呪いの人形マリアベル
それは、少女が父親からもらった人形だった。
水色のワンピースに、大きな帽子。キラキラと輝く金糸の巻き毛に、碧い目。
めったに会えない父親からの、贈り物。
少女は、その人形に「マリアベル」と名をつけた。
少女はマリアベルに話しかける。
その日の出来事、思ったこと、すべて。
どこへ行くにも一緒だった。いつも、いつも。
父親に会うために町に向かう、その馬車が、野盗に襲われて少女が死ぬ、その日まで。
「彼女が『マリアベル』です。」
丁寧な細工物の木箱に敷き詰められた光沢のある上質な布。そこに収まるべきは、箱と同じかそれ以上の名品であるべきだ。だが、これは。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
水色がほとんど濃い灰色に変色してしまっているのは、長い年月のためだ、仕方がない。金髪がくすんでしまっているのも。けれど。大きな頭に、布を被せて縛っただけのその形状。それはどう見ても、エリー作「ストック君」の同胞である。
「水色のワンピース・・・・。」
呆然とエリーが呟く。うん。まあ・・・ワンピースといえばワンピースだ。帽子もちゃんと被っている。頭の方が断然大きいが。大きく見開かれた目は碧い。アクアマリンのように見えるが、どうなんだろう。きちんとまつ毛もある。口角が上がった口元は、どこか尊大で、ご丁寧に歯も描かれていた。
「コレを娘のお土産に・・・?」
エリーが言葉を発した瞬間、壁にかけられた額縁ががたんと音を立てた。そして次の瞬間には、こちらに飛んでくる。パキン!と派手な音を立てて、それは粉々になる。僕は、ほんの少し目を細めて、目の前に立つ片眼鏡の青年を凝視した。
「彼女は、その、とても繊細なので、発言には注意してください。」
笑顔を崩さないまま、少し困ったように言う。そして、口元でもごもごと呟き、木箱にゆっくり蓋をする。簡易の封印らしい。
「グリード・クイルムについての調査を、バーレ商会から頼まれましてね。出てきたのが、・・・彼女です。『呪いの伯爵令嬢マリアベル』その筋では結構有名だそうですが・・・・。」
「噂は聞いたことあります。」
「なんで、伯爵令嬢?」
「そういう設定だった、てところでしょうか。人形遊びの。持ち主は、貴族とかではないですから。」
詳細まではわかりませんね、と青年は片眼鏡を指で抑える仕草をした。
青年の名はジュライ。苗字はない。もしくは、名乗っていない。エリーも同じだが、別に珍しいことではなかった。家名を捨てた冒険者や、もともと家名などわからない者も多いのだ。
ジュライは協会のカルマート支部長で、術師だ。協会は、公式にも非公式にも大変重要な役目を持っている組織だが、一般人にとって最も重要なのは、仕事仲介の役割である。戦士や術師、術具師などが拠点の協会に登録し、仕事を紹介してもらう。エリーも登録している。
けれど、あまり関りは持っていない。協会相手に借りとか貸しとか面倒くさい、というのがエリーの言だが、呼び出されたら応じないわけにはいかないのが難しいところだ。
「で、コレをどうしろと・・・?」
ガタン、と箱が動く。封印された中でもコレ呼ばわりが聞こえたらしい。なかなか攻撃的な令嬢である。
「・・・・何とかしてください。」
「いや、なんとかって。」
「ほかに当てがないんです。」
「いや、あるでしょう。いくらでも。」
「呪術に秀でている方は少ないですし、バーレ商会から紹介もありまして。」
「・・・・協会で管理しとけばいいのでは?危ない術具の管理も協会のお仕事ですよね。」
「この…方は、術具ではないです、呪具の分野だと思います。もちろん、お金も支払います。バーレ商会が。」
バーレ商会が。
「・・・・『マリアベル』をグリードの隠し倉庫から見つけたのは私なんです。隠された地下通路を見つけてしまって・・・・、奥に押し込められていた厳重に封印されていた鉄箱を、よせばいいのに開け放ってしまった・・・・。」
悔恨の念をあらわに、片手で顔を覆う。
「簡易の封印をして、協会の倉庫に運んだんです。ですがこの部屋に戻ると、彼女が、いました。びっくりして部下に預けて家に帰ると、僕の部屋に居るんです!なんとか、何とかしてください!」
思いのほか、必死だった。
だったらお前が金払えよ、とエリーがつっこむ声が頭に響いた。