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宇都宮君に懐かれてます。 四話目

あれはいつだっただろう……


中学二年の五月…六月だったかな。

学校から帰ってきて部屋に入ると、宇都宮君が制服姿のままで私のベットで寝ていたんだ。

普通なら留守にしている女の子のベットで寝てるだなんて有り得ない。

でもこんなことでいちいち驚いてたら宇都宮君とは付き合えない。


今日は夏のように暑かったのでいっぱい汗をかいてしまった。


「宇都宮くーん、おーい。」


私は宇都宮君が熟睡しているのを確認してから、起こさないようにそっと着替えようとした。



「梨花どこにいたんだよ!一緒に帰りたくて学校で探したんだからな!!」


起きてる?!


「わわ、宇都宮君。起きてたんなら返事してよ!」


脱いでしまった制服を拾い上げて慌てて隠した。

でも宇都宮君はお構い無しに私に近付いてきた。


「ハグさせてくれっ。」


今の私のこの状況見えてないの?

こんな上半身下着姿とかでハグとか絶対ダメでしょ?!


「なんで梨花、顔赤いの?」

「あのねえ宇都宮くっ……」


構わずくっついてくる宇都宮君……



「梨花…あったけえ。」



そりゃ…肌と肌が直接触れ合ってますからねっ……って。


「もうっ!宇都宮君!!」

「うわっ、なんで梨花怒ってんの?!」


「怒るから!普通怒るから!!」

「俺なんかしたっ?てか、なんで梨花服着てないの?」



今気付いたのかよっ!

もうっ!絶対いつか私、おかしくなっちゃう!!








宇都宮君が着替え終わった私にヒラヒラと手紙を見せてきた。


「梨花ーっ、コレに付き合って下さいって書いてんだけど、なにを?」


ラ、ラブレターじゃないのそれは?!

見ると裏には下級生の名前が書かれてあった。

ちょっと不良っぽい上級生に憧れちゃうっていうアレか?



「なんかわからんけど、とりあえず付き合ってやるか。」

「宇都宮君!この場合の付き合うってのは特別に好きな人とじゃなきゃしちゃダメなことなのっ!」


「そうなのか?」


宇都宮君は理解したのかしなかったのか、じゃあ止めると言った。

ホッ……良かった。




「……あの…宇都宮君。」


私のベットに寝転がってゲラゲラとマンガを読んでいる宇都宮君を見てると確かめたくなってきた。



「私のことは好き…なのかな?その…特別な方の好きだったら、良いなぁなんて……」

かなり勇気を出して聞いてみたんだ。


「梨花のこと?そりゃ好きだよ。すっげぇ特別にっ!」

「ホントに?!」


「うんっ。駄菓子屋のばあちゃんもオマケいっぱいくれるから特別に好き。ヒロシも宿題見してくれるから特別に好き。あと、裏で飼われてるジローも……」



聞かなきゃ良かったって思ったよ。













なんでこんなこと思い出してんだろ……


頭が冴えて眠れない。

目を閉じていても、昼間瀬良君から言われた言葉が蘇る……





自分がまだ必要な人間だと思う?











「梨花、電子ピアノ貸してくれ。」


いつの間にか宇都宮君が窓を開けて入ってきていた。

今夜中なんだけど?


「音消して練習するから。」


宇都宮君の家にはピアノがない。

音楽科なのに家にピアノがないだなんて…このことを瀬良君が知ったら怒りそうだな。



「カンパネラ覚えられそう?」

「もう覚えた。」


はい?もう?

まだ一日も経ってないのに??



「ただ弾けるかはわかんねえ。指の動きが早すぎてついていけねえ…正直、演奏出来るか自信がねえ。」


ピアノのことでこんなに自信なさげな宇都宮君を見たのは初めてだった。

リストの『ラ・カンパネラ』は、ピアニストでさえ避けるような難しい曲だ。

さすがの宇都宮君でも無理なのかもしれない。








「痛った!右手の小指つった!なんなんだよこのしつこいくらいに鳴らすレ#は?!」



「なんでメロディの途中でこんなにトリルが出てくんだよっ。くっそお!」

トリルとは、その記号が書かれた音と、その一つ上の音を速く交互に弾くことである。



「オクターブの16分連打なんてバカじゃねえのか?!誰だこんな曲考えたイカれたやろうは?!」

フランツ・リストだよ。いい加減覚えなさい。



「なあ梨花、もしかして瀬良って指6本ある?」

「そんなわけないでしょ?!てかうるさい!音は消してても宇都宮君がうるさいからっ!!」


ただでさえ頭が冴えてて寝れないのに!

