商人兄弟の依頼
バーレ商会はなかなかに成功しているらしい。商会長のガルト・バーレは、ここ数年、体調を崩しているが、その仕事は次男ディルクが粛々とこなしており、今のところ問題は起こっていない。ガルトの妻はすでになく、子どもは長男アルバン、次男ディルクの二人。長男は独身。次男は妻を迎え、娘1人息子2人がいるらしい。
「・・・そうか。アルバンっていうのか、兄。」
「依頼人の名前くらい、覚えててよ。」
「いや、別にいらない情報かなあって。」
僕は彼女の肩の上。出かけるときは、ここが定位置なのだ。
僕らは、今、ディルク・バーレを追っている。距離は十分。護符と称して渡した板に、マーキングをしておいたから見失うことはない。ついでに、町の人たちにバーレ家の聞き込みをしているのだ。
「ディルクさんはとてもいい人だよ。お金持ちの坊ちゃんなのに少しも偉そうじゃないし、腰が低くて丁寧でやさしい。奥さんもお優しくてねえ。・・・・・兄?・・・ああ!あの、クズな!」
「ディルク様は、辣腕と呼ばれたお父上の穴を埋めようと、それは懸命に努力しておられますよ。まさに粉骨砕身といった感じですな。商会のものは皆、尊敬しておりますし、そのお力になりたいと思っております。・・・・・アルバン様ですか?何の役にも立ちませんよね、正直。」
「ディルクさんが商会長でしょ?・・・・・アルバン?知り合いかい?ツケがたまってるんだけど払ってくれないかねえ?」
「・・・・・・・・・・。」
ある意味すごいな、と僕は感心する。
底なしの底と高き山頂のごとく、信頼度の高さに差がある。兄弟なのに。
「・・・この評判の差で、弟に何かあったとする。」
「アルバン兄が真っ先に疑われるね。」
「兄は『お前に呪いかけてやったぜ!』とご丁寧にも本人に報告済み。」
「馬鹿だよね。」
「・・・・引き受けたのは軽い呪いだけど・・・・。」
「そんなの、ほかの人は知らないよねえ。」
そう。それが問題なのだ。
兄アルバンの依頼で、エリーは弟ディルクに呪いをかけている。嫌がらせにしかならない弱いもので、痕跡などほとんど残らないが、アルバンが店を訪れていたことはきっと調べればわかる。あの兄が、ばれないように気をつけていた、とかないだろう。
「どう考えても、一緒に疑われる・・・・。」
「そうだね。」
エリーが首を動かして、僕にじろりと視線を送った。
「・・・何も起こらない可能性もあるよね?」
「それはそれで、今の行動が無駄になるけど。」
「・・・・・・・・。」
行きかう人々が幾人も振り返る。エリーが目を引く美少女だからなのか。それともしゃべる猫が珍しいのか。そうだな。まとめてはっきり言うと、「なんだか目立つ、普通じゃないのが、うろうろしてる」からだろうな。尾行には甚だ不向きだ。早く終わるとよい。
ディルク・バーレは商会の仕事に忙しいようで、あちこちの商店に入っては出てくる、を繰り返している。本当に働き者だ。数人のお供を連れているが、皆テキパキと動いていている。エリーは、彼らの様子をうかがいながら、屋台の買い食いに走っている。いいけど、太るよ。
ふと前方に目をやると、見覚えのある挙動不審の男がいた。
顔はよく見えないが、ディルクが転びそうになったり、階段から落ちそうになったりするたびにガッツポーズをしているので、兄アルバンであろう。
「うっわ、いる・・・。」
「いるねえ。」
役者はそろったのではないだろうか。そう思っていると、案の定、動き出した者達がいた。
よかった。早く済みそうだ。
エリー、とりあえず、その団子、早く飲み込んどけ。