おっさん冒険者がダンジョンで『美少女になる薬』を拾う話
「はっ……はっ、くそっ」
男――九島芳樹は追い詰められていた。慣れ親しんだはずのダンジョンで起こった『地殻変動』。地震大国と呼ばれる日本の《ダンジョン》でも、どうやらそれは例外ではなかったらしい。
十年以上も《冒険者》を続けてきた身だというのに、地殻変動に巻き込まれて滑落してしまった。
身体中に痛みが走り、暗がりの中ではここがどこなのか分からない。――ダンジョンの中層辺りだったとしても、芳樹にはつらい場所であった。
――この世界にダンジョンが出現してから二十年以上が経過している。
突如として現れたそれは、ある場所では天高い塔のように。ある場所では地下深い洞穴のように。多くの種類のダンジョンが存在するようになっていた。
そこから時折現れる《魔物》は、この世界の常識の通用する相手ではなかった。
だが、同時に世界にダンジョンが出現してから人々の中に生まれたのは、《スキルホルダー》である。
条件は分からないが、人々の中に特殊な力を持つ人間が現れ始めたのだ。
共通スキルと呼ばれるものから、固有スキルという一部の人間しか持たないような珍しいものまで様々だ。
そんな世界も今では、スキルを持った人間達が冒険者として探索したり、ダンジョンからやってくる魔物を倒したりすることが当たり前になっている。命がけの仕事だからこそ、金になるのだ。
芳樹もそんな冒険者を長年続けてきたベテランの一人だ――ただし、冒険者としては圧倒的に底辺を生きていたが。
洞穴型ダンジョンの上層で、小さな魔物を狩ったり、鉱石を発掘したり……早い話、冒険者になった人間なら誰でもこなせるようなことをして稼いでいた。
実際、それでも危険のある冒険者業は金になる――今の芳樹のように、助からない状況に追い詰められることが少なからずあり得るからだ。
(何も見えねえし、身体も痛ぇ……)
暗がりの洞窟の中、一体どれだけ落下したのだろう。
身体に触れるとぬるりとした感触がある――出血しているというのが分かった。
生き埋めになっているのなら、百パーセント助からないだろう。道があるのならばまだ可能性はあるが、身体の痛みから察するに、かなりの大怪我をしている。
ここが中層だったとしても、実力的に低レベルの芳樹には脱出は難しかった。
何せ、上層にいる魔物でも一匹ずつでやっと倒せるくらいの実力しかない。
《鑑定スキル》を持っているだけで、それ以外は一般人と変わらないのだ。
すでに三十代後半という年齢も厳しい――二十代であった頃は、まだ動くことはできたのだが。
「……っ」
痛みに顔をしかめながらも、芳樹は動き始める。
身体に走る痛みは尋常ではなく、動いてすぐに骨折しているというのが分かった。
(《回復薬》でも、無理か)
ダンジョンで倒した魔物の体液を加工して得られる高級な薬品。それを使えばある程度の怪我は直せる。……そもそも、今の芳樹には持ち物がなかった。ひょっとしたら、周囲の岩に埋もれてしまったのかもしれない。
腰に下げていた剣だけが、芳樹の持ち物だ。
「こいつは……無理かもなぁ」
あきらめたようにため息をついて、芳樹はその場に寝転ぶ。――思えば、冒険者になったのも最初は憧れのようなものがあった。
誰よりも活躍して名のある冒険者になってみたい……そんな憧れだ。実際に始めてみると、現実はそんなに甘いものではなかった。
上層にいる魔物でも、単純に熊より少し弱いくらいの強さがあるやつもいる。常人の相手にできる強さじゃない。
それでも十年冒険者を続けられたのは、頑張った方だと思う。
(煙草くらいねえか……ねえよなぁ)
ダンジョン内では匂いに敏感な魔物もいる。そんな物を持ち歩くようなこともしなくなったのは、冒険者としての自覚があったからだろう。
芳樹はここで死ぬ――それは、まぎれもない事実であった。
「……ん?」
死を受け入れたからなのか、冷静になった芳樹の視界に入ったのは、暗がりの中だというのに輝く瓶。
瓦礫に埋もれるようになっていたが、芳樹の手の届く範囲にあった。必死に身体を起こして、その瓶を手に取る。
「……これは」
芳樹には鑑定スキルがある――瓶を手に取ると、スキルが発動して詳細が現れた。
螂ウ菴灘シキ蛹悶?秘薬:身体の怪我・病気を全て回復する。さらに、霄ォ菴楢?蜉帙r螟ァ蟷?シキ蛹悶☆繧九?ゅ◆縺?縺励?∝・ウ縺ョ蟄舌↓縺ェ繧九?
