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【清掃日誌10】 キスマーク

シャンパンの開栓音が絶え間なく鳴り続けている。

一瞬コルクが転がる音が聞こえたが、すぐに消えた。

背後から男女の笑い声がクスクスと聞こえる。

各テーブルには色とりどりのフルーツが高く積まれ、薄暗いフロアを妖しく照らし上げている。


ここは総合債券市場のVIPフロア。

現在進行中の世界大戦の最前線である。




眼下では帝国の官僚が勇ましい口調で、自国が勝利寸前である事を力説している。

曰く、帝国軍は装備・兵力・士気の全てで王国軍のそれを上回っており、近いうちに王都すらも陥落させる事が確実であるそうだ。


成程、大した物である。

そこまで勝利が確定した状態で、2000億ウェンもの臨時戦争国債を必死で起債する理由までは理解出来ないが。


帝国官僚氏は満面の笑みで力強く拳を振り上げ

「王国の命運は尽きたも同然!」

と繰り返す。




《味方しないなら、次は自由都市を標的にするぞ。》



そんなニュアンスも多分に含まれている。

現に帝国は自由都市と首長国を結ぶ幹線道路に近い位置に複数の監視塔を設置した。

言うまでもなく我々に対する牽制である。


帝国・王国共に、相当苦しい。

双方明らかに戦費が底をついている。

休戦するには国内世論を煽り過ぎたし、そもそも2大超大国を仲介可能な勢力が存在しない。




「皆様! 帝国と共に新しい世界秩序を構築しましょう!」




帝国官僚氏は朗々と演説を締めくくったが、当然戦時国債は大量に売れ残る。




「帝国は皆が幸福に暮らせる明るい未来を望んでます!」




既に制限時間は過ぎているが、官僚氏は張り付いた笑顔で粘る。

司会もそれとなく退出を促すのだが、官僚氏は聞こえないフリをしながら演台に居座っている。




「世界の皆様、共に手を取り合いましょう!!




官僚氏のポーカーフェイスが崩れ、ここからでも冷や汗を垂れ流しているのが見えた。

マーケットがここまで帝国を拒絶するとは想定していなかったのだろう。




「我々帝国は!!

旭日昇天!! 金甌無欠!!

必ずや、この戦争に勝利致します!!!」




官僚氏の経歴表を見る限り、かなりのエリートである。

帝国の上級官僚登用試験を主席で合格し、30代で次官に登りつめたとあるから相当なものだ。

無論、弁舌も爽やかで風采も堂々としている。


そこまで優秀な人物でも…  わからないのだろうか。

オマエらの勝利なんて、誰も望んじゃいないんだよ。




「ポール。

オマエが彼なら、どうやって帝国国債を売る?」



『演説ではなく、有識者へのヒアリングを行うかな?

そもそも彼らはマーケットの感情を全く理解出来ていない。』




そう。

投資家にとっての焦点は、《王国か帝国か》ではない。

《資本主義国家か封建主義国家か?》

本当にそれだけが本音なのだ。




あの帝国官僚氏は、本気で自国の勝利を周辺国が喜ぶとでも思っているのだろうか?

帝国人は日頃属国人ばかりを相手にしているから、その感覚が抜けないのだろうか?

俺には謎だ。




==========================




自由都市の豊富な投資資金を狙って、帝国が様々な公債を乱発している。

当然、売れ行きが悪い。

世事に疎い俺でも予測出来る事だが、彼らはデフォルトを前提に軍資金を掻き集めている。



ドナルド・キーンに課せられた任務の一つに、彼が誘致して来た亡命者達の引率がある。

彼らが利率に釣られて帝国国債を大量購入してしまわないよう、正しい資本主義的思考を伝道するべく立ち回ってるそうだ。

そんな重要な任務に何故俺が付き合わされているのかって?



下請け業者だからに決まってるだろう?

