商人兄弟の依頼
標的、ディルク・バーレ。
効果、ちょっと運の悪い日常、数日分。
派手な破裂音も、光もなく。
ソレは放たれ、標的の背に消えた。痛みもなにもない。術士の才のある者であれば、その厭な気配に気がついたかもしれないが。
「お仕事、終っ了!」
軽やかに告げるその手に銃。ビジュアルはもう完全に間違っている。
呪い屋じゃなくて、殺し屋だ。殺してないけど。
呪いは、本来。
依頼者の尽きぬ怨念を呼び水に、力を溜め、標的の髪の毛とか爪とか持ち物とかを組み込んだ呪方陣を描き、薄暗い場所で(これは、条件としては必須ではない。単に、明るい場所では見つかってしまうからだ。)、怪しい格好で(これも必須ではない。万一、見つかった場合に顔を見られると厄介なので隠しているだけだ。)、謎の儀式を繰り返すのが正道である。
が、エリーは実用効率を重んずる新しいタイプの呪術士だ。その面倒な部分をできるだけ簡略しようと、1つの方法を編み出していた。
エリー専用術具、その名を「エンジェル・スター」。
そのネーミングセンスはどうなんだ、とか思うが、まあ、それは製作者の趣味なので仕方がない。黒い金属の塊は、銃としてはごく普通の型。よく見ると銃身に羽のような文様がある。これが「エンジェル」の由来なのかもしれないが、純白には程遠いいぶし銀、天使だとしても堕天使だと僕は思う。
グリップに描かれた文様は、緻密な術式。これはエリーの設計だ。
この銃は、呪いを、すべての術式を弾丸とする。
事前準備をしておけば、詠唱なしで、即発動可能。
ターゲットに直接ぶっ放すので、標的を間違えるミスもなし!
今回のように、「ちょっと運気を下げてくれ」ぐらいのものなら、依頼人の妬み嫉みを吸い上げて、ターゲットに直接ぶつけてしまえばいい。超、時短!
これで、彼の運気はちょこっと下がった。これから数日、鳥の糞にあたったり、馬車とかに泥水はねられたり、瓶のふたがなかなか開かずに困ったり、ちょっとした不運に見舞われることだろう。その程度である。
これでもう依頼は終了だ。簡単な仕事だった。
そのはずだった。
「お願いです。助けてください!私は兄に呪われているんです!」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
知っています。
そう言いかけて、エリーは慌てて口を噤んだ。
昨日の客とよく似ている。・・・兄弟だからな。
「私の名は、ディルク・バーレ。バーレ商会長の次男です。」
素性を隠そうとしていた兄とは違い、弟は丁寧に名乗った。赤の他人でもわかる。商会長の判断は正しい。跡継ぎはこっちだろう。
ディルクは、その顔におどおどした表情を載せている。顔の造作は兄と似ているが、雰囲気はまるで違う。柔らかそうな茶色の髪をもち、目の色は同じ碧眼。
あれ?兄は髪色どんなだっけ?覚えてないや。
(・・・ヘタレ兄には髪の毛、なかった。)
僕のどうでもいい疑問に、律儀にエリーが返答する。心話というやつで、契約者と使い魔の特技の一つだ。しかし、禿頭という決定的な特徴を見逃していたとは。僕としたことが。いや、ヘタレはフードを被っていたし、僕は下から見上げるしかなかったのだ、仕方がない。
「ええと・・・。バーレさん?ともかく、こちらにお入りください。」
エリーが笑みを浮かべながら、お客を奥へと案内する。ちなみに今は、怪しい老婆モードではない。今は昼間で、この時間に多いのはおまじないグッズを買いに来る普通の客なので。エリーは雰囲気作りのための衣装を手にし、今更だ、と思ったのだろう、身につけずにそのまま奥に座った。
「呪われている、とおっしゃいましたが・・・。」
「ええ!そうとしか思えないのです。先日は馬車に引かれそうになるし、レンガの塊が飛んでくるし、今日なんか朝から不運続きで!水たまりにはまる、鳥の糞は落ちてくる、瓶の蓋が開かない、大事な書類はなくすといった具合で。」
「・・・・・・・・・・。」
呪いはちゃんと効いているようだ。だけど、変だな、と僕は首を傾げる。
(・・・同意。)
エリーの、不機嫌な意識が流れ込んでくる。顔には出ていない。
「・・・・先日、父が跡目として私を正式に指名したのです。兄は商会の仕事にはあまり関わっておりませんでしたし、父だけでなく商会全体で決まったことなのですが…。兄は納得せず、絶対に許さない、殺してやる!と。」
うんうん。確か、そう言ってた。
「兄は、なんというか威勢はよいのですが、剣術も武術もからっきしで。術の才能もありませんし。刃物を持つだけで小刻みに震えてしまうような人で。この前なんか、十二歳の姪っ子に喧嘩で負けて、泣いて助けを求めてきたくらいで。なのでまあ、実行できる度胸なんてないだろうと、気にしてなかったのですが。」
「・・・・・・・・・。」
「その兄が、昨日、私に言ったのです。お前に呪いをかけてやった、ざまーみろ、と。」
・・・・言うか?普通。
「言われてみれば、最近調子が悪くて、不運続きだし。なんとなくですが、殺気みたいなものも感じるので、今回は本当なのではないかと。」
「・・・そうですね。呪われてます。」
「やっぱり!」
「ただ、そんな強い呪いではないように思うのですが。数日で効果が切れるくらいの。」
「見ただけでわかるんですか?すごいですね!」
見ただけではないです。
張本人です。
「・・・呪い自体は、軽いものなので、命にかかわることはないと思います。」
「そうですか。よかった!・・・でも、これって、どうすればいいですか?効果が切れるまで待つしかないってことですか?」
エリーは少し考える。
「・・・そうですね。呪いを返すことはできるんですけど、その場合、お兄さんが呪いを受けます。解呪も可能ですけど、ちょっと手間というか、御代が高めです。おすすめなのは―――――――」
護符を身につけ、呪いを緩和しつつ、やりすごす。
エリーの提案したのは、そんなやり方だった。
「もし、呪いを返してくれって言われたら、どうするつもりだったわけ?」
「ちゃんとやるよ。・・・とんだ茶番だけど。」
「解呪すれば、簡単だったんじゃない?」
「そうなんだけどね。でも、アムルも気がついたでしょ?」
ディルク・バーレは言った。先日、馬車に引かれそうになったと。それから、レンガが飛んできたと。
ヘタレ兄が呪いを依頼してきたのは昨日。エリーが呪ったのは今朝。今日の諸々は呪いのせいだろうけど、馬車とレンガは違う。
「偶然とかってこともあるけどね。」
それはない、と僕は思う。ディルク・バーレは狙われているのだ。呪いではなくて。