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「ジーク、リリア」
二人の名前を口にする。
瞬間、腹に衝撃があった。
蹴られたのだ。
「かはっ、ゲホゲホっ!!」
「気安く名前呼ぶんじゃねーよ、【無能】」
「そうよ。
あんたみたいな【無能】と知り合いだったなんて、本当に穢らわしい」
リリアを見る。
彼女は、錫杖を持っていた。
それを思いっきり、振り下ろしてきた。
ガッガッ!!
身体中のあちこちを滅茶苦茶に殴られる。
痛かった。
「なんだなんだ?」
「喧嘩??」
周囲が何事かと注目し始める。
「この【無能】が!!」
ジークが周囲に聞こえるように一際大きな声でそう言った。
「あー、【無能】を粛清してるのか」
「俺達も手伝うか?」
「だなー」
「よっしゃ、手伝うぜ少年たち」
僕への暴行が酷くなった。
霞む視界。
その向こうに、リーゼがいるだろう店が見えた。
こうなる運命だったんだ。
本当は、昼間にこうなる運命だったんだ。
それが夜にズレ込んだだけ。
「……り、ぜ」
これからだと思った。
迫害されても、リーゼが導いてくれるなら、きっと大丈夫だとそう思った。
なにもかもが、これから始まるんだとそう思っていたのに。
めちゃくちゃに殴られて、段々と意識が遠のいていく。
あぁ、死ぬのか。
僕は、ここで死ぬんだ。
そう覚悟した。
人生の最後で、ほんの数時間だけだったけれどリーゼに出会えて良かったと思った。
ほんの少しだけ、世界には優しい人もいるんだとわかって良かった。
口の中にあった飴。
優しい甘さが、死出の旅の友になる。
これはこれで幸せな終わりだと、そう思うようにした。
そうじゃないと、恨みと憎しみと怒りを抱いたまま死ぬことになるから。
それよりは、ほんの少しの幸せを噛み締めながら死んだ方が良いと思ったから。
「……――けて、りいぜ」
死ぬ覚悟を決めたはずなのに。
それでも、僕の本音は【生きたい】だったようで。
僕は、掠れる声で彼女に助けを求めた。
僕の声が届かないとはわかっていたのに。
「おやおや、なんか楽しい声が聞こえるかと思いきや。
弱いものいじめとは。
王都の民度も落ちたもんだなぁ」
ふと、そんな声が聞こえてきた。
それは、それは――。
「りいぜ?」
身体中が痛かった。
あちこち骨も折れている。
たぶん、内臓もやられていそうだ。
それでも、なんとか顔を声のした方へ向ける。
リーゼが見えた。
不敵な笑みを浮かべて、堂々と立つ彼女が見えた。
「俺の相棒を随分可愛がってくれちゃって、まぁ」
よくよく見ると、青筋を立てながら、それでもニコニコと笑顔を貼り付けているのがわかった。
その細く、綺麗な指をパキパキ鳴らしながら言ってくる。
「あ、相棒?」
ジークの戸惑った声が聞こえた。
「問答無用♡」
リーゼが言うと同時に消えた。
瞬間。
ジークが吹っ飛ばされた。
近くの壁に叩きつけられる。
次にリーゼは、リリアを見た。
「な、なんなのよ、あんた?!
【無能】を庇う気??
頭おかしいんじゃないの?!
そいつはっ!!」
「キーキー、うるせぇ」
今度は、リリアが吹っ飛んだ。
横っ面を引っぱたかれたのだ。
ジークとリリアが並んで倒れふす。
リーゼが二人へと歩み寄る。
周囲は、呆然としている。
リーゼに襲いかかればどうなるかを見せつけられたのだ。
動けないのは道理だった。
誰だって、自分が殴られるのは嫌だからだ。
リーゼは、左右の手でそれぞれ二人の頭を掴みあげる。
そしてドスの効いた声で、言葉を投げた。
「弱っちいくせに粋がるなよ?
ガキ、それと、ドブス」
ガキはジークへ、ドブスはリリアに向けた言葉だった。
二人はなんとか意識があったようで、カタカタと怯えた目をリーゼに向けていた。
パッとリーゼは二人の頭から手を離した。
二人は震えていた。
そんなことは欠片も気にせず、リーゼは周囲を見回した。
「さてさて、俺の相棒に手を出した奴は他にも居たよな?」
明らかにビクつく人がいた。
何人も。
それらの反応を確認してから、リーゼが凶暴な笑みを浮かべた。
そして、大あばれしたのだった。
あとにはただ死屍累々、ボコボコにされた人達の山が出来ていた。
そして、リーゼが僕の前にやってきた。
「派手にやられたなぁ、立てるか?」
そう言って、手を差し出してくる。
「リーゼぇぇぇ」
僕は情けない位に、ボロボロに泣きながらその手を取った。
「おーおー、怖かったなぁ。
よしよし、お姉さんが慰めてやるからな」
グイッと力強く手を握られ引っ張られたかと思うと、僕はリーゼに抱き抱えられていた。
お姫様抱っこだった。




