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道標  作者: 日多喜 瑠璃
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序章

日多喜瑠璃2作目の投稿です。

「道標」は、主人公がバイクで全国縦断旅をし、最後に北海道に上陸したところをピックアップし、小説として書き上げました。

最後まで読んでいただけると、とても嬉しく思います。

 初夏の陽気に包まれた青森港。


 妻に背中を押される様に未明の自宅を飛び出し、真山敏は西へと向かった。鹿児島から九州を縦断、四国を横断し、本州をジグザグに駆け抜け、日本を縦断するが如く長い旅路を経て今、津軽海峡を渡る船を待っている。


 最愛の人を家に待たせたまま、一体何日、何キロ走ったのだろう? 

 「何かを掴むまで帰ってきちゃダメ!」

 彼の妻・優香里はそう言った。

 対して真山自身はというと、ここに辿り着くまで、幾つもの町で様々な人と出会い、様々な人生を知り、刺激を受けてきたはずだ。生き様は十人十色。誰一人として同じ人生を歩んでいる者はいない。そんな事は解っている。解っているのに、まだ自分自身の生き様を受け入れる事など出来ずにいる。

つまりは……


 何も掴めていないのだ。



 ただボーッと乗船を待つ間、あろう事か真山の脳裏には、また会社での記憶が蘇る。


 真山は、元は全日本GP250ccクラスのレーサーだった。実力は確かだったが、華やかなファクトリーチームに所属していたわけではなく、引退後の仕事に関する補償などはなかった。

 ある程度年齢を重ねてからの就職となる彼を受け入れたのは、とある工場を併設した企業。しかしこれが、かなりの負債を抱えた会社だった。


 当初は真山とは良き同僚だったはずの、寺本という男…彼は出世して鬼になった。少年の頃から対人関係には不器用で、それを理由に出世を拒んだ真山に対し、鬼は容赦なく仕事を投げ付けてくる。最早勤務時間内にこなせる量をはるかに超えていたが、出来ないと言えば罵倒する。そして四苦八苦する真山を嘲笑うかのように、休憩所でタバコを吹かす。

 …地獄に落ちやがれ!

 そう思いながら真山は、仕事に穴を開けまいと思い頑張った。だが、それさえも疲れた。日々の仕事に縛られ、ついには自身を見失っていた。


 「辞めるだと?」

 「すまん。もう耐えられないんだ。」

 「辞めてどうするんだよ?」

 「旅に出る。自分探しの旅に…」

 「バカ言うなよ! 自分探しって何だよ? しっかりしろ! お前、ここに居るじゃないか!!」

 「やめてくれ! 俺はもう、こんな所になんか居られねえんだよっ!!」

 腐りきった人間関係の中でただ1人、共に耐えてきた同僚・姫島は、辞表を片手に鬼上司・寺本を睨みつける真山を必死に止めようとした。だがただ一言だけ、今の彼に対して言ってはいけない事を口に出してしまった。

 もちろん真山は、自身を気遣い、救おうとしてくれた姫島の思いは解らないでもない。しかし、「お前はここに居る」という言葉は、リスクを冒してでもここから離れたい彼の思いを否定し、この悍ましい組織の中に留まれと言わんばかりの重圧をのし掛けてきた。


 こうして真山は、夢の中へ逃げるが如く会社を去った。


 優香里はそんな彼に、旅に出ることを勧めた。目の前の景色を変え、出会う人と話し、そこから何かを掴んで欲しい。それが優香里の、真山に対する思いだ。

 しかし、旅に出るという事は、収入を絶たれた上に暫く家を空けるという事だ。

 「それでもいいのよ。やりくりは何とかするから。」

 優香里は真山を心配させまいと、そう言った。だが、彼のこんなやつれた姿なんて見ていると自分まで苦しくなる。それが本音だろう。

 兎に角真山は、一人自由に過ごす時間を手に入れた。あとは優香里の思いに応えるのみだ。それなのに、旅の全てを邪魔するかの様にこの記憶は現れては消える。この厄介な過去を払拭する程の刺激がない限り、彼の旅は続くのだ。