馬鹿馬鹿しい。




「そう拗ねるな。

オマエが居てくれて私も助かっているんだ。」



『…それは何より。』




あながち嘘でもない。

人手はあるに越した事はないのだ。




ちょっとグラスを取ってきたり

ちょっと葉巻を探したり

ちょっとウェイターに伝言を頼んだり。

ちょっと盗み聞きをしている者がいないか警戒したり。




そういう雑用役が居るか居ないかで、ドナルドのパフォーマンスは大きく変わって来る。

だから雑用を頑張るよ。

さっきはクローク係と帰りの手順を綿密に打ち合わせしたしね。

俺もたまには国益に寄与しなくちゃね。





…さて、今日の俺には真の役割がある。





「ちょっと!

ワタクシ、あの女とは同席しないって言ってるでしょう!」



『エル。

君が我儘を言えば言う程、ドナルドの立場が悪くなるんだ?

ソロコフ夫人とは部屋の反対側に居ればいいじゃないか。』



「それは嫌!

ワタクシが逃げてるみたいじゃない!

時代が時代ならあんな女、目を合わす事すら許されないのに!!」




エルデフリダの幼稚な脳内がどうであれ、ソロコフ夫人は帝国閣僚の奥方様。

不動産屋の女房風情が偉そうな口を利いていい相手ではない。




『わかった。

誰とも口を利かなくていいから。

このVIP用レストフロアに居てくれるだけで構わない。


今、ドナルドは本当に忙しいんだ。

彼にしか出来ない任務を行っている。


そしてそれは世界全体の平和と幸福に直結した偉大な任務なんだ。』




「当然よ。

あの人はいつだって立派で重要なお仕事をしてるわ。

アナタなんかと違ってね。」




『理解してくれるなら、話が早い。

じゃあVIPレストフロアで時間を潰しててくれるね?』




「嫌!

このワタクシが1人で惨めにただ座ってるなんて出来ないわ!

アナタがエスコートしなさいよ!!」



『え?

お、俺が?』




「子供の頃はずっとそうしてくれたでしょ!」




なあ、本当に何を言っている?

…君は人妻だろう。




『あの人もいつも言ってるもの♪

《ポールソンなら全部問題なし》、って。』




…オイオイオイ。

どうしてこの夫婦は俺の都合を一度も考えてくれないんだ?





==========================






VIPレストフロア。

要は世の夫たちが仕事の邪魔をする女房達を隔離しておく為の檻である。



その証拠に金銀財宝が散りばめられた調度品やら、有名なオペラ歌手・アスリートやら、最新のスイーツやらが部屋中を埋め尽くしている。

相手が子供であれば飴玉一つで黙らせられるのに、女というのは兎角手間が掛かる。



せめて女同士仲良くしてくれれば、手間が省けるのだが…

それすら出来ないポンコツも厳然として存在する。

…まったく。




『エル。

パティスリー銀馬車の新作チョコレートだ。

良かったなあ。


じゃあ、俺は仕事に戻るから。』




「…(ギュッ)」




『何?』




「今日はずっと居てくれる約束でしょ?」




『…本当に戻らなきゃいけないんだ。

君の旦那様は1人で3人の顧客の面倒を見ている。

…いずれも大物ばかりだ。

万が一にも失敗は許されない仕事なんだよ。』




あの男も、いつもは一組ずつ面倒を見ているんだけどね。

顧客が駄々をこねたら無理をせざるを得ないよね。

動く金額が洒落にならない上に、亡命者たちはドナルド・キーンにしか気を許していないから仕方ないよね。

政治局の人からも釘を刺されているから、尚更だよね。



「知らない!

馬鹿馬鹿馬鹿!! (ポカポカ)」




信じられるか?

この女も俺と同じく来年には40歳になるんだぜ?

世も末だよな。




『わかった。

エル、落ち付こう。

皆が見ている。

ドナルドの名誉に傷がつくぞ?』




「…ぐぬぬ。」




まあ、実際。

ドナルド・キーンは名誉が傷付くどころか、大いにその名声を高めているのだが。

理由は極めてシンプル。

こうしてたまに帝位継承権の保有者(最末席だが。)を妻として連れて来る事が、内外に対して牽制になっているからである。


ドナルドも俺も本当はこんな女を連れて来たくはなかった。

だが、政府の偉いさん達はコレが有効なカードだと信じて疑わないのだ。

正直、アンタらの正気を疑うね。


俺達をガードしている治安局の密偵達も、意味ありげに優しくウインクしてくる。

見て解からないのか?

