそろ出しますか、本気って奴をね♪(ニチャア)」



余程自信があるのか、41番は首をコキコキ鳴らしながら簡易の歌唱台に登った。



…なるほど、この展開は絵巻物などで散々読んできたぞ。

田舎から出てきた非常識な無神経女が実は一芸に秀でていて、実力だけで状況を覆して行くというアレか。


ジミーとこっそりアイコンタクトで確認し合う。

そう、俺達オタクにとっては、この展開は基礎教養。

意地でも驚いてやるもんか。



「親の顔より見た展開でゴザル。(ヒソヒソ)」



さりなげなく耳打ちしてくる。

友よ、オマエが相勤で良かったよ。



『どんなに上手くても、白けた表情してやろうぜ。(ヒソヒソ)』



「了解でゴザルよ。(ヒソヒソ)」



41番は堂々とした足取りで歌唱台に登って、満足そうに笑う。



「ま、歌さえ聞いて貰えればこっちのモンって奴ッスよ♪

他の子には悪いけど、枠1つ頂きってね♪」



なるほど、一芸特化型にありがちな増長だ。

きっと今まで歌の上手さだけで、周囲からの寛容を勝ち取って来たのだろう。

いるよな、そういう奴。

でもな?

社会って奴はそんなに甘いモンじゃないから。



いいか?

ここは(年数だけは)由緒正しき音楽祭の面接会場だぜ?

歌さえ上手ければ他は駄目でも大丈夫って姿勢は通用しない。


大体、俺もジミーもこの数日で名手達の美声を散々聞いて来たんだ。

ちょっとやそっとの腕前が通じるなんて思わないで欲しいな。



そんな俺の思考を見透かしたのか、41番は不敵にニィと笑う。

面接会場の空気が、ゆらり、と揺れた。




「アタシの歌を聞けぇーッ!!」




その声量に思わず気圧される。

これが一芸を極めし者が放つオーラか!















「ホゲ〜♪」



ん?




「ホゲホゲ〜♪」



え?




「ホゲゲのゲ〜♪」




…え?




死ぬ程下手じゃねーか!!




==========================




帰りに寄った居酒屋では、エントリー番号41番の話題で持ち切りだった。

他の11人は全員素敵だったが故に記憶に残っていない。

まあ、合格でいいんじゃない。




「斬新な展開でゴザったな。」



『まさか、肝心の歌までアレだとはな。』



「どうするでゴザルか?」



『いや、どうするって。

そりゃあ、不合格にせざるを得ないでしょ。


非常識だし、空気読めないし、下品だし、図々しいし、学歴職歴なしで、ルックスもアレだし、おまけに音痴。


…不合格にせざるを得ないよ。』




「でも、そこが気に入ったんでゴザろう?」




『まあね。』




「ポール殿は昔から、ちょっとアレな女性に惹かれる傾向がありますからな。

拙者もですけど。」



コイツとも付き合い長いからな。

(というか、俺はコイツが御母上の腹の中に居る前から知っている。)

女の好みなんてお互いに知り尽くしている。



『41番以外はどうしよう?』




「取り敢えず合格でいいでゴザルよ。

技量が足りなければ、偉い人がランクの落ちる会場に回してくれる段取りでゴザルからな。


寧ろ足りてないのは身元チェック。

警戒態勢が緩すぎると感じたでゴザル。」




『了解。

カフェに帰ったら日報を書いて、早めに寝ようぜ。』




「思ってたより神経を遣う仕事でゴザルからな。」




ジミーの言う通りである。

女達は一部の例外を除いて、貧しい境遇にある者ばかりである。

なので、音楽祭での一発逆転を狙いに来ているのだ。

具体的には玉の輿である。



音楽祭には世界中から貴族や富豪が集まる。

勿論彼らは後腐れのない娼婦遊びを楽しみたいだけなのだが、極稀に音楽祭で気に入った女を妾として迎えるケースが存在するのだ。

(2年に一回くらい、そういうニュースが注目される)

女達は、その奇跡に全てを賭けてやって来る。


なので、面接官に対する圧が非常に強い。

恨みがましい表情で睨みつけて来る者すら居る。

人生が掛かっているのだから仕方ない。

そんな女を毎日相手にしていれば、嫌でも神経は擦り減るのだ。


居酒屋では日付が変わるまで堪能する予定だったが、フランキー一派が馴れ馴れしく擦り寄って来たので、早めに帰って寝た。




==========================




翌日、翌々日、特に変わった面接者はいなかった。

いや、居たのかも知れないがさして記憶に残ってない。

みな普通に美人で、普通に歌が上手く、普通に世間知があった。

ここまで来るともう流れ作業になっている。

面接も惰性になっており、《売春》を仄めかす発言もしていたかも知れない。

(ゴメン、本当に個々の面接内容がそこまで記憶に残ってない。)



