ストーカーが轢かれました
テーマ「あなたの病室で」「心底憎いといった表情で」「キスをした」の3ワードを友達と短編練習を兼ねてそれぞれ120分で書き上げました!この時間でも恋愛系はまとめるのが難しい。時間が足りず詰め込みすぎた気がしますが書き上げられました。
学生の頃、好きで好きでたまらなかった人がいる。
同級生の木下達也くん。
男子テニス部に所属していた達也君は、2年生のときダブルスで県大会ベスト2になり注目を集めた後、3年生では県大会で優勝した。
帰宅部だった私はテニスコートが見える空き教室からいつも練習を見ていて、公式の試合もこっそりと応援にいっていた。
私の学校のテニス部は強いことで有名だったし、彼は特に人気も高く常にギャラリーが大勢いたから私はその中にいるミーハーな内の一人。
それをいいことにずっと達也君の練習を見ていた。
告白をしたいとか、彼女になりたいとか、そんな大それたことを考えていたわけじゃない。自分の中ではアイドルと同じような感覚。毎日一生懸命練習している姿や仲間と楽しそうにしている姿を見られるだけでよかった。
「結菜さん。僕と付き合ってください」
「はっ?えっ、なんで……」
社会人になって1年。
小さな会社の事務員をしている私は最寄りの駅で急に声をかけられた。
今日も残業。疲れた体を引きずるようにしていた私は、見覚えのある人に言われるがままついていき、いきなりそう言われた。
どういうこと?
まったく意味が分からない。
「好きなんです。高校の時からずっと、だから僕と付き合ってください」
「い、いやいや。そもそもなんで私」
「だって、結菜さん僕たちのことずっと見ていましたよね」
そう言ってニコッと笑う顔に言葉が詰まった。
木下史也くん。
達也君の弟で達也君とダブルスを組んでいた相手。
「それは……」
「知っています。結菜さんが僕じゃなくて兄さんを見ていたこと。でも、結菜さん今彼氏いないでしょ?だからお試しでもいいんで僕と付き合ってください」
「え、っと……冗談はやめてほしいっていうか」
「そう思われたら困るから学生のときはずっと我慢していたんです。僕も今年から社会人になりました。真剣ですよ」
空いた口がふさがらない。
そもそも私の存在を知っているのにも驚いたし、今更なんで、とも思う。
無理だよ、と首を横に振るが史也は相変わらずにこにこと笑いながら、私の手を取った。
「結菜さんが僕たちのことずっと見ていたのと同じように、僕も結菜さんのことずっと見ていたんですよ。だからなんでも知っています。今働いているあなたの会社も、あなたがどこのマンションに住んでいるかも、あなたが好きなものも嫌いなものも、全部全部知っています」
怖い。
ここまでくると正直気持ちが悪いし、今すぐ手を振り払って逃げたい。
けれど史也君の力は強くビクとも動かない。
「ねぇ結菜さん。僕のことも見てください。僕も好きになって」
「ふ、史也君。手、痛い」
「あっ!名前覚えていてくれたんだ。嬉しい」
話がかみ合わない。
でも、心底嬉しそうに笑う史也君にこれ以上強く言えなくなってしまった。
困り果てていると、パッと手が離される。
あまりにあっさり手が離されて驚くと、史也君はメッセージアプリを開いた。
「連絡先も交換しましょう。僕毎日連絡しますから」
「いや、だから私は史也君とは付き合えない」
「それでもいいから」
ぐいっと突き出された携帯を見つめ、少し考える。
頭ではやめたほうがいいと思っているのに、右手がポケットの中に入った。
「ありがとうございます。僕は絶対に結菜さんを悲しませないし、一人にしないし、ずっと大切にするんで。本当おすすめです」
「なにがおすすめよ……私返信遅いから」
「返信なんてしてくれなくていいですよ。既読になるだけで十分です」
そうして連絡先を交換してから早いもので3年が経った。
彼に悪いとは思いつつ、明確な返事もしないまま今でも史也とやりとりを続けている。
本音は彼氏を作っていない時点で察してよという気持ち。
そもそも本当に嫌だったらブロックでも何でもして逃げればよかった。ストーカーのような言動をしていたから警察に相談してもよかった。
けど、それが出来なかったのには理由がある。
あれほどまでに誰かに求められたのが初めてだったから。
平凡な家庭に生まれ、平凡な学生生活を送っていた私は、理想ばかりが先歩きしている状態だった。挙句少女漫画や恋愛ドラマを見てはさらに拗らせていく。
深く執拗に愛されたい。
実際は絶対に嫌だが、あの頃ちょうどはまって読んでいた話があった。
酷い過去を持つ主人公が溺愛されるあまり監禁されそこでたくさん愛されるという話。
それに少し似ているかも、なんて思う始末。
私は特別可愛いわけでもないどこにいっても一人はいるだろうという本当に平凡な顔をしている。
学生時代は一軍のクラスメートが、社会に出ればさらに自分を磨き上げていた。
彼女たちにかなうはずもない。
私には特出すべき点がないのだ。
だから史也の言動や行動が怖いと思う反面、それと同時にその愛情にゾクゾクとした快感を味わっている。
「結菜さん僕のこと好きになりましたよね」
「……嫌いではない。っていうか気持ち的には怖いが勝つよ」
「やだなぁ。それ好きってことじゃないですか」