アンタら防諜のプロだろ?


この女は外交現場に出してはならない狂人なんだぞ?

なあ聞いてくれ。

エルデフリダは亡命貴族だから感情がピーキーな訳ではないんだ。

生まれつき頭がおかしいだけなんだよ。

だって他の亡命貴族女性は全員ちゃんとしたレディだろ?




「また失礼な事を考えてるでしょ!」




『…いや、エルはそういうフォーマルなドレス姿が似合うと思ってな。』




「いっつもいっつもいい加減な事ばかり言って!!

もうアナタには騙されないんだからね!!」




…やれやれ、一体どうしろと。




俺はフロア中を回ってエルデフリダの好物を揃える。

小ぶりのチョコレート、シェリー酒、ライム風味のマシュマロ。

ああ、ここは男の目も少ないし婦人用葉巻を吸わせてもいいかもな。

誰か鎮静作用のある葉巻を発明してくれれば小遣い全額を費やすのに。




「食べ物で誤魔化されるとか思わないで頂戴!」




マシュマロをムシャムシャ頬張りながら言う。

30年前はそういう仕草も可愛いと思ったんだがな。

流石にこの歳になるまで進歩してくれないなんて思いもよらないじゃないか。

10代の頃の俺が見たら100年の恋も醒めるぞ。




『あのね、エル。

俺はどうすればいいのかな?

教えてくれると嬉しいな。』




この女、本当に育児が出来ているのか?

息子さん、もうすぐ中等学校だよな?

君、家庭で親としての役割を本当に果たせているのか?




「むーーーーー。」



『唇を尖らせるのはやめなさい。

皆が見てるから!』




ああ、あの御婦人がソロコフ夫人か。

向こうもかなりエルデフリダを意識しているな。


マズいな。

これ以上醜態が続けば変な噂が生じかねないぞ。

(何故、未だに生じていないのかは謎だが。)




「むーーーーー♪」




エルデフリダはモジモジしながら、ダンスフロアを見ている。

ああ、ああやって男にエスコートさせて踊る様を見せつけたいのね。

…そっか、確かソロコフ夫人は帝国で一番大きな舞踏サロンを主催しているんだったか。

ああ、なるほどなるほどなるほどね


…糞が。




『わかった。

それじゃあ、俺がドナルドに何とか時間を作れないか頼んでみるよ。

それでいいよな?』




…勿論、ドナルド・キーンにそんな時間がある訳がない。

彼には首長国側の動向を探るという任務も課せられている。

この後ドナルドはフロア中をチェックして、自由都市世論が首長国に入れ込み過ぎる事を防止しなければならない。

これ以上援軍を送らされると本格的に帝国・連邦両国を敵に回す羽目になる。

それだけは絶対に防がなくてはならないのだ。



首長国の目的は、我が自由都市との相互防衛協定を一連托生レベルに引き上げる事。

帝国の目的は、我が自由都市を首長国を始めとする周辺国と切り離し衛星国として取り込むこと。

俺達の目的は、そういった列強の思惑を粉砕して自由を守り通す事である。



なあ、エルデフリダよ。

俺達は君に構ってるほど暇じゃないんだ。

今は国債の売れ行き次第で世界の命運が決まってしまう時代なんだよ。




「あら、この曲懐かしいわ… (チラッチラッ)」




『…今ドナルドを呼ぶのは無理だ。

彼は本当に忙しいんだ。』




俺がそう言うと、この女は心底不思議そうな顔で首を傾げる。

そして俺の口元に手の甲を突き出して来た。




『正気か?』




声を出して自分自身に問いかけてしまう。

普通、公的な空間で人妻の甲にキスするかね?