その時。

俺達は居酒屋で食事をしてほろ酔い気分でカフェに戻った所だった。

ジミーがカフェの扉に手を伸ばした瞬間である。




「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

見゛づげだーーーー!!」




と人影が叫んだ。

…ヤバいな、一周回ってロマンティックすら感じてしまうじゃないか。




『これはこれは奇遇ですな。』




「お嬢さん、往来で大声を出すのはエチケット違反ですよ?」



ジミーとこっそり目線を合せる。

何だよ、オマエも随分嬉しそうじゃねーか。




「ちょっとォォォオ!!!!

さっき宿に不合格通知来ましたよォォォオ!!!」




『ああ、それはそれは

残念でしたね。』




「我々2人は評価していたのですけれどね。」




「アタシ以外は全員合格してたじゃねーーーーか!!!

チクショーーーーーーー!!!」




…あ、ヤバい。

俺、多分この子好きだわ。




「何でアタシだけ不合格なんスかっ!

オイイイイイイイイイイ!!!」




「いやあ。

選考自体は委員会全体で総合的に行われるものですからね。

いやはや、残念でしたね。

じゃ、我々は別件あるので。」




ジミーが軽く俺の腰を叩く。

直訳すれば


《オマエ、この女に入れ込むつもりなんだよな?

駄目に決まってんだろ?》


という意味である。




「…歌姫には、可愛い子しかなれないんスか?」




背中から聞こえた声に、俺は思わず立ち止まる。

隣からジミーのわざとらしい溜息が聞こえた。




『あんなもの。

ただの売春イベントですよ。

選ばれる方がおかしいのです。』




「ポールソン委員ッ!」




『後で猛省します。』




「委員、発言を撤回して下さい。」




『後ほど撤回します。』




「この場での撤回を要求します。」




『…なんかもう色々と誠にごめんなさい。』




怖い怖い。

オマエも最近貫禄出て来たよなあ。

そりゃあそうか、もうコイツも30男なんだよな。




「女の子はみんな、歌姫になりたいって思ってるっスよ?」



…世も末だな。



『運営実態を知らないからですよ。

ああいう一見華やかに見える世界って

裏は汚いものです。』



「表が綺麗ならそれでいいじゃないッスか。」



『一時の華美の為に後ろ指指されても仕方ないでしょう。』



「…それはスポットライトを当てられた事のある人の考え方ッス。

アタシだって、女の子なんだから一生に一度くらいは綺麗な格好して

皆からチヤホヤされたいッス。」



「ポールソン委員。

候補者との私的接触は厳禁されている筈です。

お忘れですか?」



ジミーが強く俺の肩を掴む。

ありがとな。

この歳になると親ですら説教してくれなくなってさ。

オマエくらいのモンだよ。



『もう落選したって本人も言ってるし。

…ゴメン、流石にそんな屁理屈は通用しないわな。』



「馬車を呼びます。

本日は一旦御帰宅下さい。

宜しいですね?」



『はい、ブラウン委員の仰る通りに致します。』



ジミーはしばらく俺の肩を鷲掴みにしていたが、不意に力を緩めて身を翻した。



「人数分の馬車を呼んで参ります。

2人とも決してそこを動かないこと。

宜しいですね!?」



…年下にカッコいい事されると、自分のダサさが身に染みるよな。



「え? え? え?  どういう事っスか?」



『言い分くらいは聞くよ、ってことさ。』




「え?  あ、ありがとッス。」




『礼なら、あの格好いいお兄さんに言っときな。

話を聞くのはカッコ悪いオッサンだけど。』




「オッサンって歳じゃないでしょ?」




『来年40歳。』




「お、おう。

もうちょっと年相応のファッションしたらいいのに。」




…余計なお世話だ。




『猛省するよ。

でも、選考は覆らないと思うよ?

俺達は単なる面接役だし、最終決定権はないから。』



↑ これは嘘。

実は今、言い分が9割方通る立場には居るのだ。

(中央音楽堂の人選に関しては、ほぼ俺とジミーが決めている。)

何せ結婚詐欺の人に怪我をさせられて以来、産業局が俺達に借りを返したがっている。




「そうッスか。

…アタシ、一生ボロを着て他の子から笑われて生きて行くんスかね?」



『別に着てる服なんかで人間の価値は決まらないだろう。』



「女の価値は決まるんスよ。」



マジかー。

大変だな。



『今、君が着てる服。

そんなに変だとは思わないけど。』



ちょっとビッチっぽいけどな。



「バーゲンで1000ウェンで買ったんス。

男の人には分からないかも知れないけど。

女同士ならすぐにわかるんスよ。


ほら、袖とかほつれてるでしょ?

