追う者
ターゲットを追っている。補足した。
もう、この私からは逃げられない。
アメリッサはすぐそこだ。
ターゲット。裏切り者。
ターゲットは、処断する。
音もなくアメリッサの背後を取ると、私は膝のベルトからナイフを抜いた。
微かに漂う施設の匂い。
動じる気配、一閃する私の右腕。
ナイフはアメリッサの喉を一息に掻き切った。
「リリア──」
そう言って息を漏らすアメリッサの目は見開かれていたのである。
崩れ落ちるアメリッサ。
任務完了。
私はアメリッサを放置し、家路についた。
◇
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、今度はアメリッサがいないの!」
ディアーナはそう言って私に詰め寄るが、私はアメリッサなどと言う名前に心当たりはない。
「だれ? それ」
「誰って……お姉ちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫も何も、私は元気よ? 私は今日も、無事に任務をこなしてターゲットを……」
ターゲットの名。
それは、何だっただろうか。
思い出そうとする。
確か、……リッサ。
まさか、と思い、一瞬だけ頭の中に浮かんだ詰まらない幻想を振り払う。
「アメリッサ、どこに行ったんだろうお姉ちゃん」
「きっとどこかで元気にしているわ」
元気にしていると言えば、施設を出て行ったスカーレットは今どこで、なにをやっているのだろうか。
わからない。
だが、確かめようもない。
私には、いや、この世には分からないことが多すぎる──。
スカーレット。
元気でやっているかな?
私の中のスカーレットがほほ笑んだ。
◇
「ディアーナと共同作戦?」
「そうだリリアーナ。貴様の妹の初陣だ。せいぜいディアーナの面倒を見てやるが良い!」
両手を広げ、白い手袋の下から眼鏡を押し上げつつオスカード。
吐き気がする。
こんな男とは一秒たりとも同じ空気を吸いたくない。
「リリアーナ。任務の途中でディアーナが邪魔になったときはわかっているな?」
「なんのことです?」
オスカードは嗤う。
「決まっている、貴様の妹が祖国と王家と民衆の敵になったときのことを言っているのだ」
「そんなこと、あり得ない」
私は震える声で言い切った。
「そうかね? そうだと良いんだがね」
「そんなことがあり得るものか!」
気づけば私は叫び、オスカードに食って掛かっていた。
知らずの内にオスカードの首根っこを掴みねじり上げている。
「立場が分かっていないようだな」
「……え? ……あ……失礼しました!」
「ふざけるなこの人形が!」
緩んだ私の拳は、オスカードがくり出した蹴りによって解かれる。
私は蹴りを胴にもろに食らって吹っ飛んだ。
「この屑が、この私に逆らうなど!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
オスカードが何度も私の胴を蹴る。
「起て! 立って祖国と王家と民衆のために奉仕しろ!」
「ぐはっ、がっ!」
私は咳き込みながら、なんとか痛みに耐えつつ立ち上がる。
「行け! 行って祖国の敵を誅殺してこい!」
「わかり……ました」
私の敵は、共和国のドブネズミども。
私の生は、祖国と王家と民衆と共にある。
目の前のこの男は、私の──絶望だ。