その元凶が近くで騒いでいて寝れるわけがないっ。




なんとか寝ようと思って頭から布団を被った。


「梨花……」

「もうっなに?」


宇都宮君の方を見ると、ベットのすぐ横で両手を広げていた。




「心がザワつきまくって収まらない。ハグして。」





「……宇都宮君……」



─────瀬良君の言う通りなんだと思う。


私がいると宇都宮君はすぐ甘えてきて、自分一人じゃなにも出来ないと思ってしまう。



私はもう……

宇都宮君のそばにいちゃいけない人間なんだ。





「……ダメだよ。」



「なんで?家でだったら良いって言ったじゃん。」

「私、今瀬良君と付き合ってるから。」


自分で言ってて悲しくなる。




「……梨花ってさぁ。瀬良のこと特別に好きなの?」

「それはっ……」



あの時に私が言ったこと、ちゃんと覚えてたんだ。

でもこれは…どう答えればいいのだろう……



「男女の仲っていうのはね…宇都宮君が思っている以上に、凄く複雑なの。」


「複雑?そんなの特別に好きなら付き合う。特別に好きじゃないなら付き合わないでいいんじゃねえの?」



「そんな単純なことじゃないのっ。」






私が─────……




「凄く…大事に思うからこそ、そばにいて苦しくなったりするの。」




宇都宮君のそばにいると

そうなってしまったように─────





宇都宮君はムスッとした顔でしばらく悩んだあと、全然わからねえっと言って窓から自分の部屋へと帰っていった。







私にとっても……

宇都宮君から離れる良い機会なのかもしれない…………















宇都宮君はその後も、毎日夜中に私の部屋に忍び込んでは音を消してカンパネラの練習をしていた。


音がないのによく練習出来るなぁと思うのだけど、きっと、宇都宮君の頭の中ではカンパネラのメロディが響き渡っているのだろう……

私は宇都宮君が入ってきたことには気付かないふりをしてベットで寝ていた。


初日ほど文句を言いながら弾くことはなくなったけれど、失敗した時は舌打ちをしまくっていた。

それも何日か過ぎるとなくなり、私は宇都宮君が練習をする横でスヤスヤと眠りに付けるようになった。



朝は私より早く学校に行き、放課後もギリギリまで残っていた。

きっと学校の練習室を借りて練習しているのだろう。

昼休みも私の教室にやってくることはなくなった。

宇都宮君と顔を合わせない日々が続いた。



やると決めた時の宇都宮君の集中力は凄い。

頭の中は常にカンパネラのことでいっぱいなのだろう……

高校受験の時とは比べものにならないくらい研ぎ澄まされているように感じた。

学校で見かけても、とても話しかけられる雰囲気じゃなかった。







宇都宮君は、今日も夜中に私の部屋へとやってきた。

明日がいよいよ本番だ。


電子ピアノに向かって練習する宇都宮君の背中を、私はベットの中からそっと見守った。




ちゃんと睡眠とってるのかな。

ご飯、ちゃんと食べてるのかな。

明日、上手く弾けるのかな……


どんなに上手く弾けたって、プロから直接指導を受けている瀬良君に、自己流の宇都宮君じゃとても敵わないだろう……




私がいなくても

大丈夫だよね……


宇都宮君ならきっと大丈夫。


もう一人で充分やっていける力はあるんだから。




そんなことを考えていたらいつの間にか寝てしまっていた。








「梨花……俺は……───────」








───────宇都宮君?



