呪い屋エリーと使い魔
呪術士。------それは、人を災いに陥らせる忌むべき存在。
それは、ひどい言いがかりだと僕は思う。災いを招いているのは呪術士だけではないだろう。けれど、ヒトがそう思う理由はちゃんと理解しているつもりだ。
呪術は、人の感情を、歪みを、術に組み入れて発動させることができる。
ヒトはその身をもって知っているから。その身に宿る感情の、禍々しさを。
黒いフードから皺だらけの手が伸びて、水晶球に触れる。ぼうっと浮かび上がるように光を放つその内に、どんよりとわだかまるシミのようなものが見える。何のことはない、水晶球にそういう混合物があるだけだ。演出である。
「その者・・・ディルクに災いを。対価は払えますか。」
しわがれた老婆の声が問う。
「金はもちろん払う!・・・・高いのか?」
「招く災いによります。そして、対価はお金だけではありません。」
ゆっくりと、ゆっくりと頭を上げ、布の間からのぞいた金色の目が男を射抜いた。
「腕を欲するなら、腕を。・・・・・命を欲するなら、命を。」
告げられた言葉に、男は顔を蒼ざめさせた。
「腕には腕を。命には命を。」
その言葉が問うのは覚悟。
呪いは、「返す」ことができる。
誰かの死を望む呪術が返されれば、その死は呪者が負うことになる。呪いの返しは、呪術士にとって最も予測がつかない危険要素。依頼者に、金はもちろん、その望みに値する対価、覚悟、それを問うことは重要なことだ。
「呪いが返されたら、お前がまず犠牲になれ、わかったな?」と。そういう言質を取っておくことが大切なのである。
「結局、ちょっと運気下げるだけか。ヘタレ兄。」
「・・・脅しといてよく言うよね。」
「脅しじゃない!注意事項の読み聞かせは、契約の基本です!」
いいながらエリーは、ぞろりとした黒いローブを脱ぎ捨てる。
皺だらけの手も声も、仕事用の演出。あらわになったのは若い女の顔だ。目元はくっきり涼やか。翡翠のような瞳の、その虹彩には金色が混じっている。肩の上ではねている髪の色は深い藍。
美人だと、僕は思う。まあ、正直、人間の美醜なんて僕はわからない。でも、自分の契約者は美人の方が良いに決まっている。少々首飾りだの腕輪だの、耳環だのが多いのは、小道具を多く必要とする呪術のためだ。
「呪い殺してくれ、とか言われても困るし。」
「まあね。」
そういう仕事をエリーは受けない。正義感溢れる良心の呪術師だから、などということではなく、単に費用対効果の問題である。人を殺したいと思うなら、自分でぶすりと殺るとか、暗殺者を雇うのがよいだろう。その方が早いし確実だ。
エリーは、軽く鼻歌を口ずさみながらテーブルに指を滑らせる。描かれた五芒星は、場のエネルギーを吸収するもの。断っておくが、これは本来、鼻歌交じりに行うような術式ではない。
「さあ、出ておいで。」
エリーの呼びかけに、空間がぞわりと蠢く。音のないざわめき。なにか肌の粟立つような、そんな気配。
どこからか生じた黒い無数の糸が、中心部に絡めとられていく。
それは、人の想いの欠片。
人を妬み、恨み、不幸を望む。
人間の、とても人間らしい感情の。
凝縮し、ことりと落ちる。それは艶のある黒い石のように見えた。
エリーはその欠片をつまんで、愛おしそうに懐にしまう。
「ま、とにかく、ご依頼いただいたからには、ディルクさんの運気をちょこっと下げに行こうか。」
そう言ってエリーが取り出したのは、一丁の銃だった。