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十年戦争の記憶

「マドリーンもティルシアもいなくなっちゃった」

「誰それ?」


 皆が外へ行き、誰もいなくなった部屋で、ディアーナがぐっずっていた。

 薄暗く狭い部屋はがらんとしており、いくつかの空きベッドがある。

 私は妹のディアーナが言うので、私は渋々相手をしているのだ。

 ディアーナは私と二つ違いの、実の妹である。

 ゆるくウェーブのかかった、金の髪を肩まで垂らした女の子。

 泉のような深い青色をした目が印象的な、可愛らしい子だと思う。

 人に言わせると、私とディアーナは外見がよく似ているらしい。そして、その性格も。

 だけども、そのディアーナのことで、私は心配していることが多々あった。

 ディアーナは時々変なことを言う。

 よく知らない人物の名前を並べては、私に意見するのだ。

 そう言ったことは、しばしばあった。


「なに言ってるの、お姉ちゃん。マドリーンにティルシアだよ? 一緒に遊んでいた仲間じゃない」

「……知らない」


 思い出せない、ではない。知らないのだ。

 妹は頭が弱いところがある。

 だから、時々空想の中で友達を作り出しては、自分一人で遊んでいるのだろう。

 私がもっと構ってやることが出来たなら。

 私は口惜しさに下唇を噛みしめる。


「お姉ちゃん!?」

「……ごめん、ごめんね、ディアーナ。本当にごめんなさい」

「お姉ちゃん……ぇ、ぇぐっ、ぅぐっ……っ」


 私の腕の中で、妹の小さな体がさらに小さくなった。

 妹のディアーナはついに大粒の涙をその目にたたえて泣き出す。


「大丈夫、大丈夫だから、ね、お姉ちゃん、頑張るから」

「お姉ちゃん、嫌! もうどこにも行かないで!」

「大丈夫だよ、私は大丈夫。ディアーナも大丈夫だから、ね?」


 私はしっかりと両腕でその細い体を抱きしめて、何度も何度も髪をすきながら頭を撫でたのだ。




 ◇




 その日はよく晴れた日だった。


「今日はリリアーナのお誕生日ね。早いものね。もうリリアーナも十三歳か」

「お母さん、ごちそう!?」


 ディアーナが嬉しそうに聞く。


「アップルパイを焼いてあげるよ」

「わぁ、美味しそう! リンゴ!」


 お母さんは私たちを振り返り、朗らかに微笑み私たち二人の頭を抱く。


「そうよ。裏のリンゴの木から、さっきもいで来たんだから」

「お母さん、早く!」


 ディアーナが急かす。

 お母さんが焼くアップルパイの味は格別だ。

 ディアーナはそれを食べるのが楽しみで仕方が無いのだろう。


「慌てないの!」


 お母さんが、ディアーナを押し留めた時だった。

 誰かが言えに、走り込んでくる。

 誰かと思えば、お父さんだった。


「リスティン!」

「あなた……どうしたの? そんなに慌てて」


 お母さんの名前を呼んで、血相を変えて家に飛び込んできたお父さん。

 お父さんは真っ青な顔をしていた。

 私とディアーナには目もくれず、棚の上から古ぼけてろくに手入れもされていない一振りの剣を取り出したのだ。


「あなた、そんな物なんに使うのよ」

「共和国のドブネズミどもだ……逃げるぞ、すぐに奴らは来る!」

「え?」


 お母さんが聞き返すのが早いか、家の外から馬のいななきが聞こえる。蹄の音が迫ってくる。


「くそっ、遅かったか! リリアーナ、ディアーナ、隠れるんだ!」


 私たちは訳がわからないまま、部屋の寝台の下のわらを頭からかぶせられた。


「あなた、どうするの……?」


 戸口でお母さんがお父さんに振り返り、聞いている。


 その時、不意に現れる影。


「ぎゃっ!?」


 現れたのは鎧を着た兵士。


「リスティン!」


 兵士の剣がお母さんの体を袈裟懸けに切り下ろしたのだ。

 お父さんがお母さんの名前を叫ぶ。

 お母さんの血に染まった剣を振り上げた兵士は吠えた。


「王国の犬どもめ! 両親の仇だ!」

「共和国のドブネズミが!」


 お父さんは剣を抜いた。


「ぐあぁっっつ!?」


 が、兵士は剣でお父さんの胸を貫く。

 お父さんは剣を振るう間も与えられなかった。


「死ね! この十年、俺は忘れもしない!」


 体に足をかけ、胸を蹴飛ばし剣を引き抜く。

 倒れたお母さんの体の上に、お父さんが倒れ伏す。

 お父さんの手から、剣が転げ落ちる。

 兵士が何度も何度もお父さんとお母さんの体に剣を突き刺しては引き抜く。

 私はディアーナの口を手で塞ぎ、わらの中に隠れながら、全ての有り様を見ていた。


「お姉ちゃん……っ!」

「声を出しちゃダメ、声を出してはダメ……!」


 小声で震える私たち。

 外には馬の鳴き声、人々の悲鳴、兵士らしき男たちの上げる怒号、そして気がふれた誰かの狂気の笑い声が響く。

 誰かが火をつけたのか、焦げ臭い匂いすら漂ってくる。


 私は、ディアーナとともに、あふれる涙を流しつつ声を押し殺す。

 私は見ていた。

 全て聞いた。全て見た。

 共和国のドブネズミどもの悪行を。




 ◇




 私たちは、孤児だ。

 王国と共和国の十年戦争が産んだ戦災孤児。

 それが、私たち姉妹と、この施設にいる子供たちの起源だった。

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