頭がおかしいんじゃないのか、ポール・ポールソン。




エルデフリダは満足そうに頷いてから、ソロコフ夫人を見て意地悪く笑った。

心なしか夫人は悔しそうな表情を浮かべてダンスパートーナーの手を振り払い、足早にフロアを立ち去ってしまう。




「~♪」




余程嬉しいのか、エルデフリダはヘンテコな舞をヒラヒラと周囲に見せつけている。

(本人曰く「勝利の舞ですわ!」とのこと。)

ああ、この動き見覚え有るわ。

どうしてあの頃の俺はこんなのを妖精や舞姫と錯覚したのかね。

男って女の次に馬鹿な生き物だよ。




「ねえ、ポール♪

さっきのあの女の顔w

見た?

可哀想に、酷い表情だったわねぇ♪」




『…ああ。』




可哀想に、今の君は本当に酷い表情をしている。

さて、責任は誰にあるのだろう。

キーンか、ウラジミール7世陛下か、ソロコフ夫人か…

まあ、俺にも何%かの製造物責任があるのだろうな。




==========================




マズいな。

エルデフリダが幸せそうに俺の腕にしがみついている。

治安局の密偵達も「マズいッスよーー!!」という表情をしている。


いや、本当にヤバいって。

…これ醜聞になりかねないぞ。




『さて、奥様。

ダンスの練習は十分でしょう。

それではキーン社長を呼んで参りますね。』




やや周囲に聞こえるように言ったのだが、この馬鹿は「やーやーなのー♪」と言って俺の腕から離れてくれない。

参ったな、幾つかのグループがこっちを見てヒソヒソ話し始めている。




「ねえ。

もっとしてぇ♪」




『ああ、奥様。

少し酔いが回られたようですね。

キーン社長と間違えられてしまうのは光栄ですけれどね。』





「ポールはまだワタクシの事、好きでしょ?

ふふ、知ってるんだから。

知ってるんだからね♪



…だったら、もっとワタクシに優しくしてよッ!!」





…この台詞。

フロア中に響き渡ってしまったな。

オイオイ、オマエら聞き耳立てるのはやめろよ。

ちょ、そこ嬉しそうな顔でニヤニヤしない!




