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SS 妹からの出産祝い≪兄.龍一視点≫

作者: 休暇中

(20.21話の少しあとの人界側のお話)

連載小説の本編に関係するものの、本筋から少し離れてしまう部分をSSとして独立させたものです。

本編をお読みでない場合は意味不明になると思われます。


本編 ひとは卵を産めません!

https://ncode.syosetu.com/n2901hg/




 


 産婦人科医院からの帰り、洗濯物の入ったバッグを提げて自宅に戻る。五日前、嫁が無事に女の子を産んでくれた。嬉しくて娘会いたさに毎日、産院に通っている。

 これも勤め先のプロバスケチームがシーズンオフだからと、一週間も休暇をくれたお蔭だ。嫁からは居座り過ぎて鬱陶しいと追い出されてしまったが。


「ちょっと居座り過ぎたな」


 今日は、実家から荷物が届く予定があるのだ。宅配ドライバーから在宅確認の電話を貰って、早めに戻って来たのだが、既に軽貨物トラックが自宅前に止まっていた。


「済みません。遅れてしまって」

「いえ。まだお伝えした時間より早いですよ」


 スマホを見ると確かに五分ほど早い。


「珍しく、一度も信号にかからなかったんですよ。お蔭で早く着き過ぎちゃって」


 それで休憩しようと、自販機でコーヒーを買ったら当たりが出て、もう一本出てきたらしい。


 思わぬラッキーで機嫌の良いドライバーに礼を言って荷物を2つ受け取る。空かと思うほど軽い方には妹の名前があるので、母が転送してくれたのだろう。


 家に入ると荷物を後回しにして洗濯機を回し、朝干しておいた洗濯物を取り込んで片付ける。それが終わるとスマホから今日の分を両親に送りつけて、ようやく一息ついた。


 軽く惣菜を摘まんでから荷物を開けると、重い方には、両親からの出産祝いが色々入っていた。

 嫁が契約しようか悩んでいた、「ママサービス」という宅配サービスの契約済控えも同梱されている。契約するとオムツ類やミルクだけでなく、買い物に行けないママの為に、食材や惣菜を届けてくれるらしい。外にもオプションでいろいろお願い出来るみたいだが、嫁が選べるように保留にしてあるようだ。

 チームの遠征が始まると留守がちになる俺に嫁が愛想をつかさないようにとの母の配慮なのだろう。


「ありがとう、母さん」


 別の包みには母の手編みの赤ちゃん用靴下も入っていた。


「何足分編んだんだ? 娘はひとりなのに」


 父からは黒色のベビースリングが入っていた。相変わらず俺と妹の好みを取り違えていたが、父らしくて笑ってしまう。嫁がクリームイエローのやつを買ってあったし、洗い替え用にすればいい。


「きっと、夏乃にはクリームイエローのスリングがいくんだろうな」


 初孫に会いたくて堪らない父を、必死に止める母の姿がすぐに浮かんでくる。産後は嫁が大変だから、暫くはお邪魔はしない方がいいと説得しているそうだ。

 そんな両親の要求に応えて毎日写真を送っている。既にデレデレなのに、あんなに可愛い孫娘に会えないなんて可哀想だからだ。


 二人が以前より連絡してくるようになったのは、孫が産まれたせいだけではないだろう。

 同居していた妹が急に向こうへ行ってしまって淋しいからに違いない。無理もない、妹には電話一本かけられないのだ。


 ──そういや、両親は夏乃の子を抱くことが出来るのか? そもそも会えるのか?


 異界の地で人ならざる者となってしまった妹、夏乃。妹本人さえ、両親に会いに来る為に訓練すると言っていた。


「赤ん坊には無理だろうな」


 向こうは時間の流れが半分以下らしい。下手すれば、両親が生存中に産まれない可能性だってある。産まれたとしても赤ん坊が訓練出来るようになる頃には俺が孫を抱いているかもしれない。

 自分が孫を抱かせてやれて良かったと思いながら、もうひとつの箱を開けた。


「何だ、これ」


 箱にみっしり詰まっているのは雲のような“何か”だ。得体がしれなくて触れず、箱をひっくり返した。


 ──時間が止まったか?