「ほ、ほとんど読めねえ……」
鑑定スキルのレベルにも個人差があった。
芳樹のスキルはそれほど高いものではない……この瓶の中を鑑定するだけの力が、芳樹には足りていなかった。だが、重要なところが読めている。
身体の怪我も病気も、全て回復してくれるということ。『秘薬』という名がつくだけはある……滑落して落ちた場所が、おそらく誰も来たことのない場所だったのだろう。
こういう珍しいアイテムが落ちていることも、ダンジョンにはあるのだ。
それこそ、病気を治すのならば非常に高く売れる薬なのだろうが……。
「仕方、ねえか……」
今、この薬が目の前にあるのは奇跡だと言えよう。怪我を治してくれるのならば――芳樹にとってはこれほどの幸運は存在しない。
他にどんな効果があるのかは分からない。だが、このままここで死を待つくらいならば、もう少しだけ足掻いてみようと思える気力が、芳樹の中には生まれていた。
だから――芳樹は瓶を開けて、迷わず中の液体を飲む。
味はまろやかで、少し甘みととろみがある。別にまずいというわけではないが、特別美味いわけでもない。
そんな秘薬を味わって、芳樹は脱力して寝転ぶ。薬が効くには少し時間がかかるだろう――その間に、魔物に襲われることがないようにと祈りながら、芳樹は意識を手放した――
「……んん?」
それから、どれくらいの時間が経過しただろう。
どうやら深く眠ってしまったらしい。身体を起こそうとすると、痛みは全く感じられなかった。
「お、おお……!? 痛みが――へ?」
芳樹は驚いた。身体の痛みがなくなったことと、『自分の声』に対する違和感だ。
明らかに甲高い声――それこそ、少女のような声が、芳樹の耳に届く。
一体どうなっているのか、ちらりと瓶の中に残ったわずかな液体に視線を送ると、その事実が理解できた。
「……は? な、なんだよ、これ!?」
女体強化の秘薬:身体の怪我・病気を全て回復する。さらに、ステータスを大幅強化する。ただし、女の子になる。
――瓶の中身が鑑定できるようになっている。ステータスの大幅強化……芳樹にはそれは見られないが、冒険者にはそういうものが存在するらしい。
ダンジョンで拾える武器を扱えるかどうかも、そのステータスが関わってくるというのだから。
『女体強化』などという、ふざけたネーミングをした薬を飲んでしまったという事実に、芳樹はただ愕然とした。
「じゃ、じゃあ、まさか……女の子になってる、のか……?」
芳樹の嫌な予感は、後程ここを脱出したところで分かることになる。
一回りも小さくなった、銀髪の幼さの残る少女――およそ以前の自分の姿からは想像できないほどの美少女になってしまったということ。
そしてさらに、薬の効果で冒険者としては最強クラスの実力を手に入れてしまったということに。
ローファンタジーではダンジョン物がよくみられますね……。
そこで私はダンジョンで拾った秘薬が美少女になる薬で、ここから底辺冒険者だった主人公が活躍しながらも女の子になったことに戸惑いも感じてしまうTSダンジョンローファンタジーを提唱します!