生地が安いとこうなるんスよ。

コレ、女の世界じゃ問答無用でギルティッス。」



『…服、詳しいんだね。』




「田舎に居る時から、ずっとカタログばっかり見てたッス。

都会に来ればカッコいい女になれると思ったんスけど。

キラキラとは真逆の生活ッスよ。


お兄さん、って歳でもないか。

オジサンって金持ちなんでしょ?」



わざわざ言い直すな、傷付くから。




『親が会社経営してるから。』



「親ガチャ当てた人って羨ましいッスわ。

そのネクタイ、アーモンド&パンプスの特注版でしょ?

大金持ちじゃないっスか。」



『取引先に押し付けられたんだよ

好きで着けてる訳じゃない。

…相手は元請けだし、学校の先輩だし。』



「アタシもブランド押し付けられるような身分になってみたいッスよ。

貧乏人に押し付けられるのはダサくてしんどい仕事だけだから。」



『ああ、そうか。

君ほどファッションに拘りある人なら。

歌姫の派手な衣装には惹かれるかもな。』



「特に今期のドレス。

デザインチーフがジョー・ラッセンで、アクセ担当してるのがポリーニ工房じゃないッスか。

…女だったら誰でも憧れますよ。」



『女の子は分かってないんだよ。

偉そうに音楽祭なんて銘打ってるけど…

あれの実態はただの売春イベントだよ?

ロクなもんじゃない。』



「わかってないのは男の人の方っス。

歌でも売春でも何でもいいんスよ。

女は誰だってスポットライトが欲しいんスよ!

一度でいいからドレスを着て!

気分だけでもお姫様になりたいんッス!!


…親のカネで偉くなった人にはわからないだろうけど!!」



『…ドレスが着たかったのか?』



「そうに決まってるでしょ!!」




『着れば満足するものなのか?』



「…わからないよ。

華やかさとは無縁の人生だったから。


私の実家、過疎地の猟師なの。

家族は、村長の命令で朝から晩まで山を駆け回らされて…

住んでた小屋には鹿とかスライムの臭いが染みついてた。


私、ずっといじめられてたの。

《ゴミ女》って呼ばれてた。

…臭かったから。


都会で生まれ育った金持ちには想像もつかないだろうね?

世の中には努力してやっと売春婦になれる女も居るんだよ!」



『…それでも売春はして欲しくない。』



「じゃあ、面接官なんてやらなきゃいいでしょ!」



『まあね。

俺も最初嫌だったけど。


でもまあ、気に入った女の子に売春をさせずに済むんだから

そこだけはありがたいからな。』



「余計なお世話なんだよ!

売春くらい好きにさせろよ!!


…ねえ、今からでもアタシを捻じ込んでくれない?

身体くらいしか払えるものはないけど。


…顔も身体もこんなだけど。

でも男の人って若い女好きなんでしょ?


アタシだって一生に一度くらいはドレスを着たいのよ!」



==========================




深夜の音楽堂。

先程からジミーは一言も口を利いてくれない。

壁にもたれて腕を組んだま俺達を監視している。



『これ、歌姫のドレスなんだってさ。

どう?

これっていい物なの?

俺は男だからよく分からないんだけどさ。』



「見てわからないッスか?

帝国とか首長国の御姫様が着る服ッスよ。」



『まさか!?』



「常識ッスよ。

国際的イベントは、ファッションブランドにとっては宣伝のチャンスッスから。

各社がエースのデザイナーを投入して来ます。


ほら、アダム・アダムスって署名あるでしょ?

このデザイナー、新人賞取って無いから無名だけど…

初期作から別次元だった。


肩のフリル、ちょっとセオリーからずらした位置に付いてるでしょ?

これってどう見ても周囲の反対を押し切って決めたデザインなんスよ。


ちょっと股を開いた位でこんなドレスが着れるなんて…

良心的なイベントだと思うッスよ。」 



『ゴメンな。

そこまで思いつめてたとは知らなかったよ。』



「女は皆思いつめてますよ。

顔に出したら負けだから、平気なフリしてるけど。

みんな、泣いたり叫んだり…

そういうの押し殺してステージ目指すモンじゃないっスか。」



『ドレス、1人で着れる?