 だが、壁の時計はきちんと秒針を動かしている。目を戻すと静止画のようなスローモーションで、ゆっくりゆっくり“何か”が落ちていく。後から落ちてきた紙を拾って、俺が椅子に掛けても、まだテーブルに着いていないくらいだ。待てないので放っといて手紙を読むことにした。


『兄ちゃん、赤ちゃんもう産まれた? 兄ちゃんに言い逃げされてから、こっちはまだ二ヶ月も経っていないんだよ。3倍計算で一生懸命、間に合わせたつもりだけど間に合った?』 


 ──ああ。間に合ったがこれは何だ、夏乃


『私が仙気を集めて、鶯と小夜啼鳥と大瑠璃に唄って編んで貰ったんだ』


──仙気って、空気みたいなもんだよな? どうやって編むんだ? しかも鳥が歌いながら? わけがわからん。


『ちゃんと使ってね。世界でたった一つの仙気97%霊気3%の超高級赤ちゃん用お布団なんだから』


 ──これが布団?! あのバカ……とんでもないもんを寄越しやがって


 布団だと言われても、目の前にあるのは雲の塊にしか見えない。


『ちなみに霊気は私のだから。凰の瑞兆付きなんて凄いでしょ? 八咫烏が霊験あらたかだって。赤ちゃん、たぶん病気にならないんじゃないかな』


 ──だから、さっきの……娘が病気にならないのは非常に有り難いが、こんなもの此方に寄越して大丈夫なのか?


『あ、人界は気脈が薄くて、このお布団は縮むかもしれないと言われたから、取り敢えず私が両腕広げたくらいにしといた』


 塊を拡げると、1.3メートル四方の布団らしき“雲”だった。


「あれ? あいつ、170センチはあったよな? 本当に縮んだのか」


『それからこのお布団は、人に見せたりあげたりしちゃダメだからね。仙界産なんてバレたら大変だから。半年くらいで消えるらしいし。追伸、今度夢に赤ちゃんの写真持ってきて』


「誰が見せるか、こんなもん」


 もう一度、雲らしき“布団”を見て溜め息を吐く。妹のことだ。初めての甥か姪に興奮したのだろう。そうでなければ、鳥や伝説上の生き物が作った布団を送りつけようなんて思わない。


 ──旦那は止めなかったのか? まさか、夫婦揃って抜けてんじゃないだろうな? 鳳凰が?


「いやいやいや、そんなまさか。んん?……待て待て、ちょっと待て。これ、光ってないか?! おまけにちょっと浮いてる!?」


 ──何て言って嫁と義両親に説明するんだ?!


 数ヶ月以上前、妹の為に散々駆けずり回って以来、大概のことには耐性がついたはずなのに。

 せっかくの妹の祝いを処分するわけにもいかない。第一、八咫烏が霊験あらたかというくらいの物を処分なんかしたら罰が当たりそうだ。

 それに、処分しようにも方法も分別もわからない。だからといって隠せる場所もない。

 頭を抱えて妹を恨んだ。


「今度こそ頬を千切ってやる」


 三日後、娘と共に退院して来た嫁が「この子が病気にならないなら何でもいい」と、俺の手から引ったくって娘に掛けた。


「軽くて暖かいし、うっすら光ってて便利じゃない? 夜、灯りをつけずに授乳が出来るわ」


 ──女はよくわからない


 結婚前は少しの暗がりでさえ怖がっていたのに、子どもの為なら得体がしれない物でも受け入れるらしい。

 俺も開き直ることにして、家の中だけ他の人には見せないと約束させると呆れた顔をされた。


「こんないい物、盗まれたら困るじゃない」


 言われなくても見せたりしないと気を悪くした嫁に「そうだな、悪かった」と謝って機嫌をとる。


「そうだ、万が一の為に名前を書いておかなくちゃ。このお布団にどうやって書けばいいのかしら?」


 ──そんなこと、俺にもわからない


 洗濯機を回して聞こえないふりをするしかなかった。







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