0話 VRにてロマンを追い求める者
今、ある一人の男が地平線まで広がる広大な草原の上に立っている。
「ここ、どこだよ」
そんな男の小さな呟きは足元の草を揺らして吹き抜ける気持ちの良い風にすぐにかき消される。
それはほんの数十分ほど前の話である。
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2044年に発売されたVRソフト、《ヘヴン》はそれまでのVRゲームとは一線を画していた。
それは「どこまでもリアルな世界」と「異常なまでに高いプレイの自由度」のためである。
ゲームの設定としては、よくあるファンタジー世界の中で自由に生きるというものだが、それまでVRゲームのネックとなっていた五感の再現に成功しており、尚且つ現実と変わらないグラフィックまでも再現している。
さらにこのゲームでは現実で可能なことは全て可能と言うだけでなくそこに魔法やスキルといった要素が加わり世界中の人々の心を掴み、全世界で爆発的なヒットを記録する超有名VRソフトとなった。
そんな《ヘヴン》の世界にある特異な一人の男がいた。
その男が最初に行ったのは銃の製作だった。
しかし周囲の者達はその行為を不可能だと口々に言った。この世界は自由度が高い反面、システム的な補助はほぼ皆無と言っていいものだったからだ。
一般的なゲームのように扱えるものと言えば条件を達成することで取得できる【スキル】と【魔法】、【職業】だけである。
【スキル】に関しては各々の【職業】の熟練度を上げていくことで取得できる【職業スキル】と、それ以外の【共通スキル】に分けることが出来、【魔法】は【下級魔法】【中級魔法】【上級魔法】【固有魔法】に別れている。
【下級魔法】はどんな【職業】であっても修得可能だが、そのほかの【魔法】はそれら専用の【職業】でないと修得出来ない。
であれば、様々な【職業】に就いてそれら全てを扱うのが最も良い選択だと思うのかもしれないが、そうでも無いのだ。
例えば、現実の世界で料理の全くできないものが《ヘヴン》において【調理師】などの料理系統の【職業】に着いたところで料理の腕が上がるということは無いのだ。否、何年も続けることが出来たならある程度の技量は身につくだろう。しかしそれはあくまで時間をかけた結果である。
【職業】に就いたからいきなり何かができるようになるなどということはない。強いて言うのであればその【職業】の熟練度を上昇させほれが一定に達することで、【スキル】や【魔法】といった超常の力を手に入れることが出来る。
男が就いた【職業】は【機械技師】であったが、当然就いた当初はなんの【スキル】も使えないのだ。
尚且つ銃という精密な道具を作るには製作者の技量以上にそれを作るための工具や部品なども必要となってくる。
そして《ヘヴン》の文明は魔法というファンタジーかつ利便性の高いものを最大限利用して、やっと中世と言ったところなのだ。銃という武器は確かに《ヘヴン》にも存在するが、火薬と弾を筒に詰め、火をつけて弾を撃ち出すタイプの言ってしまえば原始的なラッパ銃のようなものだけなのだ。
そんな世界故、誰もができるはずがない、そう思わずにはいられなかったのも仕方の無いことである。
しかし男は完成させたのだ。製作開始から僅か二ヶ月という驚異的な速さで。
しかもラッパ銃のような使い物にならないものでなく、弾倉があり、連射がきき、貫通力も十二分な近代的なライフル銃だった。
そして男はその後もあらゆる武器や兵器を製作していき、遂には魔法と近代兵器を融合させた
魔道兵器なるものまで完成させたのだ。
そこまでにかかった年月は六年。兵器をそれも個人で作るのにかかった時間としては驚異的な早さだった。
そして男は一つの究極兵器の製作に至った。
超小型かつ大出力の物体転移装置である。
《ヘヴン》では街と街を結ぶ転移門というものが存在していた。しかし転移門は別の転移門への転移しか出来ず、さらに超大型であるため戦闘に活用することは出来なかった。
しかし男の開発した転移装置は人間が携行可能なサイズであり、座標さえ指定すればどんな場所にも転移することが出来るのだ。
長距離移動はもとより、奇襲、撤退、施錠された場所への侵入など用途は無限と言って良いだろう。男が装置を製作した理由はそれらとはまた別であるのだが。
あらゆる常識を覆す最高の発明。
普段は慎重にことを進めるような堅実な性格の男もその時ばかりは手放しで喜んだ。
意味も無く叫んでみたり、自分の製作所兼研究所の中をひたすら走り回ってみたり、その喜びをひたすら噛み締めていた。
そして興奮が冷めぬままその装置を起動し転移する対象をこの研究所一体とし、燃料となる金色の魔石をセットし転移開始のボタンを押した。
・・・・・・そう、金色である。それは《ヘヴン》においての神の一柱である雷の神の分裂体のものだった。
