星に願いを
大貴族主催のパーティーで、管弦楽が流れる中、私は深紅のドレスを着込み、その初老の男性に近づいた。
「アーノルド・メルヴァー様とお見受けします」
メルヴァー氏は白髪も豊かな男性だ。人の良さそうな顔からは、上品な雰囲気が漂ってくる。
「なにかね? 君は……まぁ良い。お嬢さん、立ち話もなんだ、まぁ座りなさい」
メルヴァー氏は私に椅子を勧めてきた。
本人はすでに椅子に腰掛けている。
「アーノルド・メルヴァー様ですか?」
「そうだが」
怪訝そうにメルヴァー。
一瞬、眉を顰めるも、すぐに元の温和な表情に戻る。
「良かった。あなたを探していたんです」
「ほう、私をかね?」
私が微笑むと、メルヴァー氏も口元に綻びを見せる。
「ええ」
私は腰掛けず、メルヴァー氏に近づく。
「君のような美女が、この私になにか用件でも?」
「はい、用というのは他でもない──」
私はメルヴァー氏の首へ向け、ナイフを横なぎに振り抜く。
メルヴァー氏は微動だにしない。
「かはっ……ヒュー……!?」
赤い血がテーブルクロスを彩る。
私のドレスは、ますます朱に染まった。
「それでは、良い夜を」
私はパーティーの人混みに急ぎ紛れ込む。ナイフに付着した血を拝借したナプキンで拭うと、ナイフを太腿のバンドになおした。
背後から男の崩れ落ちる音がし、絹を裂くような女の悲鳴が相次ぎ聞こえ、そして野太い男の怒号が上がる。
私はそれらの全てに背を向けて、足早に、かつ静かにその場を離れた。
◇
私は屋根の上に上がっては寝転がり、星を見ていた。
瞬く星が、私の手の届くところにまで来ている。
私はその一つを掴もうと、手を伸ばす。
──拳は、宙を掴んでは無を握った。
私はなにも掴めなかった握り拳の中に、なにか大切な物が残っていないかどうか、確かめるために、拳を広げる。
やはり、無い。
私はため息を一つつくと、もう一度だけ星を掴んで見せた。
一番明るい星が、私の握り拳の中に消える。
「お姉ちゃん、隣良い?」
その声に、私は世界に連れ戻された。
ありえない声だ。
「ディアーナ……」
ここに妹が一人で来るはずはない。
と、言うことは……。
「あたいが連れてきた」
主犯の赤毛が姿を見せては白状する。
「スカーレット。あなたはいつもそう」
呆れるしかない。
「良いじゃないかリリアーナ。ディアーナも、もういい年頃だ」
「あなたはそう言ってすぐディアーナを甘やかす」
「お姉ちゃん、……私、そっちに行っちゃダメ?」
ディアーナが上目遣いに私を見る。
ああ、もう。
私の負けだ。
「……良いよ。おいでディアーナ。屋根の上は暗がりでよく見えない上に、滑りやすいから、気をつけて」
三人で川の字に寝転がり、星空を見る。
星々は瞬いて、いつまでも、きらめいていた。
「リリアーナ」
「ん?」
スカーレットの呼ぶ声は、いつもの響きと違っていた。
だから私も聞き返す。
「あのさ、ずっとあたしたち、このままなのかな?」
──意味がわからない。
「戦うのは良いよ? でも、その先は? ううん、いつまで?」
「民に捧げたこの命の、燃え尽きるときまで」
そんな答え、決まっていた。
「……そっか」
スカーレットが答えるまでに間があった。
私はまだ、その意味を知らない。
「お姉ちゃん、スカーレット、なんのお話をしているの?」
「なんでもないさ、ディアーナ」
「そうなの? スカーレット」
「ああ。大した話じゃない。忘れな」
スカーレットは「忘れろ」と言う。
どうして忘れる必要があるのだろうか。
瞬く星空に、雫が落ちた。
星が一つ、流れ出る。
「流れ星……!」
ディアーナが目ざとく見つける。
もちろん、私も見た。
「ディアーナ、願い事はした?」
「忘れてた。忘れてたよ……」
「それで良い。常に頭に浮かぶ願いなんて、仕事の邪魔になるだけなんだから」
スカーレットも星を見ていた。
ディアーナは少し残念そうだ。
私は星に誓う。
「敵は倒す。祖国と王家と民衆のために。
──それが、私たちの使命」