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「じゃ、また明日な。
冒険者ギルドに、朝九時集合。
寝坊するなよ?
それと、気をつけろよ?」
「うん!!」
リーゼとそう約束をして、家路についた。
濃厚な一日だった。
【無能】のギフトを与えられ、どうなることかと思ったけど、リーゼに出会えた。
リーゼだけじゃない。
僕はギルドカードを見る。
そして、ステータスを表示する。
その一番下にあるマークを出して触れる。
【掲示板】が表示された。
そして、様々な項目、細々としたスレッドも表示される。
優しい人達に出会えた。
文字だけのやり取りだったけれど。
それでも、【無能】の僕のことを嫌わずに接してくれた。
幼なじみ達や神官達とは違う。
それが、たまらなく嬉しかった。
僕は表示を消し、村へと向かう。
しばらく歩いた後。
太陽が山の向こうに沈んで、それでもまだ少し明るい。
昼の明るさと夜の暗さが同時に存在する、そんな時間。
僕が住む村の方から、モクモクと黒い煙が上がっていた。
今の時期、野焼きはしない。
ということは、
「火事?!」
僕は慌てて、煙のもとへむかう。
そして、僕が見たものは。
僕の育った家が燃やされている光景だった。
村の人たちが笑いながら、火のついた棒を投げ込んでいる。
楽しそうに、投げ込んでいる。
「穢れた場所は浄化せにゃあ!!」
「燃やせ燃やせ!!」
「アハハハ」
笑っている。
皆、笑っている。
笑いながら、人の家を燃やしていた。
皆、僕の家を燃やすのに夢中だ。
全く僕に気づかない。
本能が告げる。
逃げろと告げる。
僕は、その本能に従った。
怖かったから。
殺されると思ったから。
僕は、くるりと家に背を向けて、来た道を引き返した。
背後から、
「サツキのガキが戻ってきたら、アイツも燃やしてやろうぜ!!」
村の誰かが、楽しそうに叫んだ。
サプライズパーティーを計画する、子供のような無邪気な声だった。
楽しそうに僕への罵詈雑言を吐いている。
耳を塞ぐ。
足はそのまま動かす。
目の前が歪んだ。
どれくらい走ったのか。
「あっ!!」
僕は、足がもつれて転んでしまった。
べシャアっと派手に転んでしまう。
痛かった。
「……ううっ、じいちゃん、ばあちゃん」
思い出が込み上げてくる。
僕を育ててくれた、二人と過ごした時間が脳裏に蘇る。
グスグスと泣きながら、僕は立ち上がった。
涙を拭う。
服に着いた土汚れを払う。
歩き出す。
止めどなく涙が溢れてくる。
思い出が全て焼けてしまった。
それだけではない。
帰る家がなくなってしまった。
呆然と僕は立ち尽くす。
この道を家へ戻ろうとしていた時は、幸せだった。
じいちゃんやばあちゃんに、今日のことを報告しよう。
そう考えていた。
でも、全て燃えてしまった。
途方に暮れる。
僕は、ひとりぼっちになってしまった。
と思ったけれど、ふと雪を思い出した。
もしくは、綿菓子。
ふわふわで真っ白い、それ。
続いて思い出したのは、紅。
宝石を思わせる、綺麗な、真紅。
「……リーゼ」
知らず、今日知り合ったばかりの女性の名を口にしていた。
彼女が助けてくれたのだ。
彼女が、今日、僕をリンチされる運命から救ってくれたのだ。
王都に住んでいる、と今日の研修で聞いていた。
それだけじゃない。
夕食はいつも同じレストハウスで食べていること。
そこのビーフシチューがとても美味しいこと。
店員も気さくで、【無能】について理解があること。
『こんど、店員にも紹介するからな!
楽しみにしておけ!!』
そう言っていた。
店の名前は聞いている。
なんなら、ざっくりと店の場所も聞いている。
そこに行けば、リーゼに会えるかもしれない。
そう考えた。
僕は歩き出した。
ゴシゴシと瞼を拭う。
何度も何度も。
とめどなく溢れてくる涙を拭う。
何度も何度も。
足を動かす。
やがて、王都への入口が見えてきた。