現れる者
ターゲットは潰しても潰しても減ることはない。
次々と現れる者を私は、自らの手で闇から闇へと葬って来た。
街ゆく人ごみの中、人々の間を器用にする抜けて私は駆ける。
ディアーナが私の後ろを音もなく追った。
ターゲットの姿を目に捕らえ、その距離が詰まる。
が。
相手が振り向き、視線が一瞬さまよう。
相手の挙動が変わる。
ドジを踏んだ。変に思ったが、なんのことはない。ディアーナが見つかったのだ。
「ジェライス!」
仕方がない。
構わず私は裏切り者のターゲットの少女、ジェライスの名を大声で呼ぶと、止まる周囲の人ごみの隙を逃さず距離を詰めた。
ディアーナを伴って、ジェライスとの追いかけっこが再び始まる。
私たちは狩る者。
対するジェライスは追われる者。
大通りを抜ける。
市場の中に飛び込む。
屋台が跳ねて、果物の籠がひっくり返った。
私は呼び止める怒声や罵声も無視し、走りゆくジェライスを追う。
ジェライスが体当たりした屋台の屋根を踏みつけて、私は跳躍する。
「おじさん、ごめんなさい!」
ディアーナの謝罪の声がし、動きが続いた。
──捕らえた。
私は太腿のベルトからナイフを三本抜くと、下町の角を曲がったジェライスの後を追う。
駆けるリーチは私の方が長い。
追いついた。
荒い息遣いが聞こえる。
私はジェライスの声を聞く前に、ナイフを投げる。
ジェライスが板を踏む。
ナイフが全てそれに突き立ち、ジェライスに隙を許した。
私は舌打ち一つ、
「祖国の敵め!」
とジェライスに呪いの言葉を浴びせつつ足を動かす。
背後で息切れの喘ぎが聞こえる。
ディアーナも遅ればせながらやって来ていた。
迷路のような下町を駆ける。
私は再び太腿のベルトからナイフ二本を抜くと、息を切らせた背中へ向けて投げる。
──今度こそ!
一本は足元に外れ、もう一本がふくらはぎに突き立てば、ジェライスはもんどりうって転倒した。
私は激く早鐘を打つ心臓の鼓動を感じながらジェライスに近づく。
「見逃して、リリアーナ」
「祖国の敵に死を」
私はジェライスの思いなど知らない。
ゆえに、同情など感じなかった。
「リリアーナ、私は生きたいの! 助けてディアーナ!」
「お姉ちゃん!」
ディアーナが制止の声を上げたが、私がブーツの踵で叫ぶジェライスの喉を押し潰すほうが早かった。
乾いた音がする。
「なに? ディアーナ」
「あ、ああああ……ジェライス……」
ディアーナの体が小刻みに震え、震える声を絞り出す。
「ディアーナ、止めを」
私はディアーナに先を促したが、ディアーナがいつまでたっても動かないので自分で処理することにした。
ナイフで心臓を一突き。
ジェライスは一瞬震えたが、すぐに力尽きたのである。
そばでなぜだがディアーナが両膝を地に付けて泣き出した。
「なにを泣いているの? ディアーナ」
「お姉ちゃん!? お姉ちゃんにはわからないの?」
──なにを言われているのだろう。
「ジェライスの生きたいという気持ちがわからなかったの!?」
ディアーナが叫ぶ。
──やはりわからない。しかし。
ふと思う。
私は生きたいのだろうか。
ジェライスみたいに、行きたいと心から願っていたことがあっただろうか、と。
◇
「ダメよリリアーナ。そんな早食いしちゃ」
年下のカレンに言われた。
思い返せば、カレンはいつも食事当番をしているような気がする。
「ご飯なんてお腹が膨れればそれでいいでしょう?」
「何度言ったらわかるのリリアーナ。ご飯は楽しく美味しく食べなきゃ意味がないの!」
「カレン、おかわり!」
ディアーナがカレンに器を差し出すと、カレンはそれまでのふくれっ面を笑顔に変えて、器を受け取りシチューをよそう。
「はい、ディアーナ。まだたくさんあるからね!」
カレンとディアーナが笑い合っている。
──わからない。なにをやっているのだろう、この二人は。