「いやいや。いつも言っているけどそのポジティブさ、どこから来るの」
「ポジティブじゃないですよ。ただ結菜さんが好きなだけです」
私の何がそこまで気に入ったのかまったくわからない。
史也は理由を聞いても教えてくれないからだ。
ここまでの付き合いになると流すのも上手くなった。
はいはい、と適当に返事をしていると、突然体をドンと押される。
「いっ!……なにすんの」
地面に倒れこんだ私は擦りむいた膝に滲む血に一瞬くらりとした。
文句を言おうと振り返った瞬間、ガシャンと大きな音がする。
「は?……え?ちょっと史也!」
慌てて起き上がり地面に倒れこんでいる史也の元に駆け寄る。
目の前には転がった自転車にそそくさと乗って、その場を立ち去ろうとするヘルメット姿の男をとらえた。
「あんた、待ちなさい!」
「だ、大丈夫」
咄嗟に呼び止めるが自転車の男は逃げるようにその場を去って行ってしまった。
意識はあるのか史也はそう言うと「いってぇ」と言いながら起き上がる。
「とりあえず病院!血は出てないけど、救急車は……」
「あぁ結菜さんが優しい」
「馬鹿言ってないで。歩けるの?」
「大丈夫ですよ。肩かしてくれますか」
身体を起こした史也を支え二人で病院に向かって歩き出す。
幸いなことに近くにあった病院に入り事情を説明していると、待合室の椅子に座っていた史也が上半身を横に倒した。意識はあるようだが、やっぱり重症なんだろうか。
「お願いします。早く治療を」
「わかりました。お姉さんはここで待っていてください。またお呼びします」
そう言って看護師さんに連れられて史也が奥に入っていった。
死ぬことはない。
大丈夫。
そう言い聞かせていても、身体は震えてくるし、呼吸の仕方を忘れたかのように息苦しさで眩暈がする。
どれくらい経っただろうか。
看護師さんに呼ばれて案内されたのは病室だった。
ベッドで眠っていると思った史也は私が来たと分かると薄く目を開ける。
「大丈夫だったの?」
思っていたよりも声が震えていて自分でも驚いたが、史也はさらに驚いたように目を見開き少しだけ口角をあげる。
「結菜さんがキスしてくれたら治るかも」
「こんなときに冗談言わないで!」
茶化すような言葉に鼻の奥がツンと痛む。
思わず大きい声を出してしまうと、ちょうど廊下を歩いていた看護師さんが「お静かに」と病室に顔を覗かせた。
「すいません」
「あはは、だめですよ。大きな声出しちゃ」
「誰のせいだと……」
「ごめんなさい。心配ないです。ただ結菜さんが僕のこと大切にしてくれているみたいで、甘えたくなっちゃいました」
「史也……」
「この通り元気なので大丈夫です。っていうか、結菜さんも心配性ですね。僕みたいなヤバイ奴に優しくしたら本当に取り返しつかなくなりますよ。いつもみたいに流してください。本当になんともないんです。明日には退院できるって言うし。もう暗くなっちゃいましたかた、結菜さんはそろそろ家に帰ったほうが」
ペラペラといつもよりさらに饒舌に話す史也に、思わず舌打ちをした。
ベッドのすぐ横まで行って、パァンと音を立てて頬を両手で包む。
「痛い!」
「黙って」
グイっと顔をこちらに向かせてそのままキスをする。
唇と唇が触れ合いすぐに体を離すと、史也は呆然としていた。
「……ずっと返事をしなかった私が悪いのは分かっているけど、あなたにそう思われているなんてむかつく」
史也は目尻を下げた後、罰が悪そうに笑う。
「でも、なんて顔してキスするんですか」
自分でも般若のような顔をしている気がする。
嫌いなわけじゃないのに、憎い相手を見るように今だって史也のことを睨みつけている。
「ごめんなさい。……でも、嬉しい」
「ストーカーのくせに」
「でも、結菜さんだって最初はそんな感じだったじゃないですか」
「うるさいっ。私はいいの。だって学生時代の黒歴史的な感じだから。でも史也は違うでしょ」
「同じですよ。それにしても轢かれた甲斐があったなぁ。あ!そもそもあのときもそうだ。僕、一目見た時から先輩に惹かれていたんですよ」
上手いこと言ったでしょ。という顔をする史也の頭をバシッと叩く。
「本当にありえない」
「はははっ。でも、本当結菜さんに怪我がなくて良かったです」
「心臓に悪いからもうやめてよ。……でも、ありがとう」
「いえいえ。それにしても結菜さんのキスのおかげで本当にもう全然痛くない」
「……早く治したらまたしてあげる」
柄にもなく恥ずかしいことを言った。
くるりと踵を返し病室を出て行こうとするとバシッと腕を掴まれる。
「約束ですよ」
冗談よ。とも言えない初めて見るような真剣な顔に、思わず小刻みに首を縦に振ると史也はいつものように、にっこりと笑った。
病院を出ると外はすっかり暗くなっている。
大好きだった達也君。
でも、たしかにあのときからずっと一緒に練習をしていた史也のことは知っていた。悔しい顔も、嬉しい顔も、兄よりもたくさん練習していたことも、強い兄と組むことにプレッシャーを感じている姿も全部見ていた。
悔しいから絶対に言ってやらないけど……。
アイドルを応援しているようなミーハーな気持ちで達也君を見ていたが、心のどこかで「がんばれ」と史也にもエールを送っていたことは、秘密にしておこう。
ここまで読んで頂いてありがとうございました!