続、赤ちゃんってさ、泣くよね
先に「赤ちゃんってさ、泣くよね」を読んで下さい。
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「もう、お前もお終いだな。仲間の勇者も戦士も魔術師も倒れ、残るは賢者のお前一人だ!」
俺は賢者の杖を構え満身創痍で目の前にいる魔王の言葉を聞く事しか出来なかった。
俺の魔力は、先程の魔王の攻撃から仲間を守るための結界魔法を張るために使い果たしたのだ。
俺の結界魔法より魔王の攻撃が上回っており、結界魔法の中心部にいる俺以外の仲間がやられてしまった。
仲間の攻撃でできた魔王の胸の傷には、弱点である魔核が見えている。
あと一撃でもその魔核に攻撃を当てれば魔王を倒すことができる。俺は渾身の力を込め賢者の杖を魔核に向け投げようとしたその時・・・
「ファイア!」
魔王の口から初級魔法の呪文が発せられ、火の玉は俺の心臓を撃ち抜くのだった。
賢者の俺が初級魔法にやられるとはな。もっと経験値があってレベルがもう少し上がっていたらと、俺は無くなる意識の中で思うのだった。
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俺は異世界転生者だった。
魔物を倒すと経験値が入り、レベルが上がる事を知っていたし、スライムを100万匹倒せばドラゴンを百体倒すよりも経験値が入る事を知っていた。それはこの世界に転生して来た時に、そう、まだ赤ちゃんだった時に『貴方は転生者と気が付きましたね。それでは転生者特典です。これから一週間の間、魔物を倒すと経験値が100万倍になります。スライム一匹を倒してもドラゴン百体倒すより多く経験値が手に入ります。では頑張って下さい』と聞かされたからだ。
当然、赤ちゃんだった俺は魔物なんて倒せず、転生者特典を活かす事は出来なかった。
恨んだよ。女神マーテルを。転生した時に特典があるって言っていたのに絶対に無理な条件の特典なんだもん。
半年は不貞寝してたね。(赤ちゃんなので起きる事も出来なかったんだけどね)
そこで俺は小さい時から貴族である父に強請り、護衛をつけてもらい魔物を倒す事を繰り返した。転生特典の言葉で「魔物を倒すと経験値が手に入る」事が予測出来たからだ。
また、前世の記憶がある俺は魔法に憧れがあり、父に頼み小さい時から魔法の教師を付けて貰い、進んで魔法を覚えた。
そして18歳になる頃には誰も俺の結界魔法・治癒魔法を越えるものはおらず、周りから賢者と呼ばれるようになった。
そんな俺が人間界を脅かす魔王討伐の勇者パーティに招集されたのは必然だった。その時の俺は驕り高ぶっていたのだろう。魔王討伐も凄い仲間と一緒なら容易に達成できると思っていた。魔王に倒されるその時の迄は・・・
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気がつくと真っ白な天井っていうか、上下左右360度全て真っ白で自分が寝ているのか立っているのかも分からない。
いや、前にも来たことがある。
「目が覚めたようですね」
突然、鈴転がすような耳触りの良い声が頭の中に聞こえてきた。
そちらに振り向くと銀髪、金の瞳、シルクの布みたいなのを身体に巻きつけたスッゲー美人のお姉さんがいた。
女神マーテルだ。覚えている。
「マーテル!!! お前は、お前は全然チート特典の意味が無かったじゃん!!!」
俺は女神マーテルに掴みかかろうとしたが、突然、体から硬直し動かなくなった。
「何、女神に対して暴行を加えようとしているのですか。地獄へ落としますよ。」
「だって、だって・・・」
赤ちゃんの時に一週間だけ魔物倒すと経験値が100万倍だった事と魔王にあと少しで倒せる殺された直後だったことで、気持ちが昂り言葉にすることができないでいた。
「あぁ貴方は異世界転生者でしたね」
あ、そうだ。コイツ頭の中が読めるんだった。
「コイツとか思わない!地獄へ落としますよ」
「マーテルサマ、ゴメンナサイ」
俺は感情を込めずに答えた。
しかし、赤ちゃんの時に一週間だけ魔物倒すと経験値が100万倍だった事は納得いかない。絶対無理ゲーじゃん。
「はぁ、それは災難でしたね」
「災難!!!いやこれは人災だよ。イヤ、マーテルちゃんは女神なので神災だよ!!まだ首も座っていない赤ん坊にどうやって魔物をたおせって言うのさ!!」
「いえ、それでも貴方は前世の記憶もあり賢者にまでなったではありませんか」
「いや、でも、もう少し経験値があれば魔王を倒す事ができたのに」
「分かりました。今世は前世より早く亡くなってしまいましたし、また恋人も出来ませんでしたし、また特典を付け異世界転生する事としましょう」
「じゃあ、最初っから経験値を付けてよ」
「それでよろしいのですか?」
「生まれた時からでいいよ」
「分かりました。では来世では、生まれた時から今の経験値を付ける事にしましょう」
「サンキュー、マーテルちゃん。まるで女神だわ」
「いえ、女神ですけどね」
「よろしくぅ。マーテルちゃんマジサンキュー」
「じゃあもう行って下さい」
俺の体はまた段々と縮んで小さい球体になった。
やっぱり卵子になるのかなと思いながら意識が薄れていった。
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急に目の前が明るくなった。目がよく見えない。
まだ肺の中に羊水が入っているみたいで、上手く呼吸が出来ない。苦しい。呼吸するために思いっきり大声を出そうとした。
「おぎっ、おぎゃっ、おぎゃぁ」
泣く事はできた。そこからは肺の中の羊水が無くなり、呼吸が出来た。
「ママ、パパ、無事に産まれました。元気な男の子ですね」
若い女性の声が聞こえる。
「ハァハァ、ハァ、、、うわぁ、猿みたいな顔。でも鼻は貴方に似てるわ」
この声が俺の母親か?
「どれどれ、ホントだ俺の赤ちゃんの時とそっくりだ」
この声が俺の父親か?
「先生、クリスマスイブの夜なのに、ありがとうございました」
父親らしき人の声が聞こえた。
えっクリスマスイブ、って事はここは地球?
「ホントだよ、家でケーキを切り分けている時に呼び出されたんだぞ。今日は道が混んでいるから杉並区からここまで自転車で来たんだ」
おっさんの声が聞こえた。ていうかココは東京だ。
驚いている俺の頭の中に機械的な声が響く。
『それでは転生者特典です。要望の通り前世での56,244,326の経験値を付与します。なお、前世の世界と異なり、この世界では経験値によりレベルやステータスが上がる事はありません。今まで経験したことの記憶は忘れなければ保持していられます。それでは今世でも頑張って下さい』
「おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃぁ、ぎゃぁぎゃぁ・・・」
(おい、マーテル、また話が違うじゃん!!いないのか!!)
「凄く元気な男の子ですね。こんなに声を上げる子は珍しいですよ。じゃあママに抱っこして貰いましょうね」
看護師の言葉は俺の気持ちを逆立てる。
「おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃおぎゃおぎゃぁ、」
(今回も特典じゃねぇ、うわぁん)
「まぁ可愛い。元気に産まれてきてくれて良かったわ」
「そうだね。名前を早く決めなきゃ。あっ僕と君の両親に連絡して来るよ」
何時迄も泣き止まない息子を見ながら新米ママと新米パパはこれから来る幸せな生活を思うのだった。