袖通してみなよ。』



「わかってて言ってます?

このランクのドレスって一回着る度にデザイナー本人が仕立て直すんスよ?

皺とか汗とかつくから。」



『へえ、そうなんだ。

でも俺は他の子じゃなくて…

君に着て欲しいんだ。』 



「…馬鹿。」



41番は数秒ドレスを睨みつけていたが、果断に手を取るとその場で着替え始めた。

脱ぎ捨てられた衣服は、やはり俺でも分かるレベルの安物だった。



「オジサン、怒られるんスか?」



『この後、そこのお兄さんにこっぴどく怒られる予定。』



「もっと偉い人に怒られたりしないんスか?」



『証拠隠滅するから大丈夫。

まあ、その隠滅をそこのお兄さんに怒られると思うけど。』



41番はジミーの方を向いて申し訳無さそうに頭を下げる。

少しだけ柔らかい表情でジミーは軽く手を挙げ、俺と目が合うと表情を戻した。



「まさか生着替えプレイするなんて思ってなかったッス。」



『ドレスの額が額だからな。

そこは諦めて欲しい。』



「…ホック、お願いしていいっスか?」



『…わかった。』



「着替え手伝うの、妙に慣れてないっスか?」



『元嫁とか幼馴染とかが、こういうアホみたいな服を着てたんだよ。』



「…何でアタシにまで優しくしてくれるんスか?」



『…さあ、なんでだろう。』



「同情ならやめて下さいね?

ムカつくんで。


ねえ。

ブスなら簡単にヤレるとか思ってます?


ほら、他の子はみんな美人じゃないッスか。

何でそっちに行かないんスか?

待合室で、ブスはアタシ一人だから凹みましたよ。


他の子達はお互い仲良くなって一緒にランチとか行ってたんですけど。

アタシは…」



『メシくらい幾らでも食わせてやるよ。』



「…馬鹿。」



そんな会話をしていると、いつの間にかジミーが部屋の外に出ていた。

どうやら外で見張りをしてくれているらしい。



『…似合うよ。

可愛い。』



「馬鹿で嘘つき、サイテー。」



『最低の馬鹿野郎ってのは同意するよ。』



「…ふふっ。

あはははは。


…全然似合わない。

キモい! ダサい! ブサい!!


全然似合ってないッ!!!!!」



『…俺はそうは思わない。』



「アタシがそう思うの!


ずっとオマエはブスだって言われて生きて来たから!

親にも鏡にもずっと!!!」



『…俺はそんな事は言わない。』



「ドレスなんて着なければ良かった!

憧れのままにしておけば良かった!!」



『…評価は見る奴に委ねろよ。

似合ってるよ。

悪くない。』



41番は無言で俺にもたれ掛かって泣いた。

ドレスの皺がゆっくりと広がる。


下らねぇ。

こんなペラペラの布切れの為にみんなが一喜一憂してるのか。



「こんなにクシャクシャに汚れて…

最低。」



『そうだな、君は笑ってる方が可愛いよ。』



「ドレスの話よ!!!」



やれやれ。

何やってんだ、俺。



==========================



「ポール殿。

そのドレス…

またスキルでゴザルか?」



『うん。

理論上、元に戻ったと思うんだけど。』



「これ、合わせの部分が逆でゴザルよ?」



『え?

マジで?』



「いや、カタログにも右前って書いてあるでゴザルし…

スキルの掛け直しって…」



『ご、ゴメン。

今やってるんだけど。』



「…まあ、たまには怒られるのもいい薬でゴザルよ。」



『怒られるかなー?』



「その程度で済めば御の字でゴザロウ?

まあ、ポール殿はレニー殿が責められなければそれで満足なのでゴザロウが。」



『レ、何?』



「41番。」



『ああ。

最近、若い子の名前が覚えられないんだよ。』



「歳は取りたくないものですなあ。」




==========================



結局。

俺ことポール・ポールソンは…


実行委員として売春イベントの片棒を担ぎ。

権力を私的に濫用して備品のドレスを崩してしまった上に。

10歳年下の相勤者に一緒に謝罪して貰った上に。

父親や元請けのコネで事態を収めた上に。

後、ついでに衣装係に知人を捻じ込んでしまった。

噂を聞きつけた屑野郎のフランキーが満面の笑みでサムズアップしてきたので、やはり俺の為した事は悪徳なのだろう。


はいはい。

わかってますよ。

何もかも悪いのは俺ですよ。


…じゃあ皆さんご一緒に。


さんはい。


…サイテー。

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