小さな幸せ
「リリアーナ! 少しは手伝ってよ! 最年長でしょ!?」
私は背に人形をおぶったその子の物言いに、目を見開き振り返る。
「カレン」
私は、本来ならスカーレットと共にいるべき最年長だ。
だけど、もうここにはスカーレットはいない。
「リリアーナ、手伝って」
木のヘラを持って、私よりも頭一つ低いカレンが私に迫る。
背中の人形の手が、左右に揺れた。三つ編みの尾が跳ねている。
カレン自身のその手には、蒸かし芋の入った鍋が一つ。
ヘラで芋を潰せということだろう。
「お願いね、リリアーナ」
「仕方ないか」
「仕方なくない! 当然のこと!」
私にはカレンの思いはわからない。
「みんなで作ったご飯だから美味しいの!」
「ご飯が美味しい?」
「そうよ!」
食事。
それは楽しめる行為だっただろうか。
カレンはなにを言っているのだろう。
「美味しいご飯が食べたくいないわけ? リリアーナは」
「食べられればそれで良い」
「私はご飯は美味しい方が良いと思うの。みんなで作って、みんなで食べて。きっとみんな、笑顔になると思うな」
カレンはそう言うと、私に微笑みむ。
わからない。
どうして食事をそこまで気にする必要があるのだろうか。
私は芋を潰し終えると、カレンに鍋ごと手渡した。
カレンはそれを器に盛って、みなを呼ぶ。
「みんな、ご飯だよー!」
勝手に食べ始める子にカレンは怒り、「いただきます」を言えという。
不思議だった。
そして、カレンと共に私は食事を始める。
芋は、甘かった。口に入れるたび、噛みしめるたびに甘みが広がる。
「どお? 美味しいでしょう、リリアーナ」
カレンの笑顔に、私は答える。
「甘い……」
「甘いの、嫌い?」
「嫌いじゃない」
私の答えにカレンは顔に花を咲かせて、
「良かった!」
と、とても喜んでいた。
わからない。私には、良くわからないことだ。
だけど、胸のあたりがほんのり火照って来たのはなぜだろう。
よくわからないが、今夜はぐっすり眠れる予感がした。
◇
追う者と追われる者。
私は追う者だ。
ターゲットは速い。
常に私の先を行っていた。
屋根の上を蹴る。瓦が砕け、宙に舞う。
相手が振り返る。だが私との距離は変わらない。
それどころか、グングンと離された。
ダメだ、追いつけない。
だが、私はターゲットを逃がすわけにはいかない。
私は太腿のナイフを引き抜く。
三本。
屋根を駆ける相手が着地した瞬間を狙い投擲。
当たれと祈る。
「きゃ!?」
ターゲットが派手な音を立てて転がり落ちる。
私はその裏路地に、足を引きずるターゲットを追い詰めた。
紅い雫が尾を引いている。
「リリアーナ!」
ターゲットが叫ぶ。
「見逃して! お願い!」
「裏切り者、祖国と王家と民衆の敵」
ターゲット、スカーレットが目を見開く。
「なんですって!? あなたとは仲良しだったじゃない! どうしてこんな酷いこと言うの!?」
「スカーレット、見損なった」
だが、そういう私の声は震えていたのだ。
なぜかはわからない。
私の正拳をスカーレットが横に逸れてかわす。
放たれ絡んだスカーレットの左腕が私の鼻っ面を掠めた。
垂れた液。口の中で感じる鉄錆の味。
さらに踏み込むスカーレット、しかし震える足元、そこには刺さったナイフが震えていた。
私はその決定的な隙を見逃さない。
いけない、と心のどこかで思いつつも、私の体は勝手に動いていた。
私は踏み込み、肘を腹に入れて裏拳でスカーレットの顔面を殴りつける。
スカーレットは派手に転んだ。
私はその腹に靴の踵を踏み入れる。
スカーレットが呻き、赤い飛沫を吐き出した。
「リリ、アーナ……あなたもいつか、わかる日が……来る」
私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
私はなにをしたのだろう。
私はなにをしているのだろう。
スカーレットが私に向けて手を伸ばす。
震える手で手を伸ばす。
私の体も、震えた。
『スカーレットはターゲットだ』
馬鹿な、そんなことはあり得ない。
『祖国と王家と民衆の敵、裏切り者を殺せリリアーナ!』
頭の中に、オスカードの声がガンガンと響く。
頭を振る私。
足元でか細い呻き声を上げ続けるターゲット。
痛む頭が答えを何とか絞り出す。苦しむ私は、それにしたがう。
私がターゲットの顎を思い切り蹴飛ばすと、ターゲットは数度痙攣して動かなくなった。
私の頭の中で、なにかが壊れる音がする。
私はこの日、大切なものを一つ壊した。