目を開けると部屋の中は朝日が差し込んでいて、もう宇都宮君の姿はなかった。


夢……だったのかな。


起きる時間にはまだ早かったのでもう一度ベットに潜り込んだ。



妙にリアルな夢だったな……

まだ頭がぼ〜っとしている。







宇都宮君が寝ている私の髪を撫でて言ったんだ。



「梨花……俺は、一生離さねえから。」






















音楽科、定期演奏会当日。


高校の演奏会といっても近くのホールを貸し切って行う本格的なものだ。

休日に行なわれるということもあり、他の学科の生徒達、生徒の保護者や一般の人達、卒業して一線で活躍しているOBの人達らで観客席は満席状態だった。


一学年40人、計120人全員が自分の得意な曲を披露し、全学年の中から上位入賞者を決める。

我が校の音楽科はみんな幼少期から楽器を習っていたプロを目指しているような生徒ばかりなのでレベルが高い。

今年は瀬良君が出るのでさらに注目度も高かった。


瀬良君は、一応トロフィーである私を一位を取った方がもらえると言っていた。

上位を取った方ではなく、一位をと言い切るところに瀬良君の自信のほどが伺えた。



第一部、1年生による演奏会がスタートした。

音楽科には声楽と器楽があり、器楽にはピアノ以外にもヴァイオリンやフルートといった楽器を専攻している生徒もいる。

舞台では声楽専攻の生徒が、先生の伴奏に合わせてソプラノの見事な歌声を披露していた。

声楽が終わればピアノ以外の器楽、そしてピアノの順番となる。



にしてもこのピアノの順番……


私は受付で渡されたプログラムを見てため息が出た。

音楽科は毎年、半数以上がピアノを専攻している。

今年の1年生は24人なのだが……

最後から二番目が瀬良君、そしてトリが宇都宮君なのである。

なんでよりにもよってこの順番なのだろうか……

せめて反対だったら良かったのに。

瀬良君のあとに同じ曲を宇都宮君が披露しなきゃいけないだなんて……この順番を決めた人の悪意を感じる。




プログラムは順調に進んでいき、ピアノも半数の人が弾き終わった。

二人の順番が近付いてくる…自分が演奏するわけでもないのに緊張で心臓が口から飛び出そうだ。



私は気を落ち着かせるために、一旦ロビーへと出た。

ロビーでは演奏を終えた1年生だろうか…失敗したと言って泣いていた。

奥では若い女の子やおば様達の集団が瀬良君が〜と言いながら盛り上がっている。

まだプロにもなっていない高校生に、もうファンがいるんだ……

気を落ち着かせようとしたのに、余計に緊張してきた。



宇都宮君…緊張しやすいんだよね……


私は音楽科の生徒の待合室となっている会議室がある方を見つめた。

宇都宮君は学校の体育祭や文化祭等で自分の出番がある時は、必ず私にくっついてきていた。


こないだはハグを求めてきた時に冷たく振っておきながら、ここで待っていたら来るんじゃないかなんて期待をしてしまう……


「バカだな私……」


一体なにをどうしたいんだろう……

ブレブレにもほどがある。



もうすぐ瀬良君の番だ。

私は重い腰を上げ、観客席へと戻った。











瀬良君が舞台に登場すると黄色い声援が上がった。

先程ロビーにいたファンの人達なのだろうが、クラシックコンサートでは静粛・不動が当たり前であり、学校の定期演奏会でも声援なんてとんでもないことだ。


瀬良君は観客席に向かって一礼をすると、声援が上がった方を見ながら人差し指を口元に当て、ニッコリと微笑んだ。

注意の仕方まで惚れ惚れするくらいスマートだ。



瀬良君がピアノの前に座り、演奏が始まる……





『ラ・カンパネラ』はイタリア語で「鐘」という意味の言葉である。



聴く側からすれば鐘の音をイメージさせるとても素敵な曲だ。

瀬良君は冒頭から繰り返し登場する鐘の音を表す音「レ♯」をきらびやかに響き渡らせていた。


カンパネラは超絶技巧のオンパレードのような曲で、かなり高度な演奏技術を必要とする。


でも瀬良君が弾くとまるで音が舞い降りてくるような上品さと優雅さがあり、難しそうには感じられなかった。

それは瀬良君のテクニックの上手さによる安心感と、鍵盤を下まで叩かない柔らかな技法によるものなのかもしれない。



しかしそれは力を抑えていただけだった。



終盤にかけて猛烈な音の厚みを帯びてくるところで弾き方はガラリと変わり、息もつかせぬような盛り上がりとなって観客を魅了した。



