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道標  作者: 日多喜 瑠璃
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フェリーの船室で出会った2人。この出会いから、旅はどう展開するのか?

じっくり読んでいただけると、有り難く思います。

 船は平舘海峡(たいらだてかいきょう)を抜け、津軽海峡を航行する。ゆっくり時間をかけて進む。その間、少し仮眠を取るつもりだった。しかしそれすら、なかなか思うようにいかないものである。



 「えっ? あ…」

 真山の顔を見て、何か言いたげに、しかし言葉にもならない声を発する若い女性。華菜の姿がそこにあった。

 「どうかしました?」

 「い、いえ、あの…違いますよね? まさかそんな…」

 「だから、何でしょう?」

 「やっぱり違うなぁ。」

 …とりあえず、何の事か言えよ。失礼な!

 仮眠を取ろうと思っていた真山は、ジャケットで顔を覆い、乗船客もまばらな2等船室でダラリと足を伸ばした。

 しかしそれも束の間、華菜は真山の隣に座ると、また声をかける。

 「バイク…ですよね?」

 ジャケットを床に下ろす。目の前には、華菜のにこやかな笑顔があった。

 「そうですけど?」

 「すみません。似てるのでビックリしちゃって。あの方、バイクでフェリー乗って移動なんて、ないと思うし。」

 「誰? 知り合いの方?」

 「いえ、お兄さん、言われたことありません? あのロックバンドの…」

 「まさか。ええっ? 俺…似てるかぁ???」

 「だってぇ、髪型まで似せてるしぃ。きゃははは!」

 そう言えば旅の途中、髪を切った。その時の美容師の言葉を思い出した。

 …誰かに似てる。きっとどこかで言われますよ。

 髪型もお任せしたが、なるほどそういう事だったのだ。嬉しいかというとそうでもないが、悪い気はしない。

 …俺、あんなにカッコ良くねえけどな。

 心の中でクスッと笑った。


 「ね、函館に着いたら、そこからはどうするんですか?」

 「時間も時間だし、キャンプ場まで走るよ。」

 「わっ! キャンプですかっ!!」

 何とも人懐っこい女性だ。この勢いなら、どうやらキャンプ場まで付いて行こうとしている。少し困惑した。付いてくる事自体は構わないのだが、彼の目論みであった航行中の仮眠…その時間は完全に奪われてしまった。



 船は程なく函館港に着岸した。皆が下船準備をする中、真山は車両甲板でふと、華菜のバイクに目をやる。テントと、その下敷きになった、ペシャンコに潰れたバッグ。

 …それだけ?