その魔石ではなく、本来はボルテックス・タイガーの黄色の魔石をセットしなければならない。神の魔石など出力過剰にもほどがあるのだから。
しかして男は気付くことなく。
あれ、なんか魔法陣の光強くね?とそう思った時には時すでに遅し。
あまりの閃光に目を瞑った男、下空英久、プレイヤー名をエイク・アンダースカイはそのまばゆい光に包まれていった。
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英久は気持ちの良い風を受けながら暫し呆然としていたが、段々と思考力が戻ってくると自身の考えを纏めだした。
(何故、草原なんだ?確か俺は最寄りの街の城壁横に座標指定したはずだが・・・・・・転移が失敗したのか?いや、それは無いか)
秀久の研究所があったのはむせかえるような暑さの密林である。
それは周囲の風景と同化させて研究所をカモフラージュしようとしたためである。
英久の製作したものはその利便性や性能の高さからそれを狙う者が絶えず襲撃してきていたため盗まれることが何度かあったのだ。
そして我慢の限界が来た英久は当初研究所のあった都市部から人類未開のジャングルへと盛大な引越しをした。
それからは人間の侵入者が現れることがなくなったのだ。しかし、ジャングルには猛獣や魔石を核として活動をする魔獣などが跋扈しており、様々な迎撃システムや密林に仕掛ける罠などを大量に制作する羽目になったのだが。
では、何故自分はこんなハ○ジが走り回ってそうな牧歌的な草地にいるのだろうか。
そう秀久は考え、自身の記憶をもう一度確認してみる。
(座標は確かに指定したはずだ。そこが狂うと地面に埋まったりするからな。魔石も確かにセットしたは・・・・・・あ、あれ?ボルテックス・タイガーの魔石ってあんなに綺麗だったか?)
そこで英久はようやく結論に行き着いた。
「過負荷による装置の暴走」
英久は震えながらそう口にした。
あまりの自身の間抜けさについ言葉が零れてしまったのだ。
(思考操作、マップ展開)
英久は現在地を確認しようと、思考操作でマップを開いた。
(スーの草原?聞いたことも見た事もないな)
自分は冒険というような冒険はしていないため地名などには疎いほうだがにしてもこんな広大な草原なら聞いたことくらいはありそうなものだと英久は思い、ううむと唸る。
英久はとりあえずもとの密林に戻るかと考えたところでそれを即座に否定する。
(転移に使用した魔石が本当に雷の神のものであれば厳しいだろうな)
神の魔石というのは圧倒的なまでの力を内包しており、今回のようなことが起きてしまうため用途がほとんどないのだ。
そもそも手に入れること自体がほぼ不可能ということもあって、プレイヤーらによる研究が全く進んでいないということもある。
今回運良く手に入ったものも、攻略組の知り合いから俺達には扱えないからと格安で譲ってもらったからであり、そうそう手に入るものでは無い。このゲームを六年続けてきた自分でさえ見たのはあの魔石が初めてだった。
そして自分の持つ魔石をいくら使おうともそれほどの出力を出すことは出来ない。
仮にそれだけの魔石があったとしても装置の方がもたないだろう。
と、英久が考えを纏めると自分の背後に佇む研究所に戻って行った。
そしてセーブポイントに設定してある自室の多機能型リクライニングチェアに腰掛け、一旦攻略サイトを見てスーの草原について調べようと思考操作でログアウトをしようとする。
(思考操作、ログアウト)
しかしいつまで待ってもログアウトは実行されず、秀久は再度ログアウトを試みた。
(思考操作、ログアウト・・・・・・・・・・・・馬鹿な。思考操作、ログアウト、思考操作、ログアウト!)
それからも数度繰り返してみるものの一向に現実に戻ることは出来ない。
(馬鹿な、こんなことこれまで1度もなかったぞ)
ほんの少しの焦燥と恐怖を感じながら英久は最終手段をとった。
(思考操作、緊急ログアウト・・・・・・おいおい、これもかよ・・・・・・)
英久が行おうとした「緊急ログアウト」はどんな場所、状況でも即座にログアウト出来るというものだ。そのかわりペナルティとして熟練度の低下やゲーム内通貨の一部喪失に加え二十四時間ログイン不可能というかなり重いものが課せられる。
だが、それでもログアウトは叶わなかった。
当然こういったVRゲームというのはログアウトなどのシステムが使用不可になることを最も危険視しているためこんなことは絶対に起こらない。
そういったログアウト制限というのは法律上で禁止されており刑罰もかなり重いものとなっている。
それ故に英久は焦った。
そうして自身の目の前にあるデスクのモニターを見た時驚きのあまり、一瞬思考がフリーズした。
モニターの電源は入っていない。つまりそこに写っているのは暗い世界の中にいる自分のはずだ。
しかしそこに写っていたのは下空英久であった。
ゲーム内キャラクターとしてキャラクター製作したエイク・アンダースカイでは無く。