演奏者にもいろいろなタイプがあり、メロディックな曲が得意な者もいれば、テクニック的な曲が得意な者もいる。

瀬良君はその両方ともを兼ね備えていた。


完璧に、カンパネラを自分のものにしていたのだ。



ピアニストでも躊躇するような超絶技巧を畳み掛け、随所に光る鐘の音を美しく響き渡らせながら瀬良君の演奏は終わった。


それは瀬良君にしか弾きこなせない、繊細で優しく、それでいて力強い独創的で素晴らしい演奏だった。




みんなスタンディング・オベーションで拍手をし、ブラボーと叫んでいる人までいた。




瀬良君が去ったあとも拍手が鳴り止まない……このあとに宇都宮君が演奏するの?









まだ瀬良君の演奏の興奮が冷めやらぬ中、宇都宮君は舞台に登場した。



ウソ……なんでっ─────……




観客席はまだザワついていた。

お目当ての瀬良君の演奏を見れたので帰ろうとする者までいた。



私も立ち上がって観客席からロビーへと繋がるドアを慌てて通り抜けた。






……なんで宇都宮君


イヤーマフ付けてないの?!─────












「瀬良君!」


舞台袖から宇都宮君を見つめていた瀬良君に声を掛けた。

「ちょっと瀬良君。これどういうことっ?」

瀬良君の手にはイヤーマフが握られていた。



「彼から伝言。『俺がぶっ倒れても止めんな』だって。」




なに言ってるの……

本当に倒れたらどうするつもりなの?



ピアノの前で宇都宮君はいつものように指や肩の骨をポキポキと鳴らしていた。


イヤーマフを外したのは高音も聞くため?

そんなことをしたらどうなるか……

お願いだからイヤーマフを付けてと言いたいのに、全身からみなぎる燃えるような気迫に近寄ることさえ出来なかった。


いつしか観客席も、宇都宮君から伝わる熱気にのまれて静まり返っていた。




宇都宮君が鍵盤に手を置き弾き始めた。



それは瀬良君とは対照的に、最初から激しく叩きつけるような音色だった。


「テンポが僕より早いっ…序盤からこんな風に弾いて、彼は強弱を付けれるのかっ?!」

瀬良君が驚いて思わず声を上げた。



ピアノというものは弾く人の解釈によって印象が変わってくる。


でも…このカンパネラは───────



宇都宮君の魂の叫びとでも言ったらいいのだろうか……

随所に散りばめられた鐘の音が、まるで悲鳴のように聞いている人々の心を揺さぶった。


曲が進むごとに宇都宮君の気迫は増していく……

ピアノの弦が切れるんじゃないかと心配するぐらい、 音が体の中にまでビリビリと響いてきた。



高音をあんなに激しく叩きつけている。

あの一音、一音が…宇都宮君には何千本もの針が突き刺さるような凶器となっているはずだ。

激痛で体中から汗が吹き出し、シャツが背中にはりついているのが見えた。




「こんなカンパネラを聞いたのは初めてだ……」


瀬良君は宇都宮君の演奏に聞き入っていた。

ピアノを弾く宇都宮君を食い入るように見つめ、感嘆の声を上げる。




「凄いよ彼は…間違いなく天才だ……」










───────ヤダよ………


ちっとも凄くなんかない。





イヤーマフなしにピアノを弾くだなんて、どれほどの苦痛を伴うか……


子供の頃から聴覚過敏に散々悩まされてきた宇都宮君には嫌ってくらいわかりきっているはずなのに。






「梨花……俺は、一生離さねえから。」





あれは夢じゃなかったんだ……





流れ出る汗が床に滴り落ちるほどになっても、宇都宮君は演奏の手を緩めることはなかった。

きっと想像なんて出来ないくらいの激痛だろう……

その姿に涙がとめどなく溢れてきた。

止めたいけれど、今の宇都宮君を止めることなんて誰にも出来ない。





「……ごめんなさい。ごめんなさい宇都宮君……」





─────宇都宮君は変わってない。




私と初めて会った時からずっと……

私に対する、まっすぐな思いは何一つ変わっていない。


でも私は変わってしまった。

子供の頃のままに接してくる宇都宮君を遠ざけてしまった。

宇都宮君はなにも悪くないのに……


悪いのは私なのに─────



それなのに、ピアノへと向かわせてしまった。




私は……


それほどまでに宇都宮君を追い込んでしまったのだ。






終盤にかけて音はどんどんと厚みを増していく……

耐えきれなくなった宇都宮君の顔が苦痛で歪んだ。





あと何分?何秒?

