深紅の親友
施設の白い小さな門をくぐって、スカーレットが帰ってきた。
「スカーレット!」
私は両手を広げて出迎える。
スカーレットは今回も、祖国と王家と民衆のために精一杯の力を出しきって戻って来たに違いない。
「ああ、リリアーナ」
そう言うスカーレットの顔色が、どことなしか悪いような気がする。
「元気ないわね。仕事、もしかして上手くいかなかった?」
「そうじゃないんだけど、あたし……ううん、ちょっと今日は疲れた」
スカーレットは目を伏せる。
「私たちは力の限り、祖国と王家と民衆に奉仕しなきゃ。こうして生かしてもらってるんだから」
「あはは、そうよね、リリアーナの言うとおりだわ」
「そうよ?」
祖国と王家と民衆に奉仕するのは私たちの義務だ。
「でもリリアーナ、それ、本当に心の底からそう思ってる?」
「なにを?」
ところが、スカーレットはとんでもないことを言ってきた。
「私たちが祖国と王家と民衆のために生かされてる存在だと言うこと」
「もちろん! ……当たり前じゃない!」
「そう、そっか」
当然のことなのに、スカーレットの反応は鈍い。
どうしたのだろう。
「あなた……スカーレットは違うの?」
「え? あたし?」
スカーレットの表情が固まる。
「そう」
聞いてみた。
「あたしも当然、祖国と王家と民衆あってのあたしだと思ってるわ」
「なら、なんの問題も無いじゃない」
安心する。
なんだか先ほどまでのスカーレットの顔が怖かったからだ。
「そう、そうね」
「そうよ!」
スカーレットのかすれた声に、私は元気付けるように言った。
スカーレットは本当にどうしてしまったのだろう。
「ともかくリリアーナ、あたし、疲れてるからもう休むね」
「え? あ、うん。また明日、スカーレット」
変なスカーレット。
「うん。おやすみ、リリアーナ」
でも、おやすみの挨拶を返すスカーレットの笑顔は、いつもの私の知る笑顔だったと思う。
◇
練武場。
その奥まった暗がりで、二人の少女が気合い一閃、組み合っている。
「もらったわリリアーナ!」
ドン、と畳みかける一撃。
スカーレットはブーツで床を大きく叩いて踏み込んだ。
左に光。右の手刀で私の目が狙われた。
「くっ!」
左手で受けて私。受けた手を軸に、すかさず蹴りをスカーレットの胴に見舞う。
白い照明が私の目に入る。
自分から横にと転がったスカーレット、私の蹴りの勢いを削ぐ。
「リリアーナ!」
ところが壁を蹴って飛び上がり、私へ反転したスカーレット。虚を突かれて迫られた私は無様に硬直する。
私は遅れて両腕をクロスさせて衝撃に備えるも、構わずスカーレットはその上から全体重を乗せて押し込んだ。
「スカー……レット!」
中途半端なガードを崩された私。
がら空きになった私の胴にスカーレットの二撃目。ブーツが食い込む。
胃の腑が曲がり、私の頭の中が一瞬白くなる。
むせ、咳き込む私がいる。
「これでおしまいよ、リリアーナ!」
スカーレットの肘が私の鳩尾に食い込み、私はあまりの痛みに意識が飛んだ。
◇
「ん……っ」
暗黒。戻ったときには、白だった。
瞬きを繰り返す。
私は目を見開いた。
「お目覚めか、お姫様」
「うう……っ」
「起きろッ!」
私の胴に革のブーツの先がめり込んだ。
私は痛みで呼吸が一瞬止まる。オスカードだ。
「反省の弁はあるかリリアーナ」
「私はスカーレットに……」
私はオスカードの靴先を見る。
「そうとも。無様に貴様は負けたのだ」
「……負けた?」
顔を上げれば、オスカードの嫌み面があった。
「実感がないとは不埒な奴め」
「私がスカーレットに負けた……」
噛みしめる。私がスカーレットに負けた事実は揺るがない。
「祖国と王家と民衆に申し訳が無いと思わないのかリリアーナ?」
「申し訳ございません」
口をついて出る謝罪の言葉。口癖のようなものだ。
「謝って済むのなら、貴様に価値はない」
「この汚名は必ず」
私は頭を下げ続ける。
「次があると思うのかこの穀潰しめ!」
「次こそは、そして任務で必ずやお役に立ちます、役に立って見せます!」
頭を上げて、オスカードの目を見た。
オスカードは口の端をつり上げては嗤っている。
「口だけだな」
「そんなことはありません!」
私はオスカードの腰にすがりつく。
「触れるな!」
オスカードの右手が飛んだ。
私は頬をぶたれて床に転がる。
「私が信じるのは結果のみだと知れ」
姿勢を直して私。
「はい。失望させないことを誓います」
平身低頭、これでもかと私はオスカードに頭を下げた。
「良い返事だ。その返事が偽りでないことを祈っているよ。ふはは、ふははははは!」
嫌味な男の笑い声だけが私の脳裏に木霊する。
私は噛み千切らんばかりに自分の下唇を噛んだ。