「ねえ、ポールぅ♪

もう一曲、もう一曲だけいいでしょ?」




『…奥様。

そろそろ旦那様との待ち合わせの時間で御座います。』




「…嫌。」




『旦那様がディナーを予約して下さっております。

我々も時刻に馬車を回す様に命令されておりますので。』




「嫌ぁッ!!」





==========================




密偵達が全身から脂汗を垂れ流しながら、救いを求める様に俺を見ている。

悪いな、助けて欲しいのはこちらの方だ。


エルデフリダは泣き疲れたのか、俺にもたれて寝息を立てている。

俺はそれ以上に疲労しているが、寝入る事は許されていない。

間もなく合流時間なのだ。



VIP達から今日の感想を聞き出しつつ、恙無く帰宅させるという任務が俺達には残されているのだ。

ドナルドには、王国からの大物亡命者であるディーン伯爵の対応に専念させなくてはならない。

その為には俺がフリーハンド状態でクローク前に戻っていなくてはならない。




「…うーん♪」




幸せそうな顔で寝やがって。

等と思っていると、ドナルドが小走りに戻って来る。

表情は優美だが目は笑ってない。

そして俺に耳打ち。




「コレの事は任せる、と言っただろう。

何とか宥められないのか?」




『全力で宥めてこれだよ。』




「伯爵がオマエに会いたがっている。

経済学部出身者の意見を聞きたいそうだ。

すぐに来い!」




『俺なんかの意見が何になるんだ!?』




「向こうはオマエを買ってるらしい。

気をつけろ、伯爵はオマエの論文にも目を通してるぞ。

大至急来い!」




『奥方はどうする!?』




「このまま寝かせて置きたいのだが…

睡眠薬とか持ってないよな?」




『あっても自分様用に残すよ!』




治安局の密偵氏が小走りで俺達に駆け寄り、《救命用の睡眠薬なら所持している》と囁く。

あの距離から俺達の会話を把握したか…

我が国の防諜体制も捨てた物では無いな。

ドナルドが密偵氏に「3日は起きない分量を処方して欲しい」と頼むも、「死んじゃいますよ!」と拒絶される。

喜劇のようだが笑えない。



この3日間は各種公債の募集期限が集中している為、各勢力が莫大なエネルギーを費やして我が国の投資資金を奪い合う。

帝国·首長国·財界·軍部·親王国派の思惑が激しく交錯する3日間なのだ。



特に帝国にとってはタイムリミットがこの数日だ。

ここで今期の資金を捻出出来なければ、帝室は諸侯への支援金を打ち切らざるを得なくなり、著しく統制力を損なう。

逆に軍費さえ捻出出来れば、山岳部族の蜂起を鎮圧した皇帝がそのまま北部戦線に向かえる。


「兵糧が無限にあるなら3年掛からず世界を征服出来る!」


皇帝の口癖が夢想で無い事は、彼の輝かしい戦績が証明している。




一方、先の紛争で帝国から領土割譲を受けた首長国はその奪還戦に怯えている。

なので、今回の対王国戦争が早期に収まってはマズいのだ。

帝国と言う国は昔から馬鹿の1つ覚えの様に、王国と首長国に交互に戦争を仕掛けている。

そう、次は確実に首長国が標的になるのだ。



なので、この3日で首長国も数々の公債を発行する。

言うまでもない。

帝国への投資を妨害する意図だ。



明日には首長国の姫君が直々に演説を行う。

これを支援し親首長国の世論を盛り上げつつ、投資額がそこまで集中しないように抑制し、かつ我が国が帝国の恨みを買わないように立ち回るのが、ドナルド·キーンの使命なのだ。




『そんな事、出来るのか!?』




「成し遂げられなければ、帝国の矛先がこちらにも向かいかねない!

大体、帝国では反自由都市派が主流なのだ!

現にトハチェフスキー公爵は皇帝に自由都市攻撃を上奏しているんだ。

公爵だけでも2個師団を動かせるんだぞ!」




俺の知るドナルド·キーンは如何なる時にでも余裕の笑みを絶やさない男だが、今は頬が痙攣している。

俺が思っている以上に情勢は厳しいらしいな。



「うーん♪」



エルデフリダが起きそうになったので、慌てて皆で身体を押さえ付けて睡眠剤を投与した。

(俺は両足を押さえつける担当)



「キミ、効き目はどれくらい持つ?」



「は、8時間程度は。

あ、でも体質によっては3時間程度で目を覚ます者もおります。」



自信なさげに説明する密偵氏を睨みつけてから、ドナルドは俺の手首を掴んでフロアに歩き出す。

アンタも大変だな。



「その顔で伯爵の諮問に答えるのはマズい。

すぐに洗って来い。

スキルを使っても構わん。

金貨を何枚か預けるから!」




ドナルドに追い立てられて、パウダールームに向かう。

あの女、首筋の一番目立つ場所に付けやがって…

襟を立ててみるが、当然隠せない。




『…セット!』




==========================




俺は伯爵氏のテーブルに戻り、幾つかの時事に関する質問に答えた。

自分では役に立てたか大いに疑問だったが、伯爵は上機嫌だった。




「君の目線は本当に面白いね。

えっと、あの卒業論文のタイトルは何だったかな?」




『《生産自動化が国際資本移動に与える影響について》です。

ソドム大学経済学部在籍時代にル=シャッコ教授の御指導を賜りました。』




「…ホホホ、随分タイムリーだね。」




『執筆当時は《夢想屋の珍説》《机上の空論》、と笑いものにされておりました。』




「はははは!

先覚者というのは常に理解されないものだよ。


うむ、ポールソン君。

今度、私の朝食会に来なさい。

皆に紹介してあげよう。」




『…早起きの練習をしておきます。』




==========================




伯爵の馬車を見送り、俺達は小走りでVIPフロアに戻る。

ホーウッド会長やリッパー局次長から呼び出されている上に、明日の首長国演説に備えなければならないからである。

先程も帝国官僚団と首長国官僚団が一触即発の雰囲気になり、会場側が慌てて引き離したばかりである。

そして何より、予備の睡眠薬を受領しなくてはならない。




『諮問への回答。

あれで良かったのか?』




「上々だ。


…だが。

顔を洗えと言っただろう。

スキルは使わなかったのか?」





いつも言ってるだろ。

俺のスキルはゴミしか消せないんだよ。

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