お願いっ早く終わって────────





あと少しで曲が終わるという時に、突然、ホールに濁音が轟いた。

カンパネラの曲調とは明らかに違う不協和音がピアノから響き渡ったのだ。

まさかっ……倒れた?

宇都宮君を見ると、立ち上がって鍵盤を両手で押さえつけていた。



「彼、君を凄い形相でにらんでるけどなんなのっ?」


瀬良君が言うように、宇都宮君は私を見て怒っていた。





私が……


泣いているから────────














宇都宮君は大きく深呼吸をしたあと椅子に座り直し、再び鍵盤に手を置いた。



静まり返ったホールに、カンパネラではないゆっくりとした曲調のメロディが流れ出す。


これってもしかして……


「なに?彼はなにを演奏し出したの?」

「……中学一年の時にした合唱コンクールの曲です。」


「え?なんでっ?」


宇都宮君は困惑するみんなを無視して前奏が終わると歌い始めた。

声楽の授業のおかげだろうか…あれだけ下手くそだったのに見違えるほど上手くなっていた。


「彼はなんで歌い出したのっ?」

「合唱コンクールなんで……」


「だからなんでっ?!」



なぜ宇都宮君が唐突に弾き語りをし出したのか。

きっとみんなには説明したって理解出来ない。

私にだけ、宇都宮君の心の声がちゃんと聞こえていた……






─────梨花っ……


笑えって……────








宇都宮君は私と目が合うとニカッと楽しそうに笑った。

この曲にだって高音が何ヶ所もあるのに……


「……相変わらずバカなんだから。」


あまりにも場違いな宇都宮君の上手すぎる歌声に、おかしくって笑ってしまった。






『糸』という歌は素晴らしい名曲だと思う。


人を糸に例え、糸が絡み合うことは出会いを意味し、それは成熟してやがて布へと織られていく。

この…深い意味のある歌詞を切々と歌い上げる宇都宮君に、いつしかみんなは聞き惚れ、惹きつけられていった。



歌が終わると、一瞬の沈黙のあと、割れんばかりの拍手がわき起こった。

今日一番の拍手喝采である。

宇都宮君はその絶賛の嵐の中、椅子からずり落ちるように床へとぶっ倒れた。



「宇都宮君!!」



私と瀬良君は舞台中央で仰向けに倒れている宇都宮君の元まで駆けつけた。


「くっそお…全身が痛ってぇ……」


宇都宮君は余りの痛さで身動きひとつ取れずにいた。

先生達が舞台袖で救急車ー!っと大騒ぎしている。



「バカなのか君は!!あのままカンパネラを最後まで弾いていたら間違いなく君が一位だったんだぞ?!」


「俺にとっての一位は、隣で笑う梨花の笑顔なんだよ!」




──────宇都宮君………




「自分が勝ちだとでも言いたいのか?理解出来ない。」

「はっ、てめぇになんかに俺を理解されてたまるか。俺を理解出来んのは昔っからただ一人、梨花だけなんだよ!」


ごめん宇都宮君…私も理解出来てない。




「……梨花…いい?痛くて仕方ない。」


宇都宮君は寝転がりながら私に向かって弱々しく両手を広げてきた。

えっ……今?

トップライトは消えたとはいえ、まだ薄暗い舞台の上は観客席から丸見えだった。


「瀬良、ちょっと目隠ししてくれ。」


瀬良君はなんで僕がそんな役と文句を言いながらも、私達の前に立って観客席の方を向いてくれた。





「……梨花…きて。」




上半身を少し浮かせた宇都宮君に近寄ると、顔を引き寄せられた。






私の口と



宇都宮君の口が触れ合う─────





──────えっ…これって………







宇都宮君は私に崩れるように倒れ込んできた。


「宇都宮君っ!」



意識を失った宇都宮君は、そのまま三日間入院した。




私の唇には…微かな感触だけが残った─────













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