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別にすぐどうなるわけでもない。
ましてや、今は他のパーティに参加させてもらってる立場だから、リーゼの所に戻って問いただす訳にもいかない。
なにより、リーゼは大人だ。
放っておけば、部屋は汚部屋になるし、なんならご飯も作ろうと思わない限り適当に済ませるし、異性の視線なんて気にせず服を脱ぎ散らかす。
そんな、だらしない生活を送るのがデフォルトだが、リーゼは大人なのだ。
身体に不調が出てきたら、きっと自分から動くに違いない。
でも、動くかなぁ。
医者や回復術師に見てもらうの面倒くさがって、放置しそうな気もする。
リーゼに対する不安が増してくる。
悶々と考えてしまう。
考えつつも、倒したモンスターの解体に着手する。
その手を動かしながら、ふと、ある考えが閃いた。
「……あの、ラネイさんっ!」
そうだ、ラネイさんの【神眼】でリーゼを見てもらえばいいんだ。
僕がラネイさんの名前を呼ぶのと、この階層の奥の方からズシン、ズシンと重い足音が響いてきたのは、同時だった。
直後、闇色の攻撃が僕たちを襲った。
それは、闇色の炎のように見えた。
僕たちがそれまでいた場所を、その闇色の炎が舐め尽くすように焼いた。
攻撃が当たる直前に、全員が全員、その場を飛び退いた。
そして、のっそりと僕たちに攻撃を仕掛けてきたモンスターが姿を現した。
真っ黒な巨体のドラゴンだ。
その姿を視認した途端、昨夜、リーゼとファイゼルさんから教えてもらった情報が蘇る。
最上階層に生息している、ヌシとも呼ばれるモンスター。
夜の闇のような真っ黒な巨体を持つ、ドラゴン。
【闇夜の悪竜】だ。
「……これもちゃんと避けられるとか、本当にレベル30か、お前?」
ゴードンさんが、僕に言葉を投げてくる。
「はぁ、まぁ、一応」
たまにリーゼに組手やらなんやら、手ほどきを受けていたのだが。
アレが役に立った。
というのも、リーゼが本気を出して気配を消して攻撃してきた時より分かりやすかったからだ。
リーゼは、まず気配を悟らせない。
気づいたら背後にいる。
あるいは、目の前に、横にいて、蹴りや拳を食らわせてくるのだ。
さらに、見えているのに追いつけない。
リーゼ曰く、それでもだいぶ動きを遅くしているとのことだったけど。
あれに比べれば、モンスターはどんなに気配を消しても、まだわかりやすい。
獲物を狙う視線に、殺気、そしてそこにいるという確実な気配がたしかにあるから。
ましてやドラゴンとも来れば、ほとんどが巨体だ。
どうしたって、足音が聞こえてしまう。
「優秀ねー」
マリーさんが、双剣を手にしながら言う。
ゴードンさんは、とても巨大な斧を手にしている。
「とりあえず、おしゃべりは後にしてくれ」
ルートさんも片手剣を構えて言ってくる。
その時、【闇夜の悪竜】が、僕たちへ突進してきた。
また飛び退く。
その際に、ルートさん達がスキルを使い、攻撃を仕掛ける。
けれど、
「やっぱり硬いなー」
「コイツにはいつも苦労するんだよな」
攻撃は全て弾かれてしまった。
「ま、わかってたけどね」
「さ、さつき、君は、あぶない、から!!
そこにいて!
皆、こ、こここ、攻撃力、増幅、するよ!!
【ブースト】!!」
ラネイさんが、全員の攻撃力を底上げした。
それでも、中々攻撃が通らない。
チミチミと効果は出ているらしいのは、見てわかった。
僕は、ラネイさんの指示に従って彼の背後に立つ。
そういえば、リーゼにもう1つ、なにか言われてたような……。
あ、思い出した!
そうだったそうだった!
もしも【闇夜の悪竜】と遭遇したら、牛タンならぬ竜タンを取ってくるよう言われてたんだ!
これも、めちゃくちゃ美味しい部位らしい。
僕は、ルートさん達を見る。
手こずっているように見えた。
次に、ラネイさんを見る。
指示に背くと、また注意されそうだ。
ルートさん達がドラゴンを倒すのを待った方がいい、そう判断した直後。
グルォオオオオ!!
【闇夜の悪竜】が咆哮を上げた。
途端、
「あ、あ、まずい!」
ラネイさんの焦る声が届く。
彼を見ると、地面に倒れ伏していた。
それに続くように、ゴードンさんとマリーさんも地面に倒れる。
ルートさんは、辛うじて膝をつくに留まっている。
彼らの体に、もったりとした闇がまとわりついていた。
「……邪眼、だ」
苦しそうに、ラネイさんが言った。
相手の精神に負荷を与え、行動不能にするスキルだ。
それも、ハイランクのダンジョンに生息するドラゴンのスキルだ。
僕も邪眼は持っている。
けど、あのスキル、こんなに効果あるんだ?!
リーゼに使ったことあるけど、全然効かなかったんだけど。
だから、僕はリーゼの指示で、どうしても欲しい食材を倒す時だけ使っていた。
いや、ハイランクダンジョンのモンスターが使うから、その効果は絶大なのだろう。
僕は現状を確認する。
ルートさん達全員、動けない。
僕、動ける。
目の前には絶品の部位を持つ、ドラゴン。
「サツキくん、きみ、は――」
ラネイさんが何か言ってきた。
でも、聞こえなかった振りをして、僕はナイフを手に【闇夜の悪竜】へ切りかかった。
「あ!おい!!」
ルートさんも焦ったような声を上げた。
僕は気にせず、まっすぐに【闇夜の悪竜】へ跳ぶ。
【闇夜の悪竜】が、またあの闇色の炎を出そうと口を開けた。
「あ、ラッキー」
僕は、その舌を切り落とす。
続いて、体を空中で反転させてその首筋へ飛びつく。
そして、
「ここかな?」
さらにナイフを一閃させた。
リーゼからもらった、切れ味抜群の万能ナイフは、いつものように【闇夜の悪竜】の首を落としてくれた。
「やっぱり難しいなぁ、このナイフで締めるの」
本当は神経だけ狙って切りたいんだけどなぁ。
ふと視線を感じて、そちらを見た。
ルートさん達が、口をあんぐりあけて驚いている。
うん、僕も初めてこのナイフの切れ味を知った時はとても驚いたんだよな。




