商人兄弟の依頼★
「うわっと!」
いったい今日、何回目だろうか。
「大丈夫ですか。若。」
そばにいた出納係のグリードが心配そうな声をかけてきた。ディルクは手を伸ばしてきた彼を制して、大丈夫、と笑みを浮かべる。
(これが数日続くのか?気が滅入るな。)
あの若い呪術士に持たされた護符は、あまり効いていない気がする。
呪いを返すべきだったか?それとも解くべきだったのか?
数刻もしないうちに、ディルクは後悔しはじめていた。命にかかわる呪いではない、と言っていたが。これはこれで地味に精神力を削ってくるのだ。
(仕事に支障が出るようだったら、もう一度、呪い屋を訪ねてみるか。)
そう決心して踏みだした足元が、ぐらりと崩れる。
足をとられ、バランスを崩したディルクの目前を、何かがヒュッと通り過ぎる。
(え。)
気を取られたせいだろう、身体はさらに制御を失い、尻餅をつく。
「わ、若旦那様!」
グリードが叫び声を上げる。瞬間、何かが弾け、ディルクの身体を包み込む。
いくつかの金属音。ぱらぱらと何かが身に降りかかる。
(護符・・・・?)
「ちっ!」
「ディルク?!」
舌打ち。複数の足音。聞き覚えのある声が名を呼び、殺意を乗せた何かがやってくる。顔を上げると、知らない男が目の前で剣を振り上げていた。理解はしたが、身体は動かない。
目をつぶるのと、体を衝撃が襲ったのは同時だった。
(・・・!・・・・?)
身体が重たい。じん、としびれるような感覚が残っているが、痛くはない。
目を開けると、目の前に、見覚えのある禿頭が載っていた。
「え?・・・・兄さん?」
「あはは。・・・うん、ほんと、人間って予想外だよねえ。」
無邪気な子どもの声が響いた。
顔を上げるとそこに、・・・宙に浮いている黒い猫。
その背には大きな漆黒の翼が生えていた。
バシュ!バシュ!バシュ!
空気を切る音に、一瞬身をすくめる。
「・・・スナイパーとしての腕を上げてどうすんのさ、エリー。」
呆れたような声は、間違いなく目の前の黒猫から発せられていた。通りの反対側で、何か黒い、蠢くものに捕らわれた者達。ひっと引き攣るような声が聞こえた。無理もない。それはどう見ても、良いモノではない。
「はいはい、どうも。呪い屋のアフターサービスでーす。」
進み出たのは一人の少女。口調は軽い。けれど。その翡翠の眼差しは、ひどく冷たい。
あの呪い屋だ、と頭の隅がゆっくりと理解する。
「アムル、ヘタレは生きてる?」
「かすり傷もないよ。なんか意識飛んじゃってるみたいだけど。」
黒猫がふわりと少女のもとに移動する。その肩に到達すると、瞬時に消える黒い翼。
ああ、使い魔なのか、と妙に冷静に思う。
「ま、それはあとでいいや。さて、と。」
少女はその場で固まっている人物達を、なんだかうれしそうに眺めた。
座り込んだディルク。その横に転がっているアルバン。その周りに立っているバーレ商会の男達。倒れている刺客その1。少し離れたところに転がっている、その2、その3、その4。
冷たい笑みを浮かべながら、少女がその1を蹴り上げた。
「・・・おはよ?」
言いながら、銃口を男に向ける。
「質問がある。周りのみんなに聞こえるように答えてね?」