焦燥
「貴様の妹はとんだ役立たずのようだな」
「そんなことはありません」
「減らず口を、リリアーナ!」
オスカードの罵倒は練武場全体に響き渡る。
「貴様らはいったい誰に生かされていると思っているのだ!」
「それは……」
「なぜすぐに答えられない、リリアーナ」
「そ、祖国と王家と民衆にです!」
「良くわかっているじゃないか」
オスカードの右手が翻り、
「それならそうと、すぐに返事をするんだ!」
オスカードの右手が消える。同時に私の頬に鋭い痛みが走る。
乾いた音とともに私の頬が張られたのだ。
「……ごめんなさい」
「声が小さい!」
「ごめんなさい!」
私はあらん限りの声を振り絞り、喉の痛みを覚えるまで声帯を引きつらせる。
「聞こえんな」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「あぁ!?」
「ごめんなさい、ごめんな……ケホッ、ケホケホッ!」
私が咳き込むと、オスカードが激高する。
「貴様ァ!」
オスカードの拳が握られる。
私は咄嗟に目を瞑った。
「きゃっ!?」
私は頬に激しい痛みと、口の中に鉄錆の味を感じ、床へ倒れ込んでいた。
「ふざけるなこの屑が!」
オスカードの蹴りが私の腹を抉る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「死ね!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「お前の妹をしっかりと教育しておけ! 二度と恥をかかせるな!」
「はい、はい……」
私はオスカードの吐いた唾を頬に受けると、次第に小さくなっていく彼の背中を見つめながら涙まじりに我が身を呪った。
私の体が小刻みに震える。
腹と頬の鈍痛が私をさいなむ。
かわいそうなディアーナ。
そして、私……。
ディアーナはなにも悪くないはずだ。
私も何も……いや、ディアーナはターゲットに止めを刺さなかった。
その心の弱さを言われているのだとしたら……うん、そうしよう。
私は一度、ディアーナと話をしてみることに決めた。
◇
「なに? お姉ちゃん」
ディアーナが私の顔を凝視する。
「お姉ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「大丈夫」
私は首を振るが、
「大丈夫じゃないよ!」
「そんなことよりディアーナ、この間のこと」
私はディアーナの目を見つめる。
「な、なに? お姉ちゃん、そんな目をして」
「どうしてターゲットに止めを刺すのをためらったの?」
「え?」
ディアーナの体がビクンと震える。
「ダメじゃない、ターゲットに心を許しちゃ」
「な、なにを言ってるの姉ちゃん、だってジェライスはこの間まで私たちの仲間だったんだよ? この施設で暮らしていたんだよ? 同じご飯を食べていたんだよ?」
ジェライス……誰の事だろうか。
この間のターゲットの名前は──ダメだ、思い出せない。
いや、今はそんな事よりディアーナの再教育だ。
「ディアーナ。王国に仇為す者には速やかなる死が必要なの」
「な、なに言ってるのお姉ちゃん!」
「王国の敵は私たちの敵よ」
「お姉ちゃんにはわからない! ううん、私はお姉ちゃんがわからない!」
ディアーナはなにを言っているのだろう。
私は考える。
しかし、このままではディアーナの身が危ない。あの陰険なオスカードが黙っているわけがないのだ。
あたしはディアーナの肩に手の平を乗せる。
「これだけは聞いて。無理は言わないわ。ただ、オスカードだけは怒らせないで」
「え?」
「わかった? ディアーナ」
「……うん」
言うには言ったが、ディアーナは本当にわかってくれただろうか。
心配だ。
だがしかし、ディアーナは私が守ってやらないといけない。
だって、ディアーナは私のただ一人の妹なのだから。