 さすがにこれには驚いた。

 「ちょっと君、もしかしてテントしか持ってねえの!? そりゃダメだよ。とりあえず、シュラフとマット買いな。北海道の夜は寒いんだから。」

 あまりの軽装備。初夏とはいえ夜は冷え込む北海道。これでキャンプなどあり得ない。函館に上陸するや否や、真山は華菜を連れて、まずはアウトドアショップへ向かった。


 19:00を回った頃、2人はようやくキャンプ場に到着。何より先に米を準備し、水を吸わせる間にテントを張る。

 「自分で張れるのかい?」

 「大丈夫! 骨組み組んで、吊すだけ。お店で『一番簡単なの下さい』って言ったら、これ薦められたの。」

 ずさんな装備とはいえ、テントは意外にも良いものを持っていた。さっき買ったシュラフと同じブランドだ。

 「灯りは?」

 「これ(マグライト)でいい?」

 「ああ、照らせれば何でもいいよ。」

 真山は持参のランタンを点灯し、ハンガーに吊るした。

 「わっ! すご〜い!!」

 「気分、盛り上がるだろ?」


 さて、問題は食事だ。到着が遅かったために食材もろくに調達出来ていない。

 「とりあえず飯炊くけど、おかずになる物なんてねえから、ラーメンなんかでもいいかい?」

 「うわぁ、ありがとう。うん、食べれるなら何でも! って、え? これでご飯炊けるの?」

 「飯盒炊爨ってやった事ねえの? そっか。慣れれば意外と簡単だよ。」

 クッカーで炊飯など、華菜にとっては全てが新鮮なようだ。真山の行動を、目を丸くして見ている。真山は一番大きな鍋に袋麺を2玉投入する。

 「酒は飲むのかい? てか、飲める歳なのかな?」

 「ハイ! 飲みまーす!! あそこ(管理棟)に売ってますよね? ジローさんの分も買ってきます!」

 「お、おい。やめてくれよ、ジローって。」

 「だってぇ、お兄さんの名前知らないもん。似てるからジローさんでいいでしょ?」

 「……」


 「お近づきのしるしに。」

 華菜はそう言って、管理棟にある売店でビールを買ってきた。ここに来るまでの間、各地で地酒を調達して飲んでいた真山。だがビールも嫌いではない。こんな時は、ありがたくご馳走になるのがいいのだろう。

 「ね、明日はどうするの?」

 「特に考えてないけど…地図に温泉が載ってるな。」

 「温泉? いいな〜。」

 「行けば? 別にアテもないんならさぁ。」

 「どこ?」

 「いわない。」

 「言ってよ〜、意地悪!」

 「ちげーよ。岩内って町だよ。」

 「何? オヤジギャグ? きゃはははは!」




 北に上陸して最初の夜が明けた。真山は道内日本海側を北上する。その後から追いかける様に、華菜のバイクが走る。ちゃっかり付いてきたのだ。


 「気にしすぎでしょ? キャンプとかそんなの、知らないんじゃない?」

 「いや、1人旅なんだよ、その娘も。それで何も知識がないんなら、場合によっちゃ命取りだぜ。」

 …兎に角ひとまず、耳には入れておこう。

 そう思い、優香里に電話を入れてみた。一方で優香里はというと、特に何か違和感を感じた様子はなかった。

 しかし、テント泊にしてはあの装備。どうなのだ? 自然相手なのだから、キャンプをするにあたっては充分な装備を整えておきたいものだが。

 「じゃあ、あなたも訳あり人なんだから、その娘の気の済むまで相手してあげてもいいんじゃない?」

 「まあ、気にはなるから。優香里がそう言ってくれるなら、そうするよ。」

 ついでに…

 「くれぐれも、変な気起こしちゃダメよ!」

 「ええ〜? 俺ってそんな奴だっけか?」

 「違うよね。そんな甲斐性ないよね! あははは!」

 「うるせぇよ! ははは!」

 少し冗談も飛び出し、ホッとする。兎に角真山は、しばらく華菜を引き連れて走る事になった。



 「温泉って…」

 「ここ?」

 「…のようだな。」

 かつて9軒の温泉宿があったというが、どうやらそれらは相次いで廃業となり、最後に残った1軒も、最近になって閉館したようだ。

 「廃墟?」

 「ゴメン。期待させるだけさせて…あれ?」

 …きゃははははは!

 かくも、腹を抱えて大笑いだ。

 「ジローさんって天然!?」

 「情報収集不足だったな、ははは。けどな、ここから海岸線走るだけでも絶景楽しめるぜ!」

 「いいから、いいから。お詫びにうに丼奢って。」

 「ちゃっかりしてんな。積丹か。よし、行こうか!」


 国道229号線は、道南の日本海側を走る海岸線。その地形は極めて険しく、「山が海へ落ちる」と表現される程の断崖が続く。そのため、計76箇所ものトンネルが掘られ、国道ではその数は日本最多である。