 「また余計な事を思い出しちまったよ。」


 あとになって思えば、友を置き去りにして1人会社を去った自身の行動… これもある意味、姫島に対する裏切りだったのかもしれない。そんな思いが心の奥底にずっと居座り続けている。だがそれは、単に彼の思い過ごしの様だ。

 真山が去った事は、会社にとって大きな痛手となった。鬼上司・寺本は、真山に対するハラスメント的行為が明るみとなり、処分を受けたと言う。一方、姫島は昇格となり、新たなプロジェクトに取り組んでいる。彼は真山に対し、(会社に)戻ってくれるなら席は空けておくと言った。



 「乗船まで、あと1時間か。」

 チラッと時計を見て呟いた。チケットは持っているのだから、少し周辺を散策するのもいいかもしれない。そう思いながら、またベンチに腰掛けた。

 「やっぱり疲れてんのかな。」

 考えている事とは裏腹に、体は動く事を拒否しているようだ。船に乗れば、函館までは3時間40分。少し仮眠でも取るか。





 穏やかな初夏の陽気に包まれる中、白崎華菜は250ccのバイクを駆り、北へと向かっていた。広大な田園には若々しい緑のカーペットが広がり、蝶が舞い踊る。そんな大地を貫く道を、華菜は気ままに舵を取る。日本は美しい。その風景を、目に頭に焼き付けておきたい。そんな気持ちでスロットルを開ける。

 初めてのひとり旅。華菜の心の中には、不安などなかった。ただ好奇心と冒険心が、その先に在るであろう旅の最終地点へ誘うばかりだ。



 「ええっ!? マジで!?」

 「うん、私、突っ走ってみる。ずっと夢だったから。」

 華菜はダンスが得意だ。キレッキレのパフォーマンスを武器に、アイドルグループでの活躍を夢見て1人、東京に出た。

 東京では合宿生活を送りながら、数々のオーディションを受け、その実力を発揮してきた。来る日も来る日もレッスンに勤しんだ。やがては、さらに集中力を高めるべく、地元に残して来た友達との連絡さえも絶ってしまった。

 そこまでして掴みかけた夢だ。なのに華菜は、それを捨て去り、突然旅に出た。


 夢として抱いていたものは、いつしか心の奥底で縛りとなっていた。そんな縛りから解き放たれた華菜は、決して軽やかとは言えない気持ちのまま、おぼつかない運転操作で平地から峠道へとゆっくり走る。やがて日は暮れ、何処ともわからない山中の河原でテントを張り、一夜を過ごした。

 何故だろう? 怖くはなかった。誰もいない静かな場所は、夜には闇となり、彼女を包み込んだ。まるで母親の胎内に居るかの様な安堵感を覚えた。

 不思議だ。明るく華やかに生きる事を夢見たはずの華菜は、その想いに逆行するかの様に孤独を選んだ。そして、孤独がとても心地良いと感じていた。


 「人生観が変わるよ。」

 そんな言葉を聞いた事がある。しかし、今の華菜にとって、そもそも“人生観”など存在しない。ただ澄んだ空気と草木や水の匂いから、自身は生かされているのだという事を微かに感じ取っていた。

 旅の目的…

 そんなもの、どうでもいい。ただ気の赴くままにバイクを走らせる。見たいものや感じたいものは、きっと辿り着いた場所で見つけられるだろう。そんな程度に思っていた。


 旅の2日目、華菜は本州の最先端を見たあと、青森港にやって来た。そしてフェリーのチケットを購入すると、14:20発の函館行フェリーに乗り込んだ。



 華菜と真山は、フェリーの中で出会った。

読んでいただき、ありがとうございます。

初めから少し重い部分もありましたが、ますば主人公・真山敏が青森まで辿り着き、華菜と出会った経緯を綴りました。

次回は、2人の出会いから始まります。是非!ご期待ください。

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