 過去、2箇所のトンネルにおいて岩盤崩落事故があり、その後復旧・対策が行われた。今は整備が行き届いているものの、若干の恐怖心も否めない。

 だが…

 「モグラになったみたいね!」

 事故を知らない華菜は、奇岩が作り出す絶景のみならず、トンネルさえも楽しんでいるようだった。


 2人は神威岬(かむいみさき)をかすめ、余別(よべつ)の町を経て海岸のとある店に着いた。

 「ここのうに丼が最高らしいよ。」

 「こんなに高いの!?」

 「いいよ。折角だから、バフンウニ食っとけ。」

 華菜はその価格を見て恐縮したが、彼女にとって、もう2度と食べる事もないかもしれない高級グルメだ。堪能するべく、ゆっくりと口に運んだ。

 「どうだ? 美味いだろ?」

 「甘〜い!」



 国道229号線、通称“セタカムイ道路”を東へ。余市からは国道5号線に入り、更に海岸線を東へ進む。やがて小樽市に入り、この日泊まるキャンプ場に着いた。

 市内の市場は営業時間外となったが、スーパーで新鮮な魚介類が手に入った。シャコやスルメイカ、カレイもまだ水揚げされていた。

 「いい食材が手に入ったから、海鮮BBQするぞ。」

 そう言って真山は、コンパクトグリルを組む。

 「すっごー! こんなの持ってるんだ。」

 「いいだろ? 牛タンとか、比内地鶏も焼いたぜ。」

 「炭火で焼くと、また違って美味しいね。」

 笑顔が溢れた。

 乾杯は、ハイボール。余市を通ったのだから、ウイスキーは外せない。


 「何て呼べばいい?」

 「え? 私?」

 「いつまでかはわかんねえけど、一緒にいるんなら…名前は?」

 「ジローさんの名前も聞いてないよ。」

 「またジローかぁ。まぁいいよ、ジローでも。北海道の旅人って、キャンパーネームっての持ってるんだって。SNSのハンネみたいなもんだな。」

 「じゃあ、好きに呼んで。」

 「う〜ん、そうだな、出身地にちなんで。え〜っと、どこだっけ?」

 「高崎。」

 高崎と言えば…

 「じゃあ、ん? だ…るま?」

 「ひど〜い! 私、そんなにまん丸ぅ!?」

 「悪い悪い、はは。でも、だるまって願掛けに使われるだろ? 願いが叶うんだぜ。」

 「そうか。縁起いいじゃん!」

 …きゃははははは…

 またあの笑いだ。本当によく笑う。

 「よしっ! 許す。だるまでいいよ。」


 真山と華菜…ジローとだるまの距離は縮まった。タメ口でOKとした。真山にしてみれば、娘が出来たような気分だ。

 「学生?」

 「ううん。」

 「社会人か。」

 「元アイドルよ。ジローさんは?」

 会社員とは言いたくなかった。またあの悪夢の日々を思い出してしまう。真山は華菜に怯えたような表情を見せまいと、それ以前の華やかだった頃を思い起こし、ボソッと言った。

 「レーサーさ。バイクのね。」

 「レーサー!? ウケる〜!」

 「何で?」

 「だってぇ、どう見てもミュージシャンじゃん。」

 …またそう来たか。ミュージシャン、カッコいいのだが。

 「でも俺、楽器なんて出来ないぜ、はは…」


 北の夜は冷え込む。若く、体力の有り余る華菜は、「体を動かしたい」と言い、ふと立ち上がった。

 「ねぇジローさん、歌って。あの曲。」

 「俺が? 何でだよ? 歌うのはヴォーカルの人だろ? ははは…それに随分前の曲だぜ。よく知ってるな。」

 「知ってるよ、いい曲だもん。私、テレビで共演した事あるの。その時に演奏してた曲よ。ヒット曲メドレーで。」

 華菜はかの名曲を呟くように歌い、踊り始めた。

 「即興ダンス出来るんだ! さすがだな。キレッキレじゃねえか!」

 「うふふ、元アイドルをナメんなよぉ!」



 夜は更け、華菜は自分のテントに潜り込む。真山はランタンの灯りを絞り、かすかな光を見つめて考えた。

 …だるまは何故旅をし、何故俺なんぞに付いて来るのだろう? 俺の後を走る時、ヘルメットの中ではどんな顔をしているのだろう? それは知らなくてもいい事かもしれない。だが、もしかしたら知っておかねばならない事なのかもしれない。

 出会いから友達となり、一緒に旅をするというのは、北海道ではよくある事だ。

 …これは、そういうものなのだろうか?

 …それで片付く事なのだろうか?

 底抜けに明るいようで、時折見せるどこか哀しげな華菜の表情を、真山は…


 見逃さなかったのだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

真山の優しさと、華菜の人懐っこさ、感じていただけたのではないでしょうか?

2人は、暫くの間、旅を共にする事になった様です。

次回の展開